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file19:校門の外

腫れ物に触るように接する貫太郎。そんな態度を指摘され、一層千博を悲しませてしまったことに気付いた。帰ってしまいそうになった彼女を引き止め、そしてついに自分の素直な気持ちを打ち明けたのだった。

 翌朝、教室へと入った早々、僕は鮎川に階段まで引っ張られた。珍しく興奮した様子で尋ねてきた彼女に、僕は「うん」と「わからない」の言葉だけで答えた。とても恥ずかしくて詳しくは話せない。これからどうなるのか、むしろこちらが知りたいぐらいだった

 期待はしていたのだが、鈴原は教室に姿を現わさず、待っていたのは何も変わらない退屈な学校生活だった。確かにクラスの男子生徒の一人が告白したからと言って、やはりそれとこれとは別次元の問題である。彼女の気持ちを察すると、決して強く望むことはできなかった。



 いつまで待っても届かない返事。彼女の不在は僕にとって物足りない一方で心の平安ももたらしていた。辛い答えならば一生耳に入れたくない。今は失恋を認めたくなかった。

 このまま初恋は有耶無耶で終わってしまうのだろうか。もしかしたら、これは優しい断わり方なのかもしれない。弱気になり始めていた週末の土曜日。僕は思いがけず、鈴原からの電話を受けた。

 緊張を押し殺して受話器を握りしめた僕の耳に、珍しく控えめな鈴原の声が届いた。

「やっぱり、自転車教えてもらおうかなと思って」

 イエスでもなければ、その反対にノーでもない。それは告白の返事ではなかったが、僕にとっては充分だった。約束を守れる。また鈴原と同じ時間を過ごせるのだ。



 保健室登校の鈴原は全校生徒がいなくなった放課後に学校を出ていた。僕は一足先に家に戻ると、練習に使う自転車に乗って校門の外で待った。

 しばらくして、遠くからでも彼女とわかるほど待ちわびた鈴原千博がやって来た。

「お、おはよう」

 ぎこちない僕の挨拶に、「もう夕方だよ」と笑って返してきた。図書館で会ったときよりも、また電話で話したときよりも明るく落ち着いているような気がした。

「あっ、そうだ。これ」僕はノートを手渡した。「今日、鮎川が休みなんだ」

 ちょうど使い終わったから、返さなくていい。ヒゲのない猫の絵が載ったそれを僕は手渡した。

 鮎川が尋ねた。

「返さなくていいの?」

「ああ。どうせ、捨てちゃうから」

 練習に選んだ場所は草野球でよく使われている川沿いの空き地だった。休日以外は人もいないので好都合だった。

「はじめは感覚をつかむだけでいいからな」

 ペダルはこがず、地面を蹴って走るように。自転車にまたがった鈴原へ僕は指示を出した。

 バランス感覚を養ったあとは、サドルを持って補助をしながら走らせ、最後は支えていたその手を放す。幼い頃、父が教えてくれた練習方法だった。

 眩しすぎた夏のせいだろうか。他愛もない会話を交わせることをいつの間にか、当たり前のように考えていた。確かに六月にも話せない時間はあった。しかしこれほどまで深刻には感じていなかった。本当に失うまで、失いかけるまで、これほど大切なものだとは気付かなかった。

 季節がら陽が落ちるのが早い。黄昏時が過ぎて夜が寒さを連れてやってくると、僕らはどちらから言い出すでもなく家路についた。

 放課後の九十分だけが二人でいられる時間だった。それでも一緒にいると、沸々と湧き上がる感情が胸の奥をくすぐった。確かに今の自分は幸せなのだ。僕はそう実感した。


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