file15:女の子の部屋
給食の時間、担任の後藤田に言われて会議室へ入った貫太郎はそこで千博と鉢合わせた。とりあえず挨拶をしたが、二ヶ月の間にふたりには大きな隔たりが出来ていた。逃げようとする千博の腕をとっさにつかみ、貫太郎は殴られてしまった。
翌朝、登校した僕は鮎川から溜め息まじりの責めを受けた。鈴原が休むと言い出したのだ。原因は昨日の出来事だろう。それは容易に想像がついた。
傍から見ればいつも口喧嘩ばかりしていたふたり。しかし僕は鈴原千博が憎いわけではなかった。むしろ理不尽でつまらない拷問のような学校生活の中にあって、それでも笑顔を与えてくれた彼女は特別な存在だった。だからこの二ヶ月間は退屈だった。戻ってきて欲しい気持ちは誰にも負けない気がしていた。
もっとも西村との衝突以来、そんなことはクラスの誰もがわかっていたと思う。だからこそ鮎川は少々の小言で僕を許したのだ。僕の気持ちは誇張され、装飾されて教室の壁を越えた広く学年中へと知れ渡っていた。
放課後になり、鮎川から家に来ないかと誘われた。どうやら鈴原の件で話したいことがあるらしい。特に断わる理由が見つからなかった。あえてあげれば、女子の家だからということくらいだろうか。どちらにせよ、僕は首を縦に振ること以外、考えていなかった。
大きな公園を越え、線路を越えたその先に学級委員である鮎川典子の家はあった。
豪邸と言ってよい。庭にはダルメシアンが放し飼いにされていて、スプリンクラーが芝生に潤いを与えていた。玄関に入ると目の前に吹き抜けのホールがあった。まるで映画やドラマに出てくるセットのようだった。たびたび鈴原の話で耳にしていたが、僕の想像を上まわるほど彼女の屋敷は立派だった。
これが同じ学校生活を送っているクラスメイトの住処なのかと思うと気が遠くなりそうだった。明らかに別世界、別次元だった。僕の家には額に入った絵画など掛けられてはいないし、時計だって単三電池で動く一般的なものである。多分どれも高いのだろう。風で揺れるレースのカーテンですら、お上品に映ってしまった。
鮎川の部屋へと通された僕だったが、そこで衝撃は終わらなかった。出されたオレンジジュースに目が点になってしまった。ストローがついていたのだ。
それにしても女の子というのはこんなにも小奇麗にしているものなのか。高価そうなクッキーを口に入れ、慣れないアイテムでジュースをすすりながら僕はそう思った。室内のあちらこちらに軟らかなクッションがあり、もったりとした甘い匂いが充満している。色彩も雰囲気も自分の部屋とは全く異なっていた。
顔に出ていたのか。鮎川は内心落ち着かない僕に尋ねた。
「女の子の部屋は初めて?」
「いや……どうだったかな」
はぐらかしながら、鈴原の実家へ行ったことは回数に入るのだろうか、と僕は悩んでいだ。
もっとも、あの家屋にはここにあるような物はまるでなかった。それと正月と夏休みの年に二度しか帰らないらしい。では、父親と二人暮しをしている今の住処はどうなのだろう。やはりこの部屋と同じなのだろうか。
「千博のトコはあると思ってたけど」
ドキン、と僕の心臓が大きく脈打った。動作で隠そうとジュースを飲もうとしたが、ストローがなかなか口に収まらなかった。焦っていることはよほどの鈍感でないかぎり伝わってしまったと思う。
本題に入るけど。僕の様子を確かめてから、鮎川はそう言って咳払いをひとつした。
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