file14:久しぶり
あの事件から2ヶ月が経ち、すっかり秋になっていた。そんなある日の教室、男子生徒の数人が千尋のことをネタにしてふざけた。頭にきて、不慣れな喧嘩をしてしまった貫太郎。しかし、新しい担任の後藤田は話を聞いた後、責めることはしなかった。
昼休みの喧嘩以降、教室で鈴原の名を口にする生徒はいなくなった。先生からどんな魔法の言葉をかけられたのか。西村も僕に対して突っかかってくることはなかった。
こうして一週間以上が過ぎたある日、僕は職員室に呼び出されて先生から頼まれごとをした。
休んだ鮎川の代わりとのことだった。自分の給食を持って会議室へと行けと言われた。そこで昼食をとれば良いということだった。
卒業アルバムの製作だろうか。それとも文集の編集作業だろうか。僕は面倒に感じながら会議室の重いドアをゆっくりと開けた。
すると……
「典子、やっぱり石井には……あっ!」
そこにいたのは紛れもなく鈴原千博だった。数ヶ月ぶりに見た姿、待っていた顔が目の前にあった。小学六年生にしては早熟の彼女はしばらく見ないうちに、また少し大人の女性に近づいているようだった。
何かを言いかけていた鈴原は目を丸くして固まり、それから視線を逸らすように俯いてしまった。
僕は驚きと高鳴る鼓動を隠し、冷静を装って話しかけた。
「やあ、久しぶりだな」
先生がここで食事しろって。近くのテーブルに給食を置き、聞かれる前に付け加えた。それがいけないきっかけだったのかもしれない。鈴原は出口へと走った。
このままではいけない、今を逃してしまったら、もう二度と会えないかもしれない。すれ違った瞬間、僕はとっさにそう感じた。そして思考よりも体が先に反応して鈴原の腕を掴んでいた。
「待てよ」僕は消え入りそうな声で言った。
廊下に飛び出しているはずの自分の体が実際はドアまで届いていない。驚いた鈴原はその原因を知り、振り解こうとした。
「は、放して!」
バチン。乾いた音が会議室に響いた。空いていた鈴原のもう一方の手が僕の頬を叩いたのだ。
力のこもった遠慮のない平手だった。一瞬、花火が飛んだように見えているものが明るくはじけた。そして痺れるような痛みが遅れて現れた。
「ごめ……大丈夫?」
ヒザをつき、うずくまった耳に鈴原の声が入った。しかし、僕は何も答えられなかった。殴られたショックからだろうか。感情に敏感だった体が今度は全く動かなかったのだ。無論真っ白になった頭では気の利いた台詞はおろか、『痛い』のひと言すら思いつくことは出来なかった。
口論が発展して頬を叩かれたことはそれまでに何度もあった。引っ掻かれたとことも、ツネられたことだってある。しかし、この日はそれまでと違う気がした。意識していたからかもしれない。とっさの平手に女性的な片鱗を感じたのだ。
しばらくして顔を上げたが、そこに鈴原の姿はなかった。ジンジンとした頬の刺激はすぐにひき、長く残っていたのは意外にも長袖を掴んだ指先の感触だった。彼女が去った会議室の中は妙に寂しく感じられた。まるで夏の花火のようだった。儚くも消えてしまった一瞬の遭遇。それは僕にとって何とも言えない思い出の一ページとなってしまった。
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