file12:真相
2学期になってから顔を合わせていないふたり。貫太郎は先生の言葉やクラスの雰囲気から、千博に何かが起きたとを感じた。転校してしまうのか、それとも……。隣のクラスからやってきた友人の口から、その理由が明かされる。
あらましはこうだった。事件の起きた日、天気予報では晴れのはずだったが、実際には曇りだった。土日の雨を引きずり気温がそれほど高くなかったため、そこで水泳の授業は中止になった。五,六時間目に運動会の全体練習があったため、三時間目は空いている体育館でクラス対抗のバスケット大会となり、四時間目は体育着のまま教室で国語の授業と変更になったのだ。しかし、それらの情報は三時間目の終わりに学校へとやって来た病み上がりの鈴原には伝わっていなかった。
見上げた根性というべきか、鈴原は本調子でないにもかかわらず水泳の検定を受けるつもりでいたらしい。皆の平服しか置かれていない誰もいない教室で水着に着替え始めていた。
普段、着替えるときは男子が先で女子が後という順番の決まりができていた。それは水泳のときも同じだった。更衣室を設けなかったこと、そして当日の変更が不幸な事故の原因だった。
クラスの生徒全員が教室へと戻る。その足音が聞こえたとき、鈴原はちょうど全裸の状態だった。
とても間に合わない。慌てた鈴原はとっさに教室隅の掃除用ロッカーへと駆け込んだ。そこで息を潜め、四時間目の授業と給食、昼休みを乗り切ろうとしたのだ。五時間目の全体練習になればクラスの全員が外へ出る。しかし、それは淡い期待であり、決して上手くいかないことは明白だった。
最後の砦が暴かれたのは四時間目も半ばに指しかかった頃だった。微かな物音を聞き逃さなかった数人のクラスメイトによって授業は中断された。みんなの注目する中、ロッカーの扉は開けられたらしい。
それからの話はよく憶えていない。耳に入れたはずだが、まるで笊だった。気がつくと六時間目の授業が終わっていて、友人の姿は何処にもなかった。自分の顔から血の気がひき、青くなっているのがわかった。
千博の前では知らないフリをしてよね。掃除のとき、他の誰にも聞こえないように注意した鮎川の言葉が頭から離れなかった。もちろん言えるはずがなかった。それどころか次に会うとき、いったいどんな顔をしていれば良いのか僕にはわからなかった。
僕はそのまま家に帰ることをためらい、学校近くの公園へと足を運んだ。ブランコもなければ滑り台も砂場もない。しかし、休日になると犬の散歩だけでなくサッカーや野球の練習などにも利用されている町で一番の広さをもつ芝生があった。
駆け出し、豪快に転んで仰向けに空を見上げた。しかし、そこに晴れた青空はなく、代わりに複雑な雲の重なりがあった。綺麗ではあったが、まるで自分の心を投影しているように思えた。
手の甲に触れた草の葉はひんやりと冷たく、秋の訪れを実感させられた。あの眩しかった夏は終わったのだ。
そのとき、いつの間にか張り詰めていた緊張が解け、僕の目から涙がこぼれた。
他愛もない口喧嘩をした後の鈴原。ノートに落書きを描いた鈴原。そしてあの秘密の砂浜で輝くような笑顔を見せた鈴原。彼女と出会ってから二年間、その記憶の断片が走馬灯のように浮かんでは消えていった。
自分が恥ずかしい思いをしたわけではない。それなのに食欲が湧かず、壁掛け時計の音を聞く他に何もする気になれなかった。深く息を吸うたびに胸の奥がズキズキと疼き、そして陰鬱な気分が倍加した。僕は自分の部屋で布団に顔を埋め、時折り弱い溜め息を吐いた。
全ては運が悪かったのだ。不用意だった鈴原に対する憤りが芽生えるたび、傲慢な僕は必死に掻き集めて他へと転嫁した。
自分もあの場所にいたら、という考えが湧き上がるたび、そんな卑しさを責めた。男子全員の記憶を奪い去りたいと思った。心が沈み、後悔に打ちひしがれた。
少し余裕が出てくると、鈴原はこれよりも辛い思いをしているのだろうか、などと考えたりもした。同性である女子は数えずとも、僕を除いたクラスの男子全員が鈴原の裸を見たのだ。どんな状態であったのか現場に居合わせなかった自分にはわからないが、それでも彼女の受けた心の痛みは察するに余りあった。他人であるはずの僕ですら苦しかったのだから。
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