魔法を覚えよう 一話
日常的な話が続きますが、主人公が魔法を覚えようとしている話です。
楽しんで頂ければ幸いです。
ロックリザード討伐をした日から一週間が経過した。
この世界では別に七日で一週間という曜日の切りが無いのでこの表現が正しいのかは分からないが、とりあえず一週間経ったと思っておく。
あの日に朝食を食べた後で冒険者ギルドに出向いたが砦防衛作戦とロックリザードの一件でこの街の冒険者の間では俺の実力が知れ渡っており、低ランクの討伐依頼を他の冒険者から横取りする訳にもいかず、それ以外となると碌な依頼が無かった為にここ数日はシルキーに回復魔法などを教えて貰ったりしている。
この数日の間に最初にあの宝石型モンスターなどを討伐した報酬が冒険者ギルドから支払われたのだが、これがなんと金貨で一万枚!!
当然その殆どは宝石で支払われたが、五百枚程度は金貨のままで受け取っている。
ここまで資金があれば後は装備を整えて魔王討伐と行きたいのだが、肝心の魔王に関する情報収集や魔力強化と魔法の習得が上手くいっていないので、とりあえず魔法修行を少しの間だけ続ける事にした。
俺が魔法を教えて貰っているシルキーは魔法使いでは無く、アーク教の巫女なので強力な攻撃系の魔法は使えない。
しかし、回復魔法は失われた四肢まで再生可能な再生の奇跡まで使えるという事なので、最初にいった回復魔法に自信があるという話は嘘ではなかった。
傷を治す程度の魔法はアーク教徒ならば誰でも使えるそうだが、再生系の魔法はかなり貴重なのだそうだ。
回復魔法を教えて貰う際に俺もアーク教に入信しなきゃいけないのかと思ったが、この世界の治癒魔法などは別に神を信仰していなくても使えるらしく、今は初級回復魔法の癒しを教えて貰って練習している。
癒しを使って傷を治すには怪我をしないとダメなんで、対象は近所の野良猫とかだったが……。
確かにこの世界では男である俺の魔力が少しずつではあるが伸びていた。と、いうことは男の冒険者も魔法を使い続ければ魔力が成長するんじゃないかと思ったが、そもそも一番魔力を必要としない魔法の発動に必要な魔力ですら殆どの男性は持ち合わせていないそうで、成長するしない以前の問題らしい。
俺は元の世界の女性に比べても低いとはいえ、魔法を教えて貰い始めた時点で百程の魔力があった為、明かりを灯す朧灯などの魔法が使えるので大丈夫だったという事だ。
実際毎日十程度ずつだが確実に魔力が上がっている。
他の能力に関しては測定不能なんで、上がっているかどうかすら分からないが。
「見て見てこの服、可愛いと思わない? それに、なんだか知らないけど、いろいろサービスしてくれたの♪ 下着とかなんだけどね……」
余程嬉しかったのか、あれから何度か買ってやった服を着たシルキーが俺の前でファッションショーみたいな動きを披露してくれる。下着とか言うセリフは流石に少し恥ずかしかったのか、割と小さ目の声だったな……。
二着買ってやった服はそれぞれのデザインを割と変えていた為に、今着ている二着目の服はさっき受け取りが終わったそうだ。
おそらくサービスで付けてくれたという下着は、短期間に色々まとめて購入した俺の連れか何かだと思われているからだろう。
二度目に靴や靴下を買いに行った時に完全に上客と判断されたらしく、お連れ様へのプレゼントにこれも~などと色々と商品を勧められたからな。
些細なことかもしれないが、意外に着やせしてたのか、この服を着ていると結構胸が大きく見えるんだが。
パットか何かで盛ってるのか? にしては形が自然だし……。
……ああ、宿屋や酒場にあれだけツケがあった禁欲生活だから、胸のサイズが大きくなっても下着を買い直せなかっただけか。
現時点でエロ本マニアかと思ったが、このシルキーは流石に食費を削ってまでエロい欲望を優先するとは思えないしな。
「良いデザインに仕上がったな。可愛いし動きやすそうでなによりだ。アーク教の巫女用の刺繍も金糸なんかを使うと其処まで栄えるんだな」
「でしょ♪ アクセサリー代わりの魔道具も栄えるし、すっごく素敵なんだ~♡ 買ってくれてありがとう♪ でも私、討伐とかあまり役に立ってないんだけど……」
胸に視線を流したら偶然目に入った対衝撃能力性能の魔道具も、今は魔力が充填されて発動して淡い光を放っていた。
シルキーは魔力が高いので、耐久力が低下しても魔道具の回復が早いそうだ。
これで軽い衝撃に関しては暫く問題無い。
「どういたしまして。こうやって魔法を教えて貰えているんだから十分だよ。まさか火弾がまともな威力で使えるようになるとは思わなかったぞ」
「低レベルの火弾が使えるようになったのがそんなに嬉しいの? 氣を使ってあんなに凄い斬撃が使えるのに?」
「嬉しいさ。元の世界で攻撃魔法が使える男なんて居なかったしな」
正確に言えば男はほぼ全員魔力が低いので、初級とはいえ火弾クラスの魔法を使っても意味が無いだけだ。
魔力が五十以下だと通常は拳大の火の弾を高速で撃ち出せる火弾が、ビー玉程度の大きさの火の玉をふわふわと数センチ漂うだけの威力にまで落ちる。
当然真魔獣との戦いの役に立つはずも無く、日常生活で使うにしても火が必要ならライターなどを使った方がよっぽど早いし、魔力が五十以下だと懐中電灯代わりの朧灯クラスの魔法ですら発動まで行かないというのだから話にならない。
「剣を使ってあんなに攻撃力があるのに、魔法まで使いたいの?」
「命懸けの戦いはな、これだけあれば十分なんて事は絶対にないんだ。何かを失った後であの時あれを覚えていれば、あれを使えるようになっていればと後悔する位なら、そうならないように可能な限りの努力をすべきなのさ」
流石にアレに手を出す事だけはしたくないが、今の状態で使える手札は可能な限り増やしておきたい。
「ホントに凄いよ。そこまでしなきゃいけない世界だったんだね」
「あの世界は毎日が命の安売りセールだ。だが、いつか真魔獣は殲滅してやる。一匹残らずな……」
一番早い方法は封印窟をもう一度封印する事だが、そうすると魂を喰われた人が救われない。
あの世界の場合、何処かで誰かを犠牲にしなきゃいけないのは最後まで変わらないんだろう。
◇◇◇
ここ一週間で俺が使えるようになった魔法は全て低級に属する魔法で、攻撃に使えるのは魔力で作りだした物理弾を撃ち出す魔弾、拳大の水弾を撃ち出す水弾、そして火弾の三つ。
それ以外だと暗い場所で使えると便利な朧灯と、軽い怪我などを治せる回復呪文の癒しの二つ。
元の世界だと朧灯を使うより携帯型のライトを使った方が早い、しかしこっちの世界では魔石とやらを利用した携帯行燈っぽいのが銀貨五枚と非常に高価な上、定期的に交換が必要な魔石が銀貨一枚もする。魔法が使えないのにお金を惜しんだ場合、暗い夜に月明かりだけを頼りに行動する事になり、暗いからといって高価な魔石を必要とする携帯行燈を使い続けるのはあまりにも効率が悪い。
つまり、僅か五つの魔法でもあるのと無いのでは話が変わって来るので、俺は十分に満足している。それに冒険者カードを見ると今の俺の魔力は二百近い。
この成長速度は異常だとは思うが、このまま上がり続ければ元の世界に戻る頃には、嵐系の魔法まで使える様になりそうだ。
さぞかし驚かれるだろうな。
「これだけでもこの世界に来た甲斐があるな。特に癒しなんて軽い怪我の時に役立ちそうだ」
「ん~、今の回復量だと自然治癒よりすこしマシ程度だよ? 魔力の消費量から考えるとマイナスっぽいし」
「そうでもないぞ。仮に戦闘中に足を捻挫でもしてみろ、状況次第では次の一撃を繰り出す時に生死を分ける可能性だってある。それに氣と魔力の両方が使えれば戦術の幅も広がるぞ」
無いよりマシの物でもやっぱりあればかなり状況が変わる。
◇◇◇
俺の剣の方は今日の朝ようやく出来上がったそうで、今日の魔法の練習を始める前に受け取ったばかりだ。
あの鍛冶屋が生涯最高の出来だとか言っていたからどんなものかと思ったが、見た目に比べても軽く拵えも俺の手に合わせてくれたのでよく馴染む。
憶えたばかりだが、魔法と組み合わせれば更に戦いが楽になりそうだ。
「本気で魔法を覚えたいなら魔法使いギルドに行ってみる? 今の師狼でしたら本職の人に教えて貰えば、結構強力な魔法も覚えられるかもしれませんよ?」
「高威力の大魔法系も確かに使いたいけど、どちらかというと拘束系とかの搦め手が欲しいかな? 剣で戦う事も想定に入れてるから」
「魔法使いギルドでもそっち系の魔法は大魔法よりかなり信用が無いと教えて貰えないよ? 拘束系の魔法は魔力が低くても使えるけど、その……、普通じゃない使い方をする人も結構いるって話だし」
ん?
誘拐とか犯罪系?
男は殆ど魔法を使えないから、女性の中でも悪女とか呼ばれる部類の人間の犯行なのかな?
「流石に拘束魔法が使える男の人はいないんだけどさ、年下の男の子を無理やり拘束して押し倒しちゃう女の人も結構いるの。あと、特殊なプレイとか……って、仮にも貞淑なアーク教の巫女に何言わせるのよ!!」
「勝手に言ったんだろ……」
貞淑とかどの口で言いますか?
やっぱりこいつの中身はあの見習エロ女神だわ。
説明する時にやけに手の動きがリアルだったし、ちょっと瞳に危ない感じが感じられたしな。
それにエロトークを楽しそうにしていたあの目は、妹の紗愛香が俺を襲おうと考えている時と同じ目だ。
「拘束系があればトドメの一撃を入れやすいと思ったんでな。威力のある大技は相手が動いてると躱された時のリスクがデカすぎるんで、極力そこをなんとかしないといけなんだ」
多重絶対防盾のシールドを一枚、拘束用に使う時があるけどあれは威力を増幅するフィールドをひとつ無駄にするから結構デカいんだよな。
ハッキリ言えば技の威力が半分になる訳で、出来れば別の拘束手段を用意したい。
「あんなに強いのに色々考えてるんだね」
「考えてるからそこそこ強いのさ。どんなに速くて強かろうが、ネタがばれて対策されたらおしまいだからな」
確かに宝珠ってどれだけ対策されても無敵な力は存在する。
その代償として、完全に人間辞めなきゃいけないけどな!!
「やっぱり一度魔法使いギルドに行ってみない? 知り合いの魔法使いに頼んでも良いんだけど、覚えられる魔法にも限度があるし」
「遠いのか?」
「冒険者ギルドとは結構離れてるね。冒険者ギルドはこの前も魔物が侵攻してきた砦がある魔王領に近い北側だけど、魔法使いギルドはやや南寄りの西側だから」
この街はかなりデカい。
街の周りをぐるりと丈夫な石壁で囲まれているんだが一周回るのは本当にひと苦労で、端から端まで直線で歩いても結構な距離になる。
毎日走ればさぞいい運動になるんだろうな……。
「しかし徒歩とは、みんな足が丈夫なんだな」
「ある程度お金を持ってる人はああやって乗合馬車を利用するし、本当にお金を持ってる人は個人で馬車を持ってたりするよ? あと、魔法使いは飛行系の魔法を持ってたりするし、男性でも極稀に氣で空を飛べたりするけど、壁の内での飛行魔法は使用禁止だから気を付けてね」
「危険だからか?」
「……ヒント。空を飛べる飛行魔法が使えるのは女の子が殆どで~す。男性だけOKにしちゃうといろいろ問題があるから、全面禁止になったの」
「そっちが理由か!! 対策しろよ!!」
確かに、コイツみたいなひらひらした服なんて着てたら、男どもが迂闊に上を向けなくなるじゃないか。
……そこまで女性の下着に興味がある訳じゃないがな。
「乗っていくか?」
「……健康の為に歩きましょう♪」
一瞬だが、卵サンドって呟きが聞こえた。
俺はかなり視力も良いからこの距離からでもあの文字が十分に見えるが、駅っぽい乗合所の看板には【西門行き銅貨十枚。北門行き銅貨十五枚】と書かれている。
乗車賃が卵サンド一皿分な訳ね。
「俺は氣で身体能力を強化してるから平気だけど、シルキーは大丈夫なのか?」
「うん、魔力でも少しは身体能力の強化が出来るし、街を歩く位だったら平気だよ」
魔力系の身体強化魔法とか、レアすぎて聞いた事も無いんだが。
一応断っておくが、元の世界だと高い魔力を持った少女達は殆ど全員が魔法の指輪で魔法少女に変身して身体強化されてたから必要ないって事情もある。
ただこの魔法は危険だ、氣での身体強化が俺達男の唯一といっていい誇れるステータスなのに、こんな魔法が元の世界で俺達男の立場が本当に無くなるぞ。
「どの位強化できるんだ?」
「最高で五割増し位。それでもないよりマシでしょ?」
「五割か……、妥当な線だな」
よし、五割程度なら問題無い。
それに貴重な魔力を消費して身体能力が五割増し程度じゃ元の世界で使う人間なんて殆どいないし、真魔獣との戦闘には殆ど何の役にも立たないだろう。
奴らとの戦いはそんなに甘くないからな。
「でも暑いのは変わらないんだよね~。男の人がうらやましい」
「その辺りを無効化できるのはかなり高い氣を持ってる一部の人間だけだぞ。それに暑いのが嫌なら耐熱系の魔法を身体の周りに薄く張ると良い」
「え? ああっ、そんな手があったんだ!!」
元の世界でも、人間が行動するには不向きな状況に真魔獣が発生する事もあるので、魔法学の授業で知識としては教えられている。
シルキーの話だとこの世界での耐熱系の魔法は、溶岩地帯などで魔物退治をするときに使うそうだ。
流石にそんな場所は行きたくもないが……。
読んで頂きましてありがとうございます。