街道解放記念大宴会
ロックリザードを討伐後の宴会の話になります。
楽しんで頂ければ幸いです。
ロックリザード討伐を終えたその日の夜。
冒険者ギルドはあの珠を確認した後で急いで王都に早馬を走らせ、街道の安全が確保された事を報告した。
これで王都との交易が再開されるため、この街の食糧品など生活必需品の品不足も少しは解消される筈だ。
依頼を受ける時にあまり詳しくは確認していなかったが、今回の依頼主は領主と商人ギルドで成功報酬として金貨にして三千枚相当の宝石を受け取った。
流石にあの魔物侵攻の十分の一程の額だが、逆に考えればあのロックリザードの被害がそのレベルまで看過できない物だったという事だ。
だったらさっさと王都から討伐隊を寄越せばいいだろうに。
「王都の兵や冒険者は滅多な事じゃ動きゃしねえよ。それより呑め呑め!!」
「我が身が可愛いのは何処の国の権力者も同じか……。この街が落ちれば次は王都だろうに」
「王都には優秀な魔法使いがいるし、重武装の騎士団もいる。王都に限ってはあの宝石型魔物の魔法にも対抗手段があるんだろう」
今は俺が泊まっている宿屋兼酒場で大々的な宴会が行われている。
確かにあの男は酒を奢ってくれたがそれは最初の一杯だけで、いつの間にやら残りの支払いは全て俺持ちとなっていた。
酒場から要求された額は前払いで金貨百枚。
それでこの日の飲み食いは全て賄って飲み放題食べ放題。もちろん最初にある程度の料理を提供した後、追加でいろいろ料理を作ってくれるという事なのでその点に関しては文句が無い。
しかし、街道が解放された事もあって皆手放しで喜んでいるが、その立役者である俺がこの宴会の支払いをする事に関しては今一つ釈然としないが、あれだけの報酬を貰った身としては致し方ないのか?
いろんな奴が声をかけてきたが、ワインの入ったデカい木のコップを片手にシルキーが近付いてくると、みんなそそくさとテーブルを離れて行った。
「聞いてください師狼!! ひどいんれすよぉっ、卵サンドが、卵サンドの値段がこれからも銅貨十二枚で据え置きになるってぇ~!! あれだけが毎朝の楽しみなのに、このまま値上げなんてされたら、また味気ない塩味の付いた硬いナガパンを何日かに一度食べないといけないんだよぉっ!!」
「かなり酔ってるな……、食べ物類の値段はあげたままって話は俺も聞いた。商売人が一度上げた値段をそう簡単に下げる訳ないだろう」
やっぱり便乗値上げだったらしく、今回の品不足からの値上がり分に関しては殆どが価格据え置きのままだった。
ちなみに、塩味の付いた硬いナガパンの元の値段は銅貨三枚だ。
たかが銅貨二枚だと思うが、この程度の値上げでも冒険者でもない人にとっては結構デカい。
あまり稼ぎの無いシルキーも同様で、何度も机を叩きながら卵サンド卵サンドと繰り返していた。
こいつの酒乱は割と有名らしく、他の冒険者は一向に近付いて来ない。
今日は飲み放題だが、普段は水代わりに近い割と薄めのワインの値段は木のコップになみなみ入って一杯銅貨五枚。この倍近いちょっと濃いめのワインは銅貨八枚で、水無しの場合相当に濃いが銅貨二十枚だそうだ。
おごりとはいえちょっと濃いめのワインを何杯も一気飲みしながら、散々愚痴をこぼしまくるシルキー。
こんな事をしてるとアーク教の評判が落ちるんじゃないかと心配になるが、冒険者の中に酒の席の事を持ち出す様な無粋な人間はいないという事だ。
今回のロックリザード討伐の報酬は折半しようとしたのだが、その前に魔道具や服を買ってやっていたシルキーが、あれだけ色々貰っておいてほとんど見ていただけなのに報酬は受け取れないと言い出したので、とりあえず金貨三百枚だけを手渡した。
金貨三百枚もあれば卵サンドがいくらでも食べ放題だと思ったが、アーク教の巫女という地位になれば、どうやらそのうちの半分をアーク教に収めなければならないらしく、残った百五十枚のうちの百枚も今迄散々溜めていたこの宿屋などの代金を支払って消えたそうだ。
残り五十枚もこれからの生活費として大部分を残す必要があるらしく、一日に使えるお金は精々銀貨一枚らしい。
…………世知辛いな。
「卵サンド~~~~~~~~っ!!」
「はいよ、卵サンドおまち」
卵サンドの連呼を注文と勘違いしたのか、店員が大皿に乗せた大量の卵サンドを運んできた。
酒のツマミとしてはあまりあわないと思うが、シルキーは瞳を輝かせながら卵サンドに手を伸ばしている。
「いただきます…………。やっぱり美味しぃ~♪ タマゴサンドぉ~♪」
「シャケの唐揚げもあるぞ。ほら尾びれの部分だ」
「ありがとぉっ!! シャケも美味しぃ~。一日に二度もシャケが食べられるなんて、まるで夢みたい♪」
銀貨四枚分の夢か……。
随分とリーズナブルだな。
◇◇◇
重度のブラコン妹、紗愛香に起こされずに済む安心で安全な清々しい二度目の朝。
昨日の疲れが癒されてゆくのがわかる、睡眠とはこうあるべきだよな。
睡眠とは間違っても妹の襲撃に怯えながら眠る行為を指すべきではない。
しかし、俺は断じてこの状況に慣れてはいけない、慣れきって無防備なまま元の世界に戻れば、次の日に俺は確実に襲われるだろう。
人口の激減による法改正で元の世界では合法になっているとはいえ、俺としては実の妹とそんな関係になるつもりは欠片も無い……。
「ドアにあんな簡易型の鍵を閉めるだけでいいなんていい世界だな……」
ドアにはちょっと太めな鉄の鍵がかけられる。
十分に頑丈だと思うが、あんな鍵をひとつ付けるだけでは紗愛香がいた場合は即座に開錠して入って来るにちがいない。
魔法耐性の無い鍵など掛かっていないのと同じだからな。
元の世界での俺は寝る前に必ずトイレを済ませて、水分の摂取は極力控えなければならない。
夜中にトイレに行く回数を減らす事が目的だが、元々は寝ぼけて鍵をかけ忘れるのを防止する為で、トイレにいっている隙に紗愛香が部屋の中に潜んだりする事を防ぐ為でもある。
「下着や服も着替えたし、洗濯物はこの袋に入れて宿に渡せば洗濯までしてくれるらしい。至れり尽くせりだな」
洗濯は専用の袋に汚れた服などを入れた状態で預け、一袋にどの位洗濯物がはいっていても代金は銀貨一枚。
だからだいたい限界ギリギリまで溜めてから出すそうだが、下着類もあるしそんな真似は出来ないよな……。
◇◇◇
「これをお願いしたいんだけど」
「……本当にいいんですか?」
袋を洗濯物の受付に出したらマジデスカって顔をされた。
「代金の銀貨一枚。問題無いですよ」
中に入ってるの下着上下と上着とズボン、それに靴下。
僅かこれだけの量でお願いするのはかなり常識から外れているらしい。よく見たら受付の奥のかごにはパンパンに詰まった袋が山積みされている。アレが普通の状態なんだろうな。
靴下と靴は昨日宴会が始まる前にあのドレヴェス商会で買い足した。
夏だという事もあり日が落ちていなかったとはいえ、こんな治安の悪そうな街で割と遅い時間まで開いている事に驚いたが、衛兵や冒険者が深夜まで歩きまわっているらしく、意外にも盗賊なんかは少ないらしい。
割と高額な賞金目当てに見つけ次第捕まえて警備兵の詰め所に引き渡すそうで、夜には盗賊を捕まえる為に巡回専門の冒険者まで存在している。
何処でも需要と供給があるもんだな。
◇◇◇
俺の今日のメニューは控えめに朝定食。
ワンプレートに炒めたご飯とウインナーが三本、それに焼いた鶏肉っぽい物が数個とスープがついて銅貨三十枚。
紗愛香が作ってくれる朝食には遥かに劣るが、普通に食事が美味いのはこの世界の良い所ではある。
他の飯屋で食べていないのでわからないが、この宿屋の料理人の腕がいいだけかもしれないけど。
「おはよう師狼。今日は早いんですね」
「おはよう。今日も元気そうだな」
一階の食堂で朝食を食べていると、シルキーがやってきて正面の席に座った。
昨日あれだけワインを飲んだのに二日酔いになっていない事から、悪酔いはするけど酒には相当強いって事か?
酒を飲んでクダを巻いていたのはストレスがたまってるから?
ああ、禁欲生活中か、コイツは……。
店員が来て早速注文をしていたがちょっとした違和感がある。注文時の指の数が二本以上あった気がするのは気のせいか?
「今日はどうするの? とりあえず冒険者ギルドで依頼を見る? それとも、昨日依頼を終わらせたばかりだから、数日お休みでもいいですけど」
「依頼状況次第だな。昨日の話だと街道が自由に通れるようになったから、護衛関係の任務が増えるっぽいこと言ってたし、行商人が増えれば盗賊や魔物の被害も増えるからそっちの討伐依頼も増えるって言ってたな」
この世界にも山賊や盗賊は存在する。
山賊どもはいつ出現するか分からないはぐれの魔物を処理できる実力はあるらしく、真面目に討伐隊にでもなればいいのに行商人も襲う為に全員賞金がかけられている。
退治する事でそいつらが処理していた魔物の被害が増えるんじゃないかと思ったが、どちらにしろ冒険者に魔物の依頼が行くので問題は無いらしい。
「あの、元の世界がどんなところか知りませんが、師狼は人を殺す事に抵抗は無いんですか? 山賊や盗賊とはいえ相手は人なのですよ?」
「無実な人が何かに殺されたりするのを見るのはやっぱりつらいよ。殆ど日常みたいな感じだけど」
殺されるというよりは、食われるだけどな……。
真魔獣がひとたび出現すれば、被害者がゼロという事はあり得ない。俺達やバスターズが到着するまでに被害者数が二ケタで済めばかなりいい方だ。
真魔獣を擁護する人間など居ないが、バスターズや俺達に敵対する場合はいかなる理由があっても速やかに排除する事にしている。
一度でも人類の敵と認識した奴の人権は即座に消滅するのが俺達の世界の決まりだ。
真魔獣に食い殺されるという死よりも辛い最後がすぐそばに佇んでいる世界では、犯罪者や敵に対してかける温情など欠片も存在しない。
「悪人を殺す事にためらいなんて必要ない。真魔獣と同じ様に必要ならすぐ処理するさ」
「師狼の世界も厳しいのですね」
あの見習エロ女神も自分の管理する世界の中で滅びる可能性が一番高いとか言っていたしな。
僅かひと月の間ですら真魔獣に誰一人喰われない事など無い。
低級の真魔獣は頻繁に出現し、無慈悲に周りにいた人を貪り食う。
上級や戦士級の様に凌辱的な喰い方をしないだけまだマシな位だ。
ようやく出来たのか、店員がおぼんに乗せた料理を持って来た。
「お待たせしました。卵サンドと山羊のミルクです」
「いただきま~す♪」
卵サンドの数が多い……。
あれ多分三人前くらいあるよな?
注文してた時に指の本数が三本だったし、卵サンドの値段が十二枚にしては支払っている銅貨の枚数が多かった。
昨日会った時にはもうかなり喰い終わってたって事か?
そういえば分けてやったシャケを横に乗せられるくらいに皿のスペースに余裕があったしな。
卵サンド一人前だけなら、あそこまで皿に余裕はない筈だ!!
「師狼のおかげでしばらくは卵サンドを我慢しなくて済みそうです♪ 毎日食べてると銅貨数枚の差も馬鹿にならないんですよ~」
「討伐任務はともかく、納品任務の依頼料がもう少し多ければいいんだろうけどな」
討伐任務は最低でも銀貨五枚は貰えるが、昨日納品任務の報酬額を見たら銅貨で二十枚とか三十枚程度の依頼が殆どだった。
この酒場で提供しているシャケの唐揚げが銀貨二枚だった事を考えれば、あれ以上依頼料をあげれば赤字になるんだろうな。
「あれでもマシになったんだよ? 以前はあまりにも報酬が低すぎて直接店に売りに行く冒険者もいたんだから」
「冒険者自身で交渉できるならその手もあるな。冒険者ギルドの存在意義を問われるだろうが……」
冒険者ギルドなどは冒険者と依頼主の橋渡しが主な仕事で、それを冒険者自身がやるようになれば誰も冒険者ギルドに依頼を持ち込まないだろう。ほぼ確実に冒険者ギルドは依頼者と冒険者から中間利益を搾取している筈だからな。
街の何処か……、たとえば酒場や宿屋なんかに依頼をして、内容の書いた紙を貼りだして貰えばいい。
「今はその手の依頼は禁止されてるよ。依頼料の交渉がこじれて殺傷事件に発展した事もあるから」
「まあ、交渉事が上手い奴ばかりじゃないだろうし、気性の荒い冒険者が依頼料に満足しなけりゃそうなるだろう?」
「だから今は素材の買取とかも冒険者ギルドが専門で受け付けてるよ。そういえば昨日のロックリザードはどうしたの?」
「かなり安く買い叩かれた。上下真っ二つだし、その後もザクザク試し切りしたから素材としても使い難いんだと。肉も血抜きしてないから……」
店員が大きなトカゲが描かれた大きな板を持って来た。
なんだあれ?
「昨日入荷したロックリザードのステーキ!! 一人前銀貨三枚だよ!! 数量限定だから早い者勝ち~♪」
「安くって、いくらだったの?」
「ちょうどあのステーキ一枚分かな? 商売人はたくましい」
血抜きもしていないあんな状態では、おそらくまともに食える部分はかなり少なかった筈だ。
冒険者ギルドからいくらで買い取ったのかは知らないが、丁寧に下処理をして形を整えれば何とか利益が出る量が確保できたんだろう。
引き取った素材をいくらで売ろうが俺には関係ない事だ。
注文している剣が仕上がるまであと五日。
適当に討伐任務でもするかな。
読んで頂きましてありがとうございます。




