見習女神に呼び出された俺が救う世界
ずいぶんと感覚があいてしまいましたがこのシリーズはこの話で完結となります
最後の一話になりますが、楽しんでいただければ幸いです
魔王軍を殲滅した後で一応辺りを探索したが、他の魔王軍や後詰の予備兵力も存在していなかった。
魔王領側に温存している残存兵力があるならば、この際ついでに殲滅してやろうと思っていたんだが、その必要はなかったみたいだな。
この辺りの緑色の結晶が消滅しているという事は、あの暴虐のカエデスという奴が魔道具を所有していたんだろう。四天王とか言ってたし、あいつが持っててもおかしくはない。
もしかすれば、これで他の大陸の結晶も崩壊して魔界化が解けているかもしれないな。
そうなった場合にはそこを占拠していた魔族とかはどうなるんだ?
魔素不足で滅んでくれてれば面倒が無くていいんだが……。
「あまり遅くなると日が暮れるから、そろそろ帰還するか」
全身に氣を纏わせてリトリーニ方面に向かって全速力で空を駆ける。
金色の翼で渡り鳥とかを巻き込まないように気を付けて飛んでいたが、一時間程で目の前にリトリーニが見えてきた。
砦の上空は少し前に通過したけど、この辺りには当然被害なんて出ていないようで何より。
一応、あの六十万を囮としてその間に別動隊にリトリーニを襲わせるって予想もしていたんだが、杞憂に終わってよか……、ん? 門の所に何人も集まってるな。
「まさかその日のうちに帰ってくるとは……。六十万もの魔王軍はやはり無理だったのか?」
「その可能性はありますが、鏡原が手に負えないなどというとは思えませんが」
「師狼の事だから、間違いなく討伐終了してると思うけど、流石に早すぎですよね」
「兄様ですし……」
アルバートとアスセナ、シルキーとミルフィーネの四人か……。
領主がろくな護衛もつけずに何やってるんだ? ミルフィーネがいれば下手な護衛より頼りになるし、結構な戦力を率いていないと返り討ちにあうのは間違いないだろうけど。
四人で何か話しているようだが、流石に会話までは聞こえてこないな。
それにしても連絡もしていないのに俺が戻ってくるのがよく分かったなって……、これだけでかい翼が見えりゃわかるか。
今回の討伐でまた能力があがったのか、発生する翼が一段と大きくなったしな……。
◇◇◇
「ただいま。魔王軍の殲滅は成功したし、火炎嵐で念入りに焼いておいたから疫病が流行ったりとか、生き残りがいる事は無いと思うんだけど」
「そこまでやったのか……。一応だが確認の為に現地の調査には冒険者ギルドが用意した部隊を派遣する。明日の早朝にも出発させるが、戻ってくるのは早くて半月後だ」
「半月後か……。あれだけ距離があれば仕方ないだろうな」
俺みたいにマッハ超えて飛べればすぐだが、通常の手段を使えばそのくらいの時間がかかるだろう。
それでも半月というのは相当に早い。いったい何を使ってあそこまで往復するんだ?
あそこの調査だけでも結構な日数がかかる気がするんだが。
「兄様、今回は同行した技術者が破壊された砦の転送機を修理するそうなので、帰る時間を大幅に短縮できるのですよ」
「転送機?」
「ああ、特定のエリアに人や物資を送り込む魔道具が存在しているのだが、魔王軍の侵攻があったので転送機に繋がる通路を破壊していたんだ。鏡原が出現した時に皆あまり驚いていなかっただろう?」
そういえばそうだったか。
それを修理してもらえるなら、シルキーたちと一緒に魔王討伐に向かう時に楽になる。
「以前から転送事故は何度もあってな、死亡事故などは起きなかったが転送先が少し狂う事はわりとあった。その時にちょうど鏡原が出現した時のような状態だったんで、周りの者は不幸な事故に巻き込まれた誰かだとし思っていなかった訳だ」
「それ今までよく死亡事故が起こらなかったな」
「転送フィールド内には特殊な結界が張られるし、転送先にも同じような結界が発生するので死亡事故とかはありえないな。設定上の問題で上空に座標が狂う事は無いし」
地上から数メートルとか、何かそういった制限でもあるのか?
まあ、安全でないと使えないよな……。
「リトリーニから王都に通じる転送機はないのか?」
「以前はあったぞ。魔王軍が砦に攻めてきた時に魔王軍に利用されることを恐れて機能を停止させたが、今回の調査で安全が確認されれば再稼働させるだろう」
「転送機は便利といってもあまり大掛かりな転送はできないんだ。精々人を一人送り込むくらいで、一人転送させた後は十分ほど送れないし、連続使用は一日に十人ほどだ」
それでも四天王クラスの奴を一人でも送り込めればかなり違うだろう。
深夜に一人ずつ送り込んで内部から侵略する手もある。
即座に機能を停止させたのは英断だな。
「北の砦周辺の安全が確認され次第、王都から兵が送られて北の砦を再建するだろう。そうなればこの国は魔王軍侵攻前の状態に戻る。失った人命と破壊された街以外はな」
「他の国が壊滅しているので、その後は領土を拡大し放題って訳か?」
「状況次第だな。奪還した領土を再建するだけでも数十年かかるだろうし、他の土地にまで手を出す余裕はないだろう」
ホントにそうか?
一度領土に組み込んでしまえば、その後で元の国が勢力を取り戻しても何とでもいえるからな。
それにこの状況から数十年で国力を回復できる国などないだろうし、もし国を再建したとしてもある程度人口が増えたところで援助と称して併合する事も可能だろう。
「そのあたりは上に任せるとして、今日は魔軍の討伐で疲れているだろうから休んで貰い、明日詳しい報告をして欲しい」
「大した敵じゃなかったが、割と手間だったからな。そうしてくれると助かる」
「六十万の魔王軍が大した事が無いか……。鏡原がこちら側についてくれて本当に助かった」
流石に俺が魔王軍側に着く事は無いと思うけどな。
見習い女神のシルキーも魔族側に加担しそうにはないし。
「今日の所はゆっくり休んで、詳しい話は明日だな」
このままリトリーニの宿に戻ってこの日はそのまま就寝。
そして、次の日に状況説明だけ済ませて、そのまま一週間ほどが過ぎた……。
◇◇◇
いつも通り宿の食堂で飯を食っていると、息を切らしたアスセナが駆け込んできた。
こいつがここまで慌てるって何かあったのか?
「緊急事態だ!! 物凄い禍々しい力を放つ魔族が街道の脇にある遺跡から姿を現して、真っ直ぐリトリーニに向かっているらしい」
「魔族? しかも王都方面から?」
「ああ、何故か知らんがこっちに向かってきている。あれほどの魔族が潜伏していたとは考えられないので、おそらく……」
つまり、魔族側が隠していた転移装置があの倉庫の他にももうひとつあったって事か。
でも、なんでこの街に? そのまま王都を責めれば魔族の勝ちじゃないのか?
「とにかく、もうすぐこの街に辿り着く、ここの冒険者も前よりましにはなっているんだが、腕利きや足の速い冒険者は調査に向かわせたんで残った冒険者は実力不足なんだ」
「あれだけ魔族を叩きのめして、まだ戦力が残ってるとは普通考えないからな」
六十万も戦力を失って、まだ諦めないってのは称賛に値するけどな。
……もしかしてあの大群が壊滅したのを知らない?
門を抜けると、そこには三体の魔族がわざわざ大きな椅子を作り出して踏ん反り返って座っていた。
あ~、この世界に来た時の俺だったらこのまま即座にこいつらを消滅させてた所だな。
「フハハハッ。よく来たな人間。我の派遣した魔物をほんの少し倒したくらいで、いい気になっておるのではないか?」
「いったいどの話をしているのか知らんが、それはこの街を襲ってきた軍勢か?」
「そうだ。だが、今はそれを上回る六十万もの我が軍が、地均しをしながらこの街に迫っている。その軍勢はやがてこの街を更地にし、王都に至る全ての街を破壊しつくすだろう」
ああ、やっぱりアレが全滅したのは知らんのか。
しかし、あの真ん中の態度のでかい魔族が魔王なのか? じゃあ傍にいるのは最後の四天王の一人? 全部でこいつら三人いるけど一人多くないか?
「地均しね、それが出来ればな。で、態度のでかいお前が魔王か? だとすると傍のゴミが何か気になるんだが」
「口の利き方を弁えろよ。我は魔神。すべての魔王を従え、魔族の世界を築く存在だ。傍にいるのは今の魔王と、四天王の一人だ」
自分が強い無敵だって思ってるんだろうけど、それが通用したのは俺がこの世界に来るまでだっての。
まあ、俺は自分がそこまで無敵だと思っていないけれど、今の状態まで成長した俺を倒す方法は俺自身ですら持ち合わせていないんでね。
残念ながらあの魔神や魔王は全部まとめてここで消えて貰う!!
「今までの四天王が一匹は知らんがあとは暴食のアビッソと暴虐のカエデス、という事はそこにいる最後の四天王は暴なんちゃらのごんべいさんか? 御大層な名前の割に雑魚ぞろい、魔神のあんたも苦労するな」
「なに!! なぜ貴様が暴虐のカエデスの名を……」
「六十万のゴミと一緒に今頃地獄であんたを待ってるだろうよ。そして……」
氣全開!! まずは四天王と魔王の処理だ!!
「光塵斬!!」
光速に近い斬撃が僅か一瞬で数千回空を走り、最初の目的通り魔王と最後の四天王を斬り刻み消滅させた。
しかし、流石に魔神と名乗るだけの事はあり、あいつだけは発動前の僅かなモーションで上空に逃れ斬撃を逃れている。
「何たる力!! 貴様何者だ!!」
「今から死にゆく馬鹿に名乗る奴はいない!! 多重絶対防盾バインド!!」
俺と魔神の間に十一枚の光の盾が展開され、そのシールドの最後の一枚が魔神を包んでその場に完全に固定する。
結局威力が落ちてもこの方法が最強だと気が付いた。あの拘束を何とかするには本気で星を砕くレベルの力が必要だしな。
「これは、動く事も出来ぬ……」
「貴様の野望もこれまでだ!! 消滅しやがれ」
目の前には十枚のシールド。
一枚で威力が倍になる特殊シールドが十枚、つまり元々高威力なアルティメットクラッシュの威力が約千二十四倍。喰らえば魔族の神でも確実に死ぬ!!
「必殺!! アルティメェェェェェット・クラァァァァァァァァァッシュ!!」
光の矢と化した俺の蹴りが空を切り裂き、魔神と名乗った愚か者を魔族だった塵へと変えた……。
「よっしゃあ、任務完了!! 魔王から出た魔石を渡せばミルフィーネの友達も元に戻せるだろう」
「師狼!!」
「兄様!!」
地面に落ちていた魔王の魔石を拾い、それをミルフィーネに手渡した。そして次の瞬間目の前が白い空間に切り替わった。
なんというか、あれ? このパターン、もしかして?
◇◇◇
「ありがとう師狼!! これであの世界は完全に救われたわ」
シルキーが飛びつき、何度もキスをしてきた。
まあうれしいんだろうが、とりあえず引き剥がして聞かないといけない事を聞くとするか。
「いきなり呼び戻すのは無いんじゃないか? 感動のエンディングというか、ほら色々あるだろ?」
「魔王討伐&あの世界を裏で支配していた魔神の討伐成功時点で、師狼のあの世界での役目は終了だよ」
まあその通りなんだろうが。ああ、こいつが急いでる理由も分かるが、もう少しなんとかできるだろ!!
「あの世界は救われたな。で、本当の一番救わないといけない世界はどこだ? あの世界は多分違うよな?」
「…………いつ、気が付いたの?」
「割と最初からだな。シルキーに世界の救済を頼んだ神様とやら、たぶんあれな性格だったとしても一番助けなきゃいけない世界を元いた世界に指定するとは思わない。たぶん、同じような状況の別世界が本当の救済対象だと思うんだが違うか?」
おそらくだが、冷たい引き算だったんだろう。
自分の世界の救済を後回しにして、本当に助けないといけない世界を救う事が出来るのか……。
神としての素質を見る為にな。まあ、シルキーは自分の元いた世界を救う事を選んだようだが。
「その通りよ。だから、世界を救ってもらったのに師狼には神様からの特典とかはないの……。ごめんなさい」
「そういえばそんな事も言ってたな。まあいい。本当に救わないといけない世界。そこはまだ救済が間に合うのか?」
俺があの世界に送り込まれてまだそんなに時間は経っていない。
シルキーが最後まで可能性を信じて待っていたなら、救済する術はあるはず。
「私の元いた世界とほとんど同じ位かな? それも師狼を送り込んだ時とほとんど同じ状況。あんな世界、師狼以外に救える可能性は無いし、もうダメなの……」
「なるほどな……。ほら、さっさとその世界の金貨を五百枚よこせ。ああ、銅の剣は要らないぞ!!」
シルキーは俺の差し出した手を見つめ、そしてその意味を理解して瞳から涙をあふれさせた。
「いいの? 私の元いた世界を救って貰って……、何も報酬なんて渡せないのに」
「俺なら救えるんだろ? だったら救ってやるよ」
あの世界で得た報酬は真魔獣を殲滅できるほどの力。
そして完全治癒や女神の万能薬といった万能回復魔法。
ちょっと報酬を貰い過ぎなんで、もうひとつくらい世界を救ってやる!!
「目的は魔王の討伐。今度は魔神はいないから魔王だけでいいんだけど」
「了解!! それじゃ、行ってくるぜ!!」
眩い光に包まれ、俺は再び異世界へと旅立った。
「くそっ。シルキーめ。ここまで再現してんじゃねえ!!」
俺が送り込まれた先。
それはあの時と同じように魔王軍侵攻の真っただ中に出現させてるというありえない状況だった。
まあ、今の俺がダメージを受ける事は無いし、今俺が手にしているのは銅の剣じゃなくて、ヴェルナー・ヴォーリッツが鍛えた最強の剣だ。負ける気はしない。
「さて、不幸な魔王を殺しに行くか」
そしてわずか数週間後、この世界から魔王は消え去った。
◇◇◇
結局、あの後残り四つの世界を救い、元の世界に戻ったら夏休み最終日という酷いありさまだった。
シルキーは神様に無事に女神として認可され、後輩の女神見習いを指導している。俺が他の世界を救っている間に難易度の低い世界も軒並み救ってしまったそうだ。
「お兄ちゃん、朝ご飯出来たよ!!」
「ああ、すぐに行く」
夏休みの間中俺が行方不明になっていたので捜索願が出ているのかと思えば、面倒事から逃げる為にどこかに出かけているんだろうという話に落ち着いたらしい。
真魔獣に食われたのではないかという心配もされたそうだが、運よく夏休み中には下級真魔獣しか出現しなかったので、まるで心配されなかった。
台所に行くとテーブルに朝ご飯が用意されていた。綺麗に並べられた皿には目玉焼きとウインナー、レタスのサラダが乗ったプレート。程よく焼かれたサケの切り身、豆腐とワカメの味噌汁に味付け海苔。そして茶碗には炊き立てのご飯が盛られている。
「今日も美味しそうだな。いただきます」
「たっくさん食べてね♪」
「「「「いただきます」」」」
「今日から新学期。頑張らないとな……って、なんでここにるんだよ!!」
テーブルで朝食を食べているのは俺と妹の紗愛香。そして、なぜかここにいるミルフィーネとシルキー。
このシルキー、女神になった方じゃないよな? 雰囲気的にはあの世界のシルキーっぽいけど。
「兄様のおかげで、無事に故郷の友達を元に戻す事が出来ました。その報告と、えっと、神様特典ですか? この世界に移住したいってお願いしました」
「あの女神になった私からの依頼でね。ほかの世界を救う手助けをしたら、この世界への移住権が貰えるって話になったの。ほら、師狼って神様から特典貰わなかったでしょ?」
俺が貰わなかった神様特典を、適当に世界救済を依頼したミルフィーネ達に回したのか?
あれ、神様に聞いたら難易度の高い世界でしかもらえないとか言ってたぞ。
「お金と家は用意してもらったから挨拶に来たの。なんだか妹さんが話が聞きたいって朝ご飯を用意してくれたんだよ」
「という訳で兄様。これからよろしくなのです」
「お兄ちゃん。後でちゃ~んと説明してね♪」
ははは、あいつ今度あの空間に呼び出された時にキッチリ礼をしないといけないな。
ま、こんな世界も悪くない。
後は真魔獣を殲滅するだけだしな。
「さ、朝飯を済ませて学校に行こうぜ!!」
「ちょ、お兄ちゃん!!」
「師狼!!」
「兄様!!」
これから忙しくなりそうだ。
俺が最後に救う世界。
それは、神様にも見捨てられかけた、俺が住んでる世界なんだから。
最後まで読んでいただきましてありがとうございます。