天翔ける金色の翼
リトリーニを出発する話です。
楽しんでいただければ幸いです。
迫りくる六十万という魔王軍の対策会議の翌日の早朝。
俺とシルキーたちは少し薄暗い空を見上げながらリトリーニも北門へと向かっていた。
城門にほど近い街道を歩いていると、近くにある公園の森から聞き覚えのあるカラカラという鳴き声が……って。
「カラカラ鳥ってこんな早朝から鳴いてやがるのか? しかもここってまだ街中だぞ?」
割と中心部に近い拠点にしている宿周辺には大きな森がある公園なんてないし、カラカラ鳥の鳴き声に叩き起こされる事なんてなかった。
辺りが静かな事も一因だが、元々の鳴き声も結構うるさいから、近くの家から殺気が漂ってきそうだ……。
早朝にあの鳴き声で叩き起こされたら、そりゃ怒るよな。
「野生のカラカラ鳥はよく公園とかの木にとまってるからね。朝方から鳴くのも結構いるよ。本格的にうるさいのは日中だけど」
「エルフの森では、夜明け前になくカラカラ鳥は朝ご飯のおかずと決まっていたのです。夜明け前に鳴くカラカラ鳥は雌が多くて、しかも卵を産んでいる時も多いので……」
鳴き声通りにカラカラの唐揚げになるのは、あの鳥の数十分後の運命かもしれない。
「物騒な話だな。まあその心情はわからなくもない。冒険者ギルドにもたまに、公園の森に居付いたカラカラ鳥の討伐とかいう訳の分からん依頼が来るぞ。街中での武器の使用は制限されているし、あまり強力な魔法も行使できないので皆受けたがらないな」
「矢だと飛距離が問題だし、魔法だと一羽を仕留めている間に他のカラカラ鳥に逃げられそうだしな……」
網か何かで一網打尽にするしかないだろう。
あとは罠かな?
「報酬も微々たる額でな。カラカラ鳥は大量に手に入るし卵も……」
「きちんとした餌を与えていないカラカラ鳥の卵は割と癖があるので、エルフでも結構好みが分かれるのですよ?」
「子供ころに野生のカラカラ鳥絞めて食った事があるが、卵は確かに不味かったな」
「アスセナさんでもそんな時代があったんですね」
年齢を聞いていなかったがアスセナって一体幾つなんだろうな?
なんとなくだが、耳が少し長いのでエルフの血が入ってる気がするので、見た目よりかなりいってる可能性すらある。
「裕福な家に生まれていない奴は、小さい頃に皆苦労するさ。川でよく見かける大鋏海老とかウグハヤなんかも食ったもんだ」
「ウグハヤは小骨が多くて食べるのは大変なのです。大鋏海老は不味くはないのですがうまく捕まえないと、指とかを挟まれて痛い思いをする危険な海老なのですが」
「その代わり身は美味しいよね。茹でた大鋏海老はごちそうなんだよ♪ 大きなサイズに育った個体に限るけどね」
知らない食材ばかりだな。
というか、それは普通に店で見かける食材なのか?
「酒場のメニューでも聞いた事のない食材だな」
「流石に酒場だと出てこないよね……。野生のカラカラ鳥でも身だけなら何とか……。大鋏海老はギリギリ?」
「かなりランクの落ちる裏通りの食堂レベルだと出てくる時はあるんじゃないのか? 流石に皿に乗った大鋏海老が出てきたら怒ると思うが」
アスセナが結構眉間にしわを寄せながら考えてる。
そんなに微妙な食材なのか?
「大鋏海老は小さいのだと、公園とかにもある狭い水路とかにもうじゃうじゃいるからね。お金を出して食べる食材じゃないのは確かかな」
「あの身体に比べて可食部が少ないのが大問題なのです。鋏部分とおなかの辺りに少しだけしか身が無いので、おなか一杯になるまで食べようと思ったらかなり大量に集めないといけませんし」
なっとく。
大鋏海老って鋏のでかいザリガニか!!
こっちの世界が自然が豊かなのはいいが、怪しい食材も元の世界の比じゃないんだろうな……。
ん? よく見たらなんだかミルフィーネが少し寒そうにしているが……。
「夜明け前は少し冷えるのか? これを」
道具袋から外套を取り出してミルフィーネに手渡した。
北の荒れ地は極寒の地の可能性が高いので、かなり防寒性能に優れた外套を予備も含めて結構な数を用意していたんだが、思わぬ所で役に立ったな。
「あ……、兄様ありがとうございます」
「シルキーにもな、アスセナの分もあるが」
アスセナの分は予備の外套なので少し武骨なデザインだが、防寒性能は割といい筈だ。
色は無難な薄い藍色だしな。
「ありがとう」
「ありがたく受け取ろう。ずいぶんと用意がいいな」
「北の荒れ地を目指してるからな。準備だけは前々からしているぞ……」
魔王城までどれくらいかかるかわからないけど、冬に突入する可能性も十分ある訳で。
今も季節は秋へと向かって……って、この世界というかこの辺りにも四季が普通にあるのか?
あんな変な形の大陸だし気候もかなり違うと思うんだが、ここ数日朝夕がかなり過ごしやすくなってるって話だし……。氣でガードされている俺にはほとんど気候の変化なんて感じないけど。
今なら多分、溶岩の上でも平気で歩けるよな?
◇◇◇
三人には北門の外まで見送りたいと言われて押し切られてしまったが、あの姿を見られるのはまずいので、本音を言えば三人に気付かれる前にリトリーニを旅立ちたかったんだが……。
今生の別れではないんだし、遅くても数日で帰ってこれそうだしな。
「師狼だから大丈夫だと思うけど、絶対に油断しちゃダメよ!! 危ないと判断したらすぐに引き返してね」
「兄様に勝てる魔族はいないと思うのですが、それでも油断大敵なのです」
「心配性だな。俺はどちらかといえば魔王が出てきてくれれば手間が省ける程度にしか考えていないぞ?」
魔王を倒して終わりではない可能性が濃厚だが、一度魔王とやらの顔を拝んでおくのも悪くないし、一戦交えて手の内を探るもよし、手傷を与えて追い返すのも悪い話じゃないだろう。
流石に今の状態で負ける事は万が一にもないだろうし、俺の場合は死にかけるとオートで宝珠の力が発動するのは間違いないから死ぬという選択肢が既に無いんだよな……。
怪しまれない様に、あの時見習い女神のシルキーに死んだ場合の話を一応聞いたんだが。
宝珠の力が解放されれば、負けるという事は完全になくなるし元の世界も救う事が出来る。
代償は俺が人として生きる資格を完全に失う事だが、あの両親、特にクソババアの場合『お前が人として生きる事を諦める位で世界が救えるのならすぐにそうしろ』と確実に言い放つだろう。
「鏡原の場合、その方が話が早いだろうという事はわかるが、あまり無理はしてほしくないところだな」
「流石に今回の侵攻に魔王は出てこないと思うよ。魔王は今まで一度も顔を見せてないけど、慎重で魔王城から一歩も出ないって言われてるし」
「寿命の長いエルフの間でも今代の魔王の顔を知っている者は誰もいないのです。一度でも魔王城から出ていれば、誰か一人くらいは知っている筈なのですが……」
魔王ってホントにいるのか?
引きこもり?
それとも、魔王城から出てこれない理由が何かあるのか?
「魔王の身体に何か秘密があるのか、それとも魔王城で何かを準備しているのかは知らんが、そのうちその面は拝んでやるさ。討伐する結果は変わらんし」
「そこは確定なんだね」
「人類に対してここまで派手に侵略行為をやってくれてるんだ。いまさら命乞いしても無駄だし、魔王の方も命乞いするなんて事はないだろう」
この侵攻の手打ちをするのに、最低でも魔王の首と幹部連中の首は必要だろうしな。
でなければ、魔族が一匹残らず討伐されるまで、人類による魔族の殺戮は終わる事は無いだろう。
魔物に関しては自然発生もあるし、大王渡り蟹みたいにある程度人間の生活に根付いてる種族もいるから割と穏便に済まされるだろうけどな。
「それじゃあ行ってくるか、お土産はないけどな」
全身に軽く氣を纏わせて、いつも通り宙に浮く。
最近は飛ぶ事も多くなったが、リトリーニの中だと飛行禁止なんだよな。
「現場に残った魔石とかの回収は後日冒険者ギルドとかで行うさ。最も多すぎて全部回収できないだろうけどな」
「全部で六十万だからな。どのくらい魔石が残るか知らんが……」
ミルフィーネが探している希少で高位の魔石が混ざってればいいいけど、見分けがつくのかな?
俺はリトリーニの北門から出発し、少しの間低速で飛んだあとで徐々に速度を上げてマッハを超えた。
進路は北北西。
途中で西寄りに移動しないといけないが、二十万もの魔物の群れであれば、流石に見落とす事は無いだろうしかなり距離があっても発見できるだろう。
移動速度も遅いだろうし。
「飛んでる鳥や、虫にも気をつけないといけなんだろうけど、鳥はともかく小さな羽虫は結構弾き飛ばしてるよな。氣で俺にはノーダメージだが」
かなり高性能なシールドを纏っているので、この状態で攻撃されてもダメージはゼロ。
渡り鳥を巻き込んだりすると、全滅させる可能性もあるからそこだけは注意だ。
あまり全身に氣を纏わせると、背中から金色の翼が発生する為に力を押さえなければならないからだが、たぶん今回の一件でばれるんだろうな……。
って、よく見たらこの状態でも結構大きな翼が出来上がってる!!
「あの姿……。金色の鳥の正体は、やっぱり兄様なのです」
「あの距離で大丈夫だと判断する辺りが師狼っぽいよね……。なるほどあの姿は確かに鳥っぽいわ。天翔ける金色の翼ってところかな?」
「怪しいとは思っていたが、あの一件はやはり鏡原だったか……」
前回の石化解除でまた一段と氣や魔力があがっていたか。
少し油断したらものすごい長大な金色の翼が形成された。
流石にこの距離だと、リトリーニからでもこの翼が見えてるんだろうな……。
今から言い訳を考え……ても無駄だろうから、もうどうにでもなりやがれ!!
読んでいただきましてありがとうございます。