魔王軍大侵攻~開幕前日~
集結しつつある魔王軍と、その対策を話し合いする話です。
楽しんでいただければ幸いです。
このロックブラストは広大な海に漢字の【呆】のような形をした大陸が一つあるだけの変わった世界だ。
大陸以外の場所はどうかといえば、割とおおきめの島も結構あって、そこにも規模は小さいが国が存在して割と多くの人が住んでいるそうだが、見習い女神のシルキーには世界が滅びたといわれていたので、大陸の人類が全滅した後で魔王軍に滅ぼされているのは確実だ。
俺は過去に二度、リトリーニから数キロ離れた場所にある砦に迫る魔王軍を撃破した事があるが、最初の時が尖兵で次に襲ってきた三万ほどの軍勢が本隊だと思っていた。
街にいる連中や冒険者ギルドの上層部ですらそう思い込んでいたのだから、もう魔王軍には碌な戦力が残っていないと判断しても仕方のない事だろう。
【木】という漢字部分の両方の斜めの線や、両側に突き出した部分の陸地にまさかあれだけの魔物が潜んでいたというのが想定外だった訳で……。
◇◇◇
今回は冒険者ギルドではなく、リトリーニの防衛部隊が使用している建物内の会議室で迫りくる魔王軍の対策を話し合っていた。
この会議に出席したのは領主アルバート、リトリーニ冒険者ギルド責任者のアスセナ、今回は正式にアーク教会代表としてシルキー、砦の隊長クルィロフ、魔法使いギルド代表のフィリパ・ブランデル、情報収集に協力したというエルフと、同じエルフという事でなぜかミルフィーネ、そして俺だ。
と、いうのもその数が問題であってだな。
「合計約六十万?!」
その数、なんと全軍合計で約六十万。
前回の規模など比べ物にならない大軍勢を用意してきた。というか前回の三万が尖兵だったって話は嘘じゃなかったのか……。
もしかして見習い女神のシルキーの世界が数ヶ月程度で壊滅したのは、この本隊が到着していたからなのかな?
「魔王軍が撤退した砦を再建出来ないか調べていた部隊が、ほとんど魔王領と化した各地から恐ろしいほどの数の魔物が迫っているという報告をよこしてな……。詳しく調べさせていたんだが、その結果二十万の軍勢が滅びた各大陸方面から進撃し、二十万の軍勢が魔王領方面から南下してきているそうだ」
「今回の情報は千里眼の梟や囁きの風と契約しているエルフに協力して得たものだ。各軍共にロックゴーレムの数が異常に多い為に進軍速度は日に十キロ程度という事だが、放置していればやがてこのリトリーニにその軍勢が押し寄せてくるだろう」
本命の本隊は魔王領から来た二十万か?
それにしても……。
「二十万の軍勢という事ならば、食糧とかも相当な量が必要だろう。そのあたりはどうなっているんだ?」
うまくいけば食料の焼き討ちとかで弱体化させられそうだしな。
「各軍の三分の二を占めるロックゴーレムは基本的に食事も休息も必要ない。残りの魔族や魔物に関しては食料なども必要になるので、ある程度の規模で補給部隊を率いているだろうな」
「現地調達している場合も多いな。偵察にあたったエルフたちの報告では、進軍速度が遅いことを利用して調達部隊を編成し、近くの森や川なんかの食料になりそうな物を根こそぎ持って行くそうだ」
蝗か!!
環境破壊も甚だしいな。
「エルフが住処にしていた森も多くが壊滅し、そこから避難してきたエルフたちがリトリーニ周辺の森への移住を希望しています」
「例の魔道具で結晶に閉じ込められたエルフとかはいないのか?」
「他の地域の様に結晶に閉じ込められた者は居ませんが、石化魔法で石壁に封印された者や大理石の彫刻に変えられた者は居ます。四天王がそれぞれの軍を率いているといわれていますが……」
「それはないな。四天王のうち二人は既に俺が倒している。今は二天王と呼んでやった方がいいんじゃないかな?」
全員の視線が一気に集まった。
あれ? シルキーとミルフィーネはその事を知らなかったっけ?
「二人の四天王って話は初耳なんだけど」
「聞いていないのですよ?」
……些細な事だし、言ってなかった気がするな。
「あの蟹足の城が村を襲撃した時に四天王とか言う奴がいたんだよ。その時に見つけた魔道具に関する報告とかは冒険者ギルドにしていたと思うんだけど」
「一応書かれていたな。報告書には四天王の名前がなかった気がするんだが」
「聞く前に殺したからな……。もう一匹は聞いてるぞ。暴食の【アビッソ】とか名乗ってた」
「そちらは初耳だな。どういう経緯で討伐したかもまだだぞ」
……魔法使いギルドの廃棄倉庫に侵入してっていうのはセーフだろうか?
事情を知っているシルキーも何となく顔を背けてるし……。
「街に潜入している所を発見したんだが、俺の仇敵にとても酷似していたのでな。多少の問答の後で斬り殺した」
「四天王の一人が街に潜入していただと!!」
「確か十年ほど前にも似たような報告がありましたが、あの時は魔法使いギルド方面で見失っていますね」
あいつはそのころから街に潜んでたのかな?
というか、魔王軍の四天王って十年も職場放棄して大丈夫なのか?
「討伐した場所はどこなんだ?」
「魔法使いギルドの廃棄倉庫内だ。最近色々な魔法の習得であそこの書籍閲覧室を利用していた時に、あそこの学生に野暮用を頼まれてな。その時に偶然遭遇したので討伐したんだが、あいつがこの街に放たれる前で本当に良かったと思っているぞ」
「またあそこか……。あの問題だらけの廃棄倉庫は一度徹底的に調査しろと、冒険者ギルドでもお願いしていた筈だが?」
アスセナが魔法使いギルド代表のフィリパ・ブランデルを睨みながら問いただしている。
またって事は、今までも何度か問題を起こしているのか?
「元々存在したダンジョンを利用して改築した廃棄倉庫内を踏査するには莫大な時間と戦力が必要でして、うちのギルドの職員総出でしない限り探索など不可能ですよ」
「職員総出で探索すればいいでしょう? 少女連続失踪事件、石化スライム襲撃事件、ガーゴイル製造事件……、廃棄倉庫の魔道具や薬品が持ち出されて発生した事件に至っては数えるのが馬鹿馬鹿しくなるくらいの回数ですよ?」
「いや、十年前から奴があそこに潜伏していたのならば、下手に捜索しても奴に遭遇して食われるのがオチだっただろう。今ならば問題はないと思いたいが……」
今の話からしたら、まだ中にいろいろ潜んでそうだな……。
リトリーニでは冒険者ギルドに比べて魔法使いギルドの扱いが微妙に悪いのって、もしかしてそのあたりに問題があるんじゃないのか?
「一度大規模な捜索は行いたいと思います。その時は冒険者ギルドにも協力いただければ……」
「依頼料は安くありませんけどね。来年度の予算にでも組み込んでいてください」
あそこを探索するならそれなりの装備が必要だろうな。
というよりは、リトリーニの平和の為にはあの倉庫そのものをそのまま封印したほうがいい気もする。
そんな事よりも、今は攻めて来てる魔王軍の事だ。
「魔王軍は魔界化していない地域にもそのまま侵攻してくる気なんだろうが、魔族や魔物はかなり弱体化するんじゃないのか?」
「するだろな。そのあたりは数でなんとかする算段なんだろう」
「ロックゴーレムの数が異常に多いのはその対策と思われる。奴らは体内に魔石を取り込んでいるので、どこにでも弱体化せずに活動するからな。正直ロックゴーレムの大軍団というだけでも脅威だが、それが原因で進軍速度が遅いのは救いだな」
「その点は十分に対策済みか。三分の二という事は四十万もロックゴーレムがいる計算になるし、そうなると戦力的にはそこまで弱体化が期待できないぞ」
俺が魔王軍の将軍だったならば、ロックゴーレムをもう少しこっちの砦の近くで生み出すけどな。
そうすれば進撃速度が格段に上がる。
「あの進軍速度ではリトリーニまで到達するのは数ヶ月後になりそうだが、それまでに王都に援軍を要請して、迎撃態勢を万全なものにする必要があるな」
「六十万の大軍勢だぞ? 王都から全軍集結させてもどうにかなる数じゃない」
「もし正面から戦うならば戦力的には三百万人くらい必要だ。当然そんな兵力はないし王都をガラ空き状態にすることはできない。過去にも王都の戦力が無いときに亜人種の襲撃があったしな」
クルィロフが戦力を分析して三百万という馬鹿げた数字を口にした。
個人の能力はともかく、魔物の軍勢と戦うにはそのくらい必要なんだろう。
「問題はやっぱり数だよな……。二十万ずつ潰すにしても、何時間かかる事か……」
今だと空を飛んで行って正面から神穿波を連発すればかなり削れるし、一匹残らず倒すのも難しくはないだろう。
合流する前に各個撃破してしまえば、取り逃がす事も無いだろう……。
「鏡原。もしかして、またひとりで殲滅しようとか考えてないか?」
「その方が余計な手間が無くていいだろう? 合流前に二十万ずつ殲滅すれば手間はかかるが、合流されて六十万もの大軍勢になった後の方が殲滅が面倒だろうし」
「その規模になると大して変わらないと思うが。現地まではどうする?」
「飛んで行って何とかするさ。そいつらを殲滅すれば、流石にもう魔王軍に予備兵力はないだろう?」
魔族の生態がどういう形かは知らんが、二十万も失ってすぐに軍を再建できるほど余裕はないだろう。
そんな真似ができるのならば、さっさと今回の数倍の規模の兵を集めてこの国も殲滅してれば済んだ話だしな。
「予想されている魔王領にいる魔物の数や魔族の数を考えれば、おそらく今回の侵攻を凌げば人類側の勝利は間違いないでしょう。再建まで数十年規模で時間が必要でしょうし、ロックゴーレムなどの魔物はともかく魔族は無限ではありませんので」
「だったらこの機会に殲滅するしかないな。魔王軍の予測進路と一週間程度の行動予測は可能か?」
「進軍速度が遅いので、この辺りで間違いないだろう。どんなに早くても全軍の終結は二ヶ月後でこの辺り。そこから砦に到達するのが四十日後くらいだ」
投影魔術で映し出した地図で、状況を分かりやすく説明してくれた。
あれだけの軍勢になれば割と遠くからでも判別可能だろう。
「とりあえず明日、一番西側の軍から潰していこうと思う。数日中には帰ってくると思うから、その後で確認の為に偵察部隊を展開してくれ」
「明日か……。では今回の件は鏡原に一任し、万が一の時はまた対策を立てるという事でいいですか?」
「私は構わんが……。流石にあれを撃退すれば、王都の連中も黙っておらんだろう。いろんな意味でな」
「報酬を王都持ちにすればいい。アレが攻め込んできたら流石に王都もヤバいでしょうし、受ける被害を考えれば安い物でしょう」
そこまで金が欲しい訳じゃないけど、ただ働きって訳にはいかないしな。
今回の件で一番北の砦の偵察はできそうだし一石二鳥だ。
「流石に今回の報酬は王都と相談だがな。六十万の軍勢を一人で倒したとなると、報酬以外にもいろいろ送られそうだが……」
「あまり荷物になるものは必要ないんだがな……」
元の世界に持って帰れる土産程度ならいいが、それ以上となるとこの世界に置いて帰るしかないしな。
シルキーに寄付してもいいが、あまり大きな物や銅像とかになると邪魔になる可能性も捨てがたい。
とりあえず明日の朝に飛んで行って、一つずつ殲滅するか。
読んでいただきましてありがとうございます。




