石化解呪は慎重に
クルーエル・トライスの犠牲者を元に戻す話です。
楽しんでいただければ幸いです。
見習い女神のシルキーにこの世界で見た真魔獣の件で問いただした翌日。
俺はある事を実行する為にシルキーやミルフィーネにも内緒で、魔法の練習と偽ってこっそりとリトリーニを後にした。
周りに目撃者が誰もいない事を確認し、はるか上空まで飛んだあとで全身の氣を全開にして長大な金色の翼を形成し、その中心部には同じ様に莫大な量の氣を纏って金色の珠で包み込み、その金色の光で俺の身体を完全に隠す。
意図的に作り出した氣製の金色の鳥。
これからこの姿であることを実行する。
「いくか……」
音速をはるかに超えた速度で飛んでいるので、俺の姿がはっきり見える奴は人間じゃないだろうな……。
「さて、ここまで派手に動けば、流石に人の手で起きた事だとは思うまい」
その状態でクルーエル・トライスに襲われた村の上空で女神の万能薬と完全治癒を同時に発動させる。
魔法の発動の中心点から広がるように金色の光が地面から湧き出し、石化が解除された人の身体に残った傷を治して行く……。
石化とともに被害者が受けていた傷や毒などを完全に治癒するだけではなく、石に変えられた村人の身体に今まで残されていた古傷や病気などもひとつ残らず治していた。
「ぁぁぁっ!! あ…れ?」
「身体が元に戻ってる……」
「手が……昔鎌爪熊に斬られた右手が元に戻ってる!! 神の奇跡だ!!」
眼下ではクルーエル・トライスに身体を半分以上食われたまま運よく頭部などが残っていた人も、石化から解放された後完全治癒で身体が完全に再生され、まわりに居た家族と共に奇跡の生還を喜んでいた。
助けられない人もいたし、石化から元に戻ってその残酷な結末を知って泣き崩れる者もいたが、いずれその辛い現実を乗り越えて生きてゆけるだろう。
遠目から見れば金色に輝く鳥が、黄金色の鱗粉のような物を振り撒きながら奇跡を起こしているようにしか見えない筈……。
「あの鳥が治してくれたのか?」
「きっと神様の使いよ!!」
なんとなくこっちに手を振ってくれているように見えるが、何を言っているのかまでは聞こえないな……。
少なくとも正体がばれている事は無いだろう。
「あそこがベルネって子の村かな? これで石化も傷なんかも完全に治るだろうし、村の再建や移住はアルバートに任せればいいだろう……」
冒険者としての立場で俺が直接これをやれば方々で問題が発生する。
この一件がどうやって伝わるかはわからないが、莫大な魔力を必要とする上に大教会の奇跡で代用しないと使用不可能と思われている女神の万能薬と完全治癒を僅かな時間で五ヶ所も同時発動させるなど、人間の常識ではありえない話だからな。
シルキーやミルフィーネ辺りは俺だって気が付くだろうけど……。
それにしても、俺の今の魔力って幾つ位あるんだろうか?
元の世界に帰った最初の測定がちょっと不安になってくるな。
「ここで最後か、元冒険者セレスト達の隠れ家……」
上空から見たら流石に結構わかるな。
蔓や蔦で木の間に人工的な雨除けを作ってたり、地上にあまり家があると見つかると思ってるのか、結構な数のツリーハウスが存在してるし……。
ミルフィーネに聞いたエルフの集落も似た感じだと言ってたけど、それを真似しているのかもしれない。
これで数日中にたすかった村人の処遇は決まるだろう……。
◇◇◇
クルーエル・トライスの犠牲者を元に戻して三日後の朝。
拠点にしている酒場で朝食をとっているのだが、当然リトリーニにあるこの酒場でも石化した住人を助けた謎の飛行体の正体について様々な憶測が飛び交っていた。
周りのテーブルでも冒険者がやや遅い朝食を食べ……、って朝から完全に酒盛りモードで飲みまくってる奴も結構いるな。
「奇跡だって!! 神の奇跡、それしかないわ!!」
「冒険者ギルドであの鳥に関する情報を集めてるらしいよ? 捜索依頼もでてるみたい」
「ホントに鳥なの? まあ、確かに聞いた話だと、それ以外には思えないけど」
ほとんどが俺の思惑通り、謎の鳥の仕業と思っているみたいだな。
クルーエル・トライスも鳥だし、謎の存在も鳥。
怪しむとすれば、王都にいる連中位か?
俺がシャルロッテとの模擬戦でアルティメットクラッシュを使ってるからだが、それでもあれだけ広範囲に石化を何とか出来るとは思わないだろう。
「だからね、私は金色の不死鳥じゃないかと思うのよ。破壊と再生を象徴する神の使いで、千年に一度位似た現象を見かけるらしいし」
俺たちのテーブルに料理を運んできたソフィアがそのまま会話に加わって話し始めた。
仕事はいいのか? ソフィア。
割と頻繁にさぼってる気がするが……。
「やっぱり特殊な上級精霊とか神の使いレベルだよね? 石化と四肢の欠損はおろか、健康状態まで最高の状態にする魔法なんて存在しないし……」
「一ヶ所ならともかく、一時間ほどの短時間で四ヶ所も同時に女神の万能薬や完全治癒クラスの魔法を使い続けるなんて不可能なのです。人よりはるかに多い魔力や妖精力を持つ上級精霊でも絶対に無理なのですよ? それが可能だとすれば、ほんとに神様クラスの魔力が必要なのですが……」
実際には五ヶ所だけどな。
ソフィアやシルキーは完全に神様的な存在による超常現象だと判断しているようだが、唯一ミルフィーネはどうも俺の仕業と疑っている気はする。
それでも、流石にあれだけ膨大な量の魔力をどうやったのかは謎のままの様だ。
まあ、完全治癒を発動させた日辺りから俺の魔力がほぼ無制限に近い状態になっているんだが、その事は話していないので相当考え込んでるようだな。それはともかく……。
「この世界には金色の不死鳥とか、そんな伝承があるのか?」
「かなり昔の文献に出てきてるんだけど、魔王軍に壊滅させた街の住人を助けたって伝承が残ってるね。その時も四肢の欠損とか石化とかの状態異常もあったそうだから、今回の件と色々と共通点は多いんだけど」
そんなことがあったのか。
好都合といえば好都合だが……。
「エルフの伝承では、あれは上級精霊の集合体という話なのです。あれだけの力を行使する上級精霊が現れたら、リトリーニからでもその存在を感知できる筈なのですが」
「精霊の力ってわかるのか?」
「上級精霊が女神の万能薬や完全治癒クラスの魔法を使えば、超が付くほどに高出力の妖精力が発生するのは間違いないのです。あれだけ広範囲に使えば、流石にリトリーニにいても感知できるのですよ」
「流石に今回は規模がね……。王都にあるアーク教の大聖堂でも、あれだけ大量の人を元に戻す奇跡は集められないよ? しかも石化だけじゃなくて、完全治癒と同じくらい強力な治癒魔法まで同時って……」
「そこなのですよ。石化だけ、治癒だけでしたら可能かもしれませんが、両方同時は流石におかしいのです。しかも一ヶ所ではなく四ヶ所も短時間でとなると、本当に何をどうしたのか理解が出来ないのですが」
「絶対神様的な何かだって。見つけたら教えて欲しい位だよ」
やっぱりそこがネックになっているみたいだな。
圧倒的に不足している情報。
常識では考えられない量の魔力の解決方法。
そして、大勢に目撃されてる鳥のような姿をした何か。
これだけ条件が揃えば、流石に俺の仕業と断定するのは不可能だろう。
「ソフィア!! 隣のテーブルの注文お願い!!」
「は~い♪ それじゃあ、またね」
他のウエイトレスに声をかけられたソフィアは手をひらひらさせながら立ち去り、隣のテーブルで注文を取り始めた。
あんな接客態度だがウエイトレスだけではなく、料理の腕も相当なものというのだから侮れない。
「俺がわざわざあの村まで出向いて何とかする手間が省けたのは助かるが、起きた事実だけ受け入れるしかないだろうな。元に戻った住人のようにな」
アルバートは石化が解呪された村人を近くの村や町に振り分けて移住を勧めたが、半数以上の村人がその場に残って村の再建を始めたそうだ。
特例という事だがこの先数年の徴税の免除や、家畜や農作物などの苗や種を購入する資金も援助すると発表した。
ほんとにいい領主だよな……。今となっては見習い女神のシルキーの時の対応が信じられないんだが、家族を逃すためとはいえ本当にアルバートがあんな真似をしたんだろうか?
あれも割と謎だよな……。
「流石に師狼でもあれは無理でしょ? 一ヶ所なら可能かもしれないけど」
「そうですね。流石に兄様でも四ヶ所は不可能だと思うのです。人として超えられない壁というものは存在していると思うのですが……」
わるかったな、その壁が無くて……。
「村によりながら休んで数日かけるつもりだったからな。この世界はなぜか知らんが、魔力や氣が一日でほぼ完全回復するみたいだし」
「そんな訳ないじゃないの」
「一日で魔力が完全回復する事なんてないのですよ。わたしでも全力で魔力や妖精力を使えば、回復までに数日かかるのです」
突っ込みがはやっ……。
なるほど、これも異常な事だったのか。
「世の中は不思議な事に満ちてるな……」
「師狼がね」
「兄様がですね」
息がぴったりとは仲がいい事だな。
不思議な事といえば、むしろ使う前より使った後の方が魔力や氣が増えてる時があるって事だよな……。
最初の時もそうだし、魔法の練習しているときなんかは特に凄まじかった。
途中からは倍以上の上り方してたし、やっぱり何かおかしいんだろうか?
考えても答えは出ないだろうけど……。
「とり合えずもう少し情報収集だな。魔王の事とかいろいろと」
「そうだね。失敗できないし、準備だけは万全にしておかないと」
「砦の向こう側にはほとんど無事な村や町は無いのです。食糧や防寒具なども十分用意しておかないと、魔王城に辿り着く前に凍死してしまうのです」
「そのあたりもいろいろ調べるしかないな。一番北の砦が無事だったら話は早かったんだけど」
あの砦はもう壊滅しているから仕方がない。
北の荒れ地までの道のりは、厳しい旅路になりそうだ。
読んでいただきましてありがとうございます。




