表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/48

廃棄倉庫の怪

廃棄倉庫を探索する話です。

楽しんでいただければ幸いです。


 魔法使いギルドの廃棄倉庫。


 この世界の税制や、商品などの管理体制はかなり緩いようで、聞いた話によると。


「棚卸? わざわざ棚から商品を全部下して数えるんですか?」


 などという言葉が返ってきた。


 まあ、あながち間違いではないが、根本的な意味はまるで違う。


「その廃棄倉庫の商品とか備品なんかの扱いは、いったいどうなっているんだ?」


「えっと、開発に失敗した魔道具や薬類? ずいぶん前にギルドのお偉いさんに見つからないように誰かがあそこに隠し始めたのが最初だって聞いています」


「昔からあるの?」


「魔法使いギルド創立当初からあるとか、一時期は開かずの間だったとか、廃棄倉庫の最奥にはひそかに開発された対魔王用の魔王具が眠っているとか、魔法使いギルド七不思議のひとつとしてアカデミーでは有名で……。一番最下層の開かずの扉の向こうには、この廃棄倉庫の主がいるとか……」


 それ絶対ばれてるよ!!


 そこに放置されている物騒な魔道具や薬類の責任の所在を明らかにされたくないから、無かった事にされてるんだ!!


 それに、その主ってなんだ?


「廃棄倉庫の商品とかって持ち出し自由なのか?」


「あの広大な倉庫の中からお目当ての商品を見つけるのは至難の業ですが、持ち出しに関しては何か言われた事は無いって話ですね」


「それはいろんな意味で凄いな」


「今回みたいに事故で石化したり、呪いの魔道具で本に変えられたり、水晶玉みたいな魔道具に取り込まれても一切助けは来ませんし、余程大きな被害が出なければ退学にされたりする事も無いんですけど、あんな姿で見つかると、一応ペナルティでアルバイトの禁止とか、いろいろな面倒ごとを押し付けられたりするんです」


 それ、その魔道具とかを収めたやつにいい実験になったと思われてるんじゃないのか?


 と、いうか、さらっと聞いただけでものすごい物騒な魔道具類が多そうなんだけど。 


 そのうえ、ペナルティ緩くない? 上の方に謝って戻してもらった方がいいんじゃないのか?


「そういう事なら、ベルネって子も大丈夫なんじゃないの?」


「ベルネの場合、(おおやけ)になってしばらくバイトとか禁止されると、仕送りがない今の状況だと学費が払えなくなるので、退学にされてしまうんです。その、ベルネの家族は全員石に変えられた上に、父親と弟が……」


「ごめんなさい。そうよね、家族があの事件の被害者だったんだから、そこまで考えるべきだったわ」


 (ヴリル)が高い石像……、つまり石像に変えられた男性の殆どはクルーエル・トライスに食い殺されている。


 流石に食い殺された人は、もうどうやっても助けられない状態だ。


「強力な魔物の被害は限定的な災害だ。何とかするのは領主の役目だと思うんだがな」 


「町が半壊とか、生存者が多いと救済措置をとることも多いんだけど、火山の噴火とか地震とかの大災害の場合、生存者の救出はするけどそれっきりって事は多いよ」


「規模が大きくなりすぎると出せる予算が無いとか、いろいろあるみたいですね。魔王軍対策で結構財政が厳しいらしくて」


 その割には毎回結構な額の報酬が出てるけどな。


 あれも領地全体の税収とかに比べたら、大した事のないレベルなのか?


「生存者がいた場合は何とかしてくれるんだな?」


「はい、その場合が多いですね。被災して孤立した集落が発見された時なんかも、割と手厚い救済措置が取られる場合が多いです。食糧支援とか集落の再建援助とか」


 やはり石化さえ解呪してしまえば、あとは領主のアルバートに丸投げできそうだな。


 流石にその後の生活再建は奴の仕事だろう。




◇◇◇




「ここです」


「ここか……。なあ、こういう建造物って普通倉庫って言わないよな?」


「一番正しい表現は地下ダンジョンかな? いったいどうやって作られてるの?」


 案内された場所。


 そこは魔法使いギルドの裏手に作られた人工の森の一角にある石造りの階段。


 倉庫だと思ったそこは厳重に封印が施されたただの入り口で、そこから地下に続く階段が伸びてるようだ。


「いや~。ダンジョンほど広くはないよ? 地下五階、変な物が這い出て来ない様に、入り口やこの廃棄倉庫全体に何重にも結界とか迎撃トラップが仕込まれているだけだし」


「今すぐアスセナかアルバートに知らせて、冒険者の手で処理させた方がいい気がするんだが?」


「同感だね。その這い出てきたらまずい物が何か知りたくもないし」


 というか、こんな街の一角に、なんて物騒なもの作ってやがるんだ?


 ただの倉庫だと思ったら、火薬庫どころじゃない位物騒な場所だとか……。


「ここには危険な薬とか、魔道具が多いから立ち入りを制限されてるだけだって。毎年夏になると、肝試しに潜ったアカデミーの娘たちが何人か帰って来なくなるけど」


「ベルネって娘を助け出したら、すぐ入り口を封印しろ!!」


「そうよ!! 帰ってこない娘たちって発見されてるの?」


「探したけど見つからない子もいるみたいだね。本に変えられた娘は、書籍閲覧室の一角に並べられてるって話もあるけど」


「元に戻してやれよ!! あそこで女神の万能薬(デア・パナケーア)を使えばよかったな」


 書籍閲覧室での魔法の行使は禁止されているが、人命救助なら文句は言われないだろう。


「七不思議の一つなんだって。その本は気が付いたら無くなってるって話だから、誰かに元に戻してもらってるんじゃないかな?」 


「まったく、からかわないでよね……」


「でも、何人も行方不明になってるって話は嘘じゃないの。石像に変えられたベルネも、あんまり時間が経つとそうなりそうで……」


「強がっておどけるのはほどほどにするんだな。しかし、怪しい気配も多いな……」


 まだかすかにしか感じないが、まるで真魔獣(ディボティア)の様な、身体に纏わり付くような、悍ましくて陰湿な殺気。


 こんな場所に、レオノーラとベルネは足を踏み入れたのか?


「この先……、よかった。まだ無事だ」


 こちらに向かって驚いた顔で石像に変わっている一体の石像。


 アレがベルネって娘なんだろう。


 足元にはガラスが散乱しているし、あれの中に石化の香水(ラピス・エディズマ)が満たされていたんだろうな。


「第八十三廃棄部屋。【各種廃棄薬品類保管場所・化粧品・毒物・媚薬・劇薬・治療薬】色々な薬を廃棄している倉庫か?」


「ここには割と人が足を踏み入れるんだ~。ベルネが探してた石化を解呪する薬もそうだけど、役に立つのになぜか廃棄されている薬も多いし」


「人を石化させる香水なんて、何のために開発されたんだ?」


 暗殺用?


 それとも、人を石に変えて楽しむ嗜好を持つ領主か何かがいたのか?


「資料には、スライムの様な不定形な魔物を討伐する為に開発されたって書かれてた。廃棄された理由は、効果範囲が広すぎて、使用量次第だと使った人まで石に変わるからだって」


「容器を小さくすりゃ済む話じゃないか」


「ある程度の量が無いと効果が無いんだって。だから私も右手だけで済んでるし」


 レオノーラも全身に浴びてたら危なかったんだろうな。


 その場合、行方不明になっている娘たちと同じように、誰かに発見されるまで人知れずここに幽閉される訳か。


「一回この廃棄倉庫全域を捜索したほうがいんじゃないのか?」


「何十年に一度かは捜索するみたいだね。そういえば石像に変わったベルネはここで元に戻すの?」


「いや、一度上に出てから元に戻そう。ここはなんだか嫌な感じしかしない」


 何かいる……。


 それも、相当に手ごわい人外の何かが。


「でも、どうやって持ち出すの?」


「こうやるのさ」


 道具袋に手を触れて、もう片方の手で石像と化したベルネに触れる。


 そうすればこの道具袋の中に石像に変わったベルネを収納できるって寸法だ。


「き……消えた?」


「道具袋に収納しただけだ。こんな物騒な場所からはできるだけ早く……」


 部屋から出て、地上に繋がる階段へ向かおうとした瞬間、その先から今までとは比べ物にならない殺気を感じ始めた。


 しかもこの殺気。


 真魔獣(ディボティア)か?


「どうしたの師狼(しろう)?」


「二人とも下がってろ。ヤバい奴がいる」


「え? 何か出たの?」


「この世界で出会ったやつの中で、とびきりヤバそうな奴だ。なんでこんな街中にいるんだ?」


 姿は見えない。


 しかし、確実に()()()にいる。


「こんな場所でかくれんぼか? そろそろ日が暮れるんで、おうちに帰ったらどうだ?」 


「……」


「この国には潜り込んでないと聞いていたが、こんな場所に巣くってた訳か?」


「ソコマデ見抜クトハ、大シタ奴ダ……」


 このしゃべり方。


 そしてこの悍ましい殺気。


 間違いない、こいつの正体は……。


「なんで真魔獣(ディボティア)がここにいるんだ?」


 全身の細胞が泡立つようなこの感覚。


 絶対に存在させてはならない最凶最悪の存在、真魔獣(ディボティア)!!


真魔獣(ディボティア)? ナンダソレハ? 我ハ高位魔族。魔王直属ノ四天王ガ一人。暴食ノ【アビッソ】」


「あの蟹足の城を操ってた女とは別の四天王? まあ、この国しか残ってなけりゃ、全員こっちに投入する訳か」


「アノ女ハ小物ヨ。結晶ナドニ変エズトモ。人ナド面白可笑シク食イ殺セバ、勝手ニ絶望スルトイウニ」


 こいつ。


 間違いなく上級クラスの真魔獣(ディボティア)だが、何か様子がおかしい。元の世界で散々感じてきた様な悪意が薄いし、何というか上級にしては殺気が鈍い。


 だがこれ以上情報を引き出す事も難しいし、シルキーたちを危険な目に合わせる訳には……。


 そうか!!


「シルキー、レオノーラ」


「「え?」」


 俺は再び道具袋に左手で触れて、右手でシルキーとレオノーラを触り、二人を道具袋にかくまった。


 これで少なくとも二人が危険な目に遭う事は無い。


 あとはこいつを逃がさない様に……。


「まだいろいろ聞きたかったが、お前とはこれっきりだ」


 右手の魔道具から剣を取り出し、そこに高濃度の(ヴリル)を注いで狙いをつける。


 逃がすと厄介な事になるのは間違いない。


 出し惜しみなどせず、一撃で……殺す!!


「フハハハハッ!! 人間風情ガ、コノ儂ニッ……!!」


 絶対に討ち漏らさない様に光塵斬(こうじんざん)で、真魔獣(ディボティア)の身体を一切の容赦なく再生不可能なレベルで斬り刻む。


 こいつが街に放たれれば、どのくらい犠牲者が出るか知れたものではない。


 確実にここで仕留める!!


「上級程度の真魔獣(ディボティア)が四天王か。魔王軍も人材不足らしいな」


「馬鹿ナッ!! 貴様……、ナニモ…ノ……」


 炭の様に黒色に染まった身体が崩れ、真魔獣(ディボティア)が空間に溶けるように消滅してゆく。


 アビッソを倒せた証拠として腹に囚わられていた魂が解放され、光に包まれて天へと昇っていった。


 いったいどの位ここに潜んでいたのかは知らんが、あれだけの魂が解放されたという事は、少なくともここに迷い込んだ誰かが百人近く、奴に食い殺されていたんだろうな。


「あの悍ましい殺気が消えた。奴は単独で潜入していたのか? ああ、なるほどな」


 この廃棄倉庫の雰囲気。


 様々な怨念や嫉妬などの黒い感情が坩堝となって、禍々しい闇の気に満ちている。


 まるで、話に聞く封印窟(ナラク)周辺の様に……。


 この辺りは魔界化していなかったから、この廃棄倉庫を根城にしていたのか。


封印窟(ナラク)は無いんだろうが、ここは一度浄化したほうがいいんじゃないか?」


 地上で女神の万能薬(デア・パナケーア)を使えば、この辺りも浄化されるかもしれないな……。




◇◇◇




 地上に出た俺は、道具袋に閉じ込めていたシルキーとレオノーラを解放し、石像に変わっていたベルネも取り出した。


「って? あれ? どうしてここに?」


「いつの間にか倉庫から出てる……」


「すまない。ヤバい敵がいたから、道具袋にかくまっただけだ」


「ヤバい敵?」


 しかし、なぜこの世界に真魔獣(ディボティア)が居たんだ?


 あいつがその気になれば、この世界の人間などひとり残らう食い殺せるだろうに。


 しかも奴は自分が真魔獣(ディボティア)ではなく高位魔族だと思っていた。


 高位魔族に真魔獣(ディボティア)と同じ敵が混ざっているんだろうか?


「まあいい。とりあえずこの子を元に戻そう。女神の万能薬(デア・パナケーア)!!」


 地下にも効果範囲を広げようと思ったが、もし仮にあそこに誰か取り残されていても困る。


 もし、地下にも効果範囲を広げるのであるならば、魔法使いギルドの誰かを呼んでいた方がいいだろう。


「ぁぁぁっ!!」


 光に包まれて、ベルネの身体が色を取り戻し、灰色の医師から元の肉体へと変わってゆく。


 どうやら成功の様だな。


「ベルネ!! 元に戻ったのね!!」


「あれ? レオノーラ。ここって」


「廃棄倉庫の外。あんた、石化の香水(ラピス・エディズマ)の瓶を割っちゃって、石に変わってたのよ」


「え?」


 ベルネは身体を触って元に戻っていることを確認していたが、そのベルネの背中を叩くレオノーラの右手も元に戻っているようだな。


「とりあえず、女神の万能薬(デア・パナケーア)の効果は分かった。これなら、十分に期待できるな」


女神の万能薬(デア・パナケーア)? その魔法が使えるなら……」


「クルーエル・トライスに石に変えられた村を救ってくれっていう依頼は受けられない。ここのアカデミーの生徒は冒険者ギルドにも登録してたりするからわかるだろ?」


「依頼難易度に著しく逸脱した額で依頼は受けない。また、その時は冒険者ギルドに報告する事……」


「冷たいようだけど、冒険者ギルドに依頼をするのもやめて欲しい。そうされると莫大な額が必要になるだろうし、一度そういう依頼を持ち込まれると、色々とやり辛くなる」


 依頼が発生しているのに俺が勝手に石化を解除すれば、冒険者ギルドや冒険者のメンツを潰す事になる。


 それならいっそ、依頼などない状態の方が俺が自由に行動できるからな。


「でも、お母さんと妹たちが……」


「助けたいなら、書籍閲覧室で石化解除系の魔法を覚えるんだな」


「そうですよね……この世界には、女神の万能薬(デア・パナケーア)まで使える人がいるんだから……」


 誰かに助けを求める前に、最低でも努力位はしなきゃな。


 それに、いま必死で石化解除の魔法を覚えれば、また同じ事件にあっても今度は自分の力で大切な誰かを助けられるだろうよ。


「運よく通りすがりの誰かが石化を解除してくれる可能性もあるが、移住先の住所位はこっちに知らされるだろ」


「それって……」


「被害にあった村は廃村決定。そうなるとどこかに移住する事になるだろ?」


「あ……、ありっ……」


 ベルネの唇に人差し指をあて、紡ごうとした言葉を止める。


「その言葉は飲み込んでおきな。それじゃあ、実験に付き合ってくれてサンキュ」


「あ、師狼!!」


 少し遅くなったが、今日魔法使いギルドの廃棄倉庫に足を踏み入れてよかったとは思う。


 いろいろ謎は増えたが、次に呼び出された時にあいつに聞けばいいだろう。


 以前の感じだと、この世界には真魔獣(ディボティア)が存在しないような言い方をしてたし、奇妙な話だな……。







読んでいただきましてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ