新たな魔法を求めて 三話
宿屋でシルキーやミルフィーネと魔法の話をする話です。
楽しんでいただければ幸いです。
魔法使いギルドの閲覧室でいろいろ魔法を覚えてきたが、あんなに簡単に魔法を覚えられるとは思っていなかった。
それを晩飯の時にシルキーたちに話したところ。
「本を読んだだけで魔法が取得できる人ってほんとに稀だよ?」
「すべての人が魔法が書かれた書籍を読んだだけで魔法が会得出来たら、魔法使いギルドなんて存在していないのです」
閲覧料を払えば魔法を覚え放題って良心的だよなって思ってたが、どうやらそんなに簡単な話ではないらしい。
「しかしな、あんなに詳しく魔法の構成や魔法陣やらが載ってるんだぞ? そこにちょこちょこっと魔力を注ぐだけだし」
「魔法陣への魔力の注ぎ方なんて、もっの凄い試行錯誤の末に死ぬほど苦労して理解するものなんだけどね」
「兄様はいろいろおかしいのです。私が魔法を教えた時もすぐに覚えてしまいましたが、魔法を覚えるという事はそんなに簡単ではないのですよ?」
何か俺の認識とは違う答えが返ってきた。
しかもシルキーとミルフィーネの顔は割と呆れてて、またですかこの人はって感じだし……。
「魔法の習得にはね、魔法の詠唱と会得用兼発動用の魔法陣が書かれた本を僅かな狂いもない位完全に暗記して、その魔法陣を頭に思い浮かべながら何度も呪文を詠唱する必要があるの。その魔法陣を頭に思い浮かべた状態でも、本物の魔法陣が脳裏に浮かんでくる事はまれで、気の遠くなるような反復練習の末にやっと、脳裏に魔法陣が浮かんでくるようになるんだよ?」
「姉様の言う通りなのです。才能のない人では何年かかってもこの会得用魔法陣が脳裏に浮かんで来ませんし、脳裏に浮かんできた魔法陣に制限時間内で魔力を満たすには更に厳しくて長い訓練が待っているのですよ。制限時間は魔法によって異なりますし、一度魔法陣への魔力の注ぎ方を覚えてしまえば、次からは反射的にその状態を維持できるので連射できたりしますが……」
そういえばミルフィーネに魔法を教えて貰った時、すぐに教えて貰った魔法を使いこなしていたらえらく驚いてたけど、アレは異常な事だったのか……。
「簡単な攻撃魔法や治癒魔法は例外なんだろ?」
「…………朧灯は魔法使いギルドだけじゃなく、いろいろな場所で一番最初に教えられる魔法なのですが、この魔法でも素質がない人の場合はひと月くらいかかるのです。確か兄様は……」
「……ざっと説明されたら即使いました」
説明聞いたら脳裏に魔法陣が組み上げられて、そこに魔力を注ぐ方法まで理解出来たしな。
流石ミルフィーネは魔法を教えるのがうまいなと感心したものだけど。
「今私が教えている冒険者は、いまだに私の教えている魔法をひとつも発動できていないのです。毎日朝から晩までいろいろな特訓をしてそれなのですよ?」
「戦闘訓練もしているからじゃないのか?」
「脳裏に浮かんだ魔法陣に注ぐ魔力は無限ではないのですよ。試行錯誤中は実際に魔法を使う時よりも魔力の消費が激しいので、余った時間は有効に使っているのです」
魔力不足? 昔の俺みたいなものか……。
元の世界は魔法陣的なシステムはなかったし、練り上げた魔力で強引に魔法を発動させている印象がある。
そのために元々魔力が少なかった俺では普通の魔法を使う事が出来なかったし、変則的な魔力の使い方を自力で生み出すしかなかったんだから。
魔法学は元の世界に比べるとこっちの世界の方がはるかに発展しているのも大きいが、元々ある魔法構築システムに違いがあったのかもしれないな。
「炎の嵐系魔法である、火炎嵐を教えた時の事を覚えていますか?」
「火力の調整に少し苦労したよな。あれは何度も食らってたから、どんな魔法か知ってたのも大きいと思うんだけど」
「説明した次の瞬間に使い始めた時には目を疑ったのです。兄様の事は凄いと思っていましたが、あの瞬間に、それでもかなり甘く見ていたと思い知らされました」
シルキーが口の中にあるカラカラ鳥の唐揚げを飲み込んで、わかりやすいため息をついた。
いや、流石にあれだけ学校で火炎嵐を見たり食らったりしたら、身体で覚えると思うぞ?
「魔法使いギルドに所属する人でも、魔石なんかを利用しない限り火炎嵐を覚えるには半年とか一年かかるんだよ? もちろん、彼女たちはそれがどんな魔法なのかを熟知した上でね」
「冒険者のひとたちからも、彼女たちは魔法の才能がある人ばかりだと聞いているのですが。兄様が如何に異常なのかは、説明するまでもないのです」
ミリフィーネはカラカラ鳥の野菜炒めを食べる合間に、会話に参加している。
この時期はカラカラ鳥が異常に発生するらしく、カラカラ鳥を使ったメニューはすべて半額になっているのでどのテーブルもカラカラ鳥系のメニューしか並んでいない。
俺が譲った分の他にも大王渡り蟹を一匹仕入れていた様で、いまだに様々な大王渡り蟹メニューが書かれた板が店中に並んでいるが【期間限定半額!! 大人気の大王渡り蟹フェア!!】と書かれているあたり、相当余っているんだろうな。
さすがにここの宿泊客でもう大王渡り蟹料理を頼む奴は稀だが、普段はここで見ない客の顔も結構見かけるので、そのうち売り切れるだろう。酒のつまみにはちょうどいい値段だし。
と、現実逃避はこれくらいにして……。
「異常扱いはそろそろ慣れてきたが、今まで苦労してきた分、魔法に対する理解力があがってたとかそんな感じじゃないのか?」
「魔法使いギルドのエリートたちは、夜も眠れないくらい魔法の事しか考えていないんだよ? その人たちでも、火炎嵐を使えるまでに結構な時間が必要なんだけど、苦労していないと思う?」
「俺の場合は、それまでに少ないとはいえ魔力をどうにか利用できないか、試行錯誤しまくってたおかげだよ。氣との融合技とか、魔法使いギルドの人間でさえ誰も試してないだろ?」
魔力の正規ではない使い方については、ダントツだと思うぞ?
なにせ、身体に眠る本当に少ない魔力を、無駄なく絞りつくすように利用する方法を十年近く研究してきたんだから。
「別方向の努力の賜物だったんだね。女神さまから貰った特殊な力かと思ったよ」
「あいつから貰ったのは金貨五百枚と銅の剣一本。それにこの道具袋だけだ。この道具袋は助かってるけど……」
貰った金貨に関しては数百倍にして返してるし、銅の剣の代わりも山ほど返してるからな。
道具袋のお礼は魔道具とかでいいだろうし。
「たったそれだけ渡して世界を救って来いって、ちょっとひどい話だとは思うよ?」
たったそれだけでそうお願いしてきたのは、見習女神になったお前だけどな!!
「今日覚えてきた魔法はもう試したのですか?」
「いや、使いどころが限定されそうな魔法が多くてな。すぐ使えそうなのは完全治癒位かな」
「いきなりオリジナルが出てきちゃったか……」
「もう驚かないつもりでしたが、それは発動させてみたのですか?」
そういえば魔法陣へ魔力を注入して待機状態の魔法をキャンセルしたっけ?
発動待ちの状態にできたから、完全治癒は発動できるはずだ。
「発動待ち状態にしただけかな? あとは行使する範囲を指定して力ある言葉を発するだけにできたし」
「発動できるといったのは間違いなかったのですね。そこまでいけば発動したのと同じなのです」
「完全治癒まで発動できるんだったら、ほんとにわたしは用済みだよね?」
現状、俺一人で何でもできる状況になりつつあるが、それでも仲間がいるというのは精神的に大きい。
どんなに強くても俺の身体は一つしかないし、色々な局面に対応するには人数がいた方がいい。
「シルキーが用済みになる事なんてないぞ? 魔王討伐までよろしくな」
「う……うん。できればその後もよろしくできるといいんだけどね」
その後の事は、その時にならないと分からないけど。
ひと月ほどしか暮らしていないこの世界ですでに、なんだかいろいろしがらみが出来てる気がするな……。
「兄様はエルフはお嫌いですか?」
「いや、人間とそれ以外の種族で区別も差別もしていないぞ?」
魔族は別だが、敵対してこない種族に対しては何の問題もないしな。
「よかったです。エルフは契約精霊の力でいろいろと弁解の余地のない事件を起こしていますので、種族ごと嫌う人も多いのですよ。仕方がないと理解しているのですが……」
「女性には特に嫌われてるからね……。私はミルフィーネの事は好きだし、エルフに対しても悪い感情はもう抱いてないよ」
「姉様……」
最初の頃はシルキーも割とエルフを嫌ってたのに、変わっていくものだな。
それはいいとして。
「明日の午前中は覚えた魔法を壁の外で試して、午後からはまた魔法使いギルドかな? 結局解放系の魔法は見つからなかったし」
「わたしはまだ当分冒険者たちに魔法を教えないといけないので、残念ですがいっしょに行けないのです。あの子たちが兄様の半分程度でも魔法の習得が早ければ、もういくつか魔法を覚えているはずなのですが」
「それは魔力の総量が少ないから、仕方ないんじゃないかな?」
「そうですね。根気良く教え続けるのです」
約束のひと月まであと10日程度。
それまでにどのあたりまでそれぞれが強くなれるのか……。
状況次第ではもうひと月、ここに居なければならない気がするな……。
読んでいただきましてありがとうございます。