冒険者ギルド
話の進みが少し遅いですが楽しんで頂ければ幸いです。
異世界での初めての朝……。
重度のブラコン妹、紗愛香に起こされずに済む安心で安全な清々しい朝。
だいたい、寝こみを襲ったあげくおはようのキスで実の兄を起こそうとする妹などそうそういてたまるか!!
昨日の夜もアイツの襲撃を警戒せずにぐっすりと眠れたし、こういった意味ではあの見習エロ女神に感謝しても良いかもしれない。
こんな安らげる睡眠が出来る日が来るなんて、いつぶりだろうか? この部分だけは本当にまるで夢の様だ……。
普段は魔法抵抗力の高い素材で出来た頑丈なドアに同じく魔法耐久力の高い鍵を七つも付け、誰の侵入も出来ない様に万全の態勢を整えている。
以前、部屋の壁を破壊して紗愛香が侵入するという事件があった為、俺の部屋は壁はおろか窓ガラスに至るまでそう簡単には破壊不可能な素材で作り直してあった。
部屋を改築する金と材料を出したのはお嬢様な同級生の美剱瑞姫だが、どちらかといえばこいつも性的な意味で俺を襲ってきかねない危険人物でもある。
◇◇◇
よく考えれば、この世界での俺の冒険は此処から始まる……、んだよな普通は。
あの見習エロ女神のおかげで異世界転移後に初手即死させられる所だったが、もし仮に別の場所に送りだされてても俺がここに辿り着くころにはこのアース・グレイブ皇国は完全に滅んでいて魔王討伐が其処で詰んでた可能性は高い。
というか、なんでこんな滅亡寸前の状況で送り込まれたのか訳が分からん。
魔王軍侵攻の開始直後に俺を送り込んでくれれば、少なくともこんなに最悪な状況に陥る事は回避できたはずだ。
理由を少しは予想できるとしてもだ、少なくとも数年前であればあのシルキーとか言う巫女も今の地位にいた可能性が高く、砦もいくつかは残ってただろうし、冒険者だってそれなりの数が生き残ってたに違いない。
「まあいい。このよくわからんデザインの魔導時計とやらを見る限り、そろそろ着替えなんかをすませなければいけないみたいだしな」
こういってはかなり失礼だと思うがこの世界にも時間があり、それを確かめる為の時計も存在した。
魔導時計といって普通の時計のようなデザインでもデジタル時計みたいなデザインでも無いうえにちょっと気持ち悪い動きをするし、これちゃんと時計として成り立ってるのか? と疑問に思える事が多いが、この世界で普通に使われてるという事はちゃんとした時計なんだろうな。
「しかし、今のところこの格好だけど、魔王討伐でこの世界に長期滞在させるつもりなら、せめて替えの下着と服位は持ち込まさせて欲しかったな」
俺の服は氣に対応したかなり特殊な素材で作られている。
もっとも、俺のものだけではなく元の世界の服はほぼすべて氣対応素材で作られていたし、女性用の服や下着なんかは魔力対応型の素材で作られていた。
特に魔法少女達の着ている服や制服なんかは変身時に一回完全分解されて指輪に収納されるため、普通の素材で作られているとすぐに劣化して再構成に失敗して街中で全裸とかいう最悪の事態にも陥りかねない。
まあ、この世界にも魔法があるらしいから大丈夫と思いたい。
問題は下着とかのデザインが俺の居た世界と同じかどうかだが……。
◇◇◇
宿屋の一階にある食堂に行くと、シルキーが先に朝食を食べ始めていた。
おそらくこいつはあの女神見習いのシルキーと同一人物なんだろう。もちろん、女神見習いの修行に入る前の状態なんだろうが。
本来、俺が助けに来なかった場合はあの魔物の襲撃で砦とこの街が壊滅し、巫女であるシルキーも命を落とすはずだったという事だ。
そして神様に拾われたか功績が認められたかしらんが、女神になる為の修業を始めて俺を呼び出す訳か……。
「あ、師狼様、おはようございます」
「おはよう。昨日も言ったが、俺の事は師狼と呼び捨てでいい。様付けはなんかこう背中がむずがゆくなるんでな」
お前のその顔と声で言われると特にね。
昨日も何度その頭を殴りたい衝動を抑えた事か。
こいつのせいではないが、あんな状況に送り込まれれば、一発位ぶん殴ってやろうと思うのは人として当然だと思う。
というか、俺以外の奴ならあそこで確実に死んでる。
なんの為にこの世界に送り込まれたのか訳わからんうちにな。
今更言っても遅いが、あんな状況ならせめて対策位授けてから送り込んでほしかった。
上手くいけばあの逃がした蟹足の城も潰せたかもしれなかっただけに残念だ。
別人だけど、多分別人じゃなく、昨日の襲撃で死んでたらそのままあの女神見習いになってた筈のシルキー。
ん、まてよ。
こいつは死後にあのエロ女神見習いになるのは間違いない。
……という事はこいつ中身はのエロ女神見習いと同じ様に相当エロいし、無理して禁欲して聖職者活動してるって事?
虫も殺さない様なすました顔しながら、どっろどろのエロエロ思考が頭の中支配してるの?
因果応報?
いや、それはあえて指摘しないでおいてやるが、まさか女神見習いになった後の自分のせいで、エッロエロなのがばれるってとんだ罰ゲームだよな……。
「では師狼。昨日説明した通り、とりあえず朝食を済ませて冒険者ギルドに向かいましょう。冒険者カードの発行や各種手続きがありますので」
「冒険者カードとやらの役目は身分証明書と通行許可証だっけ?」
「はい。それに魔王を討伐できる実力があるのかって事も調べられますよ」
この世界にも氣測定器や魔力測定器みたいなものがあるのか?
まあ、たしかにそういって物があれば、魔王討伐の良い指針にはなる。
「朝食でも頼むか、メニューはと……、なんでスペシャルシャケ定食があるんだ? ここ海から近いの? それとも大きな川でもあるのか?」
「シャケはこの辺りの森で獲れる鳥の名前ですよ? どうしてそこに海や川が出て来るのですか?」
「これ鳥の名前なのか? シャケなのに?」
名前とかの先入観で頼んだらダメって事か、昨日は防衛任務成功の祝勝会で一緒に飯を食わせて貰えたからテーブルにある物を適当に食べてたので料理の名前なんて知らんし。
「美味しいですよ。好き嫌いが別れますが、特に皮に付いている脂が最高です」
「じゃあ、このスペシャルシャケ定食をひとつ」
暫く待って料理が運ばれてきた俺の感想。
思ってたより小さいけど、完全に外見は羽が生えたシャケじゃん。胴体が少しだけ横に膨らんでるのと、尾びれの向きは縦じゃなくて横だけど。
シャケの顔も割と鳥っぽいけど、コイツは殆どそのまんま嘴だけ駄コラみたいにくっつけて、背中に鶏っぽい羽があって腹の部分からも鶏の足が生えていた。
内臓を取り除いて一羽まるごとから揚げにしているみたいだけど、かなりボリュームがあるな。
メインのおかずであるこのシャケの他に、炒めたご飯がお玉二杯分位盛られ、ホウレンソウっぽい菜物の温野菜、それに少し色の薄くあまり具の入っていないスープがセットになっている。
食い逃げ防止の他、実は持ってる金が足りませんでしたという事態が起きない様に代金は先払いで、この定食の値段である銀貨二枚は注文時に支払っておいた。
元の世界も食券購入型の店舗が多かったし、よく考えたら食事代金の後払いって、相当信用されて無いと成り立たないシステムだよな……。
と、正面の席に座っているシルキーの視線がちょっと気になった。
あれ? ちょっと睨まれて無い?
何か悪い事をしたかなと思ったが、よく見たら視線の先は俺の前のシャケに注がれていた。
「朝から豪勢ですね。朝食に銀貨二枚って……」
「割とボリュームがあるし仕方ないんじゃないかな? 普通はどんなの食べてるんだ?」
「私の食べているこの卵サンドがいまだと銅貨十二枚です。塩味の付いた硬いナガパンですと、銅貨五枚からありますよ。あまり美味しくありませんが」
この世界の貨幣は元の世界換算で銅貨一枚十円、銀貨一枚千円、金貨一枚一万円と非常に計算しやすい仕様になっている。
あの卵サンドが百二十円で、俺のこのスペシャルシャケ定食が二千円か……。
朝食に二千円、確かにセレブかよって思うよな。それにシルキーのあの目、もしかして……。
「朝食にしては量が多すぎるから少し食べるか?」
「え!! いいんですか? うわぁ……♪」
迷いがなかった!! めっちゃ瞳を輝かせて喜んでる。
ああ、禁欲生活ね……。
もしかして、その禁欲ってのも金が無いから? いや、あの手の趣味を持つやつの行動原理を考えればわかるが、ひょっとすると、コイツ食費とかを趣味に回してるんじゃ……。
「ああ、好きな部分を取ってくれ」
「それじゃあ、この羽を片方とこの尾びれの周りをいいですか?」
「いいぞ。へえ、簡単に肉が取れるんだな」
シルキーは顔を綻ばせながら胴体を押さえて羽をもぎ取り、いつの間にか用意していたナイフとフォークをうまく使って鼻歌交じりに尾びれとその周辺を綺麗に切り取った。
そしてタマゴっぽい何かが挟まっていたサンドイッチが乗っていた自分の皿に乗せると、一口大に切り分けて食べ始めている。
「んっ~♪ おいしい~っ♡ シャケなんて何年ぶりだろう? このサクサクとした皮と尾びれの肉のコラボがたまらないっ♪」
「なるほど、これは美味いな……」
皮はパリッと香ばしく揚がり、その下に隠れている脂も鮭の脂や鶏の脂とは違っていて濃厚なのにそこまで癖が無い。
定食についてきたご飯は粒の細長いコメを炒めた物だったが、このシャケと一緒に食べると格別だ。
そして脂っこくなった口をこのうす味のスープと温野菜でリセットし、再び脂の乗ったシャケを頬張る。
…………このシャケ、元の世界で養殖できないかな?
◇◇◇
楽しい朝食を終え、腹いっぱいにシャケと卵サンドを食べたシルキーは上機嫌で俺を冒険者ギルドに案内してくれた。
なんでもシャケは尾びれ周辺が肉付きが良いし脂ものって一番美味しいらしく、それを惜しげも無く分けてくれた事を物凄く感謝されたが、この世界に来たばっかりの俺がそんな事しらねえっての。
一番おいしい所を遠慮なく『ちょうだい』って悪びれもせずに言ってくるのは、流石あの女神見習いと同一人物っぽいとは思ったが……。
「ここが冒険者ギルド。責任者のアスセナさんには昨日会ってるよね?」
「ああ。他の冒険者を助けたからその礼を言われたし、その後の祝勝会も冒険者ギルド主催だとは聞いている」
報酬の前渡し分の三万ゴールドはこの街を治める領主からの礼金で、冒険者ギルドからの報酬はとりあえず保留だったか。
まあ、撃破した魔物の数が多かったのと、あの極大熱線魔法を防いで砦を守り抜いた功績が凄いらしく、どれだけ報酬を支払うかは検討中といわれている。
「鏡原師狼様、ようこそお越しくださいました。冒険者カードの発行手続きと能力検定の準備は整っています」
「能力検定?」
「別に走ったり戦ったりは無いですよ。あの装置ですぐに調べられますので」
能力測定器って俺の世界の上腕型血圧計を改造した簡易型氣測定器そっくりだな。
違う点といえば頭にかぶるヘルメットっぽいのがある位だ。
「ここに手を入れて、これをかぶればいいのか?」
「…………手馴れてますね。本当にはじめてですか?」
「似た検査は何度も受けて来たからな」
俺は昔から氣の数値が異常に高く、その為、それを誤魔化す為に検査時に氣を低く測定させる技術を身に着けたし、そのおかげでかなり早いうちから氣の制御能力が異常に上手くなった。
魔力と氣を複合させる技術や、多重絶対防盾もその副産物に過ぎない。
「それじゃあ、測定をはじめますね……」
「この感覚も殆ど同じだな…」
体内の氣や魔力の流れや総量を測定する感覚。
唯一異なるのがこのヘルメットっぽい装置だが、これが何を調べているのかは流石に分からない。
「…………測定が終わりました。なんですか、これ?」
「ん? 別に変な事はしてない筈だけど」
いつもの様に氣の数値を誤魔化す小細工はしていない。
もしかしてこの世界に人間に比べて魔力の数値が低すぎたか? 元の世界での話だが、一番最新の検査結果で確か五十二位しかない筈だしな。
「腕力、技量、速度、氣が測定不能、唯一測定可能な魔力が百?」
「基本的に身体能力は氣でいくらでも強化されるからな。で、魔力が百ってのは高いのか?」
「男性でこの数値の人なんて見た事無いですよ。大体十五位です。男性ですと魔力一桁って人が圧倒的多数ですし」
氣の測定不能はいつもの事だ。元の世界ではあの桜花魔法学校のMRIのような機械ですら測定できなかったからな。
元いた世界では男性が魔力をほとんど持たず、その保有量は平均して二~三十程度でしかない。それに対して女性は最低でも百、最高ランクに属する者は千以上の魔力を秘めている。
使い方次第ではあるが、氣千と魔力十がほぼ同程度の力なので、俺を除けば世界の脅威である真魔獣と戦っているのは殆どが高魔力を秘めた魔法少女達だった。
そしてこの世界も同じ様に男性の保有する魔力はかなり低いようだな。
魔力格差社会。
冒険者として生きて行くなら、この世界の方が事態は深刻かもしれないけどな。
「確かに女神さまから魔王討伐の為に送られてきたって話、嘘じゃなさそうですね。最初に聞いた時は頭のおかしい人の妄想かと思いましたけど」
「俺の話はどういう風に伝わってるんだ?」
「……力は凄いけどちょっと妄想が激しい人? ああ、もちろんあの魔物の群れを撃退した功績はみんな認めてますよ」
なるほど。
酒場でも街でもそこまで俺を特別扱いもしなけりゃ、腫物みたいに扱わなかったのはそういう訳か。
女神に送られてきたって事すら殆どの人間が信用してない訳だ。
「師狼凄い!! そういえばその女神さまの名前なんて言うの? まだ聞いて無かったよね?」
「…………俺自身も神聖なので恐れ多くて神の名前は聞けていない」
なんだか女神に送られてきたって話の胡散臭さが増した気がする。
冒険者ギルドの人の視線も何か少し冷たくなったし……。
「そ…そうですか、確かに神とはそういう存在であるのかもしれませんね」
嘘です。アイツは絶対にそんな大層な存在じゃない。
実際目の前に見習エロ女神と同じ名前の奴がいます。
まさか本人の前で『女神見習いの名はシルキーです』って事実を伝えた後で、お前が将来女神見習いになるんだよって言えんだろ!!
いや、そんな名前を告げたら、今考えたんですか? とか、私が女神な訳ないよ~とか碌な反応が返ってこない気はする。
時として事実は小説より奇怪なもんだしな。
「で、その冒険者カードが今後の身分証明書になるのか? そんな怪しい状態だけど」
「はい、冒険者カードは偽造できませんし、似たような物を作るだけでも罰せられますので。あ、あと、測定不能で殆ど能力が表示されていませんが、一応今後魔力が上がれば更新はされますよ」
「魔力が上がるのは地味に嬉しいな」
元の世界ではなぜか魔力がほとんど上がらない。
あの短時間の戦闘で五十二から百に上がったんだったら、うまくいけば今後魔力も無限に上げる事が出来る。
「と……とりあえず魔王討伐に問題はなさそうですね。最初に足手纏いと言われた意味が分かった気はしますが……」
「あれは悪かった、回復魔法には期待してるぞ」
シルキーがめちゃめちゃへこんでる。
後の台詞なんて小さすぎて聞き取りにくかったほどだ。
「後は武器なんかの装備を整えて、依頼を受けに戻ってきます」
「は~い。期待してるわね。魔王討伐の勇者様♪」
「勇者というのはやめてくれ、俺はそこまで勇敢じゃないんだ」
冒険者カードは元の世界でもよくあるカードと殆ど同じサイズなので、ポイントカードなんかを入れているパスケースに入れられるのはありがたい。
と、カードをパスケースに入れていると、アスセナがパスケースを興味深そうに見つめていた。
「へ~。それ、いいですね」
「何処にでもある二つ折りのパスケースだろ?」
「何処にでもは無いですね。かなり丈夫にできている冒険者カードですが、手荒な冒険者が多くてすぐ汚したり壊したりするんです。そっか、剥き出しで持ち歩かせずにそういったケースに入れればいいのか~」
缶詰が出来た後に缶切りが出来るまで長い年月が必要だったと聞く。
加工する技術とかはあるんだろうが冒険者カードが生半可に丈夫だったことが災いして、冒険者カードを何かで保護するとは考えなかったのかもしれないな。
「それじゃあ、装備なんかを売ってる総合商店に案内しますね」
「ああ、頼んだ」
あの女神見習いから貰った銅の剣じゃないが、ちゃんと氣に耐えるまともな武器が売ってると良いな……。
読んで頂きましてありがとうございます。