新たな魔法を求めて 二話
前の話の続きになります。
楽しんでいただければ幸いです。
魔法。
誰が考え出したのかは知らないが、俺が送り込まれたこの世界では、はるか昔にどこかからか現れた勇者が生み出し、そしてそれを世界中に広めたといわれている。
それだけ聞くとその勇者は俺のように異世界から送り込まれてきた人間だと考えられるが、不思議な事にその勇者の活躍などを残した文献などは限りなく少ないし、その当時に今の魔王のような敵が存在したという話もない。
攻撃、防御、治癒とありとあらゆる魔法を使えたというその勇者に教えられた魔法を基に、さらに強力な嵐系の広範囲攻撃魔法や、穿波系の殲滅魔法が作られたという話だ。
その事が書かれた文献にざっと目を通したが、俺の使う神穿波は厳密にいえば魔法ではないのだが、殲滅系の技という事で共通点は多いみたいだな。
似た魔法に旋風で敵を穿つ風穿波という魔法が存在してるっぽい。
「勉強にはなるけど、この莫大な量の本から目的の本を探すのか……」
ジャンルごとに分けられているという事だが魔法の定義の仕方がわりと曖昧で、古代系の魔法が集められているこの棚の中に、割と最近の解読書というか古文書を読んで自分なりに解釈した物や同じ様な魔法を組みなおした物が書かれた本が混ざっていたりする。
当然オリジナルに比べて効果は劣っているし、使い勝手が良くなっているかというとそうでもなさそうだ。
例えば、驚く事に元の世界で美剱瑞姫が使っていたとっておきの魔法、輝く妖精の輪舞はオリジナルに属する魔法らしい。
ただその力を限定的に再現……、つまり俺が魔王軍との戦いでやったように魔弾を大量に撃ち出してこれでも同じだろと、残りのページの全てが延々と自分の偉大さを自慢している本まである始末だ。
「輝く妖精の輪舞と魔弾は根本的に違う魔法だろ……。使い勝手は同じように感じるだろうけど」
輝く妖精の輪舞は無数に放たれた光の粒子で相手を穿つ魔法だが、魔弾は単なる魔力で作られた弾に過ぎない。
放たれた光の粒子一発と魔弾を比べても威力は低く速度も遅い。
はっきり言えば少し魔法を使える人間ですらこの位の違いは判る。
こんな感じで、間違った情報をさも新発見の様に書かれている新書の数が多すぎて、ここから正しい情報を見つけ出すのは非常に骨が折れるな。
「解放系か解呪系っと……」
できれば石化だけではなく、真魔獣の手にかかってお菓子などに変えられた人を救える魔法がいい。
完全治癒とかいう治癒魔法も覚えたいが。
あれ? もしかしてこれ……。
「究極の治癒魔法?」
目の前の本のタイトルには覚えがあった。
確か完全治癒の説明の時にそんな呼び方をしていた気がする。
ん? この本ってかなり薄いな……。それに表紙もカラーでイラスト付きか……。
「究極の治癒魔法、それは恋人の『愛してる♡』という言葉で……」
バン!!
一ページ目を開いた瞬間、真面目な魔法の書物には有り得ない絶対におかしい雰囲気のイラストが飛び込んできたので思いっきり本を閉じた!!
誰だ? この棚にエロ漫画混ぜた馬鹿は?!
やけに薄い本だと思ったよ!!
「ホントに管理されてんのか? この本棚?」
カオスにもほどがある。
この辺りの棚だけやけに本の厚さがバラバラだと思ってたけど、こんな本まで混ぜてるのか? それともこの本は誰かがここに紛れ込ませたのかな?
盗難は警戒してても、本が増える分にはお構いなし?
「というか、同じタイトルの本が結構並んでるんだけど……」
究極の治癒魔法というタイトルの本で棚が一列丸ごと占領されている。
ナンバリングされてるのはこのマンガの続きなのか?
というか、各三冊ずつ置かれてるって、そんなに人気の漫画なの?
古そうなのは結構手垢で汚れてるというか、まさかここで人目も憚らずに使用したりしてないよな?
「気を取り直して……。この本のタイトルも究極の治癒魔法か……」
少し分厚い究極の治癒魔法というタイトルの本を手にしたが、なんだか見覚えのあるイラストが書かれてる気がする……。
「究極の治癒魔法、それは恋人の『愛してる♡』という言葉で……って、これさっきの本の愛蔵版じゃねえか!! なんでわざわざ揃えてるんだよ?」
手にした本はただの愛蔵版だった。
分厚いのはこれ最初の本を三冊くらいをまとめてあるからだろ?
そうすると巻数も同じだし。
「よく見たらこの棚にある奴全部、愛蔵版とか、新刷版とか、愛読版とかバージョン違いじゃないか!!」
どんだけ人気なんだこのマンガ?
というかバージョン違いを全種類入れてんじゃねえよ!!
「漫画も置いてあるってのは盲点だったな。というか、魔法に関係ある本だったらなんでもあるのか? ここ?」
真面目な魔法の本しかないと思ってたよ。
なるほど。
僅か一時間で閲覧料が銀貨一枚もするのに、やけに閲覧者が多いと思ったらエロ漫画目当てなのか……。
◇◇◇
「最初の棚に真面目な本も多かったから油断したよ……。えっと、これも同じタイトルか」
目の前にあるのはまたしても究極の治癒魔法と書かれた本。
しかし、この本からはさっきの本とは違う雰囲気を感じる。
なにせ、この本は割と古そうな紙質でそれなりに歴史がありそうな見た目に反して、全然手に取られた形跡がなくピッカピカのままだったのだから。
「同じだったらまた本棚に戻せばいいか……。治癒魔法には癒しなどの割と軽めの傷を治す魔法から始まり、より大きな怪我などを治す治癒、失われた四肢や眼球などを再生する再生の奇跡が存在する……。あたりか?」
これは真面目な内容の本だ。
書かれている内容は主に治癒魔法だが、どの程度の傷の時にどの治癒魔法を使えば効果的なのかが説明され、その魔法を発動させる為の呪文のようなものまで書かれている。
「完全治癒の発動には次の呪文を唱えた後、脳裏に浮かぶ魔法陣に魔力を注いでその魔法陣を満たす必要があり、これはかなり大規模な教会の奇跡を代用しない限り不可能と思われる、か。万物の精霊、慈愛の心、傷付、倒れ、臥す子羊に、今一度の祝福を……」
軽くだったが、俺が呪文を詠唱すると頭の中に展開用の魔法陣の様な物が浮かび上がった。どうやらこの本は本物の様だ。
なるほど、この魔法陣の中心から魔力を注いでそれが展開用魔法陣を満たせば魔法は発動するのか。
範囲型治癒呪文らしいので、あと試してみるかな……。
「目的の一つは達せられたな。あとは肝心の解放系か解呪系の魔法なんだが」
先日のクルーエル・トライスの犠牲者たちの石化を治す事。
そして元の世界で真魔獣にお菓子などに変えられた人を治す事。
クルーエル・トライスの被害者に関しては、非公式な救済で褒められた事ではないのかもしれないが、それでも俺は助けられる命ならば助けたいと思う。
しかし、いつから俺はこんなに甘くなったんだろうか?
それとも、以前からも本心では人の身を捨てる事が無いのであれば、人を救いたいと思っていたのかもしれないな。
「すいません、そろそろ閉館時間ですので……」
ヴィオレットとは別の職員が声をかけてきたが、もうそんなに経っていたのか?
解放系か解呪系の魔法を探す際に見かけた使えそうな魔法を片っ端から覚えていたら、いつの間にかかなり時間が経っていたみたいだな。
「もうそんな時間か? すみません、支払いを済ませてもう帰ります」
魔道時計で確認したら時間は夕方の五時前。
まだ辺りは明るいが、いろいろ都合があるんだろう。
「いえ、まじめな魔法書ばかり読まれてたみたいですけど、何かお探しでしたか?」
「解放系や解呪系の魔法ですね。また今度探しに来ます」
今日覚えた魔法だけでもかなり助かったのも事実だけど。
しかし、ここでこんなに簡単に魔法が覚えられるんだったら、あんなに大金を払って覚えなくてもいい気がするんだけどね。
「そうですか。ではまたのお越しをお待ちしております」
「えっと五時間で銀貨五枚ですね」
「確かに受け取りました。ありがとうございます」
まじめな職員がいて助かった。
しかし。
「この世界に来て時間があれば、本気でここに通ってた方がよかったかもしれないな……」
元の世界に比べて魔法の質や数が桁違いだ。
種族別で使えないものも存在するみたいだけど、それを考慮しても魔法のレベルが違い過ぎる。
戦闘特化の弊害というか、この世界に存在する治癒系の魔法をはじめとした魔法の多様性は、元の世界の魔法では話にもならない。
しばらくこの書籍閲覧室に通う事になりそうだ……。
読んでいただきましてありがとうございます。