討伐報告と届け物
クルーエル・トライスの討伐報告と、ある届け物の話です。
楽しんでいただければ幸いです。
クルーエル・トライス討伐を完了し、無事にリトリーニに帰還した俺は一人で冒険者ギルドを訪ねていた。
シルキーを一緒に連れてきてもよかったんだが、例の村人の件が出た場合に意見の対立が発生する可能性もある。
今回の依頼料を断ってでも助けてやりたいが、まあその程度では無理だろうな……。
「流石鏡原、必ず討伐に成功するとおもっていたよ。先に早馬で情報を渡してくれた事も助かった」
「いや、事後処理もあるだろうから、早めに知らせた方がいいと判断しただけだ」
スズガ村には馬車の駅とは別に、近隣の村などで異変が起こった時にリトリーニへ向けて走らせる早馬も用意されている。
料金は割としたが予測された報酬に比べれば微々たる額だし、石化した村の事後処理などは早い方がいいと思い、事の詳細を描いた手紙をリトリーニに届けさせた。
「おかげでアルバート様もこの事件の処理が適切に行えるといっていた。報酬の方は討伐報酬が金貨五十万枚。あとは三十メートル級のクルーエル・トライスの引き取り額だが、手紙だと状態がわからなかったんで、まだ決まっていない」
「首を一閃して倒したので身体も頭部もほぼ無傷だ」
「それは凄い。おそらく金貨十万枚は下らないだろう。額が額なので用意するまで数日必要になるが」
あと半月はこの街にいないといけないんだし、急いで受け取らなければならない程金に困っている訳でもない。
それはゆっくり用意してくれればいいんだが……。
「あの石化した村人はどうなる?」
「ああ、あの四つの村は廃村にする事が決定した。石像に変えられた村人もその場に放置だ」
廃村? 放置?
犠牲者の数は数千人規模だぞ?
「教会で元に戻すんじゃないのか?」
「以前の記録と照らし合わせた結果、四つの村の犠牲者の数は合計で多くて五千人。全員石化から戻すには金貨五万枚程度必要になる。石化して壊滅した村から移住させたり新しい村を作り直すにはさらに多くの金が必要だし、軌道に乗るまでの援助も含めればいくら必要になるかわからん」
「それなら、今回の俺の……」
「鏡原の依頼料から差っ引くとか、そういう申し出も受けられない。今回のこの一件は被害が甚大ではあるが、これはあくまでも魔物による襲撃だ。ここで例外を作ると、ほかの魔物に襲われた村に対しても毎回無料で治療や援助を行わないといけないし、行わなければ不公平だと訴えられるだろう」
その理屈は分かる。
しかし、石化した人は元に戻せるんだ。
これでは見殺しじゃないか。
「俺が金を出すのも、やはり問題なんだろうな」
「当然だ。そんな事をすれば今後同じような事が起こる度に方々から寄付を求められるだろう。それにここで間違った対応をすれば、今後は同様の事件の被害者が鏡原を名指しで依頼を申し込んでくる可能性も十分にある。当然寄付などに期待しての事だが、そんなことになれば冒険者ギルドも対応できなくなるし、ほかの冒険者が生活できなくなる。私たち冒険者は世をただす正義の味方でもなく、無償で働く救世主でもない。単に金を受け取って依頼を熟すだけの何でも屋に過ぎないんだ」
「確かに。冒険者は何でも屋だ。しかし、本気であの石化した人たちを放置するのか?」
全部で五千人だぞ?
見殺しにするには犠牲者の数が多すぎる。
「もし被害者の数が半分以下でも、同じ決定がされただろうな。村人が生き残って自分たちの村の住人を自分たちで金を支払い、それで元に戻したいと言ってくれば対応もできるんだが。それと、……報告書にあったスズガ村から少し離れた森に存在したクルーエル・トライスの被害者と思われる所在不明の石像群。その森に対する探索を今後禁止し、もし何者か発見された場合でも手出ししない。アルバート様はそう宣言された」
「それが何なのかもお見通しって事か」
なるほど、生き残った者には一応救済措置をとるという形か。
お目こぼし付きの……。
「一人二人ならいざ知らず、あれだけの規模で人が森の中で暮らせばすぐに痕跡が残る。森に住む動植物の数の変化、煮炊きをする時の煙、森に点在する異常に広い獣道、その異変に気が付かない程あの村の住人は鈍くはない。厄介なエルフが移住してきた可能性もあるので、慎重に調べていただけだ。近くの町に定期的に現れて塩などの物資を大量に購入していく旅人。それらの情報を統合すればどんな人物がどの規模で潜んでいるか位予想可能だ」
「その割には大規模な山賊を放置してたそうだが」
「その事件の後で索敵などの仕事も冒険者に依頼されるようになったのさ。依頼主はアルバート様だ。あの事件には心を痛められているし、あの事件で借金を背負って失踪した冒険者の捕縛も禁止している。あれだけの被害が出たんだ、逃亡した冒険者に賞金がかけられてもおかしくはないんだぞ?」
「捕縛の禁止も当然非公式だよな?」
「ああ、捕縛はしないが犯した罪が消えた訳じゃない。目溢しはするがそれだけで、援助もしなければ他の救済措置もない」
という事は、あの村の連中が町に買い出しに行って捕まえられなかったのも温情って訳か。
まあ、ただの旅行者が何度も同じ町で大量に物資を買い込めば、町にいる役人に目を付けられるのは当然だが……。
「わかった。いろいろ立場もあるし冒険者の立ち位置も理解できたので俺からはもう何も言わない。何かの拍子で石化が解呪された場合、救済されたりするか?」
「……石からの解放か全ての解放でも習得する気か? まあ、だれかわからない奴が勝手に石化を解呪した場合、近くの町か村に駆け込めば移住先位は何とかしてやる」
「すまないな」
「ああそうだ、クルーエル・トライスなどの魔物に石などに変えられた場合、その石像は劣化する。そこまで時間をかけるつもりはないんだろうが、最悪数年で解呪が不可能な状態になるぞ」
「貴重な情報をありがとう」
まあ、アスセナも石像に変えられた村人を見殺しにするのが正しいとは思っていないんだろう。
それぞれに立場があるし、立場以上の事が出来ないのは分かる。
ばれないように勝手に助ける分には構わないというのであれば、何とかする方法を探すまでさ。
あまり冒険者ギルドや領主に迷惑が掛からない方法でな。
◇◇◇
拠点にしている宿屋に戻ると、酒場にいると思っていたシルキーの姿がない。
最近は結構な金を手に入れているし、どこかに買い物にでも出かけたのかな?
ある事を思い出したので、宿屋の受付に向かう。もうそろそろアレが届いてもいい筈だ。
今日はミルドレッドという、俺たちと同じくらいの年齢の娘か。少し受け取るのが恥ずかしい気もするが仕方ない。
「すまない、俺かシルキー宛に何か届け物がなかったか?」
「ああ、アレ? シルキーが受け取りをして持って行ったけど……。もしかしてあの本は貴方の物?」
「いや、違うんだが。もしいない場合は俺が受けとる様に言われて……。もしかして何かあったか?」
本ってばれてるって事は郵便事故。というか、怪しい商品を買った時に商品名とかが箱の伝票に大きく書かれてたりするアレか?
普通は【本】だけでいいのに、タイトルまで詳しく書かれてたりするアレ。
元の世界でも妹の紗愛香宛に届いた怪しい薬の【どんな草食系でもイチコロの超強力媚薬】とか、本と書かれた伝票のタイトル欄に【鈍感な彼の落とし方~最後は強引にGO~】とかいろいろあったしな。
「いや~、表に大きく【転生勇者と女神の事情。え? これって事情じゃなくて情事だよね? 一巻】ってでかでか書いてたけど、あれって今大人気のエッチな漫画だよね? ちょっとぬけてる残念な女神さまに文句を言いながらも甲斐甲斐しく支える転生してきたイケメン勇者に、その女神がお礼といいながらいろいろしちゃう内容の……」
おい。
ジャンニーヌ商会って馬鹿なのか?
それとも、どんな結果になるかわかってやってるんじゃないだろうな?
それにしても……。
「何で内容を知ってるんだ?」
「私も読んでるから。転勇×女神って、今なんと二十巻まで出てるし、噂を聞いて買い始める子もいるから五巻位までは常に売り切れてる位なんですよ。発行数が少なかった初版本なんて希少価値まで出てて、王都だと金貨十枚以上で売り買いされてるって話だし」
「そりゃ凄いな。もしかして投機目的で購入してるやつがいるのか」
「買占めして値段釣りあげてる奴はいるって話だね。重版だとそこまで値はつかないから、読みたいだけの娘はそっち買ってるし関係ないけど」
まあ、内容が同じならそうなるわな。
希少価値なんて、欲しがる人間の価値観で生み出されるものだし。
そんな事より。
「シルキーはその本を受け取ったんだな?」
「うん。首を傾げてたけどね」
まあ、実際にはあいつの注文した分だし、こっちのシルキーはさぞ驚いた事だろうな。
自分の筆跡で覚えのない商品が届くとか、ちょっとしたホラー話だ。届いたものがエロ本でなければな。
「受け取ったなら問題ない。ありがとう」
「毎度どうも。また何かあればよろしくね」
いろいろ頼んでるし金払いもいいから対応がすごくいいよな。
問題ごとも多いけど。
それよりも問題は【転生勇者と女神の事情。え? これって事情じゃなくて情事だよね?】の一巻をどうするかだが……、覚悟を決めてジャンニーヌ商会に買いに行くしかないか。
流石にこの世界の自分とは言え、使用済みのエロ本を渡したら怒るだろうしな……。
使っていない可能性はあるが、手にしたのがこの世界のシルキーだし限りなく低い気はする。アレを使ったかどうかを聞くのは更にハードルの高い行為だしな。
流石にそれを聞く程野暮じゃないし、俺の面の皮は厚い訳じゃない。
読んでいただきましてありがとうございます。
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