クルーエル・トライスの脅威
今回は主人公の師狼たちが登場せず、クルーエル・トライスが村を襲う話です。
楽しんでいただければ幸いです。
※この話には石化破壊など残酷な表現が含まれます
鏡原師狼がロックブラストに召喚されるひと月以上前。
砦の遥か西、山脈の裾野にある小さな森でその事件の主は産声を上げた。
アース・グレイブ皇国北部の森では割と見かける事の出来る赤目鳥の巣にある四つの卵のうちの一つに禍々しい魔力、異常なほど高濃度の魔素が溜まり、卵はほかの卵の数倍のサイズに成長し、殻もまるで石の塊の様に変わり始める。
魔眼鳥の卵は半月ほどで孵化し、まずまわりに居たほかの雛を赤く輝く瞳から放たれた禍々しい光で石に変えてそれを砕き、石の欠片とかしたそれを少しずつ啄ばみ始めた。
最終的に親鳥やまわりに居た生き物をすべて石に変え、体長二メートルほどに成長した魔眼鳥は森の奥で怪しく光る魔石を発見し、それを飲み込んだ……。
融合した魔石の影響で魔眼鳥の身体はクルーエル・トライスという魔物へと変化し、広範囲を石に変える魔眼を使って森に存在するすべての物を石に変え、そしてやがてその魔の手は近くの村へとむけられる……。
この村の夫婦ロベールとジョエルは娘のルセとともに村はずれの畑に実った作物の収穫を行っていた。
「今日もいい天気ね……。収穫日和でよかったわ」
「そうだな。今年は豊作だし、このままいけばこの冬は食料の確保に苦労しなくて済みそうだ」
オレンジ色に染まった肉南瓜は大きく育ち、その大きさは子供の頭ほどもある。
これ一つあれば様々な料理に活用できるしかなり保存がきき、冬に備えての食料としても人気があるので、ほかの作物や猟などで獲ってきたカラカラ鳥や赤目鳥と交換する事もできる。
ロベールが管理している畑は一家三人で管理するにはかなり広いが、これだけあればもう今年はあまり食べ物の心配をしないで済むだろう。
何不自由なく妻や子供に腹いっぱいに食べさせてやれる、そう考えていたロベール達を待ち受けていたのは、大きな鳥の姿をした破滅の使者だった。
「あ、おかあさん、あそこにおっきなと……」
「ルセ!!」
村から割と離れた灰色に染まった森から異様な大きさの鳥が姿を現し、娘のルセはその鳥を指さした姿で一瞬のうちに石像へと姿を変えた。
妻のジョエルは石像と化した娘に近付こうとして駆けだした瞬間その身を石と変え、夫のロベールは何が起きたのかわからぬままに石像へと変わり果てる。
「クッルルルルルルルッガァッ!!」
石化したジョエルたちに近づいたクルーエル・トライスは石像と化したそれぞれの身体にくちばしを近づけ、やがてロベールの石像をくちばしで砕いてその欠片を食べ始めた。
クルーエル・トライスは十分近くかけて砕いたロベールを食べ終わると魔物と化す前の習性が残っているのか、石像と化したジョエルやルセには手出しせず、周りで石と化していた赤目鳥の好物の肉南瓜を食べ始める。
畑に岩のように姿を変えた肉南瓜をかみ砕く音が鳴り響き、その光景は広大な畑に実っていた莫大な量の肉南瓜を食いつくすまで続いた。
◇◇◇
「何だあの鳥は!!」
「おい、ロベールの所の娘と嫁さんが石に変わってるぞ!!」
「あ。あれは、ま…まものっ……」
夕方になり、異変に気が付いた村人が畑に近づき、そしてそこで石化していた肉南瓜を食べ終わったクルーエル・トライスを発見した。
畑には夕日に照らされたジョエルとルセが物言わぬオブジェと化して、まるで案山子の様になにも守るものの無くなった畑に佇んでいたが、その光景はほかの村人の怒りを買うには十分すぎるものだった。
村の若者で結成されている自警団が呼び出され、即座に討伐を開始しする。
小さな村だと魔力が高い女性が生まれても、その才能を発揮する事も魔法を覚える事もなく寿命を全うする事も珍しくはなく、こういった自警団は力の強く弓の扱いが得意な男性で構成している場合が多い。
「弓だ!! でかいといっても相手は鳥だ!! 弓を持ってきて遠くから射殺せ!!」
「ヴァルマ達は魔法で支援してくれ。この村にも魔法使いがいて助かったな」
ヴァルマとロイネはこの村で数少ない魔法が使える少女で、それはたまたま村を訪ねてきたアーク教の司祭に才能を見出されてその紹介で魔法使いギルドに数年通ったおかげだが、資金的な問題もありいくつか魔法を覚えただけで魔法使いギルドをやめて村に戻っている。
二人は基本的に超流弾など、水を生み出す魔法を得意としていた。
魔法使いギルドで農業で使える魔法を優先して覚えた結果だが、基本の魔法である魔弾などはどんな魔物にも割と有効な為、今までも何度か村を襲った魔物の討伐で貢献している。
「超流弾!!」
「魔弾!!」
ヴァルマはクルーエル・トライスの左前方から超流弾を放って大量に生み出された水で頭部を攻撃し、視界を奪うと同時に大量の水による呼吸困難を狙った。
ロイネは魔弾を連続詠唱し、走りながらクルーエル・トライスの身体に無数の魔弾を撃ち込み続ける。
「他の奴は撃てるだけ矢を放て!! この際、備蓄の半分までは矢を使っても構わん!!」
「ローベルたちの敵討ちだ!! 確実にあいつを仕留めるぞ!!」
この時、村人たちは相手にしているクルーエル・トライスがただの大きい魔眼鳥だと誤解していた。
魔眼鳥自体は割と発生するし各地で姿を現す事もあり珍しくもなく、また、以前出現した時に村人総出で撃退できた事もあるので油断していた。
頭部を狙ったのもその時の教訓だが、魔眼鳥とクルーエル・トライスではスズメと鷲位の能力に差があるので、その油断が村壊滅の序曲へと変わり始める。
「何だあいつ? 羽をはばたかせて……。あいつは飛べない筈だぞ?」
「目晦ましに砂ぼこり巻き上げてるんだろ? ああ、あれじゃ弓が使えないか……」
はばたき続けるクルーエル・トライスに矢を放ったが、発生する風で矢が無効化され、巻き上がる砂ぼこりで視界すら奪われる。
そしてもう一つ恐ろしい物が周りに撒き散らされていたのだが、村人はその時が来るまでその事実に気が付けずにいた。
「あれ? 身体が重い……? あ、あああぁぁっ!!」
「どうしたの? あ、身体が石に? なんで? どうして?」
「なんだこの羽? 身体に刺さって……。ここから石化してやがる!!」
細かいといっても大人の指ほどの長さの羽毛が広範囲に飛び散り、それが身体に刺さった村人は一人ずつ石像へと変わり始める。
「やだっ!! タスっ……」
「こんなところで、石にっ……」
ヴァルマとロイネが石鏃に変わったことで魔法の支援は無くなり、そして頭部への攻撃が途切れたクルーエル・トライスは容赦なく魔眼の力を解放し、生き残っていた自警団を全員石のオブジェへと変える。
そしてそのまま力の回復の為にまわりにあった男性の石像をひとつ残らず食い荒らし、その場には自警団に参加していたヴァルマとロイネの製造だけが残された。
夜目が効かない訳ではないが、食べた石像などを消化するためにクルーエル・トライスはそのままその場で夜を明かし、そして日の出とともにその悍ましい食事を再開する。
田舎の村から何も持たずに夜中に逃げることなどできるはずもなく、村人は何が起きていたのか知るすべも持たずに朝が来るのを待っていた。
「あの人が戻ってこなかったのは、あの化け物のせいなの?」
「そんな、それじゃあ。娘は!! ああっ!!」
家から出ていた村人がまず手始めに魔眼の力で物言わぬ石のオブジェに生まれ変わる。
何が起こったのか理解が出来ない村人の多くは何が起こっているのか確認しようとして家から飛び出し、その場で魔眼を浴びてその身を石へと変え果てた。
断末魔の様に紡がれていた言葉が急に途切れ、その度に村に立ち並ぶ石像は数を増して行く。
「家からでちゃだめっ!! いしっ……」
「エーデ、家に隠れっ……」
「おねえちゃぁぁぁん!!」
姉のベルタは妹のエーデを家に押し込んだ姿で魔眼を浴び、その姿のまま石像に変わる。
エーデは姉の忠告を聞かずにベルタに抱き着いたため、次の魔眼の照射を全身に浴びて石像に変わり果てた姉に抱き着いた姿で石像へと姿を変えた。
「扉を閉めなさい!!」
「窓も板を落として!!」
ようやく事態を把握した村人が家の閉じ籠った頃にはすでに半数の村人が石像に姿を変え、突然村を襲った凶悪な魔物がどこかに行くように祈り続けた。
しかし、クルーエル・トライスは家に逃げ込まれたくらいで捕食をあきらめる事はなく、その巨体を生かして家の屋根を突き破ったり、壁を破壊して中に潜む獲物を石に変え続ける。
家に逃げ込んだ村人はくちばしで壁や屋根を壊された後で魔眼により石像に変えられ、そして無慈悲な事に男はほとんど残らずその身を砕かれた後でクルーエル・トライスの腹の中へと消えていった……。
家が密集している場所でクルーエル・トライスは思いっきり羽ばたき、建付けの悪い家の窓や扉を破壊してそこに細かい羽毛を撒き散らし、家に隠れていた子供たちも容赦なく石像に変えてゆく。
「ああ……身体が石に……」
「お……、おかあさん!!」
魔眼で石に変えられた者はまだ幸せな部類で、一分近くかけてゆっくりと身体を石に変えられた者の多くはその顔を恐怖で醜く歪めていた。
子供であっても氣の高い男の子はひとり残らず砕いて食われ、村中に石像と化した女性たちと食い散らかされて残った男たちの石像の欠片が散乱している。
突然の襲撃で完全に村が壊滅した為、近隣の町やリトリーニに救援要請をお来ぬこともできず、周りに存在した村も何が起こったのかを知る事もできず、クルーエル・トライスの襲撃を受けて壊滅していった。
そしてその被害は四つの村へと拡大し、そこで暮らしていた人は逃げる事すらできずに全員石像へと姿を変え、そして氣の高い男性の石像は悉く砕かれ、そしてクルーエル・トライスに食い荒らされていく。
索敵任務中の冒険者が偶然発見しなければこの事件の発覚はさらに遅れていた可能性は高く、また、不幸にもクルーエル・トライスと鉢合わせて石像の仲間入りをした冒険者も結構な数で存在していた。
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