緊急事態発生
キングストーンクラブ討伐の依頼を受けるために冒険者ギルドに行く話ですが、そこで発生していた緊急事態の話です。
楽しんでいただければ幸いです。
キングストーンクラブ討伐の依頼を受けるためにシルキーを引き連れて冒険者ギルドに行くと、そこは今まで見た事が無い位に冒険者で溢れていた。
依頼の受付はいつもの掲示板ではなく、冒険者ギルドの職員が別の場所にコーナーを作っており、そこで大王渡り蟹漁のアルバイトとキングストーンクラブ討伐の受付を行っている。
「大王渡り蟹漁のアルバイトの受付はこちらで~す!!」
「キングストーンクラブ討伐には弓が得意な方、もしくは電撃系の魔法を使える方が優遇されています。男性冒険者の方も大歓迎で~す」
パーティで登録する人の多くはキングストーンクラブ討伐みたいだけど、大王渡り蟹はなんで個人で……? ああ、報酬額の欄に歩合って書いてあるからか?
最低保証額が銀貨五枚って、これ蟹の捕獲に失敗したら大損な気はする、しかも大王渡り蟹漁は依頼の期間が一週間くらいあるぞ?
「「「大王渡り蟹漁お願いします!!」」」
「わたしたちはキングストーンクラブ討伐で!! 今年もおなかいっぱい食べるわよ!!」
毎年参加しても蟹に飽きない奴もいるんだな……。
しかしホントに冒険者の数が多いな。
というか、魔王軍襲撃の時より多い気がするぞ?
「大盛況だ。魔王軍の時より冒険者の数が多いな」
「あの時は最低限実力がないと呼ばれなかったし、後方支援してた人も多いから。祝勝会には後方支援とかでも参加してた人しか呼ばれなかったし」
なるほど。
足手纏いは最初から呼んでなかったのか。
で、今回の大王渡り蟹漁には制限がないから、初心者からベテランまでの冒険者がこぞって集まってると……。
「そんなに捕れるのか? っていうかそんなに捕って値崩れしないのか?」
「ベテランになると一年で稼ぐ依頼料の半分以上をこの時期に稼ぐって言われてるね。毎年参加して顔を覚えて貰ってると、優先していい漁場に連れて行って貰えるらしいよ。王都に行った師狼なら分かると思うけど、どんなに頑張ってもあの規模大都市にいる全貴族や全高級料理店にいきわたるだけの数が捕れると思う?」
「無理だろうな。冒険者の数にも限度があるし、輸送手段も限りがあるんだろ? でもまあ、村にとっても大事な資金源だろうし、同じ頼むなら腕のいい奴に頼みたいだろうよ」
俺だとどんなに大きくても蟹なんてうっかり殺してしまいそうだしな。
さて、俺も依頼の受付に行って来るか……。
◇◇◇
「鏡原は居るか? いた!! これでなんとかなりそうだ」
二階の執務室からアスセナが飛び出し、階下にいる冒険者たちを見渡してって……、俺を探してたのか?
階段を下りてくるアスセナの手には一枚の書類が握られている。
あれか? キングストーンクラブが大量発生でもしたのか?
「おう、アスセナ。キングストーンクラブ討伐の依頼か?」
「そんな蟹の討伐など、ここの冒険者に任せればいいだろう?」
「そんな蟹の討伐? ずいぶんじゃないの!!」
「いくらこの冒険者ギルドの責任者でも、言い方ってものがあるんじゃないの?」
アスセナの言葉に反応した冒険者が詰め寄ってきた。
まあ、今のいい方はよくない。
冒険者にも矜持があるし、どんな依頼を受けるにしても責任が生じるんだからそこに貴賤はないはずだ。
「蟹の討伐が不服なら、今届いたばかりの物騒な鳥の緊急討伐依頼があるぞ。討伐ランクはSAだがな」
「「「「SA!!」」」」
冒険者の顔色が変わった。
アスセナに何か言っていた冒険者達もとたんに口を噤んで、それ以上何も言わない。
「SAって強敵なのか?」
「強敵っていうか、普通は王都に援軍要請するレベルかな? 討伐ランクは普通簡単な順でF・E・D・C・B・Aがあって、その上にSD・SC・SB・SA・SS・SSSってのが存在するんだけどSDは最低でも町クラスが壊滅する危険度。SAクラスだと出現した近隣の村や町は壊滅して下手をするとリトリーニクラスの街でも壊滅的被害が出る可能性があるなにかかな?」
「という事は相当な強敵だな。鳥とか言っていたが……」
「リトリーニの北に存在する砦の東側には大きな河がある。前回連中はそこを強行渡航してきたから索敵任務を重点的に行ってきたんだが、鏡原、もしお前が魔王軍の将軍や四天王ならどうする?」
「どうって反対側はどうなっていたかな? そこが突破できるなら……」
「反対側にはかなり険しい山脈がある。しかも聖竜山という神聖な竜が住んでいる山もあるのであそこを魔族が突破するのは無理だぞ。とはいえ、聖竜山を迂回する場合はあの大河を強行渡航するよりはましかもしれないな」
河を強行渡航した蟹足の城がだめなら、山脈を迂回するために鳥か……。まさか?
「魔王軍が聖竜山を迂回して、鳥タイプの魔物で空襲してきたのか?」
「いや、魔王軍じゃない。確率的には低いと思ったんだが、あの大河を強行渡航してきた奴がいたので、あっちにも索敵を出していたんだが、北部に続く山の麓の村が幾つも壊滅しているのが発見されたそうだ」
「壊滅って!! どうして魔王軍の仕業じゃないってわかるの?」
「魔王軍の可能性は限りなく低いな。なぜなら壊滅した村の住人は一人残らず石像に変わっていたし、あの緑色の結晶も生えていなかった。そもそも前回の鏡原の活躍で四天王の一人が倒されて魔界化はかなり解かれているから、魔王領に生息する高レベルな魔物があの険しい山を侵攻してくるのは厳しいだろう。それにあのあたりを飛び地で魔界化させても、奴らにはあまりメリットがない」
人を石化させる魔物か……。
趣味の悪さはチョコやクッキーに変える真魔獣とどっこいどっこいだな。
気になることは一つだが。
「石化した人ってのは元に戻せるのか?」
「普通の石化ならば、高額になるが教会の奇跡で蘇生可能だ。ただし、五体満足の場合はな」
有料でも元に戻れるならばいいことだ。
というか石化を元に戻せるなら、もしかして真魔獣にお菓子に変えられた人も五体満足なら元に戻せるかもしれない?
「村に残されていた石像、どこか欠損しているのか?」
「残されていた石像は殆ど無傷だ。ただ、傾向から言って石に変えられた男はかなりの確率で食われたみたいで、食い残された腕や足などが幾つも見つかったそうだ」
真魔獣か!!
しかし、奴らなら石化せた女性を見逃す訳はないし、石化させてから捕食する真魔獣など聞いた事もない。
「敵の目星はついているのか?」
「その前に、鏡原は魔物がどうやって生まれるか知っているか?」
「自然発生とか、動物が魔石を飲み込んだりとかは聞いている」
たしか、ロックリザードとかがその典型だな。
動物が魔石を飲み込んで、そして魔物化するケースだ。
「魔石ができるのと同じ事が野生生物の卵や植物の種子なんかでも起きる事があるんだ。自然界に存在する禍々しい魔力の事を魔素というのだが、その成分を吸収した動物の単語や植物の種子なんかは突然変異し、特定の魔物として生れ落ちる。大王渡り蟹の様に高確率で魔物化し、ほとんど種族として成り立っている魔物もいるが、そうでない魔物もいるんだ。赤目鳥って鳥の卵に魔素が溜まると、【魔眼鳥】という人とか動物を石に変える魔眼を持つ魔物が生まれる。このように、大体どの魔物が生まれるかは調べがついている」
「なるほど。それで今回はそいつの仕業なのか?」
それにしては被害がでかすぎると思うが、ものすごい大群で発生したのか?
「で、その状態を一段階目として、その魔眼鳥が魔石を飲み込んだ場合クルーエル・トライスという、広範囲に影響を齎す凶悪な石化の魔眼を持つ魔物に化ける。こいつは個体差でどんな食性か変わるんだが、魔力を好む場合は石像に変えた女性を、氣を好む場合は石像に変えた男性を食うといわれている。たまに雑食の奴もいるが、今回の奴は氣を好むを好むようだな」
「魔眼の効果範囲は?」
「身体の大きさの約十倍と言われているな。大体百メートルから二百メートルだ。石化の魔眼の他に麻痺効果のある息を吐いたり、刺さると石化する羽を撒き散らしたりもする。石化の魔眼の場合は数秒、羽で石化した場合は最悪一分近くかけて石に変えられるらしい」
「羽の方が厄介だな。で、石化を何とかする魔道具とかはないのか?」
「ドレヴェス商会に売ってはいるが、金貨一万枚もする。かなり長時間石化を防げるが、値段が高すぎて普通の冒険者には手が出ないな。討伐報酬はそれを上回るが、幾つも用意していけば赤字になりかねない」
村が幾つも壊滅しているのに、その対応はどうなんだ?
こいつらも魔王軍の侵攻で、割と人の死に対してドライになっている可能性はあるが。最低でも討伐に参加する冒険者には半値とかで売るとか……。何かやりようがあるだろ?
ああ、そうすると最悪転売する奴も出てくるのか……。転売がばれないように後日別の街で売ればいいし。
◇◇◇
アスセナが地図を広げて、そこに赤い鉛筆のような物で丸を書いていく。
山裾にある小さな村、その南にある村、そしてその西隣の村、小さな川を挟んだ反対側の村。
もしかしてこれ全部襲われたのか?
「今の所わかっているだけで四つの村が壊滅。どれだけ食われたかはわからないが、少なくとも百人近くは食われているだろう。石化しているから痛みはないだろうが、惨い死に方だ」
「クルーエル・トライスは石に変えた人を砕いて食べるんだよ!! 石に変えられても、教会の奇跡で元に戻れるのに、砕かれて食べられたらその時点でもう生き返れない……。こんなのひどすぎるよ」
「俺もそんな魔物は許せないし、魔王軍と関係が無くても関係ない。討伐に向かうから可能な限りの情報を頼む」
クソ鳥が!! 嗜虐的に石に変えながら食い殺さないだけましなだけで、ほとんど真魔獣じゃねえか。
そんな魔物は生かしておけない。
被害が拡大する前に、討伐するに限るぞ。
「ありがとう……。師狼ってさ、人の生き死ににドライなところも多いのに、割とこういった事件に怒ってくれるよね」
「元の世界の敵の真魔獣はな、嗜虐的で残忍な奴が多くて、生きたまま人をクッキーなんかのお菓子に変えて、それを子供や肉親なんかの前で見せつけるように食い散らかすんだ。だから俺はそういった捕食行動に出る奴が許せない」
割と最近までは自分の身も守れない奴は食われても仕方ないだろうと思っていた。
だけど今は違う。
元の世界で美剱瑞姫と出会ってあのあまっちょろい考えに感化され、そしてこの世界でシルキーに人を助けるという意味を教えて貰えた気がする。
多分、これはあの救いのない世界に生きてきた事で、どこかに落っことしてきた【人の心】なんだろうな……。
「ごめんなさい。そんな意味じゃなくて……」
「いや。少し前の俺なら、そんな話を聞いても怒りもしなかったかもしれないんだ。身内以外であればだれが食われてもほとんど動じなかったし、自分を守る力がないなら無惨に食い殺されても仕方がないとすら思ってた」
俺の元いた世界ではそういった奴が非常に多いし、真魔獣に襲われた時なんかには誰かが食われている間に逃げようとするやつも結構な数でいる。
ほんと、あの世界に必要なのは、みんなが人の心を取り戻せる希望であり、真魔獣を圧倒して封印窟を再封印もしくは完全破壊できる何かなんだよな……。
「だけど今は魔王を倒してこの世界に人を救いたいと思ってるし、それ以外でもそんな凶悪な魔物は倒したいと思ってる」
「今回は鏡原が引き受けてくれるので非常に助かる。流石にこの街の冒険者では荷が重すぎるのでな」
「ミルフィーネが鍛えてる冒険者のレベルは物凄い高かったが、クレアたちでも無理な相手なのか?」
「あの連中はここ半月で相当強くなったが、それでもクルーエル・トライス討伐は無理だな。奴の身体に生えている羽には結構高い対魔性能があって、生半可な魔法は効かないし、斬り殺そうとしても逆に石に変えられるのが関の山だ」
氣での衝撃波なんかを使わない限り、接近戦は危険という事か。
確かに石化能力を持つ羽に直接斬りかかれば、倒す前に石化するだろう。それに魔法が効きにくいというのも厄介だ。
「本当に凶悪だな。さっき貰った資料だと首を切り落とすが一番か?」
「そうだな。もし素材を持ち帰れたらかなり高額で引き取られるぞ。特に頭が無事なら、最低でも金貨五万枚で取引される」
「再利用するのか?」
「ああ、察しがいいな。特殊な魔石を繋げて対魔王軍用の広域石化兵器が完成する。王都にはいくつかあるらしいが、一部効かない魔物がいるのも問題だ」
「ロックゴーレムは最初から石だろうしな」
まあそれ以外にも利用価値があるそうなので、クルーエル・トライスの死体はできる限り持って帰るか。
読んでいただきましてありがとうございます。