毎年恒例の依頼
毎年冒険者ギルドに届くある依頼のはなしです。
楽しんでいただければ幸いです。
郊外でクレアたちと模擬戦をした二日後。
予定より一日遅れて近くにある村を訪問していたシルキーが帰ってきた。
「ただいま~。こうやって村や町を訪ねるのも大切な仕事なんだけど、今回は疲れたよ~」
「おかえり、無事で何よりだ。ああ、ミルフィーネは昨日から冒険者と特訓に行ってるから今はいないぞ」
なんでも冒険者たちと夜間戦闘訓練をするそうだ。
夜戦の練習ならエリカの暗黒繭を使えばいいと思ったんだが、実際に夜じゃないとできない訓練もあるそうで、あの郊外の荒れ地とその近くの森を使って夜通しで特訓をするらしい。
実戦的な訓練を繰り返してるのはいい事だが、無理をしなければいいんだけど。
「そうなんだ……。あ、もしかしたら冒険者ギルドから依頼が来るかもしれないの。あの子がいたら手伝って貰えば助かったんだけど……」
「依頼? 訪問先の村で何か異変があったのか?」
俺が出ないといけないという事はランクA以上の魔物類だけだ。
正直、クレアとエリカたちがいればランクAの魔物位なら退治できる気がするんだが、今は特訓中だろうしな。
「あの魔族に襲われた村の近くに、【大王渡り蟹】ってこの時期によく出る魔物というか大きな蟹がいるんだけど、今年は船もあの魔王軍に破壊されたし、いつも漁……、というか討伐に使うためのまだ新しい船も完成していないの。それで多分リトリーニの冒険者ギルドにも応援要請が来ると思うんだけど……」
「漁? 罠か何か仕掛けて捕まえるのか? まあ、相手が動物型の魔物ならそれで十分な時もあるんだろうな」
「あまり数が増えると、餌を求めて河から上陸して近くにいる家畜とか農作物を食い荒らすの。一般的なサイズの大王渡り蟹は体長が二メートルくらいなんだけど、その大きさのカニが大量に畑とかを荒らすとどうなると思う?」
襲われる地区にとってはイナゴの被害より怖そうだな、範囲はさすがに及ばないだろうけど……。
そのサイズのカニが大量に湧いたら畑は壊滅するし、家畜とかの被害も凄そうだ。
「河から襲ってくる魔物か……。流石にそこまでは対応できないぞ?」
「でね、普通の大王渡り蟹だけでも厄介なんだけど、たまに河の底なんかに沈んでる魔石を食べて超巨大化して【キングストーンクラブ】になることがあるの。漁船は壊すし、漁師にも結構犠牲者が出るんで放置もできないんだよ」
王石蟹? 美味しい蟹? なんか変換がまたおかしくないか?
偶然かもしれないけど……。
「で、どのくらいの大きさなんだ?」
「大体十メートル。今までの最高記録は三十メートル級ってきいてるけど、十メートルから十二メートルが標準的な大きさなんだって」
「でかすぎだろ!! 普段はどうやって倒してるんだ?」
「キングストーンクラブは河から出てたら結構動きが遅いから雷撃系の魔法で麻痺させて倒すか、罠に落として茹でるんだけどね。畑を荒らす大王渡り蟹は大きな罠に閉じ込める事が多いみたいだよ」
「茹でるって食う気満々かよ!!」
「そりゃ、食べるでしょ? 大王渡り蟹って上物を店で注文すると安くても一匹金貨五枚位するのよ? キングストーンクラブはちょっと足の身が固くなるけど、蟹味噌とか胴体部分の身は柔らかくておいしいから、もし討伐が成功したらすごいお祭りになるの」
安くても一匹金貨五枚?
河にいる生き物は狩猟制限無いっぽいし、それ、よく乱獲されないな……。
それに退治したというか茹でたでお祭りって、村人総出で食べるのか?
「十メートルのカニって食べ応えがありすぎないか? 胴体部分だけでもかなりの大きさだろ?」
「流石に全部は食べきれないし、足は切り取られて冷凍させて売ったりもするみたい。でも、キングストーンクラブは茹でて冷凍した足だけでも結構すごい値段なんだよ? 大貴族の晩餐会とかにメインディッシュで出る事もあるらしいの。討伐に参加すると一緒に胴体部分を食べさせてもらえるんだけど、今年はたくさん犠牲も出たし人手が足りないんだ~」
「それを手伝えって事? 普通の冒険者に頼むんじゃないのか?」
「残念だけど冒険者の多くは近くで索敵任務中。本心では参加したいみたいだけど、索敵任務中に勝手に持ち場を離れられないし、何回も参加してる冒険者の中には食べ飽きてる人もいるらしいから」
美味いといっても、流石に毎年腹いっぱいになるまで食ってりゃ飽きるか?
付加価値的に高いから美味しく感じるってのはあるんだろうし、でかくっても蟹は蟹だろうしな。
「索敵任務中に遭遇したから、仕方なくって言えばいいんじゃないのか?」
「キングストーンクラブは魔王軍とは関係ないから戦闘行為は無理かな? 少し安いとはいえ、かなり長い期間ずっと依頼料を払ってるんだからその冒険者の信用問題に発展するよ? そうなるともう冒険者としてやっていけないから、野盗なんかになるしかないし……」
「そういや山賊とか野盗がいるって話だが、そういった感じの奴らなのか?」
信用を失って依頼を受けられなくなった元冒険者か。
悪行を重ねて同じように街で生きていけなくなった行商人とか、ごろつきどもが集まってるんだろうな。
「殆どの人はね。野盗の子供とか不幸なパターンもあるけど」
「親は選べないからな。抵抗しないなら情状酌量の余地はあるが」
「無理かな。山賊とか野盗は街の近くを巡回している兵士に捕まれば死刑は確定だし、冒険者も容赦しないから」
「元身内だから自分たちの信用問題でもあるからな。そこに手心は加えないか」
見逃せば自分たちの信用も地に落ちる。
惨いようだけど、死刑になるとわかってて捕まえるか、いっその事後腐れなくその場で殺すしかないんだろう。
「好きで山賊や野盗なんてしてる人はいないと思いたいんだけどね。この国は一度道を踏み外すと生きていく術が少ないのは確かなんだよ」
「荒れ地とかに勝手に村を開拓してもダメなのか?」
「そんな才能がある人なんて稀だし、役人にすぐ見つかるから、数年以内に一定額の税金を納めないとすぐ潰されちゃうね。アルバート様は割と社会復帰しやすいように手助けしてくれるけど、ほかの領地だと犯罪者がいると分かると見逃す代わりに税額を引き上げたりする役人もいるみたい。しかも散々搾り取った後で討伐して自分の功績にするの」
「酷い領主もいるんだな」
アルバートっていい領主じゃないか。
もう一つの世界での所業は、見習女神のシルキーが言ってた様に、本当に身内だけでも助けたいと思っての行動だったのか?
人間追いつめられると何をするかわからないしな。
「で、話は戻すけど、この時期は冒険者ギルドにも大王渡り蟹漁の臨時アルバイトの募集とキングストーンクラブ討伐依頼が必ず来るの。大王渡り蟹を自分で捕獲して食べる人もいるみたいだけど、大きすぎて食べきれない事も多いみたいだね」
「二メートルのカニなんて何人がかりで食えば食いきれるんだ?」
「冒険者は女性も多いから十人がかりでも無理っぽいよ? 毎年参加者が減ってるのは、一度それをやると蟹を見るのも嫌だって人が増えるからって言われてるね」
「限度があるだろ? 手頃のサイズの奴を捕まえればいいだろうに」
何も子蟹ですでに二メートルもある訳じゃないだろう。
「大王渡り蟹は一メートル以下の子蟹の狩猟は禁止されてる。子蟹は基本的に河岸に近づかないから捕まえにくいってのもあるんだけどね。王都では高級食材だし、資源保護のためだって」
「一メートルで子蟹なのかよ!!」
そのサイズで子蟹なら、何年で二メートルに成長するんだ?
「生後一年で一メートル超えるし、二年目には産卵もするから数は物凄い居るんだよ? 普段はかなり深い河底にいるからなかなか捕まえられないだけで、河岸に近づいてくるこの時期が漁の最盛期かな? 農作物や家畜の被害が出るのもこの時期だけだし」
「村人だけだと対応しきれないのか……」
「アルバイト賃や依頼料はものすごくいいよ? 毎年大怪我する人がいるけど」
「そのサイズのカニだと、攻撃力はすさまじいだろうし」
鋏の大きさがどのくらいか知らんけど、胴体とか首を挟まれたら普通の奴はたぶん死ぬよな?
大怪我だったらこの世界だと回復魔法で治すんだろうし、あまり気にしないのか?
「キングストーンクラブ討伐は基本、弓とか魔弾系の魔法で怒らせて罠に追い込むんだけど、たまに数匹同時に出たりするのが厄介なんだよね……」
「全部食うのか?」
「無理。協力した冒険者と村人が総出で食べても一匹丸ごとが限界って言われてるよ。村人でもやっぱり毎年食べてる人は飽きるみたいだし。余った蟹は茹でるだけ茹でて丸ごと凍結系の魔法で瞬間冷凍。そのまま氷室で冬の非常食にされる場合もあるし、丸ごと王都に運ばれて売られる時もあるよ」
「全部そうすればいいんじゃないのか?」
「年に一度のお祭りだもん。村人だって少しは食べたいし、冒険者の中にも食べたい人は多いんだよ?」
まあそりゃそうか。
祭りの時に主役の蟹がいないってさみしいもんな……。
まて、毎年必ず出るのか?
そのキングストーンクラブは?
「ひとつ聞きたいが、その祭りは毎年あるのか?」
「毎年あるよ。どうして?」
「毎年十メートル以上の蟹が、毎年必ず河から出現するのか?」
「あのあたりの河の広さとか深さって殆ど海だからね。見つかってないだけでキングストーンクラブも大量にいると思うよ? いい餌場を独占してるキングストーンクラブは基本河から出てこないし、出てくるのは比較的小さなサイズだって怖い話もあるよ? 河底には大量の魔石が沈んでるって言われてるから、魔物化した蟹だけじゃなくて魚も多いし。ほら、以前に冒険者ギルドの祝勝会でも出たでしょ?」
大きな魚?
ああ、あのセシールが食べてたあの魚か!!
「あの魚も魔物だったのか?! でも蟹に比べたら小さかったよな?」
「小さかったから祝勝会で出せる値段だったんだよ? あのサイズだとたまに網にかかるけど、蟹ほど王都では人気がないから仕方なく見逃されてる感じかな?」
「需要と供給の関係か……。あれも結構うまかったけどな……」
「セシールが独占してたのに、よく譲って貰えたね」
「まあ、あの時の功労者だから特別にってな……」
下手をすると俺も食われそうになったけどな。
別の意味で。
「おなかの方の脂っこい所は残ってたけど、あとでみんなが焼き直して脂を落として食べたみたいだね。あれ? ああ、来たかな?」
ん? 酒場で働いてる子がメガホンみたいなものを持って出てきたぞ。
「え~冒険者の皆様!! 今年も無事に冒険者ギルドから大王渡り蟹漁のアルバイトと、キングストーンクラブ討伐が来ました。この酒場でも大王渡り蟹の足などを販売しますので、是非とも依頼の協力をお願いしま~す♪」
「よっしゃ~!! このために俺は索敵依頼を受けなかったんだ!!」
「わたしも。ねえどっち行くの?」
「依頼料は若干大王渡り蟹漁のアルバイトの方が高いんだよな。働き次第でボーナスも出るし」
なんか、この酒場にいた冒険者の殆どが揃って冒険者ギルドに向かったみたいだ。
え? なに? そんなに実入りがいい話なの?
「大王渡り蟹漁のアルバイトは一匹捕獲すると最低でも銀貨一枚。型が良いのは一匹で金貨一枚貰える事もあるの。そこら中に金貨とか銀貨が歩いてるみたいなものなんだよ?」
「そりゃやる気出るだろうな……。で、シルキーはいくのか?」
「私はどっちでもいいよ? 今だったら師狼に貰ったお金もあるから、ここで大王渡り蟹を頼めるし」
「食べたいのか?」
「一度くらいは食べてみたかったんだ~。美味しいって聞くけど、どんな味なんだろうね?」
と、いう事はあいつも食いたいんだろうな。
仕方がない、討伐の方に参加するか。
「疲れが平気ならいっしょに行くか?」
「私は後ろで見てるだけだろうけど行ってみようかな。それじゃあよろしくね♪」
読んでいただきましてありがとうございます。




