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平穏な日々 二話

シルキーと師狼の平穏な一日の話です。

楽しんでいただければ幸いです。


 例の会議でリトリーニに留まる約束をして今日で十日目。


 毎日魔法の練習などをして過ごし、俺の戦闘能力は飛躍的に向上しているので今のところ不満はない。


 今日もいつも通りに宿屋の酒場で、朝食を食べながらこの日の予定をたてていたんだが。


「私は今日から三日ほど、アーク教会の仕事で村や町を回らないといけないの」


 皿に大量に乗っていた卵サンドをほとんど食べつくした後で、シルキーが急にそんなことを言い出した。


 こいつはアーク教会に所属してるんだから、俺に修行に付き合いながら毎日ぶらぶらしてる訳にはいかないだろう。


「アーク教の仕事だと仕方がないな。魔王領に攻め込むにはまだ日数があるから特に問題はないぞ」


 以前も聞いていたが、村や町を訪ねるのは魔王軍に襲われた犠牲者家族の精神的なケアをしたり、村や町の教会にいるシスターレベルでは治せないような怪我、四肢の欠損や失明などの治療の為らしい。


 今回は殆ど無料奉仕らしいが、大規模な山火事などの災害時や、戦災時にはたびたびこうして無料で小さな町や村を訪問しているそうだ。


 状況次第では町長に寄付を求める事もあるという話なので、完全に慈善事業ではない。


 そりゃこの国の国教に指定されるだけの事はあるな。


「心配だから一緒に行ってやろうとか、ひとりで行かせて不安だったりとかはないの?」


「してほしいのか? 心配とか? シルキーの実力は承知してるし、あのあたりの村や町を回る位なら問題がないと考えているぞ」


 ガキじゃあるまいし。


 こいつは俺の所有物でもなけりゃ、俺はこいつの保護者でもない。


 いい大人が仕事で動くのに、心配だからといってのこのこついていく奴があるか。


師狼(しろう)ってさ、そういう所はほんとにドライだよね。でも、逆に言えば私の事を一人の人間として信用してくれてるってのは、ちゃんと分かるよ?」


「兄様はわたしの事も信頼してくれているのです。だからわたしが冒険者に魔法を教える時もついてきませんし、何をしたのかすら聞いてこないのですよ」


「当然だ。仲間だからといって一から十まで事細かに報告する必要がどこにある? それは仲間の事を欠片も信用してませんって言ってるのと同じだ」


 ミルフィーネの魔法の実力は十分承知しているし、教える際にキッチリ手加減ができる事も理解している。


 だからほかの冒険者に魔法を教えるといってきた時は、好きにしていいとだけ伝えてみた。


「兄様はわたしを妹のように扱いつつも、ちゃんと女性としても見てくれているのです」


「うんうん、でも、まだいろいろ早いと思うから、そのあたりはちゃ~んと考えて行動してよね」


「姉様はチャンスに指を咥えて待つのが好きなのですか?」


 何の話だ?


 シルキーとミルフィーネが視線で火花を散らしている気がするんだけど……。


 酒場に設置されている大きな魔道時計を見て、シルキーが慌てて残っていた卵サンドを口に押し込んで残っていた山羊のミルクで流し込んでいる。


 そんなに慌ててたべると、ほらやっぱりむせる……。


「けほっ、い…いけない!! もう時間だわ」


「時間?」


「教会が最初の村までは馬車を出してくれるの。その後は徒歩なんだけど……。それじゃあ行ってくるね」


「おう、いってらっしゃい」


「行ってらっしゃいなのです♪」


「くっ……!!」


 手を振るミルフィーネの顔を見て一瞬ためらいを見せたが、シルキーはそのまま酒場から出て行った。


 なんなんだ?


「わたしもそろそろ行くのです」


「じゃあまた夕方な」


「はいなのです♪」


 上機嫌なミルフィーネは鼻歌を歌いながら酒場から出た。


 あれはいつもシルフィーが歌ってる歌と同じだ。


 ……あの歌、はやってるのか?


 この世界にいるアイドル的な存在なんて聞いた事ないんだが?



◇◇◇



 今日の訓練は午前中で早々に打ち切り、午後からは久しぶりに街を歩く事にした。


 王都でシャルロッテの一件があってから、俺がこの街を一人で歩いていてもナンパしてこようとする女性は誰一人いなくなったのはいいことだ。


 なんでも王族の婚約者に手出しすれば死刑になる事もあるそうで、命懸けで一時の欲望を満たしたいと考える奴はいないという事だろう。


「昼飯時だし、どこか適当な店でも入る……? ん?」


 俺の目の前、といっても百メートル位先の少し人気の少ない通りのど真ん中に、見覚えのあるやつが街を歩いていた。


 見覚えがありすぎて、何でここにいるのかちょっと聞いてみたいくらいだ。


「えっと、確かこの角を……、よかった!! まだあったわ!!」


「なんだ、あいつ?」


 あいつは仕事で村を訪問してるんじゃないのか?


 なんで昼前になっても、まだ街にいるんだ?


「いったい何を探して……。えっと、ジャンニーヌ商会? はて、どこかで聞いた気が……」


 思い出した!!


 前にシルキーにこの街にある商会を聞いたときに、この商会も説明されてるぞ。


 ここは、アダルトグッズ専門の商会だ!!


 エロ本から、上級者向けのグッズまで何でも揃うって噂の……。


 この世界では利用してるのは主に女性らしいが、極稀に男性も利用しているらしい。


 なお、この店から出た男性は、この先でかなりの確率で襲われるとも聞いた。


「ねえあの人もしかして……」


「あれに興味あるなら、あんな店に行かなくても……」


 いかん。


 ここは餓えた猛獣の巣窟だ。


 とりあえず、近くの通りであいつの出方を待つか。



◇◇◇



 近くで見張りを始めて一時間。


 って、あいつあの店でどんだけ時間潰してるんだ?


 あの店にはひとりでそんなに時間をつぶせるだけの物が存在するんだろうか?


 あ、でてきた。


「大量、大量♪ これでコレクションがまた充実するわ」


 両手いっぱいに抱えた大きな紙袋。


 それを店から少し出た場所で地面におろして、見覚えのある道具袋に……って。


 あいつ。


 もしかしてとは思ったけど!!


「これは後でゆっくりと観賞するとして、この後どうしようかな?」


「こんなところで会うとは奇遇だな」


「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! ってなんだ、あなただったの? 驚かせないでよ!!」


 あなたね……。


 もう完全に確定だな。


「こんなところで何してるんだ?」


「なにって、私が買い物してたら何か問題があるの?」


「あの金はどうやって用意したんだ? 見た限りではかなりいろいろ買い込んでたみたいだけど」


 あれがそれ系の本だとして、あの量だと買ったのは百冊以上だろう。


 この世界で本は高い部類に入る商品だ。


 衣類、書籍、魔道具、武器あたりが貴金属や宝石類を除けば特に高い商品群で、一般的になじみのある商品で特に高いのがこの本だ。元の世界では三百円位で買えた週刊の漫画雑誌的な存在が一冊銀貨数枚、つまり最低でも数千円もする。


 あれだけ買えば金貨を何十枚も必要になるだろう。


「わ……わたしだって、蓄えがあるのよ」


「最初に俺も金貨五百枚貰ってるからな」


「でしょ!! ……って、今なんて言ったの?」


 余程ショックだったのか、目の前のシルキーは人差し指を立てたままいったん動きを止めた。


 その後、ギギギっと首を俺の方に向けてきたが……。


「金貨のほかには銅の剣も貰ったよな。で、お前はこっちの世界に自由に来れるのか? そこのところをちょっと詳しく教えて欲しいんだが」


 何故か目の前にいる見習エロ女神のシルキーは、観念して首を縦に動かした。


 素直で結構。


「少し遅いがまだ昼飯時だ。適当にそのあたりの店で食事でもしながら、話を聞こうか?」


「いいけど。あの……」


「行きたい店があるのなら、そこでもいいぞ? 今回は俺が奢るし、遠慮するなよ」


「いいの?! どの店でも?」


 アーク教の巫女のシルキーより、こいつの方が遠慮がないのか?


 いや、まあ奢るといった以上どの店でも問題ないし、どんな高級店でも支払いに困ることはないんだけど。



◇◇◇



 見習エロ女神のシルキーに連れて来られた店は以前俺がシルキーに奢ってやったあの店だ。


 まあこの店ならどれだけ食べても問題ないからいいか。


「いらっしゃいませ~♪ あれ、お客さんもしかして。ああ、そうよね……っ」


 元気のいい店員が、なぜか少し悲しそうな顔になって……、って、あれか!! シャルの件で邪推されたか!!


「どうしたの?」


「いや、たぶん勘違いだろう」


 以前と同じ席になぜか案内されたが、あの時と同じ感じで席に着いた。


 さて、今回は何を頼むかな?


「すいませ~ん。カラカラ鳥のソテーとミートパスタ(ダブル)のアイスセットお願いします。あと飲み物アイスティーで」


 こいつ、知らない筈なのに、あの時とほとんどおんなじメニュー頼みやがった!!


 しかも聞いてもいないのにさらっとアイスセットまで。


 割と似てるんだけど、やっぱりこいつと今のシルキーとは同一人物とは思えない部分があるんだよな。


「ありがとうございます、あの、アイスセットはこれで売り切れなんですが……」


 今日はあの時みたいに幸運じゃなかったみたいだ。


 まあ、アイスはあの時食べたからいいけど。


「骨付き子羊肉の香草焼きセットに追加はこっちのケーキセットを。飲み物はアイスティーで」


「注文ありがとうございま~す。マスター、オーダーはいりま~す!!」


 あの時と同じ店員は、元気にバックヤードに消えていった。


 さて、料理ができる前にいろいろ聞いておこう。


「で、聞きたいことは山ほどあるが、とりあえず聞きたいのは、今まで何度も()()()()()をしていたのかと、何の目的でここに来たかだ」


「理由はね、……いっぱいあるんだよ。そりゃ、()()を買いにきたってのも嘘じゃないし、過去に何度かこの世界に来てたりするけど」


「二人が鉢合わせたりしてないのか? 流石にいろいろまずいんじゃないのか?」


 こっちのシルキーと見習女神のシルキーが顔をあわせるのは、いろいろ問題がありそうだ。


 特に、パラドックス的な問題が。


「えっとね、あの子がこの街にいない時だけ、私はこっちに来れるの。今までの目的はおおむねあなたが考えてる通りだけど、一応、あの子に迷惑が掛からない方法で魔王軍に対する警鐘を鳴らしたりもしてたのよ?」


「それ、本人が混乱するだけだろ? まあ、ほかに方法はなさそうだが」


 たしかに、この世界では魔王軍の危険性はあまり浸透していないようにも思える。


 人類がここまで押されているなら、元の世界の様にもう死に物狂いで魔王排除に動いててもおかしくはないだろ?


「今回の目的の残りは資金稼ぎかな。貴方に貰った武器を一部強化して売ったりして、その代わり、一部の強い武器を強化する為の材料なんかを仕入れに来てるの。あの武器は初心者にも使いやすくて確かに強いけど、やっぱり普通の武器の域を出ないでしょ?」


「まあ、無いよりはマシな普通の武器だからな。っていうか、そんなことができるのか?」


 武器の強化とか、できるなら最初の銅の剣にもしてくれてたらよかったのに。


「できるけどあの時は無理。売った武器は貰った武器の一部を素材にして強化しただけだし、そのお金を元手にして(ヴリル)に対応した凄いいい感じの武器に、私の祝福を与える為の触媒を買ってきたところだから」


「直接金を渡してやればよかったな。というか、言ってくれたら俺が買ってきてもよかったのに」


「でも。貴方にあの商会で買い物は無理でしょ?」


「そんなものは買わない」


 あれだけそろえてまだエロ本が必要なのか?


 この見習エロ女神!!


 というか、これだけ考えても突っ込みがないという事は、こいつ、この世界だと俺の心を読めない?


「でしょ。だから、直接買いに来たんだよ。あと、こっちの世界に来れる回数は年に一度だけ。今回で三回目かな」


「意外に少ないというべきか、あの宿屋の卵サンドはその時に食べてたのか?」


「ううん、流石にあの店に足を運ぶ勇気はないよ。あそこには、いろいろな思い出が詰まってるから」


 ちょっと悲しそうな顔になった。


 このシルキーにとってここはつらい思い出が多い街だ。 


 俺がこいつの立場なら、あんな真似をしたアルバートの屋敷に乗り込んでぶん殴っていてもおかしくはないしな。


「おっまたせしました~♪ こちらが骨付き子羊肉の香草焼きセット。そしてこちらが当店自慢!! カラカラ鳥のソテーとミートパスタ(ダブル)セットで~す。ファイト!! 頑張ってね」


「??? あ…ありがとう」


「アイスは溶けちゃうから後でお持ちしますね。ケーキは溶けないけどその時に……」


 今のシルキーに向かって小さく言ったファイトは何だ?


 それに、少しだけ俺に向かう視線が冷たい気がする。


「いっただきま~す。おいしいっ、このお店で食べてみたかったの」


「やっぱりおいしいよな。……一本食べるか?」


「いいの? ありがとう」


 シルキーは骨付き子羊肉を自分の皿に移して、そしておいしそうに食べ始めた。


 この明るいシルキーと、あの空間で見せたような悲しい顔のシルキー、いったいどっちが本当の顔なんだ?


 神様ってのが楽じゃない事は流石に俺でもわかる。


 百の世界の運命を任させるなんて、あまりに責任が大きすぎて遠慮したい位だしな。


「こんな時間がいつまでも続けばいいのにね」


「ああ。この世界から魔王がいなくなれば、本当にそんな世界が訪れるのか?」


 俺が常日頃から抱いている不安。


 一つの脅威を取り除いたからといって、それだけで世界が永久に平和になるなんてありえない。


 人類同士、もしくは亜人種との戦争。飢饉や大災害、世界が滅びる原因なんていくらでもある。


「決定的な滅亡はそれで回避できるみたい。そりゃ、小競り合いや、小さな諍いは無くならないと思うよ」


「そうだよな。その時はお互いに本音でぶつかり合って、折り合いをつけていくしかないか」


 人類同士や亜人種とのいさかいは、その時のひとたちに任せてもいいだろうな。


 魔王を倒してこの世界の滅びを防げるなら、俺はこの手で魔王を倒そう。


 そいつがどんな存在でも、容赦なく……な。


「ご馳走様。これからもよろしくね」


「あれ以外に必要な物があるなら、事前に言っとけよ。用意はしておくから」


「ありがとう。頼りにしてるよ」


 シルキーは微笑みながらそんなことを口にした。


 まあ、頼られるのも悪くないかな……って、なんだ!!


「おまたせしました~!! こちらアイスセットです!! それとこっちがケーキセットね。よかった、わかりあえたみたいね♪」


 あの店員がタイミングを見計らってアイスを持ってきた。


 よかった? わかりあえる?


 この店員はさっきのシルキーに負けないくらいにめっちゃいい笑顔だし。盛大に勘違いしてないか?


「ありがとう」


「うんうん。相手が誰でも、引いちゃダメだよ!!」


「当然よね。私もちゃんと信じてる」


「「「きゃぁ――――っ!!」」」


 なんかバックヤードで黄色い悲鳴が響いた。


 今の会話の流れは、いろいろまずい気がするぞ。


「これは当店からのサービスで~す」


「これからも大変だろうけど、頑張ってね。応援してるよ!!」


「ありがとう。すっごくいい店だね♪」


 何人も店員が押し寄せて、その手にはいろいろなものが握られている。


 ああ、もうこの店にはこっちのシルキーとは来れないな。


 最初からおかしいと思ってたんだ。


 絶対こいつらは俺がシルキーにシャル関係で別れ話でも切り出すと思ってたんだろう。


「このケーキも食べるか?」


「ありがとう!! ホント今日は最高だよ」


 まあ、こいつがまじめに次に世界の救済を任せる奴の事を考えているみたいで安心した。


 エロ本関係は流石に呆れたがな!!






読んでいただきましてありがとうございます。

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