平穏な日々 一話
リトリーニに留まって修行をしている日常の話です。
楽しんでいただければ幸いです。
あの蟹足の城と魔族の四天王の一人を討伐して七日後。
冒険者ギルドの依頼の中に特殊任務として【河川周辺の探索】というものが追加された。
依頼料は安い代わりに報酬が発生する期間が長いので、安定した収入を楽に稼げる依頼として冒険者たちには割と人気がある。
索敵要員が増えるので冒険者に人気があるのはいいのだが、この特別任務は依頼数に制限がなく、今ではリトリーニの冒険者ギルドに所属している冒険者の三分の一近くがこの依頼に殺到しているというありさまだ。
こんな状態で本当にこいつらが半年程度で戦力として役に立つレベルまで育つのか?
「う~ん、一応冒険者ギルドでは才能のある人を選んで魔法使いギルドで魔法を習得させたり、砦の衛兵と一緒に模擬戦を繰り返してるって話だけどね」
「なるほど、戦力の底上げは一応始めているのか」
「少しずつだけどね。冒険者を全員一度に鍛えなおすことはできないし、通常の依頼も熟して貰わないといけないから」
確かにな。
冒険者の生活もあるし、余裕のある人間しか特訓に専念するのは不可能というのは理解できる。
「しかし、依頼といっても食料品の納品や野良魔物の退治が主だろう?」
「食料品の納品はついで仕事の場合が多いんだよ? 森にカラカラ鳥とか狩りに行ったついでに森の恵みの回収とか、そんな感じで」
「なるほどな。手間賃程度なんであんなに依頼料が安かったのか」
流石に依頼料が安すぎだと思ったが、そんなからくりがあったとはな。
納品された食料品の市場価格の問題も絡むんだろうから、あまり依頼料を上げられない事情があるにせよ、そのあたりはうまく機能しているみたいだ。
「あと、河にいる魚はあまり関係ないんだけど、森とかにいる野生の動物はあまり乱獲すると怒られたりもするよ。まあ、カラカラ鳥はほんとに無数にいるから絶滅する事はないんだろうけど」
「数が多くても絶滅しないとは限らんぞ? リョコウバトの前例もあるしな」
乱獲すりゃ何でもすぐに姿を消すさ。
湧いて出てくる魔物でもなけりゃな。
「自然発生する魔物の討伐依頼は出ることも多いんだけど、依頼が発生していない野良の魔物に偶然遭遇した場合でも証拠となる体の一部とか、取り込んでた魔石の珠を冒険者ギルドに納品すれば依頼料が支払われるの。国からもある程度予算が出てるそうだし、領主アルバート様も冒険者ギルドに多くの予算を回してるから」
「どんな魔物でもいいのか?」
「一応ランクというか、魔物の強さとかで支払われる金額は変わるよ。あと、体の一部が魔道具の材料だったり、いろんな素材に化ける魔物は弱くても高額だったりといろいろ」
討伐難易度ではなく、売り払った後の実入り次第という事か。
ロックリザードみたいにバカみたいな被害が出れば、また別物なんだろうが。
「街の規模で冒険者の数も決まってくるんだろうから、急に冒険者の数は増やせないよな?」
「そうだね。まじめに普通の仕事に就く人も多いし、だれもが危険好きって訳じゃないから」
「周りの村とか小さい町なんかはどうなんだ?」
リトリーニの周りにも無数に小さな村や町が存在する。
小さな村に至っては、僅か百人以下の規模のものまであるしな。
「一応、役場の職員とか村長とかが何かあった時にリトリーニに使いを出すパターンが多いかな? あとは町にアーク教会がある時は、そこから依頼が来たりもするよ」
「前から疑問だったんだが、アーク教会は何をやってるところなんだ?」
「私にそれ聞くかな? アーク教の布教と救済。孤児とかの保護と、怪我人の治療とかかな。一部有料で行ったりはしてるけど」
まあ、全部無料って訳にはいかんよな。
一応医者というか、有料で病気とか怪我を治している治癒院みたいな施設はあるし、傷薬や医薬品なんかも売ってる店もあるから。
「本当にお金がなくて困ってる人は、治療した後で奉仕活動をお願いしたりするの。あとは被災時の炊き出しとか、仕事はほんとにたくさんあるんだよ?」
「……仕事はいいのか?」
「魔王討伐任務のサポート任務中。まあ、アーク教である程度地位が上がると討伐任務の収入とかの半分は教会に収めないといけないし、年間に収めないといけない額が決まってるからある程度は稼がないといけないんだけどね」
なるほど。
浪費家とは思えないシルキーが金に困っていたのはそういう事か。食費はかかるんだろうけど、それであれだけの借金を作るのは疑問だったからな。
しかし。
「ふつう逆じゃないのか?」
数が多い下っ端から巻き上げるもんだろ?
「地位には責任と義務が伴うの。苦しい修業時代にお金の余裕なんてないし、その時に上の人に助けられたからこそ、稼げるようになった後で恩返しをするんだよ」
「凄いなアーク教。そこまでまじめなところだと思わなかった」
正直、信者を食い物にしないまじめな教会なんて初めて見た気はする。
元の世界だと真魔獣の出現で神とかに頼る奴はほとんどいないし、僅かな宗教団体も細々と管理されてる昔からある神社仏閣か、信者を食い物にする新興宗教ばかりだからな。
まあ、人を食い物に変えるのは真魔獣の方が一枚上手だが。
「失礼ね。この世界にはほかの宗派もあるけど、その多くは弱者救済に努めてるわ。魔王崇拝する一部の邪教以外はね」
「あ、やっぱり魔王崇拝とかする奴いるんだ?」
「いるわね。しかも、あいつらって魔王軍に参加して破壊活動までしたりするのよ!!」
「どこの世界にも同じ考えの奴はいるんだな」
元の世界にも真魔獣とコンタクトをとって自分だけ助かろうとした奴はいる。
もれなく食い殺されているが、それでも年に何度かは同じことをほざく馬鹿が出てくるのが救われない。
◇◇◇
「そういえば、ミルフィーネはまだ帰ってこないの?」
今日は街の外で魔法と氣のコンビネーションの練習をしているが、いつもだと俺に魔法を教えてくれているミルフィーネの姿はない。
「ここ数日は俺だけじゃなくて冒険者にも魔法を教えているらしい。魔法使いギルドの教員も無限じゃないし、実戦経験はミルフィーネの方がはるかに上だからな。今日は朝から冒険者を引き連れて、ここから少し離れた荒れ地で魔法を教えてる」
理由は簡単で、街の中やこんな街の近場では強力な魔法を使えないからだ。
というか、さっき結構大きな揺れがあったの、ミルフィーネの魔法じゃないだろうな?
「師狼はとりあえず必要な魔法を覚え終わったんだっけ?」
「教えてもらった魔法で、かなり手札は増えたな。いろんな使い方ができるし」
この世界の魔物や魔族はもちろん、真魔獣戦も想定して様々なコンビネーションを試している。
特にあの呪いの鎧をもっと効率よく無力化させる魔法や、技の研究には余念がない。
あの時、鎧のコアである魔道具の破壊には奥の手であるアルティメットクラッシュまで使ったが、今ならもう少し違う手段で破壊が可能だ。
「いま魔力って幾つあるの?」
「……先日無事に測定不能と表示された」
つまり一万を超えたという事だ。
この数値は元の世界と変わらないんだろうし、次の身体測定の時になんて言われる事やら。
「ホント出鱈目よね。師狼が魔王ならもうこの世界は滅んでると思うよ?」
笑えない。
冗談抜きで俺もそう思うが、この世界での俺の成長率は異常だ。魔力だけじゃない、氣もそうだし、基本的な身体能力やほかの力もすべて俺自身が驚く速度で強化されていくのがわかる。
まさか、見習女神シルキーの祝福か何かがあるのか?
でも、祝福を貰ってこんな速度で成長できるなら、ほかの世界に送り込まれている人間がキッチリ世界を救えるはずだ。
「俺が人類に敵対して魔王化する事はないさ。ただ、討伐する魔王が似た力を持っていないとは考えていない」
「う~ん。もし魔王がそんな力を持ってたらとっくに人類は滅んでると思うし、この国もすでに魔界に一部になってると思うよ?」
「なぜ魔界化させるのかも謎だがな。魔界でないと生きていけないなら、北の荒れ地には最初から魔界化した場所が存在していたことになる」
しかも、人が住んでいる場所を魔界化させるには魔道具を使って人を結晶に閉じ込め無いといけないし、更に人の悲しみや憎しみが必要だという。
魔王はそんなものをどうやって手に入れた?
そんなことを考えていると、街に向かって小さな人影が近づいてきた。
あれは…。
「兄様!! 兄様もここで魔法の練習ですか?」
「ミルフィーネ。冒険者に魔法を教えるのはもういいのか?」
近付いてきたのは俺に懐いているエルフのミルフィーネだった。
今日はちいさな手に大きなピンク色の宝玉の付いた魔法の杖を握りしめている。
このちっこいエルフの少女がこの街で最強の魔法使いというのだから侮れない。
魔力が測定不能になったし、魔法の威力だけならもう俺の方が上だろうが、魔法の使い方というか使いどころの判断なんかはまだまだミルフィーネには及ばなかった。
あの歳で大した才能だ。
「あの冒険者たちは口ばかり達者で、まだまだ経験不足なのです。たっぷりとお仕置きをしておいたので、しばらくあそこで反省するといいのです」
ちょっと怒っているのか、腰に手をあてて大きな胸を強調させていた。
俺にしてみれば、怒っても可愛いだけだがな。
「放置してきたのか?」
「周りには魔物の姿はありませんし、無事な冒険者も何人かいるから問題ないのです」
俺との模擬戦の時も割と容赦なかったし、見た目と違って厳しい先生だよな。
「近くに魔物はいないけどちょっとかわいそう」
「姉様も優しいのです。こんなことはエルフの森では割と日常茶飯事で、多少痛い目に合わないと学習なんて無理だと思います」
少し離れた荒れ地と小さな森。
おそらくそこで実践訓練もしたんだろう。
「あそこに冒険者は何人いるんだ?」
「今日は十五人ほどですね。わたしひとりに手玉に取られる様では、魔王軍と戦うには力不足なのです」
「仕方がないよね。魔王軍をあまり気にせずに強くなれるチャンスなんて今くらいしかないだろうし、少しくらい痛い思いしてもらっても強くなってもらわないといけないわ」
こんなに安心できる状況は、俺がこの街にいる間限定だしな。
俺もいつまでもこの街でに留まるわけにはいかないし。
「今日はこの辺りにして、そろそろ帰るか」
「はいなのです♪」
「ミルフィーネ!! そんなにくっつかないの!!」
シルキーとミルフィーネのこのやり取りも日常になりつつあるな。
魔王軍の侵攻か。
こんな平和な日々を過ごすと、なんだか忘れてしまいそうになるな……。
読んでいただきましてありがとうございます。