リトリーニ会議
リトリーニで前話の奇襲に対する会議を行う話&見習女神シルキーの話です。
楽しんでいただければ幸いです。
魔族の四天王による村への奇襲があったその日の夕方。
この日は宴会ではなく、冒険者ギルド内の会議室で魔族の動向や、今回の一件で結晶が崩壊した地域などについて話し合うこととなった。
参加したメンツは俺、領主アルバート、冒険者ギルド代表アスセナ、砦の隊長クルィロフ、魔法使いギルド代表のフィリパ・ブランデル、アーク教会のシルキー、それと情報提供者である数名の冒険者だ。
魔族は必ず砦を攻めてくると思っていただけに、今回の河を強行渡航しての強襲は冒険者ギルドや領主にとっては衝撃的な出来事だった。
「砦を迂回して、まさかあの広大な河を強引に渡ってくるなどと……。まあ確かに今後もあの蟹足の城ではなく、大型の船などを使えば不可能ではないだろうが」
「現状、あの広大な河全域を監視することは不可能だ。しかし、魔界化が解除されたことにより魔族の支配地域が今回の一件でかなり減少すると予想されるので、今後の対策は立てやすくなった」
様々な情報が無秩序に届き、それを片っ端から整理していくという非効率なやり取りが繰り返されている。
こいつらはまじめに対策を考えているので、まだましな方だとは思う。
「今、半獣人など、足の速い冒険者に確認させていますが、戻ってきた者の報告では以前砦があった地域までは完全に結晶が消滅していたそうです」
「同時に、完全に結晶化した犠牲者も多数発見されているそうだ。もう、生き返れはしないだろうが……」
あの魔族も一週間で生命力を吸いつくされるといっていたしな。
そのままの姿で残ったという事は、結晶と取り込まれた者が完全に同化するまでにはかなり長い時間が必要なのか?
「奴らの戦力と、ほかの四天王とやらがどう攻めてくるかも問題だな。こっちから攻めていくつもりだが、この街が攻められては元も子もない」
「正直、鏡原にはある程度こちらの戦力が整うまで、この街に留まって欲しいというのが本音だ。魔族の四天王は別格としても、将軍クラスの魔族ですら今の戦力では歯が立たない」
「現在の冒険者の質では、魔族の将軍クラスどころか、ロックゴーレムが数十体が同時に出現しただけでも討伐がかなり困難になる。強力な魔法で仕留める事も可能ではあるが、周りに被害が出ない状況に限られるのでな」
火炎嵐系の魔法クラスでも、使用できる状況といえば周りに森がない場合で、使用できたとしても風向きなどにかなり気を付けなければいけない。
元の世界でも真魔獣討伐時に火炎嵐を使って店を焼いて怒られた奴がいるしな。
美剱瑞姫って俺のよく知っている奴だが……。
「私としても、鏡原殿には今しばらくこのリトリーニに留まって貰い、戦力が整ってから魔王領へ出立して欲しい。こちらに屋敷も用意するし、身の回りの世話をするメイドも用意しよう」
「アルバート様の言う通りです。確かに、王都の連中にとってはリトリーニなど取るに足りない街かもしれない。しかし、ここに生きる人たちには失う事の出来ない故郷なのです」
まあ、その気持ちがわからんでもないが、このアルバートは見習女神シルキーの時にはこの街の住人を捨てて王都に逃げたんだよな。
しかも貴重な食糧なんかを総ざらいした上で……。
「戦力が整うって、一体何年かかる? いまなら王都から援軍が来る可能性はあるが、駐留費だってただじゃないだろう?」
「王都に援軍を求めれば、その兵の給料や維持費などはリトリーニ持ちだな。戦闘がない状況でも兵士一人に一日銀貨五枚程度、二百人程度の援軍を求めただけで、駐留費は日に最低でも金貨百枚だ。これに宿泊施設や食事などの費用が加算されれば、どれだけ必要になるか……」
「魔王軍の脅威があるとはいえとんだ金食い虫ですな。我々衛兵の給料はその十分の一以下だというのに」
「正規兵は装備と練度が桁違いだからな。砦の衛兵が弱いとは言わんが、王都の正規兵はひとりで百匹程度の半人半犬の魔物や骸骨剣士を相手にできるという。しかも魔法ではなく、手にした剣でな」
ほう、そりゃ大したもんだ。
この世界の正規兵という事は、おそらくその殆どは女性剣士だろう。
氣が比較的低い女性で、あいつらを百匹相手にできるなら相当な腕前だな。
「魔王軍侵攻の際に魔法使いギルドから人を派遣してくれんだろうか?」
「教員の数はぎりぎりで、魔法を覚えている最中の子たちは戦力にはなりません。未熟者の彼女たちを戦場に出せば、いたずらに犠牲者を増やすだけです」
「今は少しでも魔王軍と戦う力が必要だ!! 砦やこの街にいる兵の数は限られているし、冒険者の数だって限界がある。冒険者の生活もあるし、野良魔物討伐だけさせている訳にもいかんだろう」
野良魔物討伐も重要な仕事だとは思うが。
ロックリザードの一件をこいつら忘れていないか?
「アーク教会は、何か言われてませんかな?」
「アーク教会としましては、魔王軍侵攻時に巫女による治癒などの支援を積極的に行っていきます。戦闘以外でも魔王軍侵攻で孤児となった者の保護などを行っていますが、各教会や孤児院はどこも一杯でこれ以上の保護は難しい状況です」
「確かに、孤児問題や破壊された施設などの問題は今でも手いっぱいだ。せめて王都が奪還した砦を再建してくれれば、この街は安泰なんだが……」
「あれだけの数を再建するとなると、十年仕事でしょう? 奪還した街の再建にもどれだけの時間と人員が必要になるか……」
「砦だけ再建しても仕方がないだろうからな。あそこの領地は元の領主であるエレノーラ卿が魔族に結晶化させられたので今は空白地だ。誰があの広大な土地を任されるかでもかなり揉めるだろう」
投影魔術の映像まで使って説明してくれたが、今までの魔王軍侵攻で砦周辺に存在していたリトリーニと同規模の街が十近く壊滅しているらしい。
住人の半分程度はリトリーニをはじめとする各街に移住したそうだが、残りの半分は魔物に殺されたり、緑色の結晶に取り込まれて命を落としていた。
「いまさら移住してきた住人を、荒廃した街の再建という苦行に付き合わせる事もない。故郷に戻りたい者も存在するだろうが……」
「いますかな? 結晶に変えられた家族の姿を見たくなどないでしょう?」
「望郷の念というのは侮れんよ。たとえ何年経ったとしてもな」
……対魔王軍の戦力の話から、政治的な話にシフトしてないか?
まあ、領主や冒険者ギルドの責任者が混ざればそうなる気はしたが。
◇◇◇
短い休憩の後、議題は俺の動向へと変わっていた。
アルバートとアスセナが休憩中に裏でいろいろと話し合っていたみたいだしな。
「冒険者ギルドとしても、やはり鏡原にはもう少しこの街に留まって貰いたい」
「確かに俺がいれば一人で数百人分の正規兵がいるのと同じだからな。いなくなれば戦力の低下が激しいのは理解している」
「理解して貰えると助かる。今の冒険者の中にも有望な者は多い。一年……、いや、半年もあればこの街を支えるには十分な戦力が用意できる」
「半年か……」
元の世界の時間で三十分?
生活するだけの資金は十分にあるし、最前線にいれば魔王軍の四天王がまた向こうから殺されに来てくれる可能性はあるだろうけど……。
「俺が直接魔王を討伐したほうが早くないか?」
「鏡原がいない時を見計らって侵攻される可能性は高い。流石に四天王の一人まで倒せば存在に気が付いているだろうしな」
「名前も知らん四天王だがな」
ほんと、毎回名前を聞く前に斬り殺してるからな。
あの将軍も、四天王とかいう奴も。
すぐに殺す奴の名前を覚える必要もないし。
それよりも、今後どうするかだが。今すぐ攻め込むのは性急か?
「とりあえずひと月は魔王領に攻め入るのを待とう。魔王軍の出方も伺いたい」
「おお!! それはありがたい。こちらで屋敷をすぐに手配します」
言質を取った瞬間、アルバートがすぐに近くに待機させていた者を呼び寄せた。
屋敷なんか貰ったらこの街に根を張ると思われるだろう。
さすがに永住は無理だ。
「いえ。いろいろ勝手がいいのであの宿屋を拠点にしますよ。ひと月くらいでしたら問題ないでしょう?」
「鏡原殿がそれでよろしければ……。それでしたらあの宿屋一番いい部屋に移っていただしまして、代金もこちらで用意しましょう。一緒に行動しておられるエルフのお嬢さんやアーク教の巫女であるシルキー殿の分も含めて」
「え? いいんですか?」
ちょ…、シルキーの反応がめっちゃ早かった。
いや、お前も今はそこまで金に困ってないだろう?
「鏡原殿の仲間という事でしたら問題ありませんよ。アーク教会とも話をしておきましょう」
「ありがとうございます」
その話はもう確定してるみたいだな。
仕方ない、ひと月だけ世話になるか……。
「では、今日の所はこれで終わりとしましょう。何か動きがあれば、また後日という事で……」
これで今回の話し合いは終わった。
ひと月か、魔法の鍛錬や魔法を交えたコンビネーションの研究でもするかな。
◇◇◇
この日の夜、新しい部屋に案内されてそこに荷物などを移した俺は今までとは数段寝心地のいいベッドで横になっていた。
そして、気が付いたらまたこの場所に呼び出されている。
回数制限はどこに行った?
「一応管理をしている神様的な存在に確認したら、私から呼び出す分には問題ないって」
見習女神のシルキーは楽しそうに話しかけてきた。
「なるほどな。こっちにはあまり用事はないんだが……」
俺の方はといえば四天王の一人は倒したし、魔王討伐に向けて割と順調といえるんじゃないのか?
「その件ね。四天王の一人を討伐したから、あの世界が滅びる確率というか、滅亡までの速度がかなり下がったわ」
「残りの四天王や魔王の能力、それにあいつが使っていた魔道具なんかの情報をくれててもよかったんじゃないか?」
「……、その事については悪いとは思ってるわ。でも、私からは魔王側の情報をあまり流せないの。私が送り込んどいて無責任だと思うかもしれないんだけど、あなたにだけ……、正確に言うと世界を救済する側だけに過剰に肩入れするのは神様的な存在に禁じられているから」
やはり神様とやらも底意地が悪いな。
まあ、俺の世界があんな状況で放置されてる時点でわかりきってるが。
「神様はね、割と公平なの。人類が動植物を滅亡させても、その動物とかに知恵を与えて人類に対抗させたりしないでしょ? いろんな世界で亜人種とかの迫害の時もほとんど同じ。だから人類が窮地に陥っても必要以上の救済措置は取らない」
「その基準から言えば、人類側に肩入れしすぎだとは思うがね。放置していれば滅亡するからか?」
俺を送り込める時点でレギュレーション違反だろう?
流石に宝珠の力を解放後だと送り込めないだろうけどな。
「宝珠?」
「それに手を出す事は流石にないだろうから問題ない。そういえば、また武器とかいろいろ仕入れてきたんだが……」
王都で入手した武器類や、俺の魔力に反応しないように専用の箱に収めた魔道具なんかを道具袋から取り出した。
さすがに王都は薬類なんかの品揃えも豊富で、役に立ちそうなものも多かったしな。
「これ、すっごい高価な魔道具まであるじゃない!! こんなにお金渡してないよ? 砦とか街の防衛とかに貰ったお金だけだと、こんなに買ったら無くなっちゃわない?」
「ん? 俺が何してるのかずっと見てるんじゃないのか?」
「他の世界の監視もあるからそんな事はできないの。四天王とか魔王軍の撃破なんかは、その世界の破滅速度とかの推移でわかるんだけどね」
なるほど。
四六時中監視されていないなら問題ない。
ずっと見られてるっていうのも気分がいいもんじゃないしな。
それに王都での一件が知られるとアレだしな。
「そうすると、俺がこれを買ってきたのも知らなかったって訳か」
「それ……、もしかして?」
ドレヴェス商会、パオレット商会、ベルガレット商会、リュクレース商会といろいろ揃えた王都饅頭。
道具袋に入れていれば、いつでも新鮮なのはいい事だな。
「王都饅頭。二箱ずつ用意したから。茶請けにでも食べてくれ」
「うわぁっ♪ こんなに王都饅頭の箱が並んでるの初めて見たよ。本当にありがとう」
見習女神のシルキーは魔道具よりも王都饅頭の方を丁寧に扱って自分の道具袋に収めている。
それでいいのか?
「シルキーやミルフィーネの一件は知ってたから、最初の方は見てたのか?」
「一応、送り込んだ以上は軌道に乗るまでは心配じゃない? あなたの力は信じてるけど、それでも万が一ってこともあるし」
という事は、魔王軍撃破の辺りまではたまに監視していたのか?
あの後に滅亡の可能性が下がったから本来の仕事に戻ったわけだな。
「ご明察。ホントあなたって頭の回転が速いわよね。あの世界を救った後で、ここで私のサポートしてくれたら助かるんだけど」
「見習いとはいえ神様が人間に手伝って貰うってどうなんだ?」
「問題はないよ? サポートで天使とか使役してる子もいるし」
「そんな奴もいるのか? 俺の都合から言えば、元の世界の救済が先だ」
かなり無理ゲーだけどな。
正直、真魔獣を完全に殲滅することも、封印窟をひとつ残らず再封印する事も不可能だと思う。
今のままだとな。
「あなたならできると思うよ。ホントにわたしの管理する世界にあなたがいてくれて助かってるし」
「他の見習女神の方はどうなんだ?」
「三人いる知り合いの見習女神達は、それぞれ二つ世界の救済に失敗してる。次に世界を一つでも滅亡させたら天使に降格させられて、ほかの見習女神のサポートに回されるか、天界に送られるかどっちかかな?」
天使に降格って、天使ってそんな立場なのか?
しかし、二つの世界が滅亡って、やっぱり世界の救済自体がかなり厳しいみたいだな。
元の世界の状況から考えれば、納得できなくはないけど。
「いまはあなたみたいな人間がいないか血眼で探してるみたいだね。世界の救済に失敗すると武器の封印は解けないし、神様的から新しい特典も貰えないしどんどんジリ貧になるの。その無限道具袋も最初に送り込んだ人にあげてるから次の人は貰えなかったみたいだし、そうすると持ち込める武器なんかも限られてくるでしょ?」
「それ、完全に詰んでないか? 俺みたいな存在って……」
宝珠の力を解放してたら多分アウトだろうし、同じような状態の奴はいないだろ?
普通、最強の力を目の前にして、最後の最後で手を引っ込める俺みたいなやつは少ないだろうし。
「また宝珠? ん? ほう…じゅ……。……神様から聞いた殆ど伝説的な存在で、界渡りって人がいるの。アレを人って言っていいかは微妙だけど、突然世界に姿を現して勝手に世界を救ってまたどこかに行くらしいんだけど。あなた、その界渡りじゃないわよね?」
「そんな名前は初めて聞いたな。なぜだ?」
「救世の宝珠か奇跡のカード。界渡りの力の源はそのどちらかだと聞いてるわ。宝珠ってキーワードが記憶の片隅で引っ掛かったから思い出したんだけど」
なるほど。
救世の宝珠か奇跡のカードに界渡りね……。
「そんな存在がいるなら、俺の世界を救って欲しいもんだな」
「まあそうよね。変なこと聞いて悪かったわ」
「俺が渡した武器。その見習い女神たちが欲しがったら少しぐらいは分けてやってもいいぞ。流石に手ぶらじゃどうにもならんだろう?」
「ありがとう。あの世界の救済を任せたのがあなたで本当によかったわ」
視界が靄に包まれて、また元の部屋に戻された。
しかし……。
「界渡り。それが最終形態って事か」
過ぎたる力を求めた者の末路。
もしくは進化の最終形。
俺の中の謎が一つ解けた気はしたな……。
読んでいただきましてありがとうございます。




