魔族の奇襲
魔族が村を襲う話です。
楽しんでいただければ幸いです。
俺の読みが甘かった。
ああ、甘々だったとも。
王都から帰還した翌日。
俺がシャルを鎧の呪いから解放したことがリトリーニ中に知れ渡っていた。
魔王の手紙の一件は伏せられていたが、シャルの話は鎧に囚われた姫という悲劇のヒロイン的な扱いでこの国ではかなり有名な話になっており、エルフのミルフィーネですらその事を知っていたという事だ。
「王都に行ったついでに、お嫁さんまで手に入れてくるなんて、意外だったな~」
「兄様が強いのは知っていましたが、まさか姫様の呪いまで何とかしてしまうとは、思ってもいなかったのです」
「いや、まあ成り行きというか、その結婚とか婚約の話自体を知らなかったんだよ!! 俺は!!」
何を言ってるんだろうこの人って目でみつめられるときついんだが。
そりゃ、この国の人間だと、ほとんど常識レベルの話なんだろうけど。
「姫様の鎧の呪いの話は、世の中の情報には割と疎いエルフの森でも有名な話なのです」
「で、どうするの?」
「魔王討伐が完了するまで、とりあえずは保留。まあ魔王を倒した後は元の世界に帰るから、この話自体が無かった事にはなると思う」
この世界で結婚して、そのまま元の世界に帰るほど無責任じゃないつもりだしな。
「そういえば前もそんなことを言ってたよね。魔王を討伐した後にすぐ帰らなければいけないの?」
「あの女神次第だろうとは思う。俺の役目が世界の救済だろうから、魔王を倒したら即帰還するような気はするけどな」
少なくとも、この俺をここに留めておく理由はない。
むしろこんな力を持つ個人をこの世界に留めておく方が危険だ。
一つ間違えれば俺の方が魔王扱いされるぞ?
◇◇◇
「鏡原は居るか?!」
話をしている最中に、宿屋の扉を開けてアスセナがすごい形相で飛び込んできた。
王都饅頭は昨日シルキーと一緒に届けに行ったし、シャルの話か?
「おう、ここだ」
「いてくれたか……よかった。すまん、シルキーとミルフィーネも一緒にいいか? 緊急事態だ!!」
「緊急事態?」
「少し前の襲撃の時に蟹の足が生えた城みたいな魔物がいただろう? あの魔物が砦を回避して下流の河を強引に渡って村を襲っているんだ!!」
あいつか!!
やはりあいつはあの時逃がすべきじゃなかった!!
「下流の河って……。かなり川幅がありますし深いですよ?」
「ああ、あっちも相当被害を出してるみたいでな。河にかなりの数の魔物が流されて、僅かな数しか上陸はできなかったみたいだ」
「その説明は移動しながらでいい。現地に向かうぞ!!」
ここで話していても埒があかん。
とりあえず、襲われてるという村に行くのが先決だ!!
「こっちだ!! 冒険者ギルド用の高速馬車を待たせてある」
「ありがたい!!」
「すぐ行くのです!!」
宿屋の前に、高速馬車が待たせてあった。
用意がいいな。
◇◇◇
高速馬車は西側の門から街を抜け、街道を全速力で疾走している。
通常でも早い高速馬車にシルキーが様々な強化魔法を施しているので、本当に飛びそうな勢いで街道を駆けていた。
「全力で飛ばせ!! 他の冒険者は先行している。間に合ってくればいいが……」
「どのくらいで着く?」
「この高速馬車なら一時間ほどだな。ほかの奴らも高速馬車で向かわせているが……」
「敵の数次第か? そういえばどうやって魔物の襲撃を知ったんだ?」
「大きな河があるといっていただろう? あそこにいた漁師が船で知らせてくれたんだ」
河の流れ的にはリトリーニ方向へ流れる方が上流になりそうだが、全力で船を走らせたんだろうな。
「魔物の規模は分からんが、襲われている村は人口数千人ほどの漁村だ。近くに穀倉地帯もあるから、塩害に強い作物も育てている半農半漁の村だが」
「村の防衛体制は?」
「強盗や野良魔物対策に自警団が居る。しかし魔王軍率いる魔物と戦えるだけの力はない」
「あの辺りには小さいですけどアーク教の教会もあります。魔物に襲われても少しは治療できるはずなんですが……」
自警団の規模がどのくらいか知らないが数千人規模の村なら精々数十人。
あの魔物がどれだけ強いかわからないけど、対抗できるとは思えない。
できるだけ早く駆け付けたいんだが……。
「見えた!! 村を囲む柵程度ではやはりダメか」
「あれ……、緑色の結晶?」
「あの蟹足の城の中に魔族の四天王がいたのか?」
やっぱりあの時仕留めそこなったのが痛手になった!!
村の近くにあの城がある、四天王とやらもまだあの村にいる筈だ。
◇◇◇
村の入り口には魔物の死体と、怪我をして戦線離脱した冒険者が隠れていた。
「貴方は……、ま…魔族は村の奥です。早く……」
「わかった、シルキーはここで治療を」
「いえ、治療は村人を先に……。まだ、逃げ遅れた人が大勢……」
「もうしゃべるな。鏡原、私も治癒の魔法が使える、お前たちは村の中へ急いでくれ」
アスセナが傷ついた冒険者に治癒の魔法を使い傷を癒し始めた。
ここは任せても大丈夫だろう。
「わかった」
「いくよ、師狼」
「いくです」
村の中に足を踏み入れた俺たちが目にしたのは、俺が元の世界でよく見た光景に酷く似ていた。
違う点といえば、元の世界ではクッキーなどに変えられて無惨に食い殺されていた犠牲者の姿が、ここでは緑色の結晶に包まれているという事だ。
逃げようとしている姿や、何かを後ろに下がらせようとしている姿で結晶に閉じ込められた人々。
ほとんどは女子供で、年端のいかぬ幼い少女も容赦なく結晶に閉じ込められている。
その数は数百、いや、もしかすれば千に届きそうな勢いで村中の至る場所に存在していた。
まだ生きているのかはわからないが、結晶の周りにはおそらく家族や親しい者たちが集まっている。
自らの身体が傷だらけでも、構う事もなく……。
「おかあさん。おかあさぁぁぁぁん!!」
「ローザ!! ローザっ!!」
緑色の結晶に取り込まれた親しい者を、助け出そうと必死になって結晶を叩き続ける母親や小さな子供。
その手には血が滲み、それでも手にした棒切れや石などを握りしめて結晶を叩き続けている。
『ママ、ママァァァァァァッ!!』
『茜!! ああぁぁぁぁぁぁっ!!』
元の世界で、親しい者を、愛しい人を、笑いながら無残に食い散らかす上級真魔獣。
そして討伐完了後に地面に散らばったクッキーの欠片を、元に戻る事は絶対にないのに、それでも、愛しかった者の一部を泣きながら搔き集める真魔獣の犠牲者の家族。
この世界の魔族も、平和に暮らしていただけの人に同じ真似をするのか!!
全身から金色の氣が噴出した。
制御しようとしても抑えられないほどに……。
「兄様?」
「すまない。俺をあまり見ずに、その子たちの傷を癒してやってくれ」
多分今の俺の顔は、怒りで醜く歪んでいる。
あまり人には見せたくない程にな。
「は……、はいなのです」
「わかった。師狼も気を付けてね」
「ああ」
この奥か?
こんなふざけた真似をした奴がいるのは?
◇◇◇
村の中央で戦闘は続いていた。
周りの結晶には見覚えのある冒険者の顔もあった。
あの猫型半獣人の少女や、ミルフィーネに話しかけていた胸がやたら大きかった剣士も結晶に閉じ込められている。
半獣人の冒険者の目の前に割と小柄な少女がいるが、あれが魔族なのか?
「ふははははっ。冒険者も村人と変わらないわね。さあ、あなたもこの辺りを魔界に変える結晶に変わりなさい」
「あっ!! 足が……。あああぁっ!!」
祝勝会で話していた半獣人の少女クレアが、魔族らしき女の手で結晶に閉じ込められようとしている。
俺が駆けつけるより早く結晶は瞬く間にクレアの身体を包み込み、巨大な結晶の柱が完成した。
「半獣人の癖に人間となれ合うからよ。あら? 男の冒険者なんて珍しいわね」
「貴様がこの村を襲った魔族か?」
普段こういう掛け合いはしないのだが、こいつには聞きたいことがいくつかある。
おそらく、この世界の奴なら少しは付き合ってくれるだろう。
「ええそうよ。全身が金色に光ってるなんて、何か特殊な魔道具でも貸して貰ったの?」
「それはどうせもいいだろ? この結晶に閉じ込められた奴はもう死んでるのか?」
「……まだ生きてるわよ。まだ……、ね。ほかの村人にも言ってるけど、結晶に閉じ込められても七日間だけ生きてるわ。でも、少しずつ結晶に生命力や魔力を吸い上げられて身体が結晶化し、やがて結晶と完全に一体化するの」
一週間か。
「結晶化させなかった村人がいるのは、結晶に閉じ込められた関係者の悲しみや憎しみが強いほど、この辺りの魔界化が早まるからよ。魔界化すれば、今度は残された人たちは魔物の餌になるの」
真魔獣かお前らは?
でもまあ、今まで襲われた奴らはもう助けられなくても、この村の犠牲者や冒険者たちは助けられるな。
あとは砕く方法だが……。
「あの結晶を砕けばいいのか。ちょっと堅そうだけど時間をかければ何とかなりそうだな」
「ははははっ。貴方馬鹿なの? この結晶が簡単に壊れる訳ないでしょ? 魔王様から頂いたこの魔道具と、魔力を供給している私を倒さない限り、結晶には傷ひとつ付かないわ」
「なるほど……。だが!!」
全身の氣を極限まで高め無影斬を仕掛けた。光の速さで間合いを詰めて魔族と魔道具に数百回の斬撃を叩き込む。
不意打ちの様で悪いが、こんな真似をする奴に正々堂々とやりあうほど優しくはないんでな。
「そ……ん、な…」
「馬鹿は貴様だ!!」
魔族の四天王の誰かと、この辺りで緑色の結晶を生み出していた魔道具はまとめて片が付いた。
魔道具の効果が切れたのか、周りにある結晶にヒビが入り、甲高い音を立てて砕け散っていく。
「ぁぁぁぁっ……。あれ? どうして?」
「助かったみたいだな。あとは……」
村の外に待機していた蟹の足が生えた城型の魔物。
高速で村を駆け抜け、氣を剣に最高まで注ぎ込んで粉々になるまで斬り刻む。
「今度こそ、終わりだ!!」
蟹足も城の形をした本体も、金色に輝く氣の刃がまるでゼリーでも斬り刻むかのように何の抵抗もなく斬り割いてゆく。
コアらしき物を斬り刻んだ時、脳裏に魔族の残骸が爆発四散するイメージが浮かんだ。
「多重絶対防盾!!」
多重絶対防盾で逆に城型魔族の残骸を包み込み、巨大な防御シールドの中で爆発を引き起こした。
周りに被害は無し。
イレギュラーな使い方だが、こういうのもいいだろう。
◇◇◇
傷ついていた村人や冒険者の治療を終え、残っていた魔物を他の冒険者と協力して殲滅した。
魔族の四天王に襲われた代償としては少ないと思うが、この村の周辺で魔族に襲われていた人もいた為に、犠牲者の数は十数人存在する。
俺がこう感じるのは、元の世界があまりにも救いが少ないせいだろう。
相手が真魔獣だったら、今回の様に犠牲者が助かる事なんてないし、犠牲者の数も桁違いだからな。
「結構な数の犠牲者は出たが、村人が全滅せずに済んだ。鏡原のおかげだ」
「魔族が間抜けだったから助かっただけだ。でも、今後同じケースが起きても対処法は分かった」
四天王と魔道具を始末すれば、結晶は崩壊する。
これで魔族の侵攻もかなり遅れる筈だ。
「あ……おにいさん。おかあさんを助けてくださいましてありがとうございます」
「娘を、ローザを助けてくださいましてありがとうございます」
あの時見た少女と母親か。
怪我も完全に治ってるようで何より。
「なに、当然のことをしただけだ。助けられなかった人もいるから、あまり大きな顔はできないけどな」
「いや。犠牲者の殆どは援軍到着前に殺されていた。仕方ないとは言わないが、どうにもならなかったのも事実だ」
「うちの人は帰ってこないけど、漁をしていて事故で命を落とす人もいるし、魔物に殺される人もいます。でも、あなたはこの村を救ってくれました、だから……」
真魔獣が出現した後と同じか……。
凄惨な死はすぐ隣に存在し、そして救いすらない。
遺体があるだけましとはいえ、悲しみはこれからこの人たちを苦しめるだろう。
アスセナが近くに来ていたので、その耳元で他に聞こえない様に呟く。
「今回の報酬がもし出るのであれば、俺の分はこの村の再建に回してほしい」
「そ…そんな事は」
「荒らされた畑や、壊された家屋や船。その修理代が湧いて出てくる訳じゃないだろう? 他の奴には内緒で頼むぞ」
もしほかの奴が聞きつければ、同じ真似をする可能性もあるからな。
俺にはこれ以上金は必要ないが、ほかの冒険者は同じではないだろう。
「兄様お疲れ様なのです!!」
「師狼、お疲れ様。流石ね♪」
「そこまでの事じゃないさ」
あの呪いの鎧が馬鹿みたいに強かったから、四天王とかも同レベルだと思ったが、全然そんなことはなかったな。
もしくは、あの魔族だけが弱かったのか?
まあいい、次に出会うやつがあの鎧と同レベルでも、勝てるだけの切り札は用意しておくさ……。
読んでいただきましてありがとうございます。