女王妹シャルロッテ 二話
決闘の日の夜の話になります。
楽しんでいただければ幸いです。
シャルとの決闘の日の夜。
急いで準備を進めているらしいが、やっぱり金貨百万枚相当の宝石が用意できないそうで、俺は城の一室で半軟禁状態になっていた。
王城の近くの最高級宿泊施設? いつの間にかその話が完全になかったことにされてて驚いたぜ。
あの宴会の後で案内されたのは城の一室。しかも王族とかの私室が集中している上にすぐ近くにシャルの寝室まであるエリアだ。
絶対にいろいろ仕組まれてるだろ?
一応用心の為に部屋の扉には魔法で何重にも鍵をかけたし、道具袋から丈夫な錠前を取り出して物理的にも侵入が不可能なようにしておいた。
◇◇◇
「ちょっと師狼!! これはひどいんじゃない?」
明かりの少ないこの世界の外は真っ暗で、でかい城の一角には物音ひとつしない。
こいつが扉をガチャガチャしてる音以外は。
「……今何時かわかってるか?」
「……夜中の二時」
廊下には魔道具の明かりが灯されているから暗くはないんだろうが、よくここまで来たな……。
「二時間前まで、談話室でいろいろ話してたよな?」
「師狼の元いた世界の話とか、ほんとに女神様に送られていた人だってのは理解したよ。でも、師狼がここにいる時にしか出来ない事もあるじゃない!!」
「元の世界にいた時は、いきなりそんな事してくる奴は……」
結構いるかもしれない。
というか、襲われる確率は多分元の世界の方が高い。
「どうしたの? やっぱり私はお姉様みたいに美人じゃないし、可愛くもないからいやなの?」
「シャルは可愛い。でもいきなりそんな事はできないって」
「可愛いとは思ってくれてるのね。せっかくおとぎ話の王子様みたいな人が現れたのに、それはちょっとひどくない?」
「……その割には、出会った時に喧嘩腰だったよな?」
割と最悪な出会いだったよ?
いきなり決闘申し込んでくるし。
「それはその……、実はね、師狼の事は街で見かけてたの。あの小さな女の子助けてたでしょ? あの時に偶然だけどね」
豪華そうな馬車が何台も走ってたな。
「周りを走ってる豪華な馬車のどれかに乗ってたのか?」
「うん。それでね、この人あんなに凄くて魔王軍を一人で倒せるのに、なんで私をあの鎧の呪いから助けてくれないのって思ったら……。あの時はごめんね」
「その話を聞いてなかったからな」
聞いていたら間違いなくここには来なかっただろう。
この世界で嫁は要らないし、魔王を倒せばあの鎧の呪いも解けると思うからな。
「あの鎧と盾は本当に何をやっても壊れなかったの。お姉様の魔法でも、傷ひとつつかなかったんだよ」
「女王の魔法はそこまで凄いのか?」
「師狼はお姉様の事を名前で呼んでいいと思うよ。もう家族みたいって言われてたでしょ?」
「身内な。家族とは若干違うが……」
「同じだよでね。お姉様の魔法は凄いんだよ。滅炎界まで使えるんだから。あ、滅炎界は炎系の最強魔法だよ。山をひとつ丸々焼けるくらいの」
「そりゃ凄い」
威力が凄すぎてかえって使い辛い系の魔法だな。
魔王軍の殲滅には便利そうだが、そんな魔法が使えるのにシルキーの世界にいたクリスティーナは魔王軍に殺されたのか?
「小さいころからお姉様は魔法の天才で、私はずっと落ちこぼれ。ちょっとは氣もあったし、魔力も高いから魔法も使えるけど、お姉様の足元にも及ばなかった」
「しかしシャルも剣の腕は相当なレベルじゃないか。あのクラスの奴なんてそういないぞ」
「あれは鎧の力なんだ。騙されたときにも、『迷宮の奥深くで見つけられた品ですが、身に着けるだけで剣の腕が上がる魔法の鎧セットです』って言われて。思わず買っちゃったんだけどね」
「鎧セット?」
「最初は八歳の頃の私にも身に着けられる位、小さくてかわいい胸当てとか腕輪だったの。脱げないのはあの時から同じだったけど、それがどんどん身体を覆って……」
納得、最初から全身が鎧の塊じゃなかったのか。
それなら鎧が脱げなくても、最初のうちはそこまで生活に支障は出なかったんだろうな。
「強さの代償は脱げない鎧と魔法の力。最初の一年位はそこまで問題じゃなかったけど、二年目になると結構身体の殆どが鎧で覆われててね、三年目にはもうほとんどあんな状態になってたの。でも、その時でさえもうわたしに剣で勝てる人なんていなかった。全部鎧の力だったんだけど」
「あの強さは鎧の呪いの一部だったという事か」
「力もね。決闘の最後の方は動けなかったでしょ? それにあの剣も私の力だと持ち上げられなかったの。今はあの剣の十分の一くらいの重さのレイピア位しか使えない。がっかりした?」
「それが今の実力だというなら仕方がないだろう? また同じレベルを目指せばいい。鎧の力を借りていたとはいえ、一度体験しているなら必ずできるさ」
高速戦闘や限界ぎりぎりの戦いなど、一度体験しなければわからない事は多い。
あの鎧の呪いはシャルにとっては辛い事件かもしれないが、その時の体験は必ず自分の力になるさ。
「あのレベルまで強くなるなんて無理だよ。剣の腕はさっぱりだし、少しずつ魔力が回復してるから、そのうち魔法は使えるようになるかもしれないけど、私には最初から何の才能もないの。私は師狼とは違うよ」
「同じさ。俺にも才能なんてほとんどなかった。子供の頃に氣がほんの少し高かったが、それだけだ」
「嘘よ、師狼はあんなに強くて、しかも男なのに魔法が使えるじゃない」
「俺も元は弱かったのさ。知っていると思うが男が得意とする氣が多少高い位じゃ、魔力がほんの少しあるだけの女性にすら敵わない。俺たちが戦っていた敵、半人半魔獣の真魔獣に食われないようにするには、極限まで自分を鍛えるしかなかったんだ」
おおよそだが百分の一って言われているからな。
氣だけじゃ、どうにもならないのさ。
「氣を限界まで鍛えて、身体能力を上げて、わずかにあった魔力を最大限に活用する為に知恵を絞る。それこそ夜も眠れないほど考え続けたさ」
「それであんなに強くなったの?」
「そうするしか生き残れない世界で。守りたい人がいるから強くなれたのさ」
どんなに才能があっても、紗愛香を守るのは兄の役目だからな。
できれば、俺以外のいい人を見つけて幸せになってほしいんだが……。
「師狼の大切な人? もしかして私をこの部屋に入れてくれないのはその人がいるから?」
「妹さ。年に一度か二度顔を合わせるだけの親と違って、身近にいる唯一の身内だ」
「妹ね……。その子何歳なの?」
「十六、俺の一つ下だ」
「師狼と私って同じ歳なの? もう少し年上だと思ってた」
「苦労ばかり背負い込んでるから少し老けたのかもしれないな。自分で望んだ結果だけど」
最低限身の回りの人だけでも助けられる力……。
そして真魔獣と戦えるだけの力。
過ぎた力を望んじまったもんだな。
「大丈夫。私は全然気にしないから。だからこの鍵を少し開けてみない?」
「その後の展開がわかりきっているからダメだな」
「なんでよ~!!」
ドアをガシガシ引っ張った音があたりに響き、そして遠くから金属音が混ざった足跡が聞こえてきた。
「シャルロッテ様。こんな夜中に、こんな場所で何をなさっているのですか?」
「げ!! 堅物行き遅れのシルヴィア!!」
「……姫様。とりあえず自室にお連れします。少々お話が……。鏡原様、お騒がせしました」
「いえ、こんな夜間に見回り度苦労様です」
「師狼のうらぎりもの~。こんな夜中にお説教はやだって~」
遠ざかっていくシャルの声と、シルヴィアの足音。
さてと、これでゆっくり眠れるな……。
◇◇◇
二時間後。
扉がガタガタと揺れている。
扉を開けようとする何者かの気配がするな……。
「師狼ってば用心深いわね……。一度帰ったし鍵くらい開けてると思ったんだけど」
「姫様。どうやら一時間の説教ではお分かりいただけなかったようですね」
「シ…シルヴィア。どうして? あなたももう寝たはずでしょ?」
「姫様がどこかに行くのを見かけましたので」
「見逃してくれたりしない?」
「朝まで時間がありますので、じっくり話し合いませんか?」
「イヤ~~~~~ッ。もうお説教は十分だってば~!!」
懲りない奴だな。
紗愛香も同じ手を使ってきた気はするけど……。
明日……、って、後数時間後で夜明けだが、何をするかな。
遠ざかる足音を聞きながら、俺はそんなことを考えていた。
読んでいただきましてありがとうございます。




