王都シャイン・グレイ
王都シャイン・グレイでの話になります。
楽しんでいただければ幸いです。
王都シャイン・グレイ。
リトリーニから貴族や豪商など専用の高速馬車を利用して二日の距離に存在する大都市。というか、王都とその周辺だけで一国と考えた方がいいのかもしれない。
街道を少し離れれば広大な穀倉地帯が広がり、収穫戦前の米などが見事な稲穂を風に靡かせている。
広大な川から数キロしか離れておらず、飲み水などの問題も少なそうだ。もっともこの世界の場合魔法で水を生み出せるので、緊急時には別の手段を使うと思うが。
確かに、こんな状況ならばリトリーニ程度が魔王軍の手に落ちようが、ここの連中が気にすることはないだろう。
この王都とその周囲の街だけで、十分に経済やら何やらが成り立っているのだろうからな。
王都シャイン・グレイ周囲数十キロを囲むという広大な堀や石壁、そして王城グレイ・シャトーの周囲数キロを取り囲む巨大な城壁。
本気で首都や王城だけが守れればいいという堅硬な状態だ。
「これだけガチガチに防御を固めてたのに、魔王軍に滅ぼされたっていうのか? わずか数か月で?」
あのシルキーの話ではそうなるが、この守りを……、ああ、あの宝石型の魔物がいたか。
あいつがいたらどんな城壁でも一撃だろうからな。
確かにあの城壁がなければ魔物は数でなんとかできる気はする。
ロックゴーレムが千体もいたら、倒すのも一苦労だろうしな……。
「大きな街でしょ? 首都シャイン・グレイは街というか国ですよね。ここには数千万人ほど住んでるって話ですよ。いやー、リトリーニが大きいといっても数十万人規模ですので、流石に王都にはかないませんね」
近くに座っていた商人風の女が話しかけてきた。
この馬車に乗れるのは貴族か豪商のどちらかなので、こいつも相当に大きな商会の頭か何かなんだろう。
「そりゃすごい。家屋や街道の質が確かにけた違いだ……。衛兵の装備もリトリーニより数段上に見えるな」
「そうでしょう。私はこの王都に商会を構えているパオレットと申します。もし何かお求めの際にはぜひ当商会をお尋ねください」
この馬車を利用しているという事は俺も相当金を持っていると予想できるから、名を売っておきたかったというのはあると思う。
この服も、見るものが見たら割と高価だと気が付くだろうしな……。
しかし、王都全体の人口が数千万って、あきらかにこの世界の規模としてはおかしすぎる気はするが、城壁外に存在している広大な街も王都の一部という事なので本当の話なのだろう。
広大な穀倉地帯も、莫大な量の食料などもこれだけの大都市を支えるには不十分なきはするが、そのあたりは例の魔法などを使った農法で解決していると思う。
◇◇◇
「ここが終点の駅舎です。王城へ行かれるのでしたら、この道をまっすぐ行った城門で通行証などを見せる必要がありますよ」
「親切にありがとう。大丈夫、通行証というか招待状は持ってるから」
王都からの手紙の中には通行証と招待状が入っていた。
冒険者カードが身分証になるとはいえ、俺の冒険者カードはいろいろ怪しさ満艦飾なので逆に疑われる可能性が高いのでありがたい。
「しかし、本当にリトリーニに比べたら天と地というか、元の世界よりもしかしたら賑やかかもしれないな」
魔王がいるとはいえ最前線からは遠いし、毎日真魔獣にバクバク人が食われている世界の方が平和な訳ないな。少し郊外に出れば破壊の後や、無人の住宅街なんかが広がってる光景が普通の世界か……。笑えないよな、ほんとに。
これが普通に平和な世界の姿か……、この世界に送られてくるまで元の世界が普通だと思ってたが、そんな訳ないんだよな……。
元の世界も、封印窟をすべて封印しなおせば、いずれこんな未来が来るのかもしれない……。
「俺らしくもない。さて、王城に向かって歩くとするか。しかし、すごい数の馬車だな。しかもかなりでかい。まるでバスだな」
王都にはリトリーニと比べ物にならない程に車線のある道路が存在し、何台も馬車が走り回っていた。しかも二頭ではなく馬の数が四頭の物が多い。
まあ、この規模の街だと端から端まで歩いてたら、余裕で日が暮れるだろうしな……。
個人で所有してるっぽい馬車はそれぞれの家紋というか紋章が刺繍された小さな旗を車体に飾っており、造りも豪華というか成金趣味というか、ごてごてしているものが多かった。
しかし、本当に馬車の数が多いな。
個人で馬車を所有して自家用車感覚で乗り回している貴族とかは別として、一度に多くの人を運ぶのならばいっそのこと線路を引いて電車っぽいのでも走らせればいいのに。
◇◇◇
氣を使って身体強化して一気に走り抜けることも可能だけど、こうして普通に歩くのも悪くないな。
夏だからみんな薄着だけど、それにしてもこれだけ太陽が照り付けているのに汗だくじゃないってすごいな、女性も多いし全員氣が高い訳じゃないだろうに……。あ、あれがその訳か。
気が付いたけどこの街のいろんな場所に温度なんかを調整するような魔道具みたいなものが設置してあって、いつでも快適に過ごせるようにしてある。
近付いて氣を弱めると、ほんのり涼しい気がするので間違いない。
という事は当然店の中とかもエアコンみたいなものがあるんだろう。ちょっとこの街は快適すぎる気はするな、氣で無効化できる俺にはあまり恩恵がないが。
「いらっしゃいませ~!! アイス~、アイスはいかがですか~。冷たくておいしいですよ~」
「乾いた喉にフルーツ果汁はいかがですか~? 炭酸割りもできますよ~」
「お昼ご飯にサンドイッチはいかがですか? 卵サンドにハムサンド、新鮮な野菜で作られたヘルシーサンドもありま~す」
歩道では店の軒先での販売や屋台が無数に立ち並び、いろんな食べ物を販売していたがどれもリトリーニと比べると若干高いな。
まあ、首都の大通りともなればいろいろあるんだろうが、倍近い価格の物もあるから侮れない。しかも結構な数が売れてるし……。金持ちが多いのか、この街の賃金がいいのかはわからない。
「こんな雰囲気は平和が感じられていいな……。ん?」
車道に近い場所にいた小さな子供が猫を追いかけて車道に飛び出した。
ちょうど駅と駅の長い直線で大き目な馬車が高速で駆け抜けて……。
まずい!!
「あれ? ラウラ? きゃぁぁぁぁっ!!」
「間に合えよ!!」
全身に高出力の氣を纏わせて、金色に包まれた俺は子供に向かって……。
なんだ、これ?
マッハを超えている時よりも遥かに周りの景色がおかしい。
まるでコマ送りの映像に、俺だけが普通に動いているような違和感。
空中に舞う汗や涙すらその位置からほとんど動いていない。
子供まで数メートルの距離でまるで止まっているような馬車は、わずか数ミリずつではあるが動いているように感じる。
まあいい、考えるのは後だ。まずはあの子供と猫を……。
今の俺がマッハで動いているのであれば、この子供を抱きかかえた時点でこの子を殺してしまう。そうならないようにこの子と猫を氣のシールドで包んで……。
よし、無事に歩道に戻れた。
「ぁぁぁぁっ? え?」
「ふぅ……、って、暴れるなっての。ほら、もう車道に飛び出すなよ。お前もな」
「おねえちゃぁぁぁん!!」
地面に足が付いたとたんに走り去る猫と少女。
一応猫の方は少し離れた場所まで逃げた後で一度俺の方を振り返り、ニャーとお礼のように鳴いた。
ラウラと呼ばれた少女の方はというと、少し歳の離れたお姉さんに駆け寄ってスカートにしがみついている。まあなんにせよ無事でよかったな。
「あ、あの、妹を助けていただきましてありがとうございます」
「もう妹から目を離すなよ、じゃあな」
この先の展開は元の世界で散々味わってきたから、その先の展開は大体読めてるんだよ。この場は名を告げずに退散するに限る。
名前を教えてないのに家まで押しかけてきた、瑞姫みたいなやつもいるけどな!!
◇◇◇
二時間ほど歩いてようやく城門までたどり着いた。
油断した。いくら歩いても近付かない城門の大きさに気が付くべきだった。馬鹿でっかいランドマーク目指して歩いてるようなもんだろこれ?
駅から大通りを通って俺の足で二時間って、どんだけ広いんだよこの街?
近くで見たらやっぱり城門もでかいな、って、お上りさんか俺は。
「そこのお前。ここで何をしている? 観光ならほかに行け」
城門を守っている兵が俺に目をつけて警告をしていた。声からして女性だな、やっぱり。
状勢云々は別としても、まあ、王城の門を守る兵ならこうでないとな。フレンドリーな門番なんて最悪だ。
「俺は王都から招待状を送られてきた鏡原師狼だ。わざわざリトリーニから呼んでおきながら帰れとは言わんだろ?」
「王城から? …………こ、これは女王陛下直々の招待状。略式ではなく、正式な署名まで」
へ? アスセナの奴は、そんな事なんて一度も言ってなかったぞ?
王都からの手紙って……、そこまでガチな手紙だったのか?
今回のこれっていつもみたいに報酬貰って、終わりって話じゃないの?
囲い込みとかその手の話は別として……。
「本当にすごいな、多忙な女王陛下との謁見の日時の指定もなしか……。お前、いえ、貴殿はいったい何をされたのでしょうか?」
「リトリーニの北にある砦で、侵攻してきた魔王軍を二回ほど殲滅しただけだ。別に大した事はしてない」
あの宝石型の魔物がいた上に訳の分からなかった一回目はともかく、二回目の時は本当に雑魚討伐だったからな。
「あの話は本当だったのか」
「何かの間違いだったと思ったが、本当に魔王軍を撃退するとは……。失礼しました!! すぐにお取次ぎいたします」
冒険者カードすら確認しなかったな。
まあ、王族からの手紙なんて偽造したら重罪だろうし、下手すりゃ死刑だってありうる。
わざわざ門番相手にそこまで傾く奴はいないのだろう。
◇◇◇
三十分ほど待たされ、ようやく誰かが門から出てきた。
「ようこそ御出で下さいました、鏡原師狼様。私はこのアース・グレイブ皇国で将軍を務めていますシルヴィアと申します」
「冒険者の鏡原師狼です。この度は招待いただきまして……」
「無理に敬語でなくてもいいのですよ。貴方は魔王軍を二度も撃退した英雄なのですから」
……英雄?
王都の上の方だとそんな話に膨れ上がってるのか?
この世界の人間にあれを退治できないのは分かってるけど、王都の様子を見る限りは魔王軍の気配すら感じない。
まるで何も知らないかのように……。って、まさか国民には本当に何も知らせてないのか? 魔王軍の存在やこの国の現状を?
五十年も戦ってるのに?
「女王陛下への謁見が許可されています。ではこちらに……」
「わかった」
ま、あってみればわかるだろう。
いったい何が狙いなのかがな……。
読んでいただきましてありがとうございます。