王都からの書状
王都シャイン・グレイから手紙が届いた話です。
楽しんでいただければ幸いです。
魔王軍撃破から三日後の朝、俺が拠点にしている宿屋に冒険者ギルドの責任者であるアスセナがわざわざ出向いてきた。
「毎度ありがとうございます。ご利用時間は二時間ですね。こちらは当店からのサービスになります」
内密の話をする為の小部屋をまたしても借りることとなった為に、この宿屋の店員が喜んで俺たちを案内してくれたうえに頼んでもいないのにツマミとワインの入った瓶を二本ほど置いて行った。
まあ、この部屋の代金から考えれば確かに安いとは思うが。
「この手紙なんだが……」
「王都シャイン・グレイからか……、今回の魔王軍撃破の報酬を出したいだと? しかもそれをここに送るのではなく王都で直接って……」
まあいつかはこういう話が来るとは思っていたが、やっぱりこの手の話が回ってきた。
二度も魔王軍を撃退したとなれば、偶然とは思わないだろうしな。
味方としてどう利用できるのかや、今後敵対する可能性なんかを調べておきたいんだろう。
「鏡原はこの街で冒険者登録をしているので王都から冒険者ギルドの方に話が回ってきたが、領主宛にすると奴に借りを作ったりといろいろあるからな……。割と広い領土と大きな街を任せている領主に借りを作ってこれ以上権限を与えたくないんだろう」
どうやら領主あてではなく、アスセナ宛で親書を届けてきたらしい。
俺を冒険者だからと思ってアスセナに親書を届けたのか、領主に宛てると何かまずいことがあるのかはわからない。
「王都シャイン・グレイは俺がこれから向かう魔王領と逆方向だぞ?」
「その話も伝わっているみたいで、魔王領に行く前に顔を出してほしいそうだ。王都の連中は魔王領に乗り込まれる前に鏡原を囲い込むつもりなんだろうな。鏡原の力はこの街に放置するにはあまりに強大すぎる。それに、一度も王都で調べもせずに魔王を討伐されるといろいろ問題が出るんだろうしな」
「俺を囲い込むとか、どちらにしろ魔王討伐に行くのに無駄な事を考える。元の世界に帰る為には魔王を倒さないといけないからな」
この世界に永住してもいいが、それは妹をここに連れてこれる場合の話だ。
元の世界に守らなければならない者がある以上、俺がこの世界にとどまる理由はない。
まあ、確かにどこの誰とも知らない余所者が五十年戦い続けている相手の大将の首をとったら、奴らの立場がないのは分かる。
「そっか、魔王を倒すと、師狼は元の世界に帰っちゃうのよね……」
「兄様は帰ってしまうのですか?」
シルキーとミルフィーネの視線がいたい。
ミルフィーネの視線は魔道具ではっきりとは見えないが、今どんな顔をしているのかくらいは想像できる。
「最初からそう言う話だからな。魔王を倒して終わりなら、そこで終わる筈なんだけど」
この世界の問題が魔王を倒して終わりならそうなのだろう。
見習エロ女神のシルキーは世界を救え、魔王を倒せとか言っていたが、ロックリザードやロックゴーレムなんかの魔物が自然発生する以上、そこも何とかしないといけない気はするんだよな。
最低でもそのあたりを何とかする必要がある気はするが、それはこの世界の人が解決すべき問題である気もする。
おんぶにだっこの子供じゃあるまいし。
◇◇◇
「魔王の脅威さえ去れば、この世界は魔王出現前に戻ると思うぞ。まあ、ほかの国は滅んでいるので、しばらくはやりたい放題だろう。領土拡大にこれほどのチャンスなど金輪際ないからな」
「やり方さえ間違っていなければ単一国家でも問題ないさ。エルフや半獣人達なんかとの関係とかも気になるが」
アスセナにはその先が少しだけ見えているようだな。
魔王という脅威が去った後、自由と力を取り戻した人類がどういう手段に出るのか……、まあ、簡単に想像できるだろう。
亜人種をそのまま放置するか、それとも排除するかは今後の大きな分岐点になる。
「それで、この話を受けるのか?」
「俺が断ればこの街の冒険者ギルドの立場が悪くなるのだろう? 少し時間をロスするが、王都の様子を見ておくのも悪くない」
そこが楽園なのか、それとも地獄なのか。
街を少し歩けばある程度は分かるしな。
「兄様、わたしも王都についてゆくのです!! 兄様を一人で王都になんて行かせられないのです」
「ミ……ミルフィーネ。ううっ、私は王都に行くなら教会に許可をとる必要が……。近くの町や村に祈りを捧げに行くなら、仕事の一環で問題ないんだけどなぁ……」
アーク教の巫女であるシルキーは、流石にこういうときは自由に行動できないみたいだ。
まあ、ある程度権限があるなら、仕方がないんだろうけど。
「アーク教の巫女のシルキーはともかく、王都はエルフを割と嫌っているから確実に王城には入れないぞ。エルフに寛容で大規模な街などこのリトリーニ位だ」
「え? そうなのか?」
「吸精淫魔がエルフと契約。その結果肉体を持った吸精淫魔の集団が森などを占拠する事が度々あるのでな。そうなると魔族ですら手出しできない魔の森が出来上がる」
「それはファシナァティオのエルフなのです。あの森のエルフはわたしたちとはほとんど別種なのですよ」
「エルフにも種族というか、派閥みたいなものがあるのか?」
「はいなのです。エルフは森ごとに特徴があります、千里眼の梟や囁きの風が多く契約される勇壮な森や、癒しの精霊と契約するエルフの多い癒しの森などもあるのです。私の生まれ故郷の森は特に偏りはないのですが……」
国ごとというよりはエルフたちは森ごとで派閥が分かれているのか?
といっても、人間にとってみれば吸精淫魔や悪戯淫娘と契約していたらおんなじだろうしな。
「王都の南にエルフが支配する広大な森が存在するが、そこに入ったものはほぼ帰ってこないし、極稀に生還者がいるくらいだ。なおその森についた名は歓喜の魔界だそうだが、そこ以外にも似たよな森が各国に存在し、どこも立ち入り禁止となっている」
エルフ何やってるんだよ!!
そりゃ悪意を持って森乳エロフだとか言われるだろ。
他の国もよく放置してたな、ふつうそんな森なんか焼き払うぞ?
「悪戯淫娘と契約したエルフも下級吸精淫魔化する事が多くてな。この二種類の精霊と契約しているエルフは基本的に王都には立ち入り禁止だ。ミルフィーネが今身に着けているような魔道具も、王都では使用禁止にされているくらいだからな」
「それは厳しくないか?」
「数十年前になるが、吸精淫魔化したエルフ達が王都に忍び込んで姫の一人を誘拐した事件があってな。宝石像に変えられたその姫は今も王城のどこかに安置さているらしい。その時は街の少女も数十人攫われているが、その少女たちは殆どがまだ森から取り戻されていない」
うん、それは王都に立ち入り禁止になって仕方がない。
むしろそれで済ませてエルフの完全排除に乗り出していない時点で、この国は相当に甘い気はする。元の世界なら確実に排除対象だ。
「あと、魔族との混血でダークエルフという種族もいる。こいつらは精霊ではなく悪魔や魔族と契約して精霊魔法と悪魔呪術まで使えるかなりの強敵だ。このダークエルフは魔界にしか生息していないので、出会う機会はないがな」
「魔族より強そうだな……」
「ダークエルフはもう完全にエルフとは別種なのです。魂が闇に染まって、もうほかの種族と結ばれてもダークエルフ以外は生まれないといわれてるのです。エルフと人間の間にできた子供も精霊との契約ができませんが」
ハーフエルフはどうなんだろうな?
長寿の人間とみるべきか、精霊魔法の使えないエルフとみるべきなのか……。
「どちらにせよ、お前はここに残っていた方がいい。王都で吸精淫魔と契約したエルフが見つかればただではすまん。最悪、衛兵に取り押さえられて処刑なんて事態までありうるんだ。その場合に慈悲はない」
「そこまでなのか……。仕方ない俺だけで王都に向かおう」
「兄様……」
「なに、ちゃんと戻ってくるって。お土産に王都饅頭でも買ってきてやるよ」
「鏡原は王都に行ったことがあるのか? なぜ王都饅頭が名物だと知っている?」
「ホントにあるのかよ!! 王都饅頭!!」
この世界の料理ホントにおかしくないか?
なんで王都饅頭があるんだよ!!
ていうかこの街で一回も饅頭系の食べ物なんて見たことないんだけど、まさか、饅頭とか言う名前でまたおかしな食い物の可能性も……。
「さっきも言ったが饅頭は王都でしか売られていない名物でな。最上級の食材で作られた甘めの饅頭なのだが、材料の入手が困難な為に王都でしか販売されていない。ドレヴェス商会に注文すれば取り寄せも可能だが、これくらいの饅頭が六つ入った箱が金貨一枚だぞ?」
アスセナは人差し指と親指で輪を作っているが、その大きさの饅頭六個で金貨一枚? 一万円?
ぼったくりじゃね?
王都の物価が高いのか、それとも本当に高級なだけなのか。
「兄様。お土産、楽しみに待っていますね」
「わかった……、シルキーもそんな顔をしない。ちゃんと買ってきてやるから」
「べ……べつに、そこまで欲しくは……。嘘です、一度食べてみたかったの」
問題は何日で戻ってこれるかだな。
新しい剣が打ちあがるまでにあと十日。
割と余裕はある。……ン?
「王都饅頭を食べるのは久しぶりだな……」
王都饅頭。
アスセナの分も必要だったか……。
読んでいただきましてありがとうございます。