今日は何をするかな
平凡な朝のワンシーンです
楽しんでいただければあ幸いです
夢の世界で見習女神シルキーと再会した翌日。
いろんなことがありすぎて、半分思考が停止しかけている頭を無理やり叩き起こして一階の酒場へと向かった。
今日は何を食べるかな……。
「あ、兄様おはようございます。待ちきれなくて、もう、姉様と先に朝ご飯を食べているのです」
「師狼おはよう。今日は珍しく遅いのね」
今日は珍しくミルフィーネとアーク教の巫女のシルキーが先に食事をとっていた。
シルキーはいつもの卵サンドに季節のフルーツと山羊のミルクを追加している。グレイツール入りの季節の果物は単品だとそれほど高くないから毎日でも大丈夫なのか。この時期だけなんだろうし……。
ミルフィーネは今日もパンケーキだけど、こっちは材料がただの小麦を使っている安いほうのパンケーキだな。かかってるのもメイプルシロップ的なものだけだ。
「昨日は色々あったしな。すいません、カラカラ鳥の唐揚げ定食お願いします」
カラカラ鳥はこの辺りで飼われている鶏と雉の中間のような鳥で、肉は割とおいしいのだが卵に少し癖があるのが特徴だ。
現代の鶏に比べて卵の生産率は低いが、餌を工夫すれば肉の臭みや卵の癖はなくなるので、各地の村などでは結構大規模に飼われているそうだ。
「カラカラ鳥もおいしいよね。森とかで見かけるとうるさいだけなのに」
「エルフの森でも結構食べられていました。カラカラ鳥は数を減らさないと、森の草や木の実を荒らしまくるのです」
「まあ、だから飼育に向いてるんだろうな。めちゃめちゃ生まれるからあんなに肉が安いんだろうし」
売られているのはやっぱり雄で、卵を産まなくなった雌も割と売られている。
「は~い。カラカラ鳥の唐揚げ定食、おっまちぃ~!!」
「この料理もおいしそうだ……、ほんとこの世界の飯は美味いな」
これで銅貨二十五枚か。
元の世界換算二百五十円でこのボリューム、そしてこの味。魔王の一件がなくて、紗愛香もこっちに呼べるなら、この世界で暮らした方がいいくらいだ。こっちには真魔獣もいないしな……。
「兄様のお口、あそこにわたしの……」
ん? ミルフィーネの顔が少し赤い気がするが、熱でもあるのか?
「ミルフィーネ、どこか身体の具合が悪いのか?」
「え? ああ、に……兄様、大丈夫です。昨日の祝勝会でうっかりお酒が入ったケーキを食べてしまいましたので……」
顔をさらに真っ赤にして手をパタパタ振っている姿が可愛いな……。じゃなくて。
この世界の料理人の腕で、酒の量間違えたパウンドケーキでもあったのか? それとも意図的にアルコールをあまり飛ばさないケーキでも混ざってたのかな? 冒険者に未成年なんて殆どいないし、この世界だと子供でも平気で薄めたワインとか飲んでるから、元いた世界とはまた違うんだろうけど。
「調子がよくないなら、別に今日は休みでもいいんだぞ? 魔王領に向かおうとは思っているけど、もう少しいろいろ用意したいし」
祝勝会の前にドレヴェス商会に寄って、今使っている剣の予備を打って貰っているが、あの親父がどうも俺の活躍を聞いていたらしく、「俺の打った剣ですごい活躍だったってな!! 任せろ、世界最強の剣を打ってやる!!」と本気を出しているので、納品は二週間後になるという話だし。
とりあえずそれまでは魔法の練習をしつつ魔力を高めて、魔王との戦闘に備える。
今とりあえず敵らしい奴には出会っていないけど、魔王まで弱いとは限らないからなって……、また制御に手間取ったか。
「ねえ、師狼。それ何なの? その体から出てるキラキラした光なんだけど」
「兄様綺麗です。んっと、……その感じ、氣ですね。しかもかなり高出力の」
「ミルフィーネにはこれの正体がわかるのか? 確かにこれは氣なんだけど、昨日の夜辺りからこうなってな……」
見習女神のシルキーと別れてこっちの世界で一度目が覚めた時、気が付いたらこうなっていた。
意識して氣を制御すると身体から光の粒子は漏れないが、少しでも油断するとすぐにこうなる。これ、洞窟とか暗闇とか夜戦時に出たら殺してくださいって言ってるようなものだぞ?
昨日の戦闘でいろいろ能力値が上がったのは確実なんだけど、魔力以外は全部測定不能状態だから上がってても分からないんだよな……。ちなみに魔力も一気に千五百まで上がった。
「見えないですけど、兄様の身体を覆う氣を感じるのです。おそらく兄様の身体には強力なシールド魔法的な物が、常に展開しているのです」
「それも氣があがったからなのか?」
「それは分からないのです。でも、兄様の身体の変化は分かるのです」
なんだかミルフィーネの様子がおかしい。
シールドを張っているのがなんだか都合の悪いような、なんとなくそんな感じは受ける。
「それって何か悪いことがあるのかな?」
「兄様が戦闘で怪我をする可能性はほとんど無くなったと思って間違いないのです。それ自体はいい事なのですが……」
今までも防御力に自信はあったが、それがさらに強化されるのであれば防御面ではほぼ無敵だろう。
それでも真魔獣辺りにつかまれたら、無事に済まない可能性はある。
これからも油断は禁物だな。
「大丈夫、少し強くなったからといって、油断なんかしないさ。それを心配してくれたんだろ?」
「……そうなのです。油断は大敵なのです」
今の一瞬の間は何だ?
あの見習エロ女神もミルフィーネについていろいろ言ってたが、まあ、天然だとも言ってたし問題ないか?
◇◇◇
「強くなるために今日も魔法の練習かな? 応用や小回りの利く魔法のほうがいい気もするけど、今覚えてる魔法って大技が多いからな。あとはシルキーに教えてもらってる回復魔法系か」
魔法の練習自体は街から少し離れた場所で行うことが多い。流石に街の中で嵐系の魔法なんて使ったら、冒険者ギルドや衛兵から怒られるという話ではすまないからだけどね。
「もう師狼は攻撃魔法だけじゃなくて、私の回復系魔法も半分以上使えるよね? 私の存在意義って……」
「俺がいない時に周りの誰かが怪我をした時に、回復させる事ができる誰かがいれば安心できるだろ? それにまだシルキーのほうが回復魔法の腕は上だしな」
「今はね。すぐに追い越されると思うよ」
確かに回復魔法の腕は今はシルキーのほうが上だ。
ただ、このまま回復魔法の腕が上がっても、俺がシルキーよりうまく使えるとは思えないけどな。
「そんなことはないさ。なんとなくだけど、俺は回復魔法系がやや苦手っぽい。攻撃系の魔法はすぐ使えるようになるんだけどね」
「兄様は敵を倒す事を優先しすぎなのです。あれだけ攻撃特化すれば、普通は回復魔法を覚えるなんて一苦労の筈なのですが……」
「まあ、もともといた世界だと、戦いで怪我する時はたいてい死んでるからな。攻撃か防御特化にでもしないとまともに生きていけない」
「ホントに過酷な世界なんだね……」
「この世界も割と過酷だけどな。ここまで人類が押されてる状況ってのは、相当なもんだぞ」
この国以外はほとんど滅んでるみたいだし、そこにいた人間は全員殺されたんだろうしな。
かなり強力な魔法が使える人間も多いだろうに、あの程度の魔王軍になんでここまで押されてるのかは理解できないけど……。
「魔王が出現する前から、魔物はこの世界に存在していたからね。聞いた話だと、少しずつ魔物の数が増えてきておかしいなって思ってたら、最初は小さな村から襲われ始めて、いつの間にか国中が魔物に占拠されていたって聞いてるよ。最初にあった時に割と詳しく説明したよね?」
「ん? あの時の話だと魔王軍の侵攻があって滅びたんじゃないのか? 緑色の結晶で魔界化して魔物の住みかと化したのは、その後じゃなかったのか?」
「最終的にはそうなったみたい。私も生まれる前の事が多いからよくわからないんだけど、魔物の群れを束ねる将軍とかがいつの間にかその国に入り込んでて、魔物の群れを統率して軍としてまとめ上げたって話だったかな? 結晶が生えてきたのはその後って聞いてるよ」
「ああ、何かそれっぽい奴がいたな。あいつがその結晶を生やす能力があるのか。それともそれ専用の魔族かなにかがいるのかはわからないな」
いきなり戦場で踏ん反り返って名乗りあげようとしてた奴か?
なにあれ? この世界だと戦場であんな真似しても無事なの? 戦士級真魔獣位強けりゃ、そりゃ反撃とか奇襲とかも気にしないであんな真似できるだろうけど。
「あの緑色の結晶を生み出せるのは魔王と四天王とか言われてる魔王の腹心だけだって。本当にいるのかわからないし、その腹心の名前さえ聞いた事ないけどね」
「エルフでもそのあたりの情報はあまり聞いていないのです。ほかの国にいたエルフたちも、ほとんど殺されてしまいましたし……」
本当に魔族や魔物以外を殺してるんだな。
世界の救済って話以上に魔王討伐の正当性なんかが気になってたけど、これだけ散々やらかしてるんだ、魔王側に容赦する必要はない訳か。
たとえ何か理由があって魔王側に正義があったにしても、もう関係ないな。
「魔王領に攻め込む前に、もう少し魔力を上げておこう。今なら以前やってた事も色々強化できそうだしな」
増幅フィールドの数も今ならかなり出せそうな気がするし、以前は使えなかった技も使えるだろう。
その点は本当にこの世界に来てよかったんだが。
「冒険者ギルドで何か討伐任務でも受けるの?」
「ランクA以外の討伐任務はお断りされてるからな……。他の冒険者の生活もあるし、仕方がないだろうけど」
昨日、魔王軍を単独撃破したことで得た報酬は領主と冒険者ギルド分を足すと金貨十万枚。
いつものように殆どは宝石で渡されたが、今までの分も合わせるとかなりの額が使われずに道具袋に収められている。
そのために危険な討伐任務などしなくてもいいので、冒険者ギルドからは何か困った依頼が舞い込んできた時には依頼しますのでと、通常の討伐依頼などの受注は控えるように言われていた。
要するにランクAクラスの魔物が出た時と、魔王軍が攻めてきたときの為に待機してろという事だ。
「あれだけ稼げば仕方がないのです。何もしていないのに金貨を千枚も頂いたのは困りましたが」
「私もね。あれ以上受け取らないって言ったのは私だけど、それでもしばらくは大丈夫だし」
巻き沿いで依頼を受けられなくなったミルフィーネとシルキーにもある程度金貨を渡そうとしたのだが、何故か金貨千枚までしか受取ろうとしなかった。
シルキーそのうちの半分をアーク教に収めた為、何か知らないが以前の分と合わせて功績が認められて地位が一つ上がったらしい。
あまり権限は増えていないが、地方に行けば協会をひとつ任せて貰えるうえに、王都に行ってもそれなりに優遇されるという話だ。
「とりあえず今日は魔法なんかの練習だな。明日以降はまた考えよう」
予備の武器と食糧や薬類が揃い次第魔王領に向かおう。
いろいろ問題がある気はするが、まあ、何とかなるだろう。
読んでいただきましてありがとうございます。