救って欲しかったのは
宴会と見習女神シルキーの話です。
楽しんでいただければ幸いです。
「魔王軍撃破を祝って……かんぱ~い!!」
「「「「「カンパ――――イ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」
冒険者ギルドの近場で一番大きな酒場を貸し切っての祝勝会。
立食会形式ではあるが部屋の隅の一角に休憩用に椅子などが用意してあり、飲み疲れた者や一休みしたい者のためのスペースも用意してある。
各テーブルには様々な料理が用意され、飲み物などは周りにいる店員かカウンターに直接注文と形になっていた。
料理が不足すればこの店は当然として周りの店も協力しているらしく、食べたい料理がある場合は言えば届けてくれるそうだ。俺はほとんどこの世界の料理を知らないのでここにあるものを食べようと思うが。
「どの料理もレベルが高いな。本当にこの世界は食べるものが美味しい」
「近くの店からも取り寄せができるんですよ~。でも、アイスとかはあまり夜遅くなると届けてくれないから早めに頼んだほうがいいかな」
話しかけてきたのは半獣人の少女でクレアとか言ったかな? 左右に伸びた大きな犬のような耳をピコピコさせているので機嫌はいいんだろう。
獣人の耳の位置は犬や猫みたいに頭頂部についているのかと思ったが、人より少し上程度の位置についているものも多い。
エルフの耳の獣版と思えばいいのかもしれないが。
「甘いのは譲るよ。とりあえず見たことがない料理から食べてみたい」
「そっか~。もし半獣人の仲間が欲しくなったらいつでも声をかけてね。偵察任務とかはこれでも少しは自信があるんだから♪」
クレアが耳をピコピコさせながら軽く手を振って……、って、よく見たら尻尾もぶんぶん振っているな。そのまま人ごみの中へと消えていった。
骸骨剣士の情報を仕入れてきたのはクレアのいるパーティらしいが、とはいえ、さすがに魔王討伐にはこれ以上連れていけないけど。
それにしてもいろんな料理があるな。
近くに川があるとか言っていたが、確かに川魚を使った料理も何点か存在していた。
ただ、その大きさが二メートル以上あってマグロ並みというのはちょっと予想外だが、このあたりの川にはこんなにでかい魚がいるのか?
「にゃににゃに? キミもおさかなすきにゃの?」
今度は猫型の半獣人が話しかけてきたが、確かこの子の名はセシールとか言った気がする。
大きな皿に魚を切り取って食べているが、結構ワイルドな取り方をしてるな。
「このおさかなはね、このむなびれと尻尾のあたりが美味しいんだよ♪ あぶらっこいのが好きな人はおなかの方の肉もいいんだけどね」
脂っこいというか、その腹まわりの肉って脂の塊じゃないか?
というか、この魚人気がないのかほとんど誰も食べてないんだけどって、なるほど、これを独占するために、ほかの人が近づいたらこいつがフ――――ッって威嚇してるのか?
ほんとに猫っぽいな。
「キミにならこのむなびれまわりのお肉、あげてもいいにゃ。今日の功労者だからね♪」
「……一切れだけもらおうかな?」
怖い、その目がすっごく怖い。
あの腹まわりの肉より脂ぎっててギラギラしてるよ。完全にロックオンしてるだろ?
「よかったらこの後、ちょっと外を散歩でも……」
「ごめんな。ほかの料理も食べて来たいんだ。じゃあな!!」
散歩なんて行ったらどうなるか、流石に俺でも気が付くぞ。
こっちは元の世界よりさらに女性が積極的だと思ってるけど、ほんとに油断も隙もないな。
「このソーセージ系もおいしいな。ホットドックにしてもらったら、もっといいかもしれない。こっちの揚げ春巻きっぽい料理はそのままでもいけそうだし」
美味けりゃ料理名を聞いて、あとで買うって手もあるからな。
香辛料の効いた辛めの肉串とかソーセージ系は特に重要だ、移動中に食べやすい料理は今進めている準備に大いに役に立つ。
俺だけなら同じ飯でもそこまで飽きは来ないけど、やっぱりテンション保つにはある程度バリエーションが必要だし。
「兄様、兄様っ!! ケーキがこんなにたくさんあるのです」
小皿に何種類かのケーキを乗せたミルフィーネがとてとてと歩いてきた。転ぶかなと思ったがそんなそぶりも見せない、そういえば技量がかなり高かったからバランス感覚も相当なものなんだろうな。
今のミルフィーネはとんがり帽子をかぶる代わりに、今は特殊なイヤリングとチョーカー型の魔道具を身に着けている。
視界阻害と認識阻害の魔道具で、注文していたこれがようやく届いたので遠慮なく素顔で行動できる。
この魔道具はエルフや半獣人で外見などを気にする人が良く身につけているのだが、ミルフィーネの力は少し強力なので売れ筋の商品のもう数ランク上の物を頼んだら入荷に一週間ほどかかった。
俺が見た場合でも顔の部分がぼけて見えるのがよろしくないが、ミルフィーネの安全のためにはこうしておいたほうがいいだろう。
「確かにケーキ類もおいしそうだ。冒険者の八割がた女性という事もあるが、デザートコーナーが異様なほど充実してるな。フルーツも多いし……」
「ハイです。高級グレイツールがあんなに用意してあるなんて初めてなのです」
フルーツコーナーでミルク片手にグレイツールを鬼気迫る顔で口にする女性の一団に、見知った顔……、シルキーが混ざっていた。
普段注文する季節のフルーツなどに入っているものと違って、この場に用意されている高級グレイツールは程よく甘くて美味しいらしく、何粒か食べた後にミルクで喉を潤しているようだ。
あの胸が大きくなるって話は、ガセじゃないのか? シルキーはそこまで絶壁じゃないが、みんな胸が結構なだらかだし……。
「胸の大きな者はわざわざあんなものを食べたりしないよ。そこの嬢ちゃんもそうだろ?」
スイカでもぶら下げてるのかと思ったほど胸のでかい冒険者が、ミルフィーネを見ながらそんなことを呟いた。
そりゃあんたにゃグレイツールなんて必要ないだろうけどね。
「そうですね、大きな胸なんて邪魔なだけなのです。でも、兄様が喜んでくれるのでしたら、わたしも嬉しいのです♪」
「二人とも、あっちのお姉さん達に睨まれるから、それ位にしておこうな」
ミルフィーネや女冒険者の発言を耳にした、フルーツコーナーに陣取っている女性冒険者の目が怖いこと……。
胸から漂う殺意が見えてきそうだ。
この後も何度かナンパまがいのお誘いを受けながら、無事に祝勝会は終了した。
俺は途中で帰らせて貰ったが、実は朝まで祝勝会が続いていたらしく、周りの酒場の殆どは普段は朝からやっている店を午後五時まで閉店、夜の十時ごろに料理の提供を打ち切った店だけが昼前から店を始めるそうだ。
◇◇◇
魔王軍を討伐した日の夜。
再びというか三度目というか、俺はまたあの夢の世界に呼び出されていた。夢といっても悪夢の方だろうがな。
大体これって、回数制限があるんじゃなかったのか? あの見習エロ女神。
呼び出した理由がリトリーニでエロ本の代理購入とかだったら断ってやる。
「誰が見習エロ女神ですか!! 流石にあなたなんかにエロ本の代理購入なんて頼みません!! ン…、何度も呼び出して申し訳ありません。あと、呼び出し回数に制限があるのは、あなたが私を呼び出した時に限っての話です。本来は世界に送り込んだ者によって救済が困難になったときの為の非常手段なので」
急に口調を戻して威厳を出しても無駄だっての。
「困った時のヘルプ機能みたいなもんだろ? お前に相談してどうこうなる状況ってのも怖い気がするが」
それ、もう詰んでるだろ?
いい知恵を授けてもらえるとは思えないしな。
「詰んでません!! 私がその状況に応じた解決策を考え、その英知を授ける事で世界を滅びから救うことが……。まあいいです、あっちの私と仲良くしてくれているようで何より。もう彼女が私が人間だった頃の存在であることは気が付いていますよね?」
「最初に見た時にな。まあ、どうやらあの世界のお前は死なずに済んだみたいでよかった」
「その事について感謝はしています。正直、あなたの言う通りの足手纏いかもしれませんが、仲良くしていただけると助かります」
あっちのシルキーはこいつと違って素直だしな。
「見習い女神になるといろいろあるのよ。あ、あっちのわたしに手を出してもいいけど、ちゃんと合意の下でやってね」
「手なんて出すわけないだろ。魔王討伐をしたら元の世界に帰るのに、そんな無責任な事はしないよ」
「そう。それはそれで酷いと思うんだけどな……。あ、もしかしてやっぱりロリコンなの? やっぱりあのロリ巨乳なミルフィーネって子のほうがいいのね!! 兄ロリ物のいいエロ本もあるんだけど……」
「いらんわ!!」
やっぱりこいつ見習エロ女神だ!!
まあ、ミルフィーネについては胸の威力が圧倒的だが、流石にあの子に手を出すのはちょっとな……。
幼いし、純粋無垢そうだし、ちょっと心が痛むから流石に手を出せるわけがない。出会うのがもう少し後だったらヤバかった。
「…………あの子、純粋無垢って訳じゃないわよ? 貴方に懐いてるのも嘘じゃないし、あの性格は天然だけど……」
「女神さまが告げ口とか悪口ってのは感心しないな。で、エロ本の代理購入じゃなければ用事は何だ?」
「いったい私を何だと……。まずはお礼です。あの魔王軍を撃破してくれてありがとうございます。この一件であの世界が滅びる可能性がかなり低下しました」
やっぱりあれで世界が滅んでたのか?
つまり、あの程度の兵力であの世界は滅んじまって話なのか? まあ、あの後に援軍が来るのかもしれないし、ほかにも隠し玉がいるのかもしれないけど……。
蟹足の城とか、いろいろ気にはなるが、危険度が下がったのであればゆっくり探し出して滅ぼせばいいな。
それにしても。
「もう少し早い時期に送り込んでくれてたら、楽に世界を救えたんだけどな」
「それは、わたしにもいろいろあるのです。仕方がないんですよ」
この際だ、聞くことは全部聞いといてやろう。
「仕方がない? 大体俺が送り込まれた状況はなんだ? 俺以外の奴ならほとんど死んでるぞ? 最初に苦労するけど~っていったのはあの状況でしか、俺を送り込め無いからだろう?」
「…………なぜそう思ったの? 確かにあれは……。あの後どうなるか知ってる身としては、もうあそこに送り込むしかなかったというか、あの状況でほかの村や王都に送り込んでも、もういろいろ救えないというか……。完全に手遅れだから」
予想通りだな。
こいつに時間が巻き戻せるなら、滅亡したとしてもあとで好きに巻き戻せばいいだけなんだから。
「お前の管理する世界。おそらくお前は自分の力では時間経過の速度の調整は出来ても、任意に時間を巻き戻す事は出来ないんだろ? この考えに至った理由は俺が送り込まれた状況と、この世界でのお前と同じ姿の巫女に出会ったからだ。まあ、あれはやっぱり生前のお前だったみたいだが。今もポロっと手遅れだとかこぼしていたが、本来の運命では最初の襲撃で砦が壊滅。おそらく遅くても今回の侵攻で、この世界にいたもう一人のお前も魔物に殺されていたんだろ? もし時間が巻き戻せるなら、もっとましな状況に俺を送り込んでるだろうからな」
こいつの表情がどんどん曇ってゆく。
「貴方、神様が変装した姿……じゃないわよね?」
「只の人間だ」
まさかこの世界に送り込んでこんな短時間で此処まで理解するとは思ってもいなかったんだろう。
ん、まてよ?
「こっちの世界。この空間の事だが、俺を送り込んでどれだけの時間が経過しているんだ? もし俺が元いた世界と同じ流れならほとんど時間の経過はないはずだ」
「あなたが今いる世界と同じだけよ。私の今の権限と力だと、世界を救うために一度に送り込める人間は一人だけ。それはほかの世界も含めてで、それ以外の世界で時間の流れを制御できるのは今の私には七つまでなの。あなたの元いた世界の時間をほとんど止めているのは、制御しているうちの一つなの」
ん? つまりこいつはすべての世界の時間を自在に操れる訳じゃないのか?
一時間で一年。
一日でも目を離せばなければ俺という存在に気が付くこともなかったんじゃないのか?
よく見つけられたな。
「そこは不正解かな? 今あなたを送り込んでいる世界の時間経過速度もあげているの。そうしないと、元の世界のあなたの時間を大幅に奪ってしまうから……」
なるほど、通常速度がどのくらいかはわからないが、今は俺の元いた世界と他の救わなければならない世界の時間の進みをほとんど止めて世界が滅ぶのを回避していたのか。
それなのに、元いた自分の世界が滅亡寸前になるまで手出しができなかったって訳?
あの世界で自分が殺される姿を予測しながら……。
「おそらくだが、お前は神とやらからこの世界の救済も試練として命令されていたはずだ。しかし、持っていたアイテム類を他の女神見習いに言いくるめられて巻き上げられ、途方に暮れていた。違うか?」
「アイテム類はね、取られた訳じゃないの。私が持っていた武器はあの銅の剣みたいに普通の武器が多かったんだけど、逆にその力を封印されていなかったから、誰にでもすぐ渡す事が出来たしいきなり使う事が出来たの。他の女神見習いの持ってた武器は全部強力だったけどその力は封印されていたし、召喚した勇者に渡す武器が無いからとりあえず何か強い武器と交換してくれないって言われてね」
「言い包められてるだけだ!! 多分あの武器がその女神見習いの試練のひとつだったんだろう? で、封印の解き方は聞いてないのか?」
「世界をひとつ救ったら、どれか一つだけ封印を解けるの。だから……」
他に見習女神はどのくらいいるんだ?
一人が百ずつ世界を管理しているとして、世界なんて相当な数がある気はするんだけどな。
「私の知り合いの見習女神は三人かな。最初に神様から貰えるものはある程度選べるんだけど。他の子たちは神様にすっごい威力を秘めた聖剣とかを求めたの。そうしたらあんな状態で……ね」
神様ってやつも相当意地が悪いな。
そいつらも自力で世界を救える勇者が見つかるまで、世界が滅びるのをただ見ているしかなかった訳か……。
しかもそのうちの一つはおそらくそいつらが元いた世界なんだろう。
そしてそいつらはこともあろうに人のいいシルキーを丸め込んで、銅の剣よりはましな武器を根こそぎ持ち出して自分の世界救済に回した訳か。
「それで最初に俺を選んだって事か。あんな封印した武器以上に役に立つしな」
「選んだのは本当だけど、それも偶然なの。ううん、奇跡といってもいい。最初の人を選ぶのに手間取ってた私は他の見習女神との交渉で武器を失い、自分の元いた世界が滅びるのを見守る事しか出来なかった。あの世界の時間の流れを出来る限り遅くしたんだけど……。魔王軍の侵攻が本格的に始まって、ああ、あの時の状況はこうだったんだって理解したら、怖くなって……」
「それでつらい現実に全部蓋をして目をそらして、エロ本と妄想の世界に逃げ込んだって訳か?」
「もう限界だったの。もうあの世界は救えないって思ったし、どっちにしろ私はこの試練に失敗して女神になれない。だったら、全部諦めて昔から興味があったHな本でも読みながら時間を潰そうと思ったの。それで、たまたま同じように時間の経過を調整していた、最初に滅亡しそうな世界を見たら……」
「俺がいたって訳か」
しかもちょうど桜花魔法学校に転校したばかりの俺を見つけたのは幸運だったんだろうが……。
あの時期より早くても、遅くても、俺は役に立たなかったかもしれないからな。
「最初は自分の目を疑ったよ。こんな事があったらなってずっと考えてたから、都合のいい幻でも見てるのかと思った。でも、あなたは幻でも妄想の産物でもなかったの。これは情けない私に神様がくれた最後のチャンスだと思った。最初に私が元いた世界に送り込んだのは、あと数ヶ月。ううん、半月後には砦を失ったあの街が魔族に襲われて、街の人だけじゃなくて私も魔族に殺されるのが分かってたし、その後すぐに世界も滅びちゃうって気が付いてたから。だから……、ごめんなさい」
あのアーク教の巫女のシルキーと同じ顔になって、泣いていた。
見習女神とはいっても、こいつはまだ人間らしさが残ったままなんだろうな。
真魔獣との戦いで生き死にに慣れてドライになりまくってる俺に比べれば、よほどに人間だ。
「泣くなよ。ほら、いい物をやろう。卵サンドとシャケの唐揚げだ。なつかしいだろ?」
魔王の城に向かう前にと、以前から少しずつ道具袋の中に食料を補完し始めている。
シルキーの為に卵サンドやシャケの唐揚げも保管してあったのでそれぞれをひとつずつ取り出して、殺風景な部屋にある数少ない家具であるテーブルの上に置いてやった。
見習女神のシルキーはそれにゆっくりと震える手を伸ばして、いつもと同じように食べ始める。
じっくりと味わうように、ゆっくりと。
俺はシルキーが卵サンドとシャケを食べ終わるのを待った。
「…………おいしい、あの日。私が殺された日。私は半月ぶりに大好きだったこの卵サンドを注文したの。砦が落ちた後、流石に街の補給も思い通りにいかなくなって物価が高騰してね、限りある食料は買い漁られた結果、僅か数日で銀貨一枚で味気ない塩味の付いた硬いナガパンがひとつしか買えなくなったの。街道を守っていた冒険者たちもほとんど全滅して、街のすぐ傍まで魔王の軍勢が迫ったから、もう最後だと思って残されたお金を全部使って好きだったこれを注文したんだよ。でも、食べられなかったの。注文したすぐ後に街を囲ってた石壁が破壊されて」
食べることもできずに、殺されちまったのか。
おそらく、あの時期街にきていた、ミルフィーネも……。
「王都から援軍や物資は送られてこなかったのか? そういえばあのロックリザードがいたな」
「あのロックリザードは私の時も出現してた。逆に王都へ逃げ込んだリトリーニの領主とか豪商たちは貴重な物資を馬車に積み込んで、ロックリザード対策で大量の牛肉や馬肉を積み込んでいたわ」
「ロックリザードがそれを食っているうちに避難したのか。行商人もその手を使えば……」
「そんなことしてたら交易の利益なんてほとんど出ないよ? だから国や商人ギルドにお願いして討伐報酬を用意してもらったんだから。私の時にはもう冒険者なんてほとんど残っていなかったから、最後まで討伐されなかったけど」
それでリトリーニやその周辺の村なんかが食糧難になってたら……、ああ、あの魔王軍の侵攻でさえ援軍もよこさないような奴らだしな……。
リトリーニの住人も一緒に王都に逃げ込めばいいだろうに。冒険者だって……。
「王都の収容能力だって無限じゃないの。街に住んでるみんなを見捨てて逃げられる訳ないよ。冒険ギルドのアスセナさんも、最後までこの街に残って戦いの指揮を執ってた。結局この街から逃げたのは領主と莫大な財産を持つ僅かなお金持ちだけ。それも、財貨だけじゃなくて、ロックリザード対策に残された限りある食料とかまで大量に持ち去って……」
「あの領主……。まあよくいる脂ぎった権力者だと思っていたが、割と最低な奴だったか」
「……あの領主も家族や親しい人だけでも助けたかっただけなの。貴方だって、あの世界でミルフィーネとか私だけしか助けられない状況なら、そうするでしょ?」
痛いところを。
確かに、そこまで絶望的な状況なら、もう逃げるしか手がないなら、恥も外聞も捨ててミルフィーネ達だけを連れて逃げるかも知れない。
もしくは、あれの封印が解けるのを願うか……。
「とりあえず今のところ聞きたい事は聞けたからいいか。それと、これは俺からの土産だ、ほかの世界を救うやつを呼び寄せた時、あの銅の剣じゃ役に立たないだろうからな」
俺は道具袋からサービスでもらった剣を含めた幾つもの武具を取り出した。
小型軽量の武器が多いが、素人でも扱いやすい武器だけを集めてある。
あとは体型に関係なく装備できそうな小型の盾類だけどな。
それに傷薬やいろいろな病気に効くポーション系など。
割と稼いだので緊急用に色々入手したが、おそらくそこまで必要じゃないだろう。
「これ……、いいの?」
「あっちのシルキーとおんなじ反応だな。銅の剣も悪くないが、これならもう少し役に立つ。もう巻き上げられるなよ」
見習女神のシルキーはそれをすべて、彼女の道具袋に収めた。
これで次に呼び出された奴は少しは楽になるだろう……。ってまてよ?
「この道具袋がないと、次の奴に渡すことは無理なのか?」
「えっとね。世界をひとつ救うと、神様的な存在から色々もらえるんだけど、その道具袋もそのうちの一つなの。貴方があの世界を救ってくれたら、追加でまた二つ貰えるから大丈夫だよ?」
「よかった。これは便利だから、持ち帰れると嬉しいからな。返さなくていいんだったらこのまま貰いたい」
「大丈夫だよ。貴方にはいっぱい貰ってるし、これで次の世界を救うときも、楽になると思うんだ」
他の奴にあんな苦労させたくないからな。
できれば、最初に送り込まれる時にほどほどの装備をやってほしい。
「お礼だけで呼び出したのなら、これで話は終わりかな? さんざん見習エロ女神扱いして悪かったな。見習エロ女神」
「もう、謝ったそばから見習エロ女神って言ってるし!! Hな事に興味があったのは本当だよ。修行中に少し拍車がかかって、あんなにHな本を集めちゃったけど」
「集めすぎだ!! まあいい。今回の件で魔王軍の程度が知れた。高を括っている訳じゃないが、あの世界は俺が救ってやる」
「ごめんなさいね……」
「らしくないな。あっちのシルキーは、もう少し素直だぞ」
無理して笑顔を見せている見習女神のシルキーは白い靄の中へ消えていった。
そうか。
あいつが俺に救って欲しかったのは、自分がいた世界だけじゃない。
他ならぬ、あいつ自身だったって訳か……。
読んでいただきましてありがとうございます。