魔法を覚えよう 三話
魔法を覚える話の続きになります。
楽しんで頂ければ幸いです。
案内された部屋の中。
そこは本当に役所か何かの受付の様に殺風景だった。
シルキーもさっき滅多にいないとか言っていたが、この魔法教習所には本当に人が来ないのか、いかにも暇を持て余している体の女性が楽しそうなおしゃべりに興じている。
こんな所に二人も人員を配置する必要なんてないだろうに……。
「あの、魔法の習得に来たんですが」
「はい、こちらで受けをしております。あ、アーク教の巫女様ですか? ですと、あまり強力な攻撃魔法はお勧めできませんが……。いえ、別に魔法ギルドの上層部とアーク教との仲がそこまで悪いという訳では……」
アーク教と魔法使いギルドの仲悪いのかよ。
あれか? 利権争い。
アーク教の人間が強力な攻撃系の魔法なんて憶えたら、魔法使いギルドの立場って確かに無いよな?
回復系の魔法はアーク教の方が有利なんだろうし。
「いや。魔法を覚えたいのは俺なんだ。出来れば拘束系を……」
「貴方ですか? 冷やかしじゃなくて?」
すっごいジト目で見られた。
え? 男が魔法とか冗談でしょ? って声が聞こえてきそうだ……、って、隣の奴は小声で確実にそう言ってるし。
「発動しなくても問題無ければお教えできますよ? 少々値が張りますが」
「え? 教えて貰えるの? 拘束系を?」
「使えない魔法でしたら問題ありませんので」
ラッキー?
これ、このまま黙ってれば教えて貰える流れ?
確かにこの世界の男冒険者の魔力を考えれば悪用される可能性は軽微、それどころか高確率で発動すらしないんだろう。
発動しなければ、教えていないのと同じ。むしろ金を毟り取れるだけ此処の利益になると考えられてもおかしくは無い。
「申し込まれる場合は確認の為に冒険者カードの提示をお願いします」
「冒険者カード……」
笑顔で差し出された綺麗な手。
いいから早く見せろと言われてる気がする。
これ見せたら俺の能力がばれるよな……。
でも見せない訳にはいかないし、見せたら絶対拘束系なんて教えて貰えない気がする。
「コレデス……」
「確認しますね……!! なんですかこのカードってもしかして壊れてる? 数値が測定不能ばかりじゃない!! これってよくできた偽造カードじゃないですよね? 魔力だけ二百って表示があるから本物っぽいけど……。あ、わかった、あなた男装した女性ね!! たまにいるのよ~、あなたみたいな人。女性だと信用が無いと教えて貰えないからって、拘束系の魔法覚える為に男装する人が!!」
「いたいた!! あの子でしょ? やたら大きい胸してたから隠しきれてなかったし、どうやっても男装なんて無理だっての!! しかもあの時値上げ後だったから料金表見てすぐ帰っちゃったし」
一気に捲くし立てた後で自己完結して大笑いする受付の女性たち。
男装してまで拘束系の魔法を覚えたい人間もいるんだな……。
その情熱を魔物退治に向けろよ!!
「冒険者カードに性別も書いてありますよ」
「そうだったわね、ってこの人、本当に男性だ……。魔力が三ケタある男性なんて、魔法使いギルドが出来て以来初なんじゃないの? ここに通って魔法を極めてみない? 紹介状書くわよ?」
大勢の女性が通う学校にごく少数の男子生徒なんて状況は、元の世界でほぼ同じ状況なのでお断りしたい。
しかも元の世界だと数名は男がいたけど、この場合確実に男は俺一人だよな? 肩身が狭すぎる。
この世界には魔王討伐の為に来ただけだし必要な魔法だけ教えて貰えばいい、わざわざ学校……もとい、魔法使いギルドに通う必要はないだろ。
「通う時間が無いので魔法だけ教えて貰えませんか? 拘束魔法は魔王討伐に必要だから覚えたいんです」
「魔王討伐? 本気なんですか?」
この反応……。
もしかして魔王討伐を考えてる人間が、今までにも結構いたのか?
なんだなんだ、ちゃんと魔王討伐考えてる勇者がいるんじゃないか、この世界の奴らも捨てたもんじゃないぞ。
「本気ですよ。何か問題があったりしますか?」
「いえ。過去に魔王討伐を口にした人は全員、拘束系の魔法使って意中の男性を拘束してHな事を……。それで、その度に拘束魔法を教えた魔法使いギルドに苦情が来るんですよ!! 割と倫理観が合わないアーク教も事件が起こる度に魔法ギルドの事を悪く言いますし、たしかにまあ、素敵な男性がいたらちょっと拘束魔法で身体の自由を奪って押し倒してみようかなとか考えるのも悪いのかもしれませんが。あ、逆パターンは皆無ですよ。男性がわざわざ拘束魔法なんて覚えに来る事なんてありませんし、むしろ拘束魔法を回避する手段を覚えた方がいいっていうか……」
フザケルナ!!
やっぱり駄目だわ。この世界の奴ら。
少し見直した途端にこれだ!!
「目的はひとつだけだったのか……。そりゃ警戒されるし、信用が無いと無理だよな……」
というか、正直、もうここで拘束系の魔法を教えるのはやめた方がいい気がする。
犠牲者が増えるだけだろ?
「ホントですよ。でも、うちで教えている様な拘束魔法使う冒険者とか魔法使いはまだマシな方ですって。男性が本気で警戒するなら呑化樹や悪戯淫娘とか吸精淫魔と契約してるエロフの方ですよね!! 特に吸精淫魔と契約してるエロフなんて、ちょっとカッコいい人を見つけたらすぐ手を出すんだから」
エロフとか、酷いいわれ様だな。
そんなあだ名がある位、エルフってH系の精霊と契約結んでるのか?
「桃色の瞳をしたエロフには女性も気を付けなきゃいけないんですけどね。あの人たち、ホント見境無いから……」
「そうそう。でも、まだ呑化樹や悪戯淫娘と契約してる、金色の瞳や赤い瞳のエロフはマシだよね~。女性にも手を出してくるのは変わらないけど。桃色の瞳をした森乳エロフなんて、あの無駄にデカい偽胸が恥かしくないのかしら? 精霊と契約して美人になれたりスタイルが変えられるなら、私達も契約したいっての!! あれ、不公平だよね!!」
「ホントホント、大体エロフは存在自体が破廉恥で、街中を歩くのは規制した方がいいのよ!! 盛りの民だから年中盛ってるし、あの人たちって精霊の力で胸も盛ってるでしょ? エロフは森に帰れっての!!」
隣の受付の女性も話に混ざって好き勝手言い始めた。
盛りの民とか言われてんのか。エルフ。森の民じゃないんだな……。って、それ絶対あだ名だろ!!
なんか、余程エルフに対して不満があるのか、会話の中に【森乳】、【魔法整形美人】、【エロフは存在自体が破廉恥】などのパワーワードがゴロゴロ出てくる……。
精霊と契約すれば美人になれてスタイルも良くなるって話だったら、エルフ以外の種族からそりゃ羨ましがられるだろうし嫌われるだろうけど。
そういえば、割にと誰にでも優しく接してるシルキーもあの警備兵のエルフに対して結構冷たかったしな。
「いや、エルフに不満があるのは分かったんだけど、拘束魔法を……」
「ん~。男性が拘束魔法を悪用する事は考えにくいから大丈夫ですよ? ただ、割と使い勝手が良くないというか、使いどころが難しいですけどね」
「どんなタイプがあるんだ?」
「基本的には魔法の縄で対象を縛る感じ? だから上手くやらないと動いて逃げられるし、ある程度の範囲から出ると効力が弱まる魔法が殆ど」
使い方次第か?
斬撃を仕掛ける数秒の足止めで十分なんだけど、動けるんだったらあまり意味が無い?
「えっと、種類は幾つかあるんだけど、拘束魔法ひとつに大体金貨百枚しますが、支払えますか?」
「高っ!! 魔法ひとつに金貨百枚って高くないですか?」
「以前はもっとリーズナブルだったんだけどね。あまりにも悪用する人が多いからこの値段になっちゃったんだ~。それでも拘束魔法を覚えに来る人はいますよ。そっち目的なら、普通に押し倒した方が早いと思うんだけどね~」
料金表みたいなものを見せられたけど、攻撃系の魔法が威力にもよるけど金貨十五枚位。強力な攻撃魔法が金貨五十枚って事を考えたら、めちゃめちゃボッてないか?
それで最初に簡単に拘束魔法を教えようとしてくれたのか。
使えない魔法に金貨百枚って、酷い気はするけど。
「意外に攻撃魔法の料金が安い?」
「金貨十五枚が安いとかブルジョワですか? それには理由があるんですけどね」
「理由?」
「あまりにも威力が高い使い攻撃系の魔法は使い勝手が悪いんです。考えてもみてください、たとえば炎系で超高温の大魔法を使えるとして、魔法の発動と同時に防御結界で守られる当の本人は別ですが、周りにいる仲間が無事だとは限らないですよね? それにそんな魔法が使える状況自体が殆ど無いんですよ。だだっ広い荒野の真ん中じゃないんですから」
あの宝石型魔物みたいに味方巻き込み上等で使うなら別だけど、周りの被害とか考えたら確かに使えないよな。
混戦になると大魔法でなくても巻き込みとかに気を付けないといけないだろうけど。
「だから、本当の意味で最強なのは僅かな範囲に物凄い力を発揮できる低級魔法なんです。魔力が高い仲間が多い場合は、仲間に魔法防御して貰って範囲ごと焼き尽くすって手に出る人もいますけど」
「馬鹿みたいに威力がある技も同じだからその辺りは理解できる。だからこその拘束魔法なんだけどな」
「ホントに色々考えてるんだね。感心しちゃう」
「魔法も使い方次第ですよ。そういう技術を極める意味でも魔法使いギルドはお勧めなんですけどね。あと、変則的な使い方だけど、回復魔法を植物の育成に使ったり、解毒魔法を環境改善に使ったりする人もいるんですよ。汚染された土地の改善とか、悪くなった水質の川とか池の水とかを解毒魔法で改善して飲み水にしたり。魔法使いギルドだとその辺りの魔法を覚えるのに結構いろいろ資料がありますし、そちらのアーク教の巫女様もこの手の技術は詳しいと思いますよ」
なるほど!! 魔法にそんな使い方があったのか!!
俺達の魔法は真魔獣との戦闘だけに特化されている事が大きいんで、魔法全体の可能性を狭めていたのかもしれないな。
女性は戦闘以外ではほとんど役に立たない魔法少女の力で戦う事が多いからこの発想には至りにくいってのも大きいし、俺達男はそもそも魔法を使えないからそんな使い方を思いつく以前の問題だ。
いい勉強になった。
もとの世界に戻ったらさっそくこれを提案してみよう。
「この世界だと人間の病気を治す魔法を改良して家畜の治療をしたり、農作物の病気を防いだりするから。アーク教の影響が強い地域だと割と有名なんだけど……」
「そっちにも使えるな。その辺りは今度詳しく教えて貰おう。で、肝心の拘束魔法だが……」
「射程距離は数メートル。拘束時間は最大で十分かな?」
「微妙だな……、拘束時間に不満は無いけど射程距離がもう少し欲しい。あと、拘束後に移動できるかなんだけど」
せめて十メートル。
拘束した状態で蹴り上げたりするならその位は必要だ。
「魔力の縄や、触手の抱擁は地面に固定するからそこまで移動させられないよ。それより、拘束した人を移動させてどうするの?」
「俺の持つ最強の技のひとつが物凄い周りを巻き込むタイプでな、周りに被害が出ない状況にしたいんだ」
そこでようやくシルキーは何かを思い出した。
あの場にはいなかったらしいが、話には聞いているようだしな。
「もしかして、あの宝石型の魔物倒した魔法?」
「ご明察、あれは魔法じゃないけど」
あの技は最大で直線距離で数キロ程薙ぎ払うから、この前みたいな状況でも無ければ全力じゃ撃てない。
「精霊魔法系だからエロフにしか使えないけど、最強の拘束魔法は呑化樹と契約したエロフの使う永遠に変わらぬ愛って言われてるわよ。相手を石に変えちゃうの、永遠にね」
「それもう拘束と言わないだろ?」
「一応、広義では拘束系に分類されてるね。呪い系に分類される事もあるけど、魅了系の一部も拘束系に分類されたりするし。魔法使いギルドで教えてるグレーゾーンの魔法も結構多いんだよ。ただ石に変えたりする魔法は割とあるんだけどね」
やっぱりこの辺りの魔法は元の世界より格段に発達してるな。
戦闘特化するより、やっぱりそれ以外も研究した方が知識の広がりが大きいんだろう。
精霊との契約とかが出来ないから精霊魔法が使えないけど、この魔法だけは本当に無くてよかった……。攻撃系の魔法は魔法の指輪で魔法少女に変身して会得すればいい訳で、精霊と契約しただけで綺麗になれるとか、俺達の世界の女性からすれば選ばない理由が無いからな。
逆にこの世界に魔法少女達の指輪があった場合、ここまで魔物に滅ぼされていなかったのかもしれない。
あの女神見習いの口ぶりだと、魔王に勝つ事は多分無理だろうけど。
「とりあえず魔力の縄をお願いします」
「はーい金貨百枚です、お支払いは金貨か宝石でお願いします」
「…………はい、金貨百枚。で、魔法は此処で教えて貰えるのか?」
此処の女性も金貨の枚数を確認した後、やっぱり天秤で重量を確認し始めた。
金貨を削ったりするやつがいるんだろうな……。
「確認しました、間違いないようですね。こちらが魔力の縄を覚える為の魔石です。その魔石を握りしめながらこのスクロールを読むと、魔石に反応して頭の中に魔法のイメージが現れます。其処に浮かんでくる言葉を口にしたら修得が完了します。なお、その魔石やスクロールは一回で使用不可能になるので、習得できなかった場合や発動できなかった場合はもう一度お買い求めください。あと、他者への譲渡や販売は禁止されてますので、見つかると凄い額の罰金が請求されます」
「ちなみにどれ位?」
「魔法販売価格の五十倍……」
金貨にして五千枚、日本円で五千万円、って、家か!!
「もしよろしければ、この目録をお持ちください。其処にここで習得可能な魔法の種類や販売価格が載っておりますので、もし気が向かれたらまた魔法使いギルドへお越しください」
「便利な魔法で、便利な生活。貴方の傍の魔法使いギルドです♪」
無事に拘束魔法覚えられたからいいけど、魔法使いギルドの売り文句って、コンビニか何かのキャッチコピーか!!
読んで頂きましてありがとうございます。