条件付き異世界救済 一話
この話は【爪を隠しきれない能ある鷹は平凡な日常を望む】の主人公である鏡原師狼のもう一つの話になります。
時期的には桜花魔法学校に通うようになった後の話で、夏休み中の出来事になります。
楽しんで頂ければ幸いです。
……な・ぜ・こ・う・な・っ・た?
この俺鏡原師狼は、毎度毎度面倒事に巻き込まれる事には事欠かなかったが、今回のこれは今までの中でも飛び切りおかしな状況だ。
「突然呼び出して申し訳ありません。鏡原師狼、貴方は選ばれたのです…………」
「選ばれた? ちょっと待て、ここは何処でアンタは誰なのか、まずそこから説明するのが先なんじゃないのか??」
真っ白い床と、真っ白い天井が何処までも広がる殺風景ではあるが不思議な世界。
そして目の前にはちょっと小柄だが割と可愛い少女? がひとり。
胸はわりと小さい。
「殺風景で申し訳ありませんが、今の私にはこれが精いっぱいなのです。私が可愛いのは事実ですが」
「……心を、読めるのか」
「当然です!! 私は女神シルキー、人の心など読めて当然なのよ」
なのよ?
コイツなんか口調変わって無くない?
「……人の心を読む事など容易いものです。後、私の胸はそこまで小さくありません!!」
「別に言い直さんでも」
「言い直してません!! あなたの聞き間違いです!!」
…………怪しいにも程があるな。
とはいえ、コイツが俺の心を読めるというのは間違いないようだ。
「自称女神のシルキーさんとやら。アンタが神なのか悪魔なのかはしらんが、俺にはそれを確認する術がないからそこはあえて追求しない。で、ここは何処だ?」
「ここは次元の狭間。女神たる私の領域にして、世界を救える勇者を召喚する場所です」
見た事も無い場所に呼び出されて目の前にいるのは自称女神で、要件はある世界を救ってくれときたもんだ。
世界を救える勇者? 救ってほしいのは俺の住んでる世界の方だっての。
俺は何となく、この状況に陥る少し前の事を思い出した。
◇◇◇
俺達の住んでいる世界は二百年ほど前に出現した真魔獣と呼ばれる半人半魔獣の襲撃により殆ど壊滅している。
こいつらが出現した経緯は馬鹿な奴らが面白半分で世界中に点在した封印窟を解放したせいだが、開放された封印窟から姿を現した真魔獣は即座に世界中に被害を齎した。
しかも凶悪な事に真魔獣は人を初めとするありとあらゆる生物を貪欲に喰らい、街は破壊されて出現からほんの数年で当時の人類は自らの敗北と滅亡を予感したという。
今なお神出鬼没な真魔獣に人は喰われ続けているが、その魂を永遠にその身体の中に閉じ込めて終わりの無い苦しみを与え続けている。
今現在も真魔獣の脅威は去っておらず、俺は桜花魔法学校に通いつつ、近隣に出現した真魔獣討伐に勤しんでいる。
不本意ながらだが。
俺は平穏に暮らしたかった、しかし、その為に他の人間が真魔獣に貪り喰らわれているのを見逃せるほど外道に落ちたつもりも無いからな。
◇◇◇
ゴールデンウィークに人生が本格的に狂い始めたこの俺、鏡原師狼が桜花魔法学校に転校して今日で十九日。
しかし転校初日に出現した真魔獣にこの学校に通う三十人もの生徒を食い殺されるという凄惨な事件が発生。その処理で七月十日までは臨時休校となっていた為に、実際には七日ほどしかここに通ってはいない。
犠牲者の葬式は概ね略式で済まされ、遺体の入っていない墓には多くの花束が供えられている。
校門にも献花台が設置され、そこにも大量の花束やジュースの缶などが供えられているが、クッキーとチョコレートだけはただのひとつも供えられてはいない。
ま、当然といえば当然だろうが、またこの地区のお菓子業者やコンビニやスーパーなんかの小売業者が頭を抱えるな。
下手すりゃ来年のバレンタインにまで悪影響が出るだろうし……。
「登校を再開したのは良いけど明日から夏休みなんだよな」
「その代りテストは夏休み明けまで延期。まああの事件の後だから仕方がないだろう。殆どの奴は勉強どころな精神状態じゃないし」
「テストか~、そういえば進路希望の紙は提出したのかい? テストの成績も考慮されるけど、うちは実力重視だから鏡原君はどんな進路も余裕だろう」
どんな進路も余裕か……。
ふつうはそうだよな。割と一般的な『七百二十七統合大学』なんて、俺の成績なら何の問題もないはずなんだよな。
しかし、転校直後から申し込まれた模擬戦の結果、校内と学年別のランキングのかなり上位に俺の名前が書かれる様になった為に、先日の進路希望の紙に書いた『七百二十七統合大学』は今日再提出というハンコが押されて帰ってきた。
どうやらこの学校は俺を桜花魔法大学か対魔防衛大学のどちらか経由で、バスターズへ送り込もうと画策しているらしい。
隠していた力を知られたとはいえ、迷惑この上ない。
2年G組生徒、俺も含めて同学年の男子三名は肩身の狭い思いでこの学校に通っている。
この学校に不満点は多いが、この男女比率による格差で苦しんでいる場合も多い。
一番最悪なのが、圧倒的に女性有利な状況での模擬戦。
もともと魔力が低く氣を駆使した戦闘しかできない男子生徒には不利でしかない条件だが、真魔獣は相手なんて選んでくれないのでこの世界で生き残りたければ強くなるしかない。
校内のランクというかカーストというか順列というかそういった物の殆どがこの模擬戦の結果で左右され、卒業後の進路も模擬戦の成績が大きくかかわるとあって、熱心な生徒の殆どは自らの望む対戦相手を探している。
わかりやすく言えば、対戦成績が良い割に簡単に倒せそうな生徒には申し込みが殺到するという事だ。
そう、今は俺がそのカモだと考えられているらしい。
普通の試合では禁止されている火炎弾級の魔法も俺との対戦に限り認められており、使う機会の少ない高ランクの魔法を使える生徒は実験台として俺との模擬戦を望んでいたりする。
なお、試合で怪我及び最悪死亡した場合でも構いませんという書類には、俺のサインがいつの間にか勝手に書かれていた。
俺の筆跡そっくりな魔法まで使われてな!!
◇◇◇
「それでは三年A組久遠時雪羽と2年G組鏡原師狼の模擬戦を開始します」
毎日こうして放課後に模擬戦を挑まれる状況は、俺としては多重絶対防盾の魔方陣に魔力をプールできるから文句はない所だが、倒す為に割と蓄えた魔力を消費する為にあまりメリットが無いようにも思える。
これ以上実戦経験を積みたいなどとは思ってもいないし、これ以上ランクを上げる必要もないので戦う意味すらない。
今の俺は学年一位は当然として、校内の総合順位も一位なのだが、それでも俺が男という事でなぜか挑戦が途絶えることはなかった。
今日は一学期最後の登校日とあって、いつもより模擬戦の申し込みが殺到しており、本日最後の試合で五試合目になる模擬戦の対戦相手である目の前の久遠時雪羽は三年のランキング五位。
既に一位から四位までは昨日までに倒している為に、その下のランクの女生徒がランクアップ目的で模擬戦を申し込んできたという事だ。
ついでいえば一位から五位の生徒は全員下級クラスの指輪で変身する魔法少女で、目の前にいる久遠時雪羽は薄ピンク色の宝石がはめられている指輪を身に着けている。
当然今は魔法少女モードで、この状態になると普通であれば魔法少女以外では相手にならず、ランキング一位の俺であっても魔法少女の力を持っていない以上は一方的な試合になって終る筈だった。
「どうしてこの魔法を防げるんですの?」
「さあ、どうしてかな……」
久遠時は水弾を連続で放った後、大技である水の竜巻まで披露してみせた。
この魔法も普通は使用禁止なんだがな!!
多重絶対防盾で防がなければ竜巻に巻き込まれてズタボロになるか、水圧でぺっちゃんこだぞ!!
「こんな男の人がまだいらしたのですね。世の中は広いですわ」
「魔力の総量はどうにもならないからな。だったら別の方法を考えなきゃ嘘だろ?」
氣は魔力に比べて扱いやすい反面、模擬戦や真魔獣相手の実戦では決定打にはなりにくい。
やり方次第では氣でも下級真魔獣位なら倒せなくもないが、一対一ならともかく多数対一の状況になると普通であれば敗色濃厚だ。
知り合いなどが奴らに食われるのを指をくわえてみるのは嫌だ、とはいえ積極的に真魔獣となんか戦いたくはないが、戦いが避けられない状況というのはいくらでも存在する。
だからと言って無意味に戦って、無様に敗北して真魔獣に食われるのは御免蒙りたい。
少ない魔力を有効に活用負する為に何度も試行錯誤して完成させた技が多重絶対防盾であり、魔力増幅装置で氣増幅装置の特殊魔方陣だ。
基本的には相手の攻撃を防げるだけ防いで時間稼ぎをするか、カウンターで一撃必殺を狙う、それが真魔獣との戦闘において俺の出した結論だった。
しかし、生存率が各段に上がる筈だったこの技のせいで、何故かここ最近では俺の生存率が右肩下がりだ!!
「合格ですわね♡ それ位して貰えませんと、私のパートナーは勤まりませんし」
「勝手に人をパートナー呼ばわりしてるんじゃない!!」
「何故ですの? この私の誘いを断る訳が……」
ああ、もうどうしてこいつらはどいつもこいつもこうなんだ?
模擬戦の後、決まって『あなたなら私に相応しいですわ♡』とか『まあ、大目に見て合格点を差し上げます♡』とかほざいて勝手に話を進めようとする。
その意味で一番怖いのは妹の紗愛香だが……。
「魔力に比べて弱い氣でも、こうすりゃ威力があるんだぜ!! 増幅フィールド展開!!」
「あんなに高く飛び上がって……なんですの? え? ああああぁっ!!」
氣を使って身体強化をして高く飛び上がり、特殊魔方陣の増幅フィールドを四枚ほど生み出して、超がつく程に高速で氣強化した足で蹴り飛ばす。
割とヒーロー物のテレビとかでは見かけるキック系の必殺技だが、実際にこれを実戦で使う奴は俺位だろうな。
「こんな攻撃。シールドで……、そんな、こんな事が……」
「あるんだよ。世の中にはな!!」
氣増幅装置の魔方陣は一枚ごとに威力が倍に上がる。
四枚も展開すれば威力は十六倍で、その状態で上乗せで魔力まで使えば大抵のシールドは破壊できるし下級真魔獣であれば倒す事も可能だ!!
今回もシールドで防げるつもりだった久遠時はそのシールドを粉々に打ち砕かれ、その上魔法少女の強化された服を大きく破壊されて闘技場の床に転がった。
ここまでする必要も無いんだが、あまり手心を加えすぎてまた俺をカモだと考える奴が出て来ても面倒だしな……。
「勝者鏡原師狼!!」
「いい勝負だったな。俺は急いでるんでこれで、じゃあな!!」
「あ、鏡原君……。勝ち逃げなんてずるいんですの……」
何か聞こえてくるがあそこにいても碌な事が無いのはこの一週間で骨身にしみていので、何を言われようとさっさと引き上げるに限る。
◇◇◇
翌朝、俺は家の玄関で妹の紗愛香を見送っていた。
なんでも、成績優秀なこの妹は今日から三泊四日の強化合宿に抜擢されたらしい。
学校としては俺も当然同行させたかったみたいだが、俺の実力が分かったころには先方が受付などを締め切っていた為に、学校側が何度説明しても参加を認めなかったそうだ。
老舗の旅館に泊まりつつ、心技体を鍛える目的だそうなので、観光目的ならいいんだろうな。
なお、同級生の美剱瑞姫も参加するらしいので真魔獣に襲われても大体何とかなる。
その点ではひと安心だ。
「それじゃあ行ってくるね。んっ……」
「行ってらっしゃいのキスはしないぞ。真魔獣だけには気をつけてな」
「ん、もう。三日も会えないのに平気なの? ご飯ちゃんと食べられる? 浮気しない? キスまでだったら、許してあげてもいいんだけど」
「あれだけ予算があるし、俺も料理はそこそこ上手いんだがな……。で、何でキスまでならOKなんだ?」
まだ恋人もいない俺に浮気ってなんだよ?
それにあれか? もうファーストキスは貰ってるから、それ位はほかの子にも譲ってあげるよ的な余裕か?
しかも、そのファーストキスは俺の知らない間に奪われてるっぽいし。
「なんでだろうね? あ、バスが来ちゃった。瑞姫さ~ん。今行きま~す」
「ごまかしやがった。でもまあ、これでしばらく骨を休められるな。ここ最近模擬戦で疲れてたし……。久しぶりに昼まで寝るか」
夏休み。学生最大の超大型連休。
桜花魔法学校は宿題なんてないし、八月に何度かある登校日以外は自由を満喫できるのが最高だな。
こうして自室に戻ってベッドに横になった瞬間、何か白い靄に包まれた感覚を覚えたと思ったら、確かこの場所に呼び出されてたんだよな……。
◇◇◇
「あなたの世界の事は知っています。私の管理する世界で滅亡確率が最も高い世界になっていますね」
「……其処から俺を引っこ抜いて、他の世界を救えとかどういう了見だ?」
この女神とやらの言う通り、俺の住んでいる世界は滅びかけている。
真魔獣との戦いは人類がかなり押されている状況で、もう一度王級真魔獣が出現すれば確実に滅亡するだろう。
俺抜きの場合は騎士級でも出現数次第では相当ヤバイだろうが。
「神も万能ではありません。私が任されている世界は百程。その中で救世順位の高い世界はこの五つなのです」
五つのパネルのような物が出現し、其々に見た事も無いような光景が映し出されて……。
いや、そのうち三つほどはファンタジーゲームで見たような感じで、残り二つは俺がいる世界によく似ている気はする。
「貴方の想像通り、その三つの世界は貴方から見ればまさに異世界と言う感じですね。他の二つはあなたの世界に近くそしてあなたの世界より平和ですがもうすぐ破滅の時を迎えます」
「封印窟を解放した馬鹿みたいなやつがいるのか?」
「いえ、その二つの世界は魔王の自然発生です。人為的な要素はありませんが、その世界には貴方の世界の様に明確な魔王に対抗する手段が無い為に別の世界からの手助けが必要なのです」
「俺の居た世界には魔力や氣なんかの対抗手段が一応あるからな。無いよりはマシな程度だが」
対真魔獣特殊部隊、通称【バスターズ】や魔法の指輪で変身する魔法少女など真魔獣に対抗する力を持つ者が一定数存在する。
もし彼女達がいなければ、人類はとっくの昔に全員真魔獣の腹の中だろう。
「貴方の世界は今日明日にいきなり滅ぶことはありません。しかし、この五つの世界は誰かの手助けが無ければ近い将来滅ぶことが確定しています」
「俺にも予定がある。いきなりそんな世界を救えとか言われても困るんだ。大体同じ救うなら自分の世界を優先するのが当然だと思うが」
「その気持ちはわかりますが、これはあなたにとっても悪い話ではないんですよ? 転送先の異世界で得た力はそのままあなたの世界でも使えます。それは真魔獣討伐の大いなる力となるでしょう」
大いなる力……。
まあ俺が持ってる力の全てが解放されれば、騎士級の真魔獣ですらも余裕だがな。
確かにその力を今は使えない。
俺が人としての存在……、平穏な暮らしが出来る人でいる事を諦め、世界を救う存在に昇華する覚悟が出来たその時まではな……。
「その力も、おそらく他の世界を救ってるうちに目覚めるでしょう。また、別の世界で得た力を使えば、あなた以外の人間でも騎士級の真魔獣を倒せる手段が見つかるかもしれません」
「魅力的な話に聞こえるが、なぜ俺なんだ? 俺ほどではないが、魔法少女の誰かでも成長しながら世界を救えるだろう?」
「魔力は強力ですが、貴方が得意とする氣の方が応用がききます。それに、成長限界が……」
成長限界?
初めて聞く言葉だな。
もしかして魔法少女の力が一定レベルで頭打ちなのは……。
「あなたの想像通りです。魔法少女達の力はかなり強力なリミッターがかかっています。反乱を恐れた他の世界の神が仕掛けた安全装置ですね」
「なるほど。それで俺以外は戦士級の真魔獣相手でも苦労するって訳か」
「はい。それにあなたでしたら他の世界で得た力を持ち帰る事が可能です。あなた以外ですと、魔法少女の力を持っていない少女や無力な一般人にお願いするほかありませんので。それともうひとつ、他の世界から送れる人間は僅かに一人だけ、あなた以外の人間に任せた後で失敗しました、では次とはいかないのです」
そりゃ俺を選ぶのも仕方ないか。
普通の奴より死ににくいだろうしな。
「その世界で俺が死んだらどうなる?」
「その場合は世界を救う事は失敗しますが、貴方は此処で蘇生されて元の世界に戻ります。ただ失敗した時点でその世界は滅びが確定してしまいますので、できれば死なずに魔王を討伐して欲しいのですが」
「もうひとつ質問だ。時間経過はどうなる? これでも学生なんで、戻ってきました、四十過ぎのおっさんで~って事になっても困るんでな」
「元の世界でも時間は進みますが、異世界の一年が貴方の世界で大体一時間ですね。あなたは都合よく連休のようですので、現地時間に換算して数十年以上時間的余裕はありますし、異世界滞在中にあなたが歳をとる事はありません。それにこの願いを聞いて貰えるならあなたにも素敵なプレゼントがありますよ」
時間的制約なしか……。
世界を救う、誰かを助ける。
俺もそれ自体を嫌ってる訳じゃない。
後は何を貰えるかだが。
「で、何が貰えるんだ?」
「よくぞ聞いてくれました♪ 今から行く世界のお金五百ゴールドとこの銅の剣を一本、それとアイテムが無限に入る便利な道具袋です」
「ゲームの勇者じゃねえんだからもっとマシなのは無いのか? それともその銅の剣で魔王とやらが倒せるのか?」
ゲームだと特定の武器や初期装備が意外に強くて終盤のキーアイテムになる事や、ラスボスの弱点になってることも珍しくない。
その場合のこの銅の剣がその可能性はあるが…。
「無理ですね。あ、その銅の剣は店で買うと十ゴールドですし、折れてもいつでも買い直せます。一ゴールドは貴方の世界基準で言いますと大体一万円ですよ~」
「買い直せるの? それに五百万円分の金貨か……。しかし、世界を救う駄賃としては安すぎな気がする。だいたいこういった話だと最初にもらえるのは魔王に対抗できる力とかじゃないのか?」
「貴方の力があれば、追加で特殊な力を与えなくても少し経験をつめばあの世界の魔王くらい倒せます。それに今の私の力と権限ではこれ以上……」
マテ。
権限ではこれ以上?
仮にも他の世界を救うのに、五百ゴールドとこの銅の剣が精いっぱい?
それ、普通の奴が任されたらいきなり詰むんじゃないのか?
「…………正直に話して貰えるか?」
「分かりました。覚悟を決めて話しましょう。実は私は女神になりたての見習いで、今回が初めての任務になるのです」
「見習い?」
「はい。私は元々他の世界で巫女をしておりました。その世界が運命に翻弄されて滅んだ後、それまでの功績を認められて私は神としての修業を許され、その長い修行の総仕上げとして五つの世界を救うという試練が与えられました」
なるほど。
俺を選んだのも、全部こいつが自分の試練を楽にクリアする為か。
「ち……違います。別に私は、途方に暮れて任された世界をチェックしていた時に、あんな滅亡寸前の世界に便利なチート級の存在がいた! なんてラッキーとか思ってませんし、この人ならチート能力が与えられない今の私でも世界を救って貰えるとか、そんな事は」
「思ってるんだな」
「……思ってました。思います。ええ、そうですよ、誰だって貴方の存在を知れば、自分が任された世界を救って貰おうとするに決まってます。貴方という存在は砂浜にこれみよがしな状態で拳大の磨き抜かれた宝石が転がってるような物なんですよ? 誰でも選ぶでしょ?」
ぶっちゃけやがった。
今は魔法剣士の力を封じてても俺はそれに近い能力を持ってるからな。
魔王がどの程度強いかしらんが、コイツが何とかなるっていうならばなんとかなるんだろう。
あまり気乗りはせんが。
◇◇◇
「此処までいってもダメでしたら私にも考えがあります」
「ほう」
自慢ではないが、俺は普通の人と比べてはるかに戦闘能力はある。
この自称女神がどのくらい強いか知らんが、力ずくで来るならこちらも相応の対応をさせてもらうだけだ。
「やだな~。暴力に訴えるなんて野蛮人じゃないんだし、ここは平和的に話し合うべきだと思うのよ。わたしは」
「オマエが話が通じる相手ならな」
「ほんとに失礼ね。これでもいろんな世界を見て見識を広めているし、いろんな人の人生を見守ってきたことで私は人生経験も普通の人より豊かなの。当然知識も豊富で話だってちゃんと通じるわよ」
「頭がいいのと話が通じるのは別物だぞ。俺はそういう連中をたくさん知ってる」
俺の通っている桜花魔法学校には、言葉は通じても話が通じない連中が多すぎるからな。
「あの世界であなたが苦労しているのは知っているわ。一応世界救済を託せるかどうかの観察位はするし」
「力はあっても人格などに問題があった場合は選ばないか」
性格に問題があれば、魔王討伐させたらそいつが新しい魔王になりましたとか、知識を悪用した上で街を支配して美女を侍らせてハーレム状態なんて展開も十分考えられるしな。
「話が早くて助かるわ。貴方が限度を超えて懐いている妹や、ちょっと素直になれない同級生に苦労させられている事も知っているわ。そこで、この話を断られた場合、この本を貴方のベッドの上に置きます。あなたが寝た後でこっそり紙袋に入れた状態で……」
その本のタイトルは【朝まで生H、やっぱり恋人はお姉さまが一番!!】。
姉萌え系のエロ本だ。思わず背筋を冷たい汗が伝う……。
「俺を……、脅す気か?」
実力排除もやむなし。
模擬戦で蓄えた魔力があるから、まだ一回位はアルティメットクラッシュも使える筈だ。
「ストップ!! そ…そんなつもりはありません。これはこんな所に呼んだせめてものお詫びの品です。妹さんも喜んでくれるでしょうけど」
「嘘つけ、おまえ……、絶対に結果が分かっててやろうとしてやがるな? 大体お詫びの品にそんなエロ本一冊ってどういうことだよ?」
俺の妹、鏡原紗愛香は重度のブラコンで、あんな姉萌え系のエロ本なんかを所持してるのがばれたら、どんな手段に出るかは分かりきっている。
俺の貞操が危ない、というよりも無理矢理襲われて散々搾り取られたあげくに監禁されて、暫く家から出れなくなる可能性すらあるぞ。
それに俺の生活を知っているならば、こいつは俺が家族の中で妹しか信用していない事も見抜いているはずだ。
「本当にお詫びの品ですって、この本エロくて良いんですよ? ほら、このページなんてほんと実用度高くて~♪」
「お前、ホントに元巫女か? それに今は女神なんだろ?」
「女神がエロ好きで何か悪いですか?! 人間だった頃の元の世界では生涯禁欲生活、女神になった後も男の人との交流なんて殆どゼロ。せめてもの楽しみはこうして気に入った世界からこの手の本をたまに入手する位なんですよ。私だってこんな本で見るだけじゃなくて、人間だった頃に素敵な人と普通に恋して沢山愛し合って、幸せな家庭を築いてみたかったのに!!」
「……そりゃ悪かった」
地雷踏んだ。
しかも特大の。
俺も健全な男だからエロい事に興味はあるが、死ぬまで我慢しろとか言われたら多分こうなるよな……。
「で、お願い聞いてくれるの? くれないの?」
「……救う世界の情報を寄越せ。出来るだけ詳細にだ」
もう女神としての威厳など欠片も感じないが、俺を選ぶという事はそれなり理由があるんだろう。
一度位他の世界を体験するのも悪くないだろうしな。
読んで頂きましてありがとうございます。