14 花束
根津たちは学校ドームの近くのフィッシュ・アンド・チキンの店で昼食がてら、2学期御苦労さん会を開いていた。
「根津、ドミって、クリスマスやんの?」
立川がたずねた。根津はこたえた。
「…夕食はフライドチキンの他にカステラつけるって言ってた。でかけるから、とっといてもらうつもり。」
「ドミの飯って、美味いの?」
藤原がたずねた。根津は答えた。
「ウマイっていうのとはちがうけど…。まー、おれたちにとっては、州都のおふくろのあじ、かな。愛情籠ってて、安くて、栄養中心で、あったかい。…おばちゃんのつくったチキンとカステラ、絶対食うよ。あの人は、男子寮のアイドル。」
須藤が言った。
「…クリスマスは、デートか?根津。」
「あっ、例の彼女とはすでに終わりました。」
「えーっ、もうはや?!」
「3人でユニゾンしないでよ。」
動物園のデートの顛末を話すと、藤原が言った。
「わかるっ、俺それ、すっげーーーわかる! 俺もそうして終わった女が2人いるっ!!」
「えー、意外。藤原って、のんびり派なの?」
「俺はせかせか先にいくクチ。」
「俺の気持ちじゃなくて、女の気持ちがわかるってことかよ。」
根津は呆れて言った。
「まあそうなるな。…でも、テンポの合わない不幸は一緒。」
藤原はまったく悪気のない様子でそう言った。
「…おおざっぱな分類だ…。」
「だんだん月島化してきたな、フジ。」
根津と須藤は呆れ、感心して言った。
立川がふくれて言った。
「そんなことないもん、冴は、ずーっとまっててくれるもん。ずーっと、一緒にいてくれるもん。自分がどんなに飽きても、どんなにつまんなくても、ずーっと我慢して、ずーっとそばにいて、一生懸命歩調合わせて、一緒にきてくれるもん。…冴は犬にたとえたら盲導犬だよ。藤原クンは駄犬。ただ自分の気分でつけまわしたり駆け回ったり吠えたてるだけ。」
「…それは俺に対する挑戦か、立川。」
「ほら、すぐ唸る。…自分だってハノイで冴にそばにいてもらったクセに。」
「…タッチ、失礼でショ。論点ずれてるし。」
根津はとめてやった。
「…まっ、月島犬もたまには思いっきり走り回りたいからフジ犬と付き合ってるんだろうな。」
須藤が冗談めかして言った。それから続けて、根津にたずねた。
「…じゃあ、ドミではお楽しみ会とかはやらんのか。」
「まっ、それぞれ、やりたいユニットでって感じ。」
「根津は?」立川がきいた。
「俺は…ユーリの公演みにいく約束だから。前売りも買ったし。」
「あーああ、よそとあそんでばっかだったから、嫁のほう埋め合わせね。」
「だれが嫁だ。」
「家庭内サービス。」
「どこが家庭だ!」
藤原がぼそっといった。
「…あのマトリョーシカ、シベリア土産だろ。あれけっこう高いんだぜ、根津。…杉田だろ?」
「えっ、なになに、マトリョーシカ、どこにあったの?!」
「…ドミの根津の部屋の本棚にずらっとかざってあった。背の順に。サンタクロースのやつ。」
「あーあー、根津ぅ。…まさかそれの手前に、冴のジンジャークッキー下げてないよね?」
「…さげてるけど。」
「…」「…」「…」
3人が寒い視線で根津を見た。
「…なんだよ。別に、なにがわるいんだよ。」
「…根津、あの人見知りのユーリックがお前にだけは懐いてるんだ。もっと大切にしてやれ。彼の友達はお前だけなんだぞ。」
須藤がさとすように言った。
「なにいってんだ、ユーリは顔も広くて人気もあって、S-23のアイドルなんだぞ。掃いて捨てるほど友達がいるんだ。俺なんか、ドミでしか会わないんだから。外にいるときのユーリは忙しくて忙しくて声かける隙も…。」
「…根津、わるいこたいわん、月島のクッキーは、すぐに食え。大丈夫、月島はあれは、単に作り過ぎて処分に困っただけだ。」
「そうだよ、食えよ、本に油つくぞ。今もってこい、俺が食ってやる。」
「…掃いて捨てるほどいる友は、結局は、掃いて捨てる名ばかりの友にすぎない。」
…ぼそっと、藤原が哲学的な言葉を吐いた。
「…みんな考え過ぎだよ。…まあ、クッキーは、じゃ、食うわ。本に油つくとこまるし。」
藤原は須藤に言った。
「…杉田のやつ、根津のベットで根津の枕にごろごろなついて本読んでてさ、俺が部屋に入ったらめちゃめちゃ絡んで来たんだぜ。参りました。まじで。…本借りに行っただけだったのに。」
「…そら絡むわな。ドミはユーリックのテリトリーだからして、…なるべく根津を外に呼び出す形で用を足したほうがいいな。」
「…おまえら、おもしろおかしく話つくるな。」
「つくってねえ。絡まれたのほんとうだし。『俺は根津の親友ですけど、なにか』って挨拶には引いたよ。」
「…俺が小説にして文芸部の原稿助けてやろうか。」立川が嬉しそうに言った。
「…まず絵をかきなよ、タッチは。」
「あっ、ひでぇ。」
「オマエらね、ユーリがいくらかわいいからって。俺と並べても絵にならないでしょーっ。…演劇部、ちょっとアヤシークリスマス公演らしいよ。シュタイナ-がベースなんだって。」
「…まあ、うちの学校は、シュタイナ-にはまっちゃうやつは、どうしようもなく毎年数人出るよね。」
「エポック授業とか、懐かしいな。小学部の低学年のころはそうだった。それなりにすきだったけどな。農業実習も好きだったし。」
「線ひいて色ぬるやつ、楽しかったな。俺いまでもたまにやってみるんだ、あれ。」
「フォルメン?やったなーっ。」
…この話になると、中学編入の根津には出る幕がない。たいていは放っておいて懐かしがらせておく。月島がメンバーにはいってからこの話題は出にくくなったが、ちょっとつつけば、すぐ出る。…首尾よく話題を逸らすことができた。
それにしても、と根津は思った。
…自分はユーリに冷たいだろうか。配慮が足りないだろうか。
いささか悩んだ。
…そんなにべったり気を使うのも、なんだか変だ。母親と小さな子供じゃないんだから。そもそも、お互い気を使わなくてすむようなところがあるから、一緒にいるのに。
でもみんながそう言うなら、とりあえずクッキーは食べよう、と思った。
+++
「前きいたかもしれないが、フジんとこはクリスマスやるのか?」
「ああ、やるってーか、まあ、ツリーかざってケーキとチキンぐらいは食うんじゃないの。…もっともケーキは俺がほとんど食わされる羽目になるんだけど。…」
「…みんなやるんだねーっ。…俺ひまだなーっ。友達もみんな忙しいし。」
吹雪があっけからんと言うと、須藤が言った。
「…タッチ-、16区にカトリック教会の綺麗なとこあるぞ。建物がいい。…クリスマス期間はずっとあけっぱなしだし、中にはチロルから寄贈された彩色彫刻があるぞ。聖歌隊もいて、すごく上手い。」
「へー、そうなの。良く知ってるね。」
「うちはばーさんがキリスト教だ。」
「…うーん、教会見学か。いいかも。…でもさーっ、だれか一人くらい、あけといたほうがいいかもね。」
「…なんで?」
「…冴、なんかの間違いで家主さん帰ってこなかったら、どん底まで落ち込むと思う。…忙しいからって、帰宅予定の確認もしないなんて、おかしくない?…」
「…」「…」「…」
残りの3人はだまりこんだ。
根津は言った。
「…けっこう綱渡りらしいから、ほんとに忙しいだけだと思うよ。」
「…用事がおしてるんじゃないの?」
「…」「…」
「…最悪、出先にいるかもしれない元カレの尾藤さんとよりがもどったら、冴はどうなるの?」
「…」「…」「…」
「…別になにもないならそれでいいけどさー。…まあ、どうせ、俺クリスマスは暇だから。」
「でもタッチ…、月島犬は、御主人様が帰って来たら、俺たちのことはまったく思い出さないと思うよ?…タッチはタッチで、なんか予定たてなよ、せっかくだし。小坂は?誘ってみた?」
「女の子喜ばすほどの予算はないから。」
「そんな。べつに貢がなくても。ちょっと2人でお茶でものんで、話すくらいでもいいじゃない。なんなら2人でミサにいけばいいよ。一円もかかんない。通学定期でいける。」
「…俺はよくないし、今このさい小坂はどうでもいい。」立川はさらっと言って、ポテトフライをかじった。「…うーん、まっ、とりあえず、スケジュールとしては、野菜の収穫と鶏の餌やりでも手伝いつつ、だな…。」
「…農場か?」藤原がびっくりしてきいた。
「…いや、家庭菜園の範疇だと思うけど。…でもレタスはきちんと収穫しておかないと、クリスマス時期は、よく盗まれるから。」
「…」「…」「…」
…だれの家庭でも、盗まれるほど立派なレタスが育ったことはなかった。
3人の頭の中で、立川家に関するいろいろな空想が広がった。
「…一応、イブの夕方にでも冴に電話いれてみるわ、俺。適当な用事つくるの得意。」
「…まあ、そうしてくれれば安心だけど…だけどタッチは…いいの?それで。」
「…なにが。いいよ。どうせ、クリスマスやんないうち、我が家は。…それに俺は月島くんをアイシテルの。…それは月島くんに幸せでいてほしいってことであって、それが俺の幸せでもあるの。」
「…よくそんなこと恥ずかしげもなく言うね、タッチ。」
「なんではずかしいの?」
「…」「…」「…」
しばらく考えた末、須藤が言った。
「…タッチ-、あまり、『偉い子』やるなよ?」
「そうだよ、タッチ。まずタッチが自分の幸せを考えないと、月島だって迷惑だよ?」
根津が同意すると、立川は抗議した。
「なにがだよ。別に、イブの夕方ちょっと電話して、月島がドツボにハマってたら、ケーキ包んでうちにもってこい、じーちゃんとばーちゃんが歓迎するから、って言うだけだよ。…今までだってそうしてたんだし、実際うちのじーちゃんばーちゃんは、…とくに気難しいじーちゃんが、月島のことまあまあ気に入ってるんだよ。だからいいの。…まあ、月島って、うちのじーちゃんとなんかちょっと似てるからね、お互いに親近感あるんだと思う。」
「今までも…って?」
根津がたずねると、立川は言った。
「…月島はここんとこうちにいたんだよ。適当なこと言って呼び出してた。…あいつ、ドツボにはまってにっちもさっちもいかなくなってたろ。学校でもくらーくなっちゃって、ため息ついて。目泳いでるし。ヤケおこして、自分のやってることがなんだかわかってない。」
「…絵をかいてるってきいてたけど…?」
「…かいてるけどね。辻褄合わせに。」
「…」「…」「…」
「…おまえら、月島があんな…あんなんなっちゃって、可哀相だとおもわないの?少しも?それで友達なのかよ?」
「あんな…って…まあ、ちょっと拗ねてて、ヤケになって、ちょっと狂暴化してるけど…でも、それだけだろ。あいつの家庭の事情なんだし、しかたないだろ。部外者にはどうしようもないよ。」
根津が言うと、立川は言った。
「…ああそう。…お前がなにもしないのはお前の勝手だけど、俺にとやかく言うなよな。…今だれかが冴をとめてやらなかったら、あいつはおれたちの手をすり抜けて、どっかに転落するぜ。」
立川はそういうと、藤原を見た。
藤原はだまって立川を見返した。
…沈黙が生じた。
+++
「…そういえば今朝、起きるとき、月島の夢を見たんだ。」
飲み物を飲んでから、藤原が言った。
3人が注目すると、藤原は、飲み物をテーブルに置いた。
「…月島がさ、黒い、沼みたいなところに、震えながら立っててさ、…俺、『あがれば』っていうんだけど、月島は、首をふるんだ。…寒そうで…。でも、中になにかおよいでて、それを、月島が飼ってるらしいんだよね、それをせわしなきゃいけないから、そこにいなきゃいけないらしいんだ。気の毒でさ…。俺は猫をみつけて、月島に持って行くんだ。抱いてたらあったかいんじゃないかと思って…。沼にふみこんでみたら、すごく冷たくて…よくこんなところに立ってられるなって…。月島のそばまでいったら…猫がいつのまにか、花束になってて…あ、こんなものをやっても、月島は少しも助からないのに、って…思って…でも月島は笑ってうけとってくれて…。目が、覚めた。」
誰も返事はしなかった。
…藤原がそういうふうに、孤独な転入生を気にかけ、心配し、愛情を注ぎ、最初に友達になってやったことをしらない人間は、ここにはいない。月島がそういう藤原に感謝していたことも、明るくて勇気のある藤原のことが好きだったことも、公然のことだった。藤原と月島の間に今起こっていることが、その延長にあったのだということも、だれしもがよく知っている。…立川でさえ。
藤原はまた飲み物をのんで、繰返し言った。
「…でもさ、花束なんかやっても、どうしようもないのにな?…」
「…強姦するよりは何倍もましだと思うね。」
立川が言った。
根津はヒヤリとした。須藤が割り込んだ。
「…いや、…タッチ-が言ってるのは…つまり、花束なり毛布なり、なにか月島に投げてやれってことなんだろう?…わかってる。…おれたちもそれなりに月島のことには気をまわしてたつもりだ。…タッチ-がイブに月島に電話してくれるなら、さっきも根津がいったが、…まあ、幾分安心ではある。タッチ-がひまだからいいというなら、そこは任せる。悪いが俺にしろ根津にしろ、時間はとれそうにないからな。」
…そして藤原に今、まかせるわけにはいかない。…根津は頭を掻いた。
「…俺は、久鹿さんはイブにちゃんと戻ってくると思うよ。あの人はけっこうやり手なんだ、よしんば仕事がおしているんだとしても、月島に約束した以上、ちゃんとイブに帰ってくるよ。…だから、タッチは、24日に月島をあてにしてるなら、確率は低いと思うって、そこんとこが言いたかったんだけど。」
立川は薄ら寒い目で根津を見た。
「…まあ、そうあってほしいもんだね。俺はさっきも言ったけど…月島が元気になってくれるなら、それが一番嬉しいよ。…そのときの相手が誰であれ、そんなことはどうでもいいんだ。どうでもいいだけに、逆に、どんどん辛くしかならない相手だったら、いやなんだよね。」
…これ以上藤原を追い詰めるのは得策でない。根津は須藤にチラっと視線を送った。須藤が言った。
「まあ、そういうことだな。あいつが暗くなるとうっとおしいことこのうえない。みんなで少し気をつかって、できる範囲のことはしてやろう。…日曜日なら、うちだって来てくれればお袋が歓迎するぞ。まあ、ちょっとやりすぎの観がなくもないが…。」
藤原に口を開かせないように根津が続けようとしたが、藤原に視線で割り込まれた。
「…うちも赤子がいて、俺、お袋にこきつかわれてて、なかなか暇がとれないから、…電話で話してみるよ。…かえって会うよりいいよな?」
3人とも顔を上げた。
…藤原が何か決めたと察して、3人とも賛成した。




