13 ショッピング
ユウは、州都中央の、地下のアイリッシュパブで待っていた。
…初めて、冴が陽介に紹介されたときのあの店だ。
ユウはクリスマス気分なのか、ふわふわと飾りのついた白いコートを羽織り、ウィスキーの香るアイリッシュコーヒーを飲んでいた。冴を見つけると、手を振った。
「…慎二さん、何時に向うへこられるって?」
「それがねーっ…いいわ、その前にちょっとなんか買ってらっしゃい。」
ユウがカウンターを指した。
冴はカウンターでコーヒーを買い、持って戻ってきて、ユウの向いに座った。
「慎二さんたら、急用がはいっちゃって、今日はダメだって言うの。だから明日になっちゃった。」
ユウはひどくがっかりした様子で言った。
「えっ…おまえ…電話したとき言えよ。こっちだって友達の誘い断って来てるのに。」
「あらやだ、ごめんなさい。暇だったら来るとかいってたから、てっきり暇なのかと思ったわ。」
「…まあ、いい。…来ちまったし。」
「…いいならいちいち怒らなきゃいいのに。」
「…図々しいぞ。」
「あらやだ。」
ユウはからかうようにクスクス笑った。
…冴は、こういうとき、陽介が彼女を嫌う理由がなんとなくわかる。
「ねー、冴、せっかくスケジュールあけたんでしょ、これからクリスマスプレゼント買いにいかない?あんた、久鹿にプレゼント買ったの?まだでしょ、どうせ。」
「長い買い物につきあうのは御免だぞ。」
「だーいじょーぶ、あたしは慎二さんのプレゼント買うの。久鹿のプレゼントにちょうどいいもの、同じ店にあるんじゃない?…まあ、あの男は、少女趣味のもののほうが意外と喜ぶかもしれないけど。」
「…。」
冴は考えた。
「プレゼント…。」
「あとね、あんた、お母さんになにか買いなさい。あたしが持ってってあげるから。…冬休み、お母さんとこ行けないかもしれないでしょ。」
…冴は顔を上げた。
+++
百貨店はクリスマスプレゼントを買い求める客でごったがえしていた。
…案の定、冴はすっかり荷物持ちにこきつかわれるハメになったが、買い物そのものは、ユウが言ったとおり、プレゼント類と若干の必需品だけだった。ユウは慎二のために、「一見皮張りの鍵付き日記帳だけど実は中が小物入れ」というスパイグッズみたいなものを買い、冴は考えたが、同じ店で陽介へのプレゼントはみつからなかった。
「…母には何がいいんだろう。」
「なんでもいいんじゃない、ネックレスとか。」
「…あの女傑がそんなもんつけるか?」
「息子に贈られればいさんでつけるわよ。」
「そうかな。」
「はずかしいなら靴下とセーターにする?」
「…かさばるものは運ぶ人間に悪いから、ちいさいものにしよう。」
「まあ、嬉しいこと。いい子ね、冴は。」
いい加減母も若くはないので、適当なものというわけにもいかず、冴はそれなりに支払うかたちで、…ナルミの「茶わん蒸し代」があったので…シックな銀の鎖がキラキラ3重に捩れている上品なものを、ケースにいれて包んでもらった。
「…久鹿のはどうすんの、あんた。」
「…ケーキ焼くし、いいかと思って…というか、ケーキ焼いて、プレゼント買って、掃除して、ツリー飾って、まってたはいいけど、イブにかえってこなかったら、俺は立ち直れない気がする。…ケーキはいいんだ、ドミか吹雪の家にでももっていけば、喜んでくってもらえることがわかったから。…でもプレゼントはとりかえしがつかない。だからプレゼントはいい。」
「…?なにいってんの、あんた。いつからクリスマスにかえってこないことになったの?」
「…よく考えたら『クリスマスにはかえってくる』と言われたっきり、電話もこないし、メールもこない。多分、手こずってると思う。…期日どおり仕事がおわるかどうかは…。」
冴はそういって、思わず遠い目になった。
店員さんとユウはおもわず顔を見合わせた。2人とも、「ヤバいっ」という顔になった。
店員さんが、さりげない様子で、カウンターのむこうのほうから金の籠をもってきた。
「お客さま、お客さまの恋人の方でしたら、こちらはいかがでしょう。かわいらしくて、お若いカップルに人気なんですよ。」
「あら、素敵、いいわね、これ。冴、みてごらん、ほら、きらきらしてかわいいわ。これ、アクアマリンね?」
「はい、水色はアクアマリンです。…黄緑のペリドットも素敵ですよ。」
「ガーネットもいいわね。これガーネットでしょ。」
「はい、ぜんぶ天然石なんですよ。」
ものすごく2人が必死な様子なので、冴はめんどくさく思いながら、その籠をみた。
…ちいさな、かわいい石の並んだ花のついた細かいチェーンのブレスレットが、雪のような綿のうえに各色飾られていた。
「冴、ちょっと手だしてごらん。ほら、久鹿、手首けっこうそれなりだから。あんたがはめれれば大丈夫でしょ。」
「長いサイズのもございますよ。…ブレスレット型の時計と合わせてもすてきですよ。」
ユウは冴の手をひっぱって、一つ勝手にはめた。
「ああ、これなら、多分大丈夫だわ。…何色がいい、決めなさい。」
はめたものを手早くはずした。
冴が黙ったまま選ぶ気配がないのを見て取って、ユウは籠にぱっと手をかざし、ゆっくり回すと「これがいいわ」と一本ひっぱりだした。そして店員に目配せすると、店員は急いでそれを奪い取り、向うへいって包装しはじめた。
冴がじろっとユウを見ると、ユウは冴の腕をがしっとつかんだ。
「…よくおきき。…いい、クリスマスに会えなかったら、誕生日にわたせばいいだけよ。でも、クリスマスに渡すものがなかったら、カッコがつかない。…なんでもいいから買っときな!」
冴はぱっとユウの手を振払った。…支払いは、した。
+++
買い物が無事(?)終わって、ユウが「こばらへった」とひっぱるので、最上階のパスタハウスでパスタを食べるハメになった。ユウのおごりだった。
「…あんた、だいぶダメージくらってるわね。すっごい暗い。」
「…そうか?…ここ最近、不必要に明るかっただけじゃないか?」
「…久鹿にまだ帰ってこられると困るの?」
「…なんで。」
「…いきなり、かえってこないかもなんて言い出すから。」
「…どうだろう。…藤原の気配がものすごく濃くなった。…猫も気付いてる。」
勿論、そんなことぐらい、ユウも気付いていた。ユウはわざと大袈裟に陽気に言った。
「あらら。今久鹿が帰って来たら死闘だわね。ようちゃん、原因不明の衰弱で痩せ細って死ぬわ。」
「…楽しそうに言うな。」
「…万が一いつきなんかついて来た日にゃ、逆に藤原くん、魂1つ落とすわね。」
冴はびっくりして顔をあげた。
「…なんだって?」
「あんたの親父でも生霊の一つや二つ粉砕したけど、いつきは対人間仕様じゃないからね。あれは、対神仕様。」
「まさかついてこないだろう。」
「ケーキを狙ってくる可能性は充分にあるわね。あの子は食い物のためならなんでもしかねないわよ。」
冴はぐるぐる視界がまわった気がした。
「…とんでもないことだ…。」
「そのとおり。…いよいよ藤原くんをなんとかしなきゃだめだわ。」
ユウはそう言ってため息をついた。
「…どうして状況が悪化したときすぐ連絡しなかったの?」
「…」
冴は黙り通そうかと思ったが、少し考え直して、言った。
「…俺が…半端な態度をとってるせいもあったから、…俺も悪いと思った。」
「…良いか悪いかはとりあえず今はいいわ。…ま、ほんとのこといえば、人間なんて、みんな、よかったりわるかったりする生き物なのよ。…ただ、問題がおこってるなら、調整しないとね?」
「…そうだな。」
冴はうなづいた。
「…じつはね、藤原くんがケーキくさくなってから、あたし一度偶然会えたのよね。」
「…藤原に?」
「そ。なんかお使いにきてたの。ゴハンの材料買ってたわ。店で。」
「…話したのか。」
「あんたの名前は出さなかったけど…彼は自覚もあったし、…その現象を『生霊』と呼ばれて、狼狽してたわ。」
「…。」
「…執着を手放すように言ったけど…。彼は、正直自分がどうしたいのか、よくわからないみたいだったの。だからそれを、後ろのひとに相談するようにと言っておいたわ。たしかおとといだと思うのよね。…昨日、どうだった。」
「…昨日は、俺はとくに、気付かなかった。」
「…改善気味ではあるわけだ…。」
ユウはスパゲティのフォークを置いた。
「…あんたを通じて、ちょっと見るわね。」
「ああ。」
冴は別に気にせずに、スパゲティを食べ続けた。
ユウは、あら…と言った。
「…どうした?」
「あのこだわ。ご同類のシロウト占い師。」
そうか、と思った。
「…昨日の夕方だな?」
「…でしょうね。」
「大弓とは、何を?」
「…悪魔の誘惑。」ユウは目を細めて言った。「…あたしに刃向かう気ね、あの女の子。まあ、いいわ。」
「悪魔の誘惑?」
「…人生を棒にふるかわり、あんたをモノにするって選択肢もあるのよって言ったみたいね。」
…冴は息の根が止まるかと思った。
…そうだ、と思った。
…藤原は、もしのぞむなら、そうすることもできる。そしてそのとき、冴は拒めない。
…その通りだった。
「…藤原は、なんて?」
「…あの子、いいこね。…馬鹿正直にほんとのこと言ったんだわ。」
「…なんて?」
「…それがきめられないんだって。」
「…」
「せつない顔しないの。まったくしょうがないわね、あんたは。…そんなロマンチックな話じゃないかもしれないわよ?あんたの立場なんかを考えたんじゃなく、自分の財産を計算したんじゃないの?まあ詳しいことはわかんないけど。」
ユウはわざと意地悪くそう言うと、またフォークをとった。そして、ため息をついた。
「…あんた、藤原くんに攫われたい?心の片隅に、少しはそういう憧れ、ある?」
「…ない。ただ、陽さんにほっとかれてるので、陽さんだろうが藤原だろうが、少し俺のせいで痛いめみればいいのに、とは思ってる。…どうやらそれは、どうしようもなく、…思ってる。」
ユウは、またため息をついた。
「…怖いわねえ。どうしてあいつらこんな男を好きになるのかしら。…きっと、痛いめ見たい気持ちがどっかにあるのね。…俺の矮小な価値観を根こそぎとっぱらってかえてくれ、とかね。知らない世界を知りたいのね…何もかも捨てて新しくやり直したいんだわ、きっと。共に行く道が茨の獣道と知らずに。…男の子だもんね。」
「…それは俺にいわれても…」
「はいはい、茨の獣道の住人さん。いいのよ。責めてるんじゃないの。いつきがいってたわ、世界は多様性を必要としているんだって。どんな不思議な異端者でも、世界が必要としているからそこにいるんだってさ。どう、深遠でしょ?お婆経由であんたの親父に言ったっつーんだから、ツワモノよ、あいつは。オナト叔父、笑ってたらしいわ。」
…言ったのがいつきでなければ冴も感動しただろう。
…父の話をきいて、ふとなにか思い出しかけたが、なんなのか、ぼんやりして形にならなかった。
「…うーん、藤原くんに、もう一度わたしがあえるといいんだけど。…呪いかけてひっぱるかぁ?」
「…まて。…もし、藤原に言うことがあるなら…俺が電話で言おう。2人っきりで会うのはお互いよくないが、電話くらいなら…多分、大丈夫だ。」
「あんたじゃ10中8~9、だめだわ。…第三者がいいのよね、それも、ちょっと他人行儀な相手。仲良し相手だと、彼、強いデショ?我侭言い出して、押し切っちゃう。」
「…それは言える。藤原は、みんなに愛されてる。…須藤に、藤原を見捨てないでくれ、と口説かれた。」
「あららららら。どうしようもないわねえ。あんたたち。」
返す言葉もない。…だが、冴にしてみれば、須藤の申し出に救われたのも、事実だ。
冴は複雑に絡まりあうトマトソースのスパゲティをかき混ぜながらたずねた。
「…もし藤原に会えるなら、お前は何をあいつに言うんだ?」
「別になにも言わないわよ。」
「…?どういう意味だ?」
「…彼の、整理できずにいる、ごちゃごちゃからまった激しくて強い気持ちを、…彼が一生懸命、必死で紡ぐのを、…そっと受け取って…優しく憐れんであげるだけよ。…彼は凄く業が深い子なのよね、だから強い守りが必要だなってことで、縁者の強い守護がついてくれてる…でも、わたしの前で泣ければ、彼の業はだいぶ断てるわ。まあ別に、例のシロウト占い師ちゃんでもいいんだけど。」
…あっ、と思った。
…彼はとてもお前を愛しているので…
よく知った声がそういっていたではないか!
「…どうしたの?」
「…今思い出した。親父が夢枕にたったとき、そうしろと…俺に言った。」
「…もう遅いわよ。あんた彼に自分の事情、話しちゃったんだし。今となってはエゴの押し付けあいで終わり。…今、あんたの友人衆、もしかして集ってる?」
「ああ。」
「…うーん、動きが出そうなんだけどなあ。」
ユウは目を閉じて、遠くをうかがうように首をのばした。