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11 忘年会

 冴は、内心困惑しながら、予定より少し早く、ツリーの飾りつけをしていた。

 ちょっと油断するとすぐに猫が飛びつくので、仕方なく、猫を廊下につまみ出した。

 …明日、友人達がここに集まるというので、廊下の床には低く暖房をいれてある。猫は廊下でも心配あるまい。猫は閉った襖をがりがり掻いて、ニギャーと暴れているようだ。

 ツリーが綺麗にできあがると、冴は猫が飛びついても倒れないように、どっかりと漬物石数個でツリーを固定した。…登っても、倒れなければいいだろう、と思った。部屋のまんなかに、ボアの敷物を敷いて、コタツをおいた。

 …根津に押し切られてしまった。

 最近、自分は、切断能力に欠ける、と冴は思った。

 どうして自分は「駄目」といえなくなっているのだろう、と思った。

 …多分、陽介に「駄目」といわれて必要以上に傷付いてしまったせいだ。

 …別に、傷付くほどのことでもあるまいに。ただ、留守番してろと言われただけだ。

 …自分が馬鹿に思えた。

 準備の済んだ部屋から出た。猫を床からひょいとさらって抱くと、猫は「ぐぎー」とものすごく不満そうに唸った。しかし、冴の肩にしっかりと爪をたて、掴まっていた。

「…陽ちゃん、つめ痛いでちゅよ。ぱっちんぱっちん切ってしまいまちゅよ。」

 暖房をいれると、廊下は雰囲気がよかった。脚に苦痛がない。活動的な気分にもなり、裸足でぺたぺた歩くと、気持ちいいくらいだった。 …陽介と揃いで買ったスリッパは、留守番が始まって以来しめきりの寝室に、そっと置かれたままになっている。

 …しかし、考えようによっては、陽介はいないのだし、友人達が陽介に余計なちょっかいを出す心配のないときに、友人同士で集まる場を提供する当番がこなせるのだから、よかったのかもしれない、という気もした。まあ、陽介が、自身の不在時に冴の仲間が集まったと知れば、拗ねるだろうけれど…。…勝手に拗ねりゃあいいさ、そもそも言うまい、と思った。

 …今日は帰って来てから、もう一度、須藤家で教わったケーキを練習してみた。明日根津にでもおしつけて、寮で食ってもらえばいいと思った。そのくらいの役にたってくれてもいいだろう。須藤や吹雪に立て続けに同じケーキを食わすのは悪いので、とってあるパウンドケーキを出そう、と思った。

 …藤原の顔を見るのは、やっぱり気が重かった。


+++

 朝食を食べていると、吹雪から電話がかかってきた。

「起きてる?」

「ああ。」

「早いけど、行ってもいい?…絵かくとき使うのに、猫と冴の写真が撮りたいんだけど。」

「…じゃあ9時に駅まで迎えに行く。」

「わかった~。」

 …気の早いことだ。

 歯を磨いてから迎えに行くと、吹雪は御機嫌な顔で、駅の前に立っていた。寒いからマフラーをぐるぐるまいている。縞模様がこじゃれていた。

「お早う吹雪。いいマフラーだな。」

「いいだろ。昨日、ばーちゃんが編んでくれた。色あわせは俺。同じのつくって問屋さんに持ち込むってさ。」

「ああ、かっこいいぞ。多分ウケる。」

「高く売れるかな?…早くきちゃってごめんね。」

「別にかまわない。どうせだらだら菓子でも作ってるか、猫でもかまってるだけの時間だから。」

「…実は、冴の残り物料理の昼飯を狙って来た。」

「…ほんとに残り物だけど、それでいいなら。」

「やったー!」

 吹雪は冴の腕に抱き着いて、腕を組んだ。2人は歩き出した。…家まではそう遠くない。

 吹雪が家を見た第一声はこれだった。

「うわー…ひらぺったくつかってるっ!!」

 冴は笑った。

「…庭、みるならそっちだ。」

 冴が言うと、吹雪は庭を見に行った。

 冴はさきに玄関口へ行って、鍵を開けた。戸を開けると、にゃーん、と猫が出迎えた。

 吹雪は猫の鳴き声を聞いて、「猫、猫」といいながら、庭から戻って来た。

「…豪勢な庭だね。」

「…時々庭師さんがくる。」

「…だろうね。」  

 冴が抱き上げた猫を、吹雪は覗き込んだ。

「…ちっちゃいね。」

「ああ。」

「可愛い。」

「にゃーん。」

 猫は愛想よく吹雪に向って鳴いた。


+++

 吹雪は持参したカメラで、猫の写真を飽きずに撮った。

 クリスマスツリーと遊べて猫は御機嫌で、すぐに吹雪とも仲良くなり、いろいろなお茶目をして、吹雪を笑わせた。吹雪はコタツに脚をつっこんだままねそべって、床から猫を狙って撮った。

 冴は吹雪の接待を猫に任せて、自分は少し、また菓子を作ってみた。

 オーブンにいれたあたりで、吹雪が猫のあとを追いかけて、台所にやってきた。

「何してんの、冴。」

「ん、青ノリと胡椒のクッキー。…すぐ焼けるぞ。」

 冴は冷蔵庫に貼ったレシピを指した。猫が脚にしがみついたので、抱き上げた。

「…吹雪があそんでくれただろ。よかったな。」

 猫に言うと、吹雪は言った。

「…冴、抱いてるとこ、撮ってもいい?」

「ああ。」

「…なでてなでて。」

 冴が猫をなでているところを、吹雪は写真におさめた。

「…コーヒー飲むだろ、吹雪。」

「うん。…冴のくれたコーヒーおいしいって、おとーちゃんも喜んでた。」

「…そうか。よかった。コーヒーは好みがあるからな。…猫、ちょっとあずかってくれ。熱湯危ないから。」

 冴は猫を吹雪に預けて、コーヒーをいれた。コーヒーがちょうど落ちた頃に、クッキーも焼き上がった。

 猫とコーヒーとクッキーをツリーの部屋に持ち込んで、2人でコタツに入った。

 猫はこたつのなかに入ってしまった。コタツのなかで、ときどき2人の脚に、かわるがわる触った。

「ツリー、買ったの?」

「ああ、ジンジャークッキーを焼いたら、飾りたくなって。」

「この茶色いやつだろ。あははっ、かわいいっ。…大きいツリーだね。須藤んちのより大きいかな。」

「そうだな。…この家に小さいの置いてもはじまらん。」

「まあね。…この屋敷、全部掃除してんの?全部畳部屋?」

「少しずつローテーションして掃除してる。…全部畳部屋ってわけでもない。まあ、いい運動になるよ。たまに百合子さんも手伝ってくれるし。…陽さんも自分とこと玄関くらいはやる。」

「…クッキー、おいしい。なんかオトナの味。」

「甘いものばかりだと飽きるからな。」

「コーヒーにも意外と合うね、青ノリ。」

「そうだな。予想よりいい味だ。…雑貨屋さんで、材料や道具を買ったら、簡単な、小さなレシピをたくさんくれたんだ。…」

 2人はそんな話をしながら、午前の時間をのんびり過ごした。

 吹雪はときどき、冴や猫の写真を撮った。

 そのうち、このあいだのラグの話になった。見るか聞くと見るというので、冴は吹雪を自分の部屋に連れていった。

 自分の勧めたラグと、机の相性がぴったりなのをみて、吹雪は満足げだった。

「…机、買ってもらったんだね。」

「そうなんだ。」

「チップビューアーもつけたんだね。…よかったね。希望通りのやつだ。…なにもない部屋だなあ、あとは箪笥だけか。」

 …箪笥の中味はパーティーフォーマルばっかりか?と吹雪がふざけて聞くので、開けてやった。吹雪は笑った。

「貧乏臭い服あったら俺が捨ててやるよ。」

「あっ、なんだとっ、やめろ! 気に入ったのしか残してないんだ!」

 のぞきこんだ吹雪は、拍子抜けして言った。

「…あれっ、けっこうすかすかだね。」

「…新しいの買ったら古いのは捨てる習慣なんだ。狭い部屋で暮してたから。」

「そっか。…うん、家主さんけっこうわかってるう、センス悪くないね。…チキリンなのはないや。」

 冴は吹雪の御墨付きで、なんとなくほっとした。

「…スゴイ、パーティ-フォーマルが3着あるよ。これ見たことないな-」

「…まあ…仕事着…というか、陽さんいわく、『戦闘服の一種』だから…。」

 吹雪は、修学旅行に冴が持参しなかった盛装をひっぱりだして、冴の胸にあてた。

「うわー、似合う。…戦闘服か…。どんな戦いなのか、ちょっと見たい気もするし、怖い気もする。」

 吹雪が服を丁寧にしまってクロゼットを閉じると、冴は手招きして、壁の一角を指した。

「吹雪、ここに、吹雪の絵を飾ろうと思うんだ。」

 吹雪はその壁を、腕をくんで吟味した。

「…うーん、こうもなにもない部屋だと…でかいやつのほうがいいねえ。…たしか美術部の備品に、卒業生がかきかけにしたままの40号があったな…。あれチョロまかして張り替えれば、でかいの、かけなくもないな…。」

「…多分、絵だけしばらくかけとけば、百合子さんが立派な額を買ってくれる。」

「…家主さんのお母さんたらしこんだの?…それ、泥沼だと思うけど…。…絵にはいちおう、木わくだけつけるよ。まあ、周囲に板うつだけだけど。…展示会のとき、そうするんだ。」

「百合子さんはシリアスでハードな女だ。俺になんかなびかないぞ。でも机が手に入るよう、手配してくれた。」

「…ふーん。…まあでも、和室かあ…。うん、わかった雰囲気。…広くていいね。」

「毎日ここで筋トレしてる。」

「…冴の割れた腹筋を維持しているジムでもあるってわけだ。」

 2人は部屋を出た。

 吹雪がからかうように言った。

「…今はこの部屋に布団敷いて、一人で寝てるんだ?」

「…いや、猫と一緒。」

「あーああ、それで眠れたんだ、一人でも。」

「…そうかもしれん。」

 冴は笑った。

 そして、ふと思い立ったように吹雪をふりむいて、…冴は自分でもどうしてだかわからないが、こう言った。

「…見たいか?寝室。」

 吹雪は黙って、冴を見つめ返した。


+++

 冴のつくったおいしい残り物料理を2人でささやかに食べ、1時に合わせて、2人は駅に行った。 駅の外で、撮った写真を見ながら友人たちを待った。

「…傑作な猫だね。飽きないだろ、毎日。」

「かわいいぞ。耳の錯覚だと思うが、『サエーッ、サエーッ、ゴハンー』て鳴くんだ。」

「…それは耳の錯覚か、でなきゃむしろテレパシーだよ。」

「このあいだ風呂に入れたら、ギャーギャー言われて…。すごく不満そうにひとしきり怒った挙げ句、俺の布団で俺の腋の下にはさまって寝るんだから…」

「…すっかり親ばかになってる、冴…。」

「…紐を振ってやると30分でも1時間でも遊んでるんだ。」

「…でれでれだね…。」

 吹雪が苦笑していると、先に、根津が一人だけ到着した。

「あれっ、タッチ、早いね。」

「俺、朝からいるもん。」

「何してたの朝から。」

 根津が不審そうに言うと、吹雪はカメラを根津に渡した。

「わー!! これ月島んとこの猫?かわいーっ!!」

「かわいいだろ。」すかさず冴は言った。

「写真、いっぱいとってたんだ。月島の絵に、猫いれようかと思って。」

「へえ。…あ、これは一緒にうつってるね。…なんだよ月島、このそこいらの馬鹿者みたいな顔は。」

「失敬な。愛に満ちた顔と言うがいい。」

「お前はこの顔が取り柄なんだからね?気をつけないと。」

「…お袋でもそこまで俺を酷評せんぞ。」

 調子よくやりあっていると、次の電車で、藤原と須藤が一緒にやってきた。

「ああ、みんないるな。」

「悪ーりわり、まった?」

 ガヤガヤと5人、声をかけあった。

 …いつもの5人だ。

 藤原も、見た限りでは落ち着いていた。


+++

「いやー、わりーな月島、久鹿さんの留守にあがりこんじゃってー。」

 根津は嬉しそうに坊主頭をかきながら、ニヤニヤ言った。吹雪からみても、すごーく嬉しそうだった。

「…まあいいだろ、別に。俺的にはいるときよりいい。」

 冴はシビアに言い放った。

「…俺的にはって。」

「…陽さんはおまえらと遊びたがっているぞ。でも俺は許さん。」

「なんでだよお。」

「俺よりオマエラのほうが陽さんに好かれたら生きているのが嫌になるからだ。」

「イヤンなるか?楽になるぞ。」

「なるか。馬鹿め。俺は珍獣だから飼われているだけだ。飽きられたら捨てられる。俺の取り柄は顔だけだからな。」

「根に持つなよなーっ。」

「俺は根に持つタイプだ。」

「ひらきなおったよこいつ。久鹿さんがいないからってすねやがって。くだまいてないで自慢の茶でもいれてこい。」

 冴は舌をチラチラさせながら這い去る蛇のように引き下がり、キッチンへ消えた。

 吹雪は感心した。

「根津って、たまに強いよねーっ。」

「そうでしょーっ。」

「…コタツはいらせてもらおーぜ。」須藤が言った。

「あっ、中に、にゃんこいるかも。」

 吹雪が言うと、藤原は布団をめくって中を見た。そして手をつっこむと、上手に猫をひっぱり出した。

「登場~」

 コタツの上にひょいと置く。

「おおお、かわいいっ。」

「白いとこが真っ白だな。」

「洗ったらしいからね。」

 4方から「おいでおいで~」と呼ぶと、猫は何故か根津のところを選んだ。

「ほーら、にゃんこはわかる、俺の愛。」

 根津は猫を慣れた仕草で抱き上げた。

「…もしかして根津、家で飼ってる?猫。」

「昔飼ってたよ。俺が生まれたときにはもういっぱしオトナで、俺のお守してたらしいよ。…だいぶ前にトシとって死んじゃった。…また寮を出たら飼うよ。猫のいる人生は、潤いがある。」

「なんか哲学のたまってるよ、根津の奴。」

 猫は「おじさんいっぱい…かこまれてる?!」という顔で、目をまんまるに開いて見回しつつ、根津の腕にしっかり掴まった。

 吹雪はクリスマスツリーから金のボールを一つ勝手に外し、ころころとコタツの上を転がした。途端に猫は根津の腕を放して、たたたっとボールにかけより、「ていっ、ていっ」とボールを叩いた。ボールが転がると「生きてる!!」という顔で吹雪を見上げて同意を求め、吹雪がうんうんとうなづいてやると、また「てぃっ、てぃっ!!」とボールを叩いた。

 猫にあそんでもらっているうちに、冴が茶をもってきてくれた。

「かわいいだろ、うちの猫。サイコ-だろ。」

 冴は機嫌よく言った。

 みんなが、人懐っこいよな、とか、元気いいよな、とか、いろいろ一言ずつほめると、冴はますます機嫌が良くなった。


+++

 夕方になる前に、藤原は時計を何度か見るようになり、3時過ぎに、会話の間を得て言った。

「…俺、今日これから人に会う約束してるから、もうオイトマするわ。」

「え、もうはや?」

「うん。」

 須藤と根津が一瞬気を回す気配を漂わせた。

 吹雪はあっけからんと大きな声で言った。

「女だべ?」

 藤原はムカっとして吹雪を睨んだが、否定はしなかった。

 心配そうに須藤がたずねた。

「フジ…エリカちゃんともう別れ話か?!クリスマス前だぞ?!せめて終わるまで待て。」 

「まだなにもはじまってねーからっつーか、なんでお前知ってンだ?!」

「…葛生エリカの超ゴリ押しのことなら、もう学年中が知ってるぜ。」

 根津が教えてやると、藤原はびっくりした。

「なんでだよ?!」

「なんでってお前…。」

「なんでもあさっても…。」

「…たまーに思うけど、藤原って馬鹿?」

 吹雪の心無いコメントに藤原はまたムカっとしたようだった。

 冴が笑って言った。

「…みんな人気者の動向には注目しているものだな。」

 藤原はくやしそうな顔をし、須藤に言った。

「そういう須藤はイッコ下のユキナちゃんとは結局どーなったんだよ。」

「どうって…土産は渡したが。」

「渡したら何て?」吹雪はきいてみた。

「…」須藤は少し間をおいて言った。「…まっ、いいだろ。」

「よくない。」

 4人が一斉に言うと、須藤は頭をかいた。

「普通に、ありがとうございますって。」

「嘘つけ」

「間髪入れずに4人でユニゾンするな!」

 根津がくるっと向きをかえて、突然吹雪の手を握って言った。

「…先輩…あたし…あたし…」

 吹雪はそれだっ、と思ってもじもじ言った。

「…ユキナ、気に入ったか…?」

「…嬉しいっ! 先輩ーっ! ありがとうーっ!」

 根津は吹雪にだきついた。

「お、…おいユキナ…まいったなぁ。」

 吹雪が須藤の声真似で頭をかくと、冴と藤原が指までさして笑ってくれた。須藤は怒った。

「なるかばかものども!!」

「じゃあ…」

「もういい!」

 須藤は威厳をもって新バージョンの実行を制止した。それから言った。

「…俺は23日は夜中までスケジュール埋まってるから、誘うなよ、貴様ら。」

「ヤッタ-!! 須藤くんおめでとう!! 」

「バンザーイ!!」

 友人たちの祝福に、いささか迷惑そうな須藤だった。

 一段落つくと、藤原はそのまま立ち上がった。

「…駅、わかるか、藤原。」

 冴がコートを手渡してやって、たずねた。

「ああ、大丈夫。」

 藤原はコートを着て、静かに言った。

「じゃあ俺がお見送りしてあげる。」

 吹雪は立って、ついてこようとする冴を仕草だけで追い払うと、藤原のあとをついて、玄関の外へ出た。

「…藤原クン、みんなが藤原クンと冴のこと、心配してるよ。」

 門を出てすぐのところで、吹雪は言った。

「…」  

 藤原は黙って振り返り、低い声で言った。

「…お前、生霊って信じる?」

「…」

 吹雪はどういう意味が分からず、返事を保留した。

 すると藤原は言った。 

「…ケーキ、うまかったな。…月島ここ数日、ずっと菓子作ってるんじゃねえか?」

「…そうらしいね。須藤くんのママに習いに行ったりしてるよ。」

「…俺はここ数日、月島とは口もきいてなかった。でも、お袋や…たまたま会った人に、…ハチミツやバニラの匂いがするっていわれるんだ。」

 吹雪は流石に驚いた。だが、驚いたそぶりはなるべく見せなかった。 

「…月島を抱く夢を見る。生々しいやつを。…うたたねしていたら、あの猫と目が合ったりもする。」

「…。」

「…その筋の女に今日これから相談してみるつもりだ。…さすがに、身がもたなくなってきた。」

「藤原…。」

「…俺はどうしたらいいのかわからないんだ。…計算して好きになったわけじゃないしな。…そんなもんだろ?」

「…」

「…上手い具合に、明日行ったら、学校も冬休みに入る。休みあけには、できればなにもかも元通りにしたい。…後悔してるわけじゃないが、このままだと…まずい。」

「…藤原、元通りには…」

 吹雪の言葉を、藤原は遮って言った。

「…誰にであれ、お前が言うべきだと思うなら言え。…じゃあな。」

 藤原はそう言い終えると、吹雪に背を向けて、歩きだした。

 吹雪はその後ろ姿を見送った。

 ただ勇気だけが支える、そのまっすぐな背筋を。  

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