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蒼太

「じゃ、先生さよーなら!」


「みどり先生! ばいばーい」


 黄色い帽子、同じ色の小さな鞄を斜め掛にした二人の園児は、側に立っていた一人の女性と一緒に園バスに乗るみどり先生に対って大きく手を触った。


「さぁ、ふたり共行きますよ」


 大きなお腹を摩りながらにこやかに笑った女性は、ふたりを前に歩かせ後に続く。


「ね、おばさん。お腹の赤ちゃん、男の子なんだよね?!」


「ええ、そうよ」


「ゆき、お姉ちゃんが良かったのにぃ」


 蒼太と一緒に手を繋ぎながら歩くゆきという女の子は、少し頬を膨らませて振り返りながら言う。


「でも、ゆきちゃんお姉ちゃんになるんだからいいじゃん! 僕も弟か妹欲しい」


「ママ、今日のおやつなーに?!」


 ゆきちゃんの言葉に、蒼太もお腹が空いてきたのか、おやつ!おやつ!と連呼する。


「今日はね、蒼太くんの大好きなかぼちゃのプリンよ」


 ゆきの母親·長谷川理恵は、そうふたりに言うとまたお腹を擦る。


「来週、おばちゃん病院におとまりだから、ゆきちゃんとずっと一緒!」


 ふたり手作りのかぼちゃプリンを食べながら、話す。


 おやつが済むと、三人で洗濯物を畳んだり、お勉強をしたり、夕方まで過ごす。



 ピンポーン···


 チャイムが鳴ると蒼太、ゆきは、バタバタと走りながら玄関に走り、


「ママッ!」開いた玄関から入ってきた、蒼太の母親·小林真琴に飛びつく。


「いつもありがとうございます。これ、良かったら皆さんで」


 真琴は、手にしていた小さな上袋を理恵に渡すと頭を下げた。


「おばちゃん、赤ちゃん元気に動いてる。ゆきちゃん、またね!」


 小さく手を振り、蒼太は真琴と一緒に自宅のある十二階へと上がる。


「蒼太、今日パパ遅いんだって。ご飯簡単でいい?」


 真琴は、玄関の鍵を上げながら言うと、蒼太は小さく返事をし、靴を揃えて上がった。


「僕、着替えてくる。ご飯、お手伝いしてもいい?」


 真琴は、小さく笑って頷くと蒼太の鞄を手に、リビングへと向かった。



 部屋の扉を閉めた蒼太は、ギュッと目をつぶった。


『また今夜もあの女の···』


 真琴の手から伝わる言葉を蒼太は、幼いながらも自分の父親がどこにいるのかを感じ取っていた。


『そうちゃん! おかえり!』


 振り向くと去年のクリスマス・イブにサンタから貰ったテディベアのリンクが、トコトコと歩いて蒼太を見上げた。


「ただいま。リンク。大人しくしてた?」


 蒼太は、リンクをベッドに座らせると着ていた園服やシャツを脱ぎ、部屋着を着る。


『うん。いつもみんなと大人しくしてるよ。アザもう痛くない?』


 リンクは、蒼太の背中にある無数のアザをそっと撫ぜた。


「うん、大丈夫だよ。僕、ママのお手伝いしてくるから。待ってて」


 リンクの頭を撫で、蒼太はリビングへと行き、真琴と一緒に夕飯を作った。



「ママ、どうしてこんなに早く料理出来るの?」


 蒼太は、まだ包丁は扱えない。もっぱら、真琴が作った料理をテーブルに並べたり、お茶を注ぐ事しかさせては貰えなかった。


「そう? 蒼太だって、大人になればいっぱいできるわ。今どきは、お料理出来る男の子モテるのよ? ママの会社にもね···」


 蒼太は、ご飯を食べながらひとしきり真琴が勤める会社にいるお料理大好き男子の話を聞いては、凄い人だなって頷いた。


「お料理のプロに教えて貰ったんだね。そのお兄ちゃん」


 なるべく口にはしたくなかったが、自然とその言葉が出たし、真琴には気づかれなかった。



 小林家では、特に、真琴の前のでは“お兄ちゃん”という言葉は禁句だった。


 蒼太には、三歳離れた兄·悠輔がいた。まだ蒼太は、一歳になるかならずの頃。悠輔は、蒼太が入ってるベビーカーを押しながら歩いてる真琴らに駆け寄ろうとして、車に跳ねられた。


 真琴の目の前で···


 蒼太は、知らなかったが、田舎に住んでいる祖母·田中ミヨから、当時の事を聞かされた。


『ごめんよ、そうちゃん。辛かったら、こっちにおいで』


 蒼太の身体についた無数のアザ。蒼太に問い詰める事はなく、極自然な表情で誰がしたのか察知したミヨは、幼い蒼太を胸に抱き締め泣いて詫た。


 それから蒼太は、真琴の前では、その言葉を出さないようにしていた。



「ごちそうさま。僕、これ片付けるね」


 自分が食べ終えた皿を流しの水桶に漬けると、蒼太はバスルームへ向かってお湯を出し始めた。


「蒼太、ありがと。ママとっても嬉しいわ」


 いつもの笑顔···


 いつもの口調···


 ただひとつ違っていたのは、蒼太の背中に回した真琴の指が、服越しに蒼太の柔らかな背中の肉を摘んでいた事だった。


「マ···マ?」


 蒼太は、つねられている箇所に痛みを感じたものの、真琴を跳ね返す事はなく、そのままジッとしていた。


「今日は、お風呂ひとりで入れる? 頭、洗えるかな?」


 儀式とも言えるその数分間が済むと、真琴はそう言い蒼太を離す。


「うん。ママは?」


 蒼太が言うと真琴は、小さく首を振り、父親がもう少しで帰ってくる事を知らせるとその場を離れる。


「ご本読んでね! 僕、入るから!」


 大きな声で言い、服を脱ぎ始めた。



『そうたくん。大丈夫? ゆっくり入るんだよ?』


「うん。わかってる。出てきちゃ駄目だよ?」


 洗面台にある歯ブラシが、少し空を彷徨うとまた元の位置に戻っていった。


『あれ、なんだったのかな? おばちゃんの赤ちゃん、変なこと言ってたけど···』


 小さな蒼太には、何故お腹を触っただけで、その赤ちゃんが泣いていたのかはわからなかった。


『そうちゃん、早くお風呂に入ろ』


 浴室の中のアヒル隊長が、声をかけてくる。


「うん」


 蒼太は、ママの事もパパの事も好きだった。でも、最近のママもパパもなんか怒ったり、泣いたりしていて···。


「アヒル隊長、どうしたらママ笑ってくれるの?」


『笑ってるだろ? いつも。違うのか?』


 アヒル隊長は、お湯にプカプカ浮かびながらのんびり泳いでは蒼太の身体をつつきます。


「うん。ママ、嘘っこで笑うもん。頭、洗わないと」

 

 蒼太は、バスタブから身を出すと大きくシャワーのノズルをひねる。


『もぉ、そんな強くひねったら痛いわよ。ほーら!』


 シャワーがくねくねと踊りながら、蒼太の頭をから万編に湯を当てる。


『洗えるのか? 手伝おうか?』


 アヒル隊長がそう言ったが、手も足も出ないから言葉だけ。


「いいよ。シャワーのお姉ちゃんいるから」


 手にしたシャンプーで頭を洗い、シャワーが優しく洗い流し、身体も同じように洗い流してくれる。



 蒼太には、なんでこんな力があるのかはわからないし、ミヨは誰にも喋るなと言っていた。だから、誰にも喋ってないし、何か音がすれば、みんな元に戻る。


 不思議な力···


『さ、きれいになったわぁ』


「ありがと! シャワーのお姉ちゃん!」


 再びバスタブに浸かり、真琴との約束通り十まで数え、ほかほかの身体でリビングにいる真琴と父親·和也の前に現れた。


「パパ、お帰り」


 蒼太が、そう言うと煙草に手を伸ばそうとした手を止め、こちらを見た。


「うん。蒼太、今日幼稚園···」


 そう口を開きかけた和也に真琴が、すかさず口を挟む。


「蒼太。そろそろ、寝る時間だから。あなた、さっきの話はまたあとで···」


「じゃ、パパおやすみ」


 蒼太は、真琴に手を引かれ自分の部屋へ行った。


「蒼太、おやすみ···」


「うん。ママ? 泣かないで」


 蒼太は、そう言うと布団を被り目を閉じ、静かに閉まるドアの音を聞いた。


これまで何も書いて無かった人の悲しきリハビリです。


書いてる途中、アレコレ入れたくなり、おかしくなってしまいました笑


誤字脱字などありましたら、是非。

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