エピローグ
エピローグ☆虹・アルフレッド
皆が、固唾を飲んで見守る中、巨大彗星とプリズム星はお互いにその軌道をわずかにずらした。
間一髪。衝突は避けられた。
彗星はプリズム星の周辺に漂っていたいくつかの小惑星を手みやげ代わりにその引力で引き寄せて連れて行った。
小惑星たちはまるで踊るように揺れ動いた。
プリズム星の地表では、すさまじい嵐が各地で起こり、たくさんの流星が降った。
だが、地下都市に避難した人々は無事だった。
そうして、やがて何事も起こらなかったかのように、彗星と惑星は元の自らの軌道上に戻っていった。
それは、見ていた者たちにまさに奇跡のように思わせた。
自己防衛プログラムを実行した後、コロニーのマザーコンピュータは、沈黙におちいり、今後もプリズム星を観察し続ける決定だけを行った。
☆
こめかみの辺りから出血があった。
かけていたサングラスはどこかにぶつけておしゃかになってしまっていた。
「どうやら生きてはいるみたいだな。なぁ、ヴァン」
彼の脱出ポットはプリズム星上にたどりついていた。
「アルフレッド!」
知っている声が通信機に入った。
「はい。こちら、アルフレッド」
「あんた、なにをやらかしたんだ?」
「?」
言われている意味が、本気でよくわからなかった。
「こちら、ジラルド。プリズム星の秘密がわかったんだよ!しかも、あんな危機的状況だったのに、この星の力だけじゃなく、なにか他の力が作用して彗星が避けて行ったとジ・ライヤーが言うんだ。あんたなんだろう?」
ぼんやりと、アルフレッドはモニターを眺めていたが、プリズム星上の様子を映し出してみて、
「地上は静かだ…」
とつぶやいた。
「それもこの星の力だよ。待っててくれ、皆で地下から出て、そちらへ向かうから」
ジラルドが一生懸命に言っていた。
「いつか…」
「え?」
「いつか、一緒にこの星系を舞台にしたイベントでも主催しようか?ジラフ」
「イベント?…おい」
ジラルドの声はまだしゃべり続けていたが、彼はおしまいまで聞かずに脱出ポットから抜け出した。
ヴァンはおとなしく、肩の上にいる。
彼は草原に立った。
風に吹かれて、自由に心をゆだねた。
やがてどこからか、歌声がかすかに聞こえてきた。
その時。空からたくさんのプリズムのかけらが降り始めた。
キラキラ光るそのかけらは、無防備な彼の両目に飛びこんできた。
「あっ!」
思わず目をつむり、次にゆっくりまぶたを開くと、世界は一変した。
七色の虹の色をした光が辺りを包み込み、色彩が鮮やかに彼の目に戻ってきた。
「ア・ルフレッド」
最初にア・イリスが駆け寄ってきた。
「私、何を勘違いしていたのかしら?空から降りてきて世界を救ってくれたのは、本当はア・ルフレッド、あなただった」
まっすぐに彼をみつめるア・イリスの目。
瞳の虹彩は文字通り七色にきらめき、中央の黒いひとみの奥にはもう一つの宇宙が存在していた。
「すいこまれそうだったよ」
と、いつかヒロキが言っていた意味が、今、初めて彼にわかった。
「俺はいつかここに来たことがあるような気がする…」
空を振り仰いで彼はそうつぶやいた。
たたえるように、ア・イリスはLight is Rightのプリズム星語の歌を口ずさんだ。
そのメロディはいつまでも絶えることなく、この夢のような惑星の上に響きわたっていた。
☆
「ア・ルフレッド。見ていてね」
そう言って、ア・キラは自作のハンググライダーみたいなものを抱えて笑った。
「おう。思う存分行ってこい」
アルフレッドは満面の笑みで見守った。
高台から平原に向かってダッシュしたア・キラは、上昇気流にうまく乗って、空を悠々と飛んだ。
「この星で思い残すことは、これで終わりかい?」
寂しそうにジラルドがアルフレッドに声をかけた。
「ああ。俺の用事はこれで済んだよ」
振り向いて、アルフレッドはおごそかに言った。
ジラルドからこの星のにんげんと自分たちでは時間の流れ方が違う、と聞いたとき、アルフレッドは『ウラシマ効果(惑星の地上と宇宙にいるのとでは時間の流れが違うので、宇宙に出た人が地上に帰ったときに浦島太郎みたいな状態になること)』ではないのか?
と、一瞬思ったが、よくよく考えてみると、ジラルドはこの星に来てからコロニーに帰還せずに残っていたのだ。
「ア・ルフレッド、ジ・ラルド?」
あの彗星騒ぎが起きた後、常にアルフレッドのそばにいて離れなかったア・イリスが二人の様子にけげんそうな顔をした。
「『空からの使い』は空へ帰るときが来たんだよ」
アルフレッドはア・イリスの思考パターンに合わせて、言ってきかせた。
案の定、神話に傾倒しているア・イリスにはその言い方がしっくりきた様子だった。
「弟には言わずに行ってしまうのですか?」
なんともいえない表情で、彼女はアルフレッドをみつめた。
実は、アルフレッドにとって、このア・イリスの自分を見る目が、少し心苦しいものであった。
「この娘に俺は一人の男としてみてもらうことは、生涯かなわないのかもな…」
だから、自分も、彼女のことは今以上に想うことはやめよう、と彼は考えていた。
「また、なにか起こったらここへ帰ってくるよ…」
「はい」
そして、アルフレッドはもう一度最後に空を飛ぶア・キラの姿を目に焼き付けると、もう、
振り向くこともなく、ジラルドとともにコロニーへ向かう小型探索船に乗りこんでいった。
☆
「…それで?結局、答えはみつかったのか?」
「答え?」
「自分が何者であるのか」
「…ああ。俺は『俺』。俺は俺以外の何者でもなかったし、いろんな状況で立場がころころ変わるけれど、いろんな人に同調して感情を感じたりもしたけれど、結局、それが基本だった気がする」
「俺は『俺』ね。まぁ、答えとしては悪くはない」
『その人』は満足そうに彼に微笑みかけた。
なんとなく、この場所がどこなのかわかりかけながら、彼は立っていた。
そして、気がつくと、一本の道があった。
「私の役目はここまでだ。あとは、あなたが、自分で捜して、切り拓いていくしかない」
「なんだよ。いつだってそうだったし、これからだってそうに決まってる」
彼はわざとつっぱねてみせた。
『その人』は面白そうに彼を見ている。
いつしか、その人と彼は同じ人物になる。
それまで、自分の一部なのに、どうしても受け入れることを拒んでいた部分が、融合して、そして新しい自分になった。
「俺はこれからも、歩いて行こう」
彼は次の一歩を踏み出した。
☆
ぱち。
目覚めて、アルフレッドは思った。
「すべて夢ではありませんように」
と。
良い事も悪い事も全部ひっくるめて、自分の人生なんだ、と彼は実感していた。
「俺は生きているし、これからも生きていく」
さあ、今日は一日、なにをしようか?
地球からは尻尾を巻いて逃げ出すことしかできなかったけれど、今度こそ、このリゲル恒
星系で精一杯生きていけるだろう。
そうだな…、ジラルドと一緒に宇宙帆船を使った合法レースでも開催してみるのも面白いかもしれない。
「物語の舞台は、リゲル恒星系で」
アルフレッドは嬉しそうに微笑んだ。