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第四章

   第四章☆緑・Trade/Wind

 毎日おきまりの風が吹いていた。

昼下がり、緑の風に吹かれながら、めずらしくジラルドが遺跡から離れて船の近くで紫煙をふかしていた。

「ジラフ。今日は遺跡調査に行かなくて良いのかい?」

通りかかったアルフレッドが声をかけた。

「…ちょっと行き詰まってしまって。遺跡地下の壁の文字が難解で先に進めない。扉らしいものがあって奥に部屋があるらしいんだが、そこまでたどり着けないんだ」

「オ・ランジュたちに文字の解読を手伝ってもらったらどうかな?」

「彼女たちは彼女たちで忙しそうだ」

「そうでもないよ。さっき、歌詞が出来て一曲完成したって喜んでいたからね。頼んでみよう」

「それは助かる。…ところで、あんたも一本どうだい?」

とジラルドはアルフレッドに煙草を勧めた。

アルフレッドはちょっと考えてから言った。

「悪いが吸ったことがないんだ」

「そうかい?…ま、気が向いたら言ってくれ。いつでもわけてやるよ」

「ああ。ありがとう」

アルフレッドは素直にそれがジラルドの好意の現れだと感じた。

 その日。二度目にプリズムの粉が降り始めた時刻に皆は集まった。

今この島にいる全員でジラルドの遺跡調査を手伝うことになったのだ。

「地下はとても暗いのね」

と、オ・ランジュが怖そうに言った。

アルフレッドたち地球派生型の人間には薄明るく見えるのに、プリズム星人たちには暗闇に見えるらしかった。

しゅぼっ。

ジラルドが持っていた消えにくい特製のライターの火をともした。

壁の文字を照らすと、ア・イリスたちに読んでもらった。

「奥の扉の開き方が書いてある」

「具体的にどうすれば良い?」

すると、ア・イリスは地面に無造作に転がっている石を一つ一つ確かめ、壁の凹みに合うものを探し出した。

全部で七つ。

石をぴったり大きさや形が合う壁の穴にあてがっていくと、果たして扉は開いた。

「気をつけろ!何かいるぞ」

ふいにアルフレッドの声が響いた。

扉の内側から黒い影が無数に飛び出してきた。

どさくさで、ジラルドはライターを落としてしまった。

「キャー!」

オ・ランジュとア・イリスが暗さでパニックになって、かん高い悲鳴をあげた。

彼女たちは少しでも明るい方へ向かって逃げ出そうとしたが、何者かに行く手を阻まれ、混乱した。

ジラルドがオ・ランジュを抱き寄せてかばい、アルフレッドがア・キラとア・イリスを自分の背中に引き寄せた。ア姉弟はアルフレッドにしがみついた。

「ヒロキ!よすんだ」

携帯していた麻酔銃を構えようとしたヒロキは、アルフレッドの声で銃口をおろした。

無数の黒い影は人の形をしていた。

やがて扉の中から明かりが進み出た。

「地上人よ。何ゆえここまで来た?」

おごそかな声が響き渡った。

明かりに照らされて、白いひげをたくわえた老人が杖をついて現れた。

「我々は他の星からやってきた者と、この星の者です。この星のルーツを調べていてここにたどり着きました」

ジラルドが一歩前へ踏み出し、皆を代表して言った。

「この扉の先は、この星が危険に陥った時にはじめて機能する聖域だ。今は何人もこれを犯すことはできない」

「大陸で調査した時にはこんな場所はみつけられませんでした。もし緊急時に機能するというのならば、大陸にも同じような所があってしかるべきです!何故こんな孤島にこんな場所があるのですか?」

「本当にちゃんと調べたかね?…それぞれの場所には秘密を代々守る者がいる。彼らに信用される存在であればすぐにみつかったはず」

「それは…」

ジラルドは言葉につまった。

「では、大陸で調査をしていた時に誰も教えてくれなかったのは、自分の力不足だったのか?」

悔しかった。

「…地上へ戻りたまえ。扉は必要が生じた時に必ず内側から開かれる。それまで近づくことはならない」

「しかし…」

食い下がろうとするジラルドを老人は一瞥しただけで黙らせた。

きびすを返し、他の無数の人影とともに扉の向こうへ戻って行こうとする老人に、ジラルドはかろうじて最後の質問を投げかけた。

「待ってください!あなたの名前は?」

「ジ・ライヤー。聖域を守る者、だ」

扉の閉まる音が響いた。

押しても引いてももう扉は開こうとはしなかった。

今回はここであきらめるしかなかった。

六人は地上へ戻った。

   ☆

 「ファナからまた通信が入ってきてるんだが、何て伝えたらいいかな?」

困惑顔でヒロキが聞いた。

「全員に帰還命令を出すそうだ」

アルフレッドとジラルドは顔を見合わせた。

「母船の方とクロスたちは連絡がついたそうだよ。あっちも簡易通信機を持っていたみたいだね」

ヒロキはとにかくアルフレッドとジラルドの意志を尊重してくれていた。

「…遺跡のあれを見た以上、俺はこの惑星に一人残ってでも調査を続けたいと考えている」

ジラルドは率直な意見を述べた。

「…クロスたちの小型探索船はみつかったけれど、ジラフは行方不明、ってことにしておこう。それから、遺跡のことはもっと詳しいことがわかるまで伝えない方が良いと思うんだ。余計な混乱を招きそうだから」

考え考え、アルフレッドが言った。

「そうか…」

ヒロキはそう言うと、母船とのやりとりを手短に済ませた。

「色々迷惑をかけてすまないな」

と、ジラルドが申し訳なさそうな声を出した。

「学者先生の決意が固いんならしかたないさ」

ヒロキがほがらかに言った。

三人が小型探索船から外に出ると、他の三人が心配そうに待っていた。

「もしかして、行っちゃうの…?」

ア・キラが言った。

「俺一人は残るけどね」

ジラルドが肩をすくめてみせると、いきなりオ・ランジュが彼に抱きついた。予想外のことにジラルドが粟を食っていると、オ・ランジュは涙を流して喜んでいた。

「まあ、なんだな。またいつか会えるかもしれないさ。どっちにせよジラフを一人ほっぽっとくわけにもいかないだろうし、すぐまた戻ってくるさ」

できるだけのほほん、とアルフレッドは言った。

「ア・ルフレッド。ヒ・ロキ…」

寂しそうにア・キラが言った。

「くよくよするない。姉さんが心配するぞ」

と、アルフレッドはア・キラの髪をくしゃくしゃかきまぜながら言った。

「よせやい。こども扱いするなよ」

「…歌姫館へ帰るかい?送って行こうか?」

「いいや、今はやめとくよ。ヒ・ロキが壊れていた方の乗り物を修理してくれたから、帰りたいときはジ・ラルドに頼むよ。…逃げ出した姉さんたちをめぐってごたごたしそうな気がするし。とりあえずしばらくこの島に残って時機を待った方が良いと思うんだ」

そのしっかりしたア・キラの口調に、アルフレッドは少なからず安心した。この子に任せておこう、と思わせる何かがあった。

「そうか。じゃあ元気でな」

「ア・ルフレッドもね」

ア・キラはにこりと笑った。

「飛行機の造り方教えてくれてありがとう。いつか自分の力で空を飛んでみせるよ」

「ああ。がんばれよ」

アルフレッドも微笑んだ。

 「さて、と」

アルフレッドはジラルドの方に向き直った。

「念のため、小型通信機を一つ預けておくよ。困った時にスイッチを入れてくれ。俺たちだけの秘密の回線だ。周波数を決めておこう」

しかしそれは双方がこの惑星付近にいる時にしか通じないものだった。それでも暗にアルフレッドが迎えに来る約束をしていることがジラルドにはわかったので、気休めになった。

「ありがとう。それじゃあ健闘を祈る」

「ああ、こちらこそ。がんばれよ」

二人は固い握手を交わした。

   ☆

 アルフレッドとヒロキは大陸へ向かい、クロスとホーシローを回収して、母船に戻ることにした。

ジラルドが行方不明と聞いてもクロスたちはジラルドについて特に何もコメントしなかった。

「それよりも、地上での商売が思いのほかうまく行っていた時だったんでね…。このままコロニーに帰還するのは気がひけるよ。あるいはこの星とコロニー政府との貿易の橋渡しもできたかもしれないのに。実に残念だ」

とクロスは言った。

「ごくろうさま。大変だったわね」

母船で出迎えたファナが皆にねぎらいの言葉をかけた。

「ジラルドの行方が気がかりだけれど、優秀な彼のことだからきっとうまくきりぬけてくれるでしょう」

ファナは一呼吸置いて、

「この船はこれよりコロニーへ帰還します。物資がそろそろ底をつきそうなことと、プリズム星の調査経過を報告する義務があるので。ジラルドのことは上層部に打診してみます」

と宣言した。

 「あの惑星が人体にどう影響したか調べさせてもらうぞ。…もっとも、異星人のサンプルが一人くらい欲しいところなんだが、誰も気がきかなかったらしいな」

酒の臭いをぷんぷんさせながらベラミーが言った。

アルフレッドはア・イリスやア・キラたちのことを思い浮かべ、内心つくづく母船へ彼らを連れてくる事態にならなくて良かった、と思った。

ベラミーの手にかかれば、異星人であるというだけの理由で、容赦なくばらばらに解剖されかねなかった。

   ☆

 ところで、実はクロスたちを大陸で小型探索船に収容するとき、一人のプリズム星人が船にまぎれこんでいた。

 歌姫館にいたはずのア・イロニーは、息子が姿を消したあともいつものことだとたかをくくっていたのだが、大陸商人のム・スカからの使いが来て、違約金を請求されてびっくり仰天した。

あわてて大陸に渡り、姿を消したオ・ランジュ、ア・イリス、ア・キラ等の消息を尋ね歩いていると、不思議な乗り物にジ・ラルドという男が歌姫らしき者と一緒に乗ってどこかへ消えた、という目撃談を耳にした。

アルフレッドたちがクロスたちを収容するために大陸へ降りたとき、ア・イロニーはその小型探索船こそが歌姫たちの行方につながると思いこんでしまった。

まさかその船が惑星上空で待機している母船へ戻り、その母船がそのまま見知らぬ世界へ帰還するなんて、ア・イロニーには思いもよらないことだった。

 「暗い。…ここはいったいどこなんだ?俺はどうなるんだ?」

何度目かの悪夢にうなされて、ア・イロニーは目覚めた。

彼の預かり知らないところで何かの罠にかかってしまったのかもしれない。漠然とそんな感じだった。

もう隠れているのには限界だった。

ア・イロニーは、駆動を止めて死んだように静まり返った小型探索船からどうにか外へ出た。

外は予想に反して、見知らぬ機械だらけの広い場所だった。

迷路のような通路と、立ち向かえば自動的に開く人工の扉をいくつか抜けてさまよったが、本来の意味での「外」にはでられなかった。

ア・イロニーはふらふらと母船の中を歩き、船内通路の一角でばったりと倒れこんでしまった。

 機関室へ向かう作業用アンドロイドがア・イロニーをみつけてヒロキに報告した。

それから母船の乗組員たちが大騒ぎになって、ア・イロニーをベラミーに託した。

ベラミーは栄養剤を投与しながらア・イロニーに様々な検査を施した。

「…どうもプリズム星人たちにとって、あの未知の物質は精神安定作用があるらしい。この男は長時間あの粉末を浴びていない為に精神的に異常をきたしているようだ」

妄想と幻覚が現れては消え、消えては現れるらしい。

乗組員たちは顔を見合わせた。

「彼らの間では『空』に対する概念が特別なものみたいだった。…おそらく彼らはあの星を離れては生きていけないのかもしれない」

とアルフレッドが言った。

「だけど、この船はもう半分以上コロニーへ近づいているのよ。今更この男一人のためにプリズム星へ戻ることはできないわ」

ファナは苦悩しつつ言った。

「精神安定剤を投与してみよう。それでなんとか一時凌ぎにはなるかもしれん」

ベラミーはファナを振りかえって、

「上層部にこれで顔が立つ。良いサンプルが手に入ったと思えばいいのじゃないかね?」

と、なぐさめともなんともいえない言葉をかけた。

「とにかく、帰りましょう。コロニーへ」

一言一言区切るようにファナは断言した。

   ☆

 母船はやがてコロニーへ帰還した。

乗組員たちにはプリズム星で得た情報をまとめて報告する義務があった。彼らはコロニーの中央管理局内の宿泊施設にしばらく寝泊りすることになった。

食事の時間だけはお互いに顔を合わせることがあったが、ほとんど個別に報告するよう決められていた。

「毎日毎日検査されたり、話を聞かれるのも苦痛だよなぁ」

とヒロキがアルフレッド相手にぐちをこぼしていた。

より少しでも正確な情報が欲しいらしく、同じ質問を繰り返されることもままあった。そうして、うっかり言い忘れていることさえも浮き彫りにされていくのだった。

「…ジラフのことは?」

「大丈夫。何も話しちゃいない」

二人がこっそり話しているところへファナがやってきた。

「やあ、ファナ。どうしたんだい?疲れてるみたいだけど。よっぽど上層部の対応が悪いんだね」

ヒロキが気遣って言った。

「そんなんじゃないのよ。ただ…」

「ただ…?」

「私の部屋の風呂場のシャワーの調子が良くないのよ。どちらかというと浴槽よりシャワーの方を使い慣れているから、こまっちゃって…」

アルフレッドとヒロキは顔を見合わせた。

「…それなら部屋を替わってあげようか?ちょうどファナの真上が俺の部屋だし、部屋の間取りが同じだろう?それに俺には荷物がほとんどないから移動が楽だから」

親切心からアルフレッドがそう申し出た。

ファナは素直に喜んで、彼らは部屋を交換した。

そんなやりとりがファナにとって裏目に出るとは、そのとき誰も思いもしなかった。

 夜。突然爆発音が起こった。

「爆発の場所はどこだ?」

「アルフレッドの部屋…いや、ファナが今使っているはずの部屋の方だ!」

中央管理局員や、プリズム調査に関わった者たちが大騒ぎで爆発現場に集まった。

「大丈夫かファナ?怪我はないか?」

アルフレッドとヒロキが駆けつけてみると、ファナは濡れた髪にバスタオル一枚の姿でがちがち震えながら立っていた。

「知らない男が来て鍵のかかっていたドアを爆薬で開けたみたいなの。部屋にいたら怪我してたかもしれないけれど、ちょうど浴室でシャワーを浴びていた時だったからどうもないわ。ただ、突然乱入してきて『なぜ女がここにいるんだ?』って言うと、他の人たちが駆けつけてくる前に他になにもせずに逃げていったわ」

「あいつだ!」

と、アルフレッドは独り戦慄を覚えた。…ウィル・バートンだ。

「見かけがアンドロイドみたいだったけれど…、整備されたアンドロイドは安全なはずだし…、変装かしら?」

首をかしげるファナ。

アルフレッドにはそれがウィルであると確信できた。どこかでどうにかして彼の居場所を嗅ぎつけてこうしてやってきた。よっぽど自分の秘密が公にされるのを恐れているのか、それとも他にも動機があるのか、それはわからなかったが、現にアルフレッドに用があってこんなところにまで現れたのだ。

おそらくアルフレッドがいると思って侵入した部屋にファナがいて、予想外のことに、長居は無用と、あっさり退散したのだろう。

「すまない。俺の関係のトラブルに巻き込んだらしい」

とアルフレッドはファナに言った。

「あなた関係のトラブル…?一体どういうことなの?」

「いや…、詳しく話すと余計迷惑をかけるから言えないことだらけなんだけど、以前、俺の命を狙ったやつがまた出没したらしくて」

アルフレッドの言葉にファナ達はしげしげと彼をみつめた。

「警備を厳重にしてもらいましょう。でないと危険だわ」

ファナの言葉に周囲の誰もが同意した。

しかし、いつかは決着をつけなければならない時がくるだろう。覚悟をしておかなければ、

とアルフレッドは内心強くそう感じた。

 みんながあわただしく爆発跡を処理している中、ファナはその場でなにか考えこんでいたが、ふいに背中から誰かが暖かい上着をはおらせてくれたので、びっくりして振り向いた。

「とりあえずその格好は…。風邪をひくよ」

ヒロキがやさしく言った。

「ありがとう」

ファナはヒロキに微笑んだ。



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