第三章
第三章☆黄・森林学者
金ボタンのついた紺の背広姿でジラルドは、この星の原住民たちの働く姿を監督していた。
拠点にしている地域の外れに遺跡らしきものがみつかった。
それを掘り起こすために人足を雇った。大人数で慎重に作業がすすめられているのだが…、どうにも出てくるのはがらくたばかりのようだった。
「よう、学者先生。仕事ははかどってるかい?」
クロスが様子を見に来て声をかけた。
「何か目新しい物でもみつかるといいんだが、今のところなんとも言えないな…」
「ま、気長にやるこった」
「ああ」
こんなところに長居は無用とばかりにクロスはさっさと行ってしまった。
実際のところ、クロスも忙しいのだ。
クロスは惑星の都市に潜入するや否や大陸の行商人の間にうまく入り込んだ。そして持ち前の手腕を発揮して、自分も商人として成功しつつあった。誰もが目を見張るほどの急成長ぶりだった。
ジラルドの遺跡調査に必要な人件費もクロスが出していた。だが、クロスは裏であまり人道的とはいえないこともやってのけていたので、それを思うと、ジラルドは心苦しさを禁じえなかった。
「俺は商売に精を出す。あんたはあんたの仕事に精を出す。な。それで万事うまくいくってもんだ」
と、クロスは口癖のようにジラルドに言っていた。
「専門家、か…」
ジラルドは顔をしかめた。
確かに商売となるとクロスの有能ぶりはいかんなく発揮された。言語能力にも長けていて、自動翻訳機にほとんど頼ることなく大まかなことが通じるくらいになっていた。
ジラルドはクロスがインプットした言語翻訳機を使って原住民と会話していた。
「俺の肩書きも見る影も無いな」
ぼそり、とつぶやいた。
「ジ・ラルド。今日もあまり良い成果は期待できそうにないです」
と、原住民の代表が言った。
「それでも頑張ってもらわないと困る」
「わかりました」
彼らも賃金で生活がかなり潤っているのだ。
ほっぽりだすわけにはいかない。
「ここの遺跡からこの惑星上の人間のルーツがわかるかもしれないと思っていたんだが…、ここははずれかもしれないな」
と、ジラルドはぼんやり思った。
「別の場所にならありえるかもしれないのに…」
しかし、今、次の行動を起こすために何もきっかけがつかめないでいた。
ジラルドが一人黙考していると、ふいに上空から、なにやらきらきらと光輝くものが降り始めた。
原住民たちは一斉に仕事の手を休めて、全身でその輝くものを浴びた。
毎日、その粉状のものが降ってくる。電子顕微鏡で拡大してみると、透明な三角柱の形をした物体だった。
「アルフレッドが報告していた未知の物質か。…プリズムの雨みたいだ」
だが、用心にこしたことはない。ジラルドはその細かなプリズムを浴びないように物陰で身をひそめた。
母船との通信の折、ファナからの報告で、この惑星の名称が「プリズム星」に決まったと告げられた。安易だがわかりやすいネーミングだ。
夜になって、ジラルドが宿舎の自分にあてがわれた部屋で昼間の記録をしていると、クロスの使いが来て、都市の中央にある豪華な建物へ呼び出された。
「良い見世物があるんだ。まぁ、来てもらえばわかる」
ジラルドが駆けつけると、クロスとホーシローと、顔見知りの商人たちが集まっていた。
「全員そろった。始めてくれ」
クロスの声を合図に、一人の可憐な娘が舞台に立った。
「他の大陸からつれてきた歌姫だそうだ」
と、クロスがジラルドに耳打ちした。
「歌姫か…」
ジラルドは、彼女の唄を聞きながら、プリズム星に来てから初めてくつろいだ気分を味わった。
歌い終わった彼女は舞台を降りて、クロスたちの方へやってきた。付き人らしい少女もどこからか現れて彼女に従った。
「この女はオ・ランジュといいます。彼女はム・スカがみつけてきたのですが、ク・ロス様に献上したいと言っています。これを機にム・スカにも目をかけてやってください」
と商人たちが口々に言った。
「これはこれは…。素晴らしい贈り物ですな」
とクロスは上機嫌だった。
「クロスが飽きたら、あんたにもまわってくるぜ」
ホーシローがジラルドに耳打ちした。
ジラルドは嫌な気分だった。
クロスは原住民たちを人間としてみていない。
使い捨てられた者は闇に消えて行く。
少なくともジラルドは、自分と姿形が同じでしかも知能を持った生命体を邪険にはできなかった。
ジラルドは心底、その歌姫に同情した。
商人たちの酒盛りから抜け出すと、ジラルドは先刻の歌姫の付き人の少女に出くわしてしまった。少女は廊下でうずくまって泣いていた。
「どうかしたのか?」
「お願いです。私とオ・ランジュを歌姫館へ帰してください。帰りたいんです」
泣きじゃくる少女を前に、
「声をかけるべきではなかったかな…」
とジラルドは思った。
「とにかく、泣くのはやめろ。その…なんとかなるから」
「本当ですか?」
少女は希望に目を輝かせた。
「いやその、ええと…、話を聞こう」
ジラルドは少し酔いが回っていたのか、普段だったら言わないようなことを言ってしまっていた。
「はい。…あの、私、オ・ランジュの付き人でア・イリスっていいます」
「ア・イリス。良い名前だな」
ジラルドの記憶に間違いがなければたしか、イーリスというのはギリシャ神話に出てくる虹の女神の名前だった。
「…オ・ランジュと私はここに着くまで何も知らされずに大陸間を渡る船に乗せられてつれてこられたんです。オ・ランジュは、いつかどこかに嫁ぐことになっていたのだからしかたがない、と言っていたけれど、こんなだましうちみたいなやり方は納得がいかないって言っていました。私ももといた所に黙って幼い弟を置いてきたのが気がかりなんです。…なんとか帰ることはできないでしょうか?」
「…普通の手段では無理だろうな。おそらく君たちを取り引きした商人たちの間では莫大な金が動いている」
「それではやはり無理なんですね」
「泣くな、泣くな。…よし、俺がなんとかしてやろう」
言ってしまってから、
「俺もお人よしだな」
とジラルドは思った。
彼はこっそり少女をつれて歌姫の部屋を訪れた。
「急いで荷物をまとめるんだ。あんたたちをつれてここから逃げる。今しかチャンスはない」
「ええっ?」
突然のことに、オ・ランジュはあわてた。
「この人が助けてくれるんですよ!」
ア・イリスの言葉に、オ・ランジュはすぐさま反応した。
オ・ランジュも本当は帰りたがっていたのだった。
三人は人目を忍んで外へでた。
「大陸間を渡る船を雇おうにも、俺には金も権力もない。クロスのやつなら何でもできるんだろうが…」
とジラルドは苦笑いを浮かべた。
「どうかしたんですか?」
「いや。…こっちだ」
ジラルドたちは小型探索船を隠してある場所を目指した。
☆
「姉さんたちを助けて」
ア・キラがアルフレッドたちに訴えた。
「絶対、無理矢理つれていかれたんだよ」
「しかしだな…、どこへつれていかれたのかはっきりわからないんじゃお手上げだよ」
とアルフレッドが何度も諭した。
ア・キラはしょんぼりうなだれた。
ア姉弟の父親のア・イロニーは多額の金品を手に入れて、息子にこう言った。
「お前の姉は親孝行な娘だ。これからも俺たちは生活に困ることはないだろう」
と。
「俺たち」ではなく「俺」のまちがいではないだろうか?ア・キラにはそう思えた。
ア・キラは父親にくいさがって何度も姉の行方を問いただしたが、結局教えてもらえなかった。
「あの姉さんが僕に黙ってどこかへ行ったりするはずはないんだ。絶対さらわれたんだ」
ア・キラは落ちつかなげにつぶやいた。
アルフレッドたちは母船と定期連絡をとるために、小型探索船から簡易通信装置を持って町に来ていた。
その通信装置が突然鳴り響いた。緊急連絡らしかった。
「こちらアルフレッドとヒロキ。どうかしたのかい?」
「こちらファナ。…クロスたちの小型探索船からSOS信号が出ているの。場所はなぜだかわからないけど、着陸地点からだいぶずれた孤島なのよ。至急原因究明と救助に向かってもらえないかしら?」
「了解」
二人は町を出て、自分たちの小型探索船のある、村近くの森林地帯へ急いで戻った。
どんなに言い聞かせても、ア・キラも彼らについて行くといってきかなかった。
二人はしぶしぶア・キラもつれて、問題の場所へ向かって小型探索船を発進した。
☆
ついていなかった。
ジラルドは自分の不運さを呪った。
せっかく脱出したのに、小型探索船を飛ばしている途中、隕石にぶつかって、近くの孤島へ緊急着陸したのだ。
そこは無人島らしく、人影は見られなかった。
「すまないな。帰してやれなくて…」
「いいえ。助けてくださろうとしたんですもの。それだけで十分です」
オ・ランジュはそっとかぶりを振った。
ジラルドとオ・ランジュは船外の日当たりの良い場所に並んで座っていた。
時折、風がジラルドの黄色い髪にやさしくそよいだ。
オ・ランジュはぼんやりとジラルドのしぐさを目で追っていた。銀縁の眼鏡をはずしたら、どんな顔だろうか?と彼女は思った。
「実をいうと、あそこから逃げ出したかったのは自分の方だったのかもしれない」
とジラルドは思った。
彼は迷いを断ち切るように煙草に火をつけてくゆらせた。
ア・イリスが島の中を探検して、食べられそうな木の実や飲み水などを確保してきた。
「一応、船の中にも食糧を積んであるけれど、そいつもいつまでもつかわからないしな…。助かるよ」
ジラルドは少女の頭をなでて言った。
ア・イリスは嬉しそうに微笑んで、さっそく三人分の料理作りにとりかかった。
ジラルドは気づいていなかったが、小型探索船は飛行不能になった時から母船に向けてSOS信号を発し続けていた。ジラルドはアルフレッドたちがまさに今、こちらへ救助に向かっているとは夢にも思っていなかった。
「あのう、ジ・ラルド。大陸では遺跡の発掘をしていたんですか?」
ア・イリスが尋ねた。
「ああそうだ。…どうして?」
「なんだか、この島の奥にも遺跡みたいなところがあるんです。後で案内しましょうか?」
「本当か?だったら今すぐ案内を頼む」
ジラルドは煙草をもみ消すと、素早く立ちあがった。
「食事は?」
あわててオ・ランジュが呼びとめた。
「後で食べる。先に食べててくれ。ちょっと行ってくる」
ア・イリスに案内させてジラルドがばたばた行ってしまうと、一人取り残されたオ・ランジュは寂しげな表情を浮かべた。
「…この辺りに確か、巨大な建物みたいな跡があるんです。苔むしていて見分けにくいんですけど」
ア・イリスは下草をかきわけて進みながら言った。
「そういえばこの辺りの岩には人工的に手を加えた跡があるみたいだな。みんな形が整っている…」
そう言った途端、ふいにジラルドの姿がかき消えた。
「ジ・ラルド?どこに行ったんですかぁ?」
ア・イリスが心細げな声を出した。
「ここだ。ここ」
声は足の下から聞こえてきた。
ア・イリスがゆっくり近づくと、ぽっかり大穴が開いているのが見えた。
「落ちちゃったんですか?」
「そうだ。…近くに蔦か何かないか?それを下ろしてもらえると助かるんだが」
「ちょっと待っててください。オ・ランジュにも来てもらいます」
「わかった。頼む」
ジラルドが一人取り残された場所は、遺跡の地下らしかった。暗い空間に彫刻を施した柱がいく本か立っている。上からの光が斜めに差しこんで、彼のいる場所に陽だまりを作りだしていた。
「ここは当たりかもしれないぞ」
ジラルドは自分の置かれた状況をすっかり忘れて身震いをすると、周囲をみわたした。
「なによりも無人島であることに感謝しなきゃな。原住民が生活している地域では、誰かが興味本位でいじくりまわしたり、盗掘してあったりするものだから」
ジラルドは、はやる気持ちを押さえきれなかった。
彼は、ア・イリスがオ・ランジュをつれて駆けつけたときには、何と声をかけても耳に入らない様子で周囲の建築物を調査していた。
ア・イリスとオ・ランジュが丈夫な蔦をみつけてきて下にいるジラルドのそばに垂らすと、ジラルドはやっと二人に気づいたようだった。
「もうしばらくここにいる。暗くなる前には上がってくるから、あんたらは自由にしててくれ」
ア・イリスとオ・ランジュは顔を見合わせた。
「変わった人ね」
二人はあきれた様子だった。
「…あら。あれは何かしら?」
かすかな音に上空を仰ぎ見たオ・ランジュがつぶやいた。
「空を飛ぶ乗り物だわ。私たちをジ・ラルドが乗せてくれたものとそっくりの形をしている…」
ア・イリスは畏怖の念を隠しきれずに言った。
それは、アルフレッドたちの乗った小型探索船だった。
☆
「姉さん、無事だったんだね」
「ア・キラ!どうやってこんな所まで来れたの?」
「ア・ルフレッドたちがつれてきてくれたんだよ。偶然、ア・ルフレッドの仲間の船からSOS信号が出ていたからここまでたどり着けたんだけど、もしかして、って思ってついてきて正解だったよ。姉さんとオ・ランジュが一緒にいたもの」
「ジ・ラルドという人に助けてもらったの。本当は歌姫館まで戻る筈だったんだけど、乗り物が故障したらしくて…」
ア・イリスとア・キラは再会を喜びあった。
「しかし、ジラフ。お宅もみかけによらず無茶なことをするなぁ…」
事情を聞いた後、アルフレッドがジラルドに言った。
「なかばなりゆきだったんだ。もうどうでもいいさ。…それよりも、この島には調査しがいのある遺跡があるんだよ。今はそれが重要だ」
ジラルドは熱にうかされたような表情で言った。
「まさに『学者先生』だな、ジラフ」
あきれ顔でアルフレッドが言った。
「それで、クロスたちの方はどうする?」
ヒロキが口をはさんだ。
「迎えに行っても良いんだが、今、ジラフと会わせると事情が事情だけに面倒なことになりそうだしな」
とアルフレッドは答えた。
「…すまない」
ジラルドがぼそりと言った。
アルフレッドたちとジラルド、お互いの持っている言語翻訳機の情報交換をすると、より以上にこの惑星で使われている言語が解明できた。
アルフレッドは小型探索船の交信記録から、惑星へ突入する際に母船から送ってもらった曲をディスクにダウンロードした。専用の携帯プレイヤーで繰り返し音楽に聞き入っていた。『Light is Right』だ。
「それ、なんですか?」
ア・イリスが興味を示した。
「地球という惑星で流行した音楽を聞いているんだよ」
アルフレッドはア・イリスの耳にイヤホンをはめてやった。
「言葉の意味はわからないけれど、とても良い曲だわ…。私、これを歌にして唄ってみたい」
そう言ってはしゃぐア・イリスに、
「それはいいわ。やってみなさい。私も手伝うから」
とオ・ランジュが言った。
この島では平和に時が流れた。
ジラルドは遺跡のあちこちを探索し続け、アルフレッドはア・キラにせがまれて手作りの飛行機の模型を造った。
ア・イリスとオ・ランジュは歌の研究に思考錯誤して、ヒロキはそんな彼女たちの様子を撮影して、ホログラムの出るオルゴールを造った。
母船への定時連絡時には、時間稼ぎにしかならなかったが、調査中とだけ報告した。
☆
「そんな小さな船で海へ出るつもりなの?」
ア・キラが顔をしかめて言った。
ゴムボートを浮かべていたアルフレッドは、なぜ少年がそんな顔をするのかわからずにいたが、実際に海に乗り出してみて嫌と言うほど思い知らされた。
巨大な魚類がうようよいたのだ。
「これじゃ、どっちがどっちを食べるのかわからないな…」
苦笑している暇はなかった。
ゴムボートをひっくり返そうとするたちの悪い一匹の巨大魚に麻酔銃を撃った。他の魚たちはそれで驚いて逃げてくれたが、捕らえた一匹をどうやって運ぶかで頭を悩ました。
「せめて、小型のナイフがあればなぁ…」
しかたなく、今回はその魚はあきらめて出直すことにした。
「ア・ルフレッド!あそこの崖の上を飛んでいる鳥は羽を動かしていないのに、なぜ落ちないの?」
ア・キラが尋ねた。
「上昇気流だよ。海上から崖にぶつかった風が上向きに吹き上げているんだ。鳥はその風にうまく乗っかっている…」
アルフレッドの答えに、ア・キラは目を輝かせた。
「空飛ぶ船も同じなの?」
「いや、理屈は似ているけれど、あれには動力源と燃料があるんだ。説明は難しいけどな」
「ふうん…」
アルフレッドはア・キラの知的好奇心に感心した。
「派生した惑星は違うかもしれないが、立派な人類じゃないか。そんな条件が整う確率はいったいどれくらいなんだろう…」
そんな事を考えて水平線の方を眺め、やがてゴムボートは島の岸へと戻って行った。