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第二章

   第二章☆橙・歌姫館

 シーツ類やタオル等、数十枚あった。

「これ全部洗っといてちょうだい」

と言われ、ア・イリスはさっそく洗濯を始めた。

幸い今日は良い天気だ。

洗いあがったものから手早く干してゆく。村の家でいつも家事をやっていたため手際が良い。

歌姫館に来てから最初の仕事だった。

ア・キラはというと、ふてくされたまま、あてがわれた部屋から出てこようとしなかった。

 歌姫館の中で一番売れっ子のオ・ランジュは化粧なしの時でも一応美人の部類に入ると思われた。ア・イリスはそのオ・ランジュの付き人兼雑用係になったのだった。

 ア・イリスはしばらくして、

「干し終わりました」

とオ・ランジュに報告に行った。

「そう。…ところで、全部で何枚あった?」

「はい?」

「シーツとタオル、全部で何枚干したのかって聞いてるの」

「…すいません。数えてません」

まさかそんなことを尋ねられるとは思っていなかった。ア・イリスは身を固くして次に何と言われるかと思いながら立っていた。

「…気のきく頭の良い子がいいのよ。でも、こんな短時間であれだけのものを処理できるのなら良い線いってるわね。まあ、いいか。あなた付き人合格よ」

と休憩中のオ・ランジュはうなずいた。

「おいオ・ランジュ。今日の昼の舞台はなかなか良かったぞ。夜もその調子でやってくれ」

と、歌姫館の館長のオ・ルゴールが通りすがりに声をかけた。

「そう?ありがとう父さん」

と、オ・ランジュはおざなりに返事をした。

歌姫たちは普通、金持ちの後ろ盾を持っているものだが、オ・ランジュは館長の娘なのでそういったものはなかった。そのうち適齢期を迎えたらどこかの富豪に嫁がされる予定だった。

 オ・ランジュは昼間の舞台で着た衣装を片づけておくようにア・イリスに言いつけた。

ア・イリスは衣装部屋に初めて入って行き、かなりの数のすばらしい衣装を目にした。

「すごいわ…。歌姫になるのって、本当に良いなぁ」

彼女は昼間見た舞台を思いだしながら胸をときめかせ、物言わぬ衣装たちにそっと手をふれてみた。衣装の幾枚かに直に手で触れてみて、ほう、っとため息をついた。

「それにしても、ア・キラは大丈夫かしら?あの子、町に来てから一言もしゃべらずにふさぎこんでいるようだったけれど。無理に連れて来たせいかも…。後でちゃんと話をしなくちゃ」

忙しい中、ア・イリスは弟のことを心の隅で気にかけていた。

町での初日はあっという間に過ぎていった。

 夜の舞台の準備にてんてこまいしていると、昼間はあんなに天気が良かったのに、やがて雨が降り出した。

ア・イリスは洗濯物を手早く取り込むと、休む間もなくオ・ランジュの身支度を手伝いに行った。

「こっちとこっち、どちらの衣装が似合うと思う?」

「オレンジ色の方が青色より顔色が明るくて華やかに見えると思います」

「そう。それじゃオレンジ色の方にするわ」

髪型を整え、念入りに化粧すると、そこには絶世の美女がいた。

今の彼女に唯一の欠点があるとすれば、実際に恋をしたことがないのに舞台で恋の歌を唄っていることくらいだろう。

オ・ランジュの出番が来ると、ア・イリスは舞台のそでから彼女の唄っている様子を見守っていた。

「私もあんな風になれるかしら…」

ア・イリスはため息まじりに思った。

ソプラノの歌声は静かにア・イリスの中に降りて来る。彼女は一度聞いただけでオ・ランジュの歌をそらで唄えるようになった。

 夜の舞台が終わって、ア・イリスが後片付けを手伝っていると、

「ア・イリス!ア・キラのやつを見なかったか?あいつ仕事はいっぱいあるのにいなくなりやがって…」

と、大道具を運ぶア・イロニーが彼女に尋ねた。

「父さん。いいえ私は知らないわ」

ア・イリスはあわてて自分たち姉弟にあてがわれていた部屋に行ってみた。

すでにもぬけのからだった。

テーブルの上に置き手紙があった。

「僕は村に帰ります。一人で大丈夫だから放っておいてください」

そんなそっけない内容の手紙を手に、ア・イリスは椅子に座りこみ、ちょっと頭を抱え込んでいた。

しかし意を決すると、立ちあがり、外出用の身支度をした。

「ア・イリスー!こんな雨の中どこへ行くの?」

歌姫館から走り出るア・イリスの背中にオ・ランジュの声がかかった。

「弟がいなくなったんです。連れ戻してすぐ帰ります!」

ア・イリスはそう言い残して走り去った。

「外は暗くなっているのに大丈夫かしら」

オ・ランジュは心配そうに見送った。

   ☆

 「大降りになってきたな…」

外の様子をモニターでうかがいながらアルフレッドが言った。

「昼間はあんなに良い天気だったのにな」

ヒロキがため息まじりに言った。

ガタン。

小型探索船の外部昇降口で大きな物音がした。

船外モニターを切り換えると、今朝会った少年の姿が映った。

この子なら大丈夫だろうと、二人はハッチを開けてア・キラを迎え入れた。

ア・キラは全身ずぶ濡れだった。

アルフレッドがタオルを取りに行き、ヒロキが着替えのシャツを貸してやった。

ア・キラは町に行ったことや、歌姫館にいるのが嫌で戻ってきたことなどを話したが、二人にはほとんど通じなかった。

もどかしさが漂う中、ヒロキが腕時計に目を走らせて、とりあえず腹ごしらえをしようと

アルフレッドとやりとりをした。

テーブルに味気ない携帯食が三人分置かれた。

二人はもそもそと食べ始め、ア・キラにもすすめたのだが、ア・キラは眉根を寄せてしかめっ面をすると、首をぶんぶか振った。

ア・キラはそんな得体の知れないものを食べるくらいなら、自分の秘密の隠れ家にストックしている燻製肉などの食糧を取りに行こうと立ちあがった。

「あれ。どこかへ行くつもりらしいな」

ヒロキがつられて立ちあがった。

いつのまにか外は小降りの雨に変わっていた。

「通り雨だったのかな?」

「だとしたら、じきに晴れるな」

アルフレッドとヒロキはア・キラについていってみようと考えた。

念のため麻酔銃を腰のホルダーに装備して、小型探索船の外見を木の枝などでカムフラージュした。

ア・キラは興味深く二人の様子を見ながら待っていた。

「夜でもなんだか明るく感じるなぁ」

ヒロキのこの言葉に、アルフレッドも同感だった。サングラス越しでも周囲が判別できる。

「この星の生物の目ではどのくらいの明るさに見えるんだろうか?」

と、彼は思った。

ア・キラを先頭に、三人は森林地帯を小川沿いに歩いていった。

途中、土砂崩れの場所があった。

 「迂回しないと先に進めないな…」

「…あれはなんだろう?」

土と異なる色の布のようなものをみつけてヒロキが指差した。

アルフレッドが危なっかしく進んで行き、果たして土砂の中にうずまっているものを発見した。

「姉さんっ」

アルフレッドが掘り起こして助け出した少女の姿を見て、ア・キラが思わず叫んだ。

「大丈夫。気を失っているだけで、呼吸は正常だよ。でも、足に怪我しているみたいだから、早く手当てをしなきゃいかんな」

顔色を変えた少年にアルフレッドは諭すような口調で言った。

アルフレッドはア・イリスを抱えて、元来た道を戻り始めた。

「この娘だよ。昼間会ったっていう女の子は」

一緒に歩きながら顔をのぞきこんで、ヒロキが言った。

三人はア・イリスのためにできるだけ急いで小型探索船に戻った。

 アルフレッドは母船と連絡をとって、医者のベラミーに指示をあおいだ。

ところが、ベラミーは手当ての方法を教えるどころか小躍りして言った。

「それは好都合だ。異星人のデータをとるのに貴重なサンプルになるぞ」

「…足の怪我を治してやりたいんだ。どうすればいい?」

苦虫を噛み潰したような表情で、アルフレッドは再度同じ質問をくりかえした。

「地球人用の再生槽に入れてみて回復するかどうかやってみるんだ」

「拒絶反応とかでたらどうするんだ?」

「その場合は我々とは身体の構造が違う証明になるだろう」

ベラミーは興奮して言った。

アルフレッドは幼い少女を間近で見て、ベラミーの言う「異星人のサンプル」という言葉に強い抵抗を感じた。しかし、一刻も早く怪我を治してやりたい一心でベラミーの指示に従った。

「地球人と同じような体の構造なら良いんだが…」

と内心、不安ではあった。

ア・キラはというと、姉のそばを片時も離れずにひとしきり考え込んでいた。少年は、自分のせいで姉がこんなめにあったのだと思い、落ち込んでいた。

「彼女は大丈夫だよ」

と、アルフレッドは少年の肩をやさしく叩いた。

その言葉の意味はなんとなくア・キラに伝わったようだった。

「ア・イリス」

と、ア・キラは姉を指差して言った。

「アイリス…。地球では花の名前をいうのだったかな?そういえば瞳のこともそう呼ぶな」

とアルフレッドはつぶやいた。

「多分、この子とこの女の子は兄弟じゃないのかな?顔立ちがよく似ている気がするんだ」

とヒロキが言った。

「ああ、そうかもしれないな」

アルフレッドはうなずいた。

三人はア・イリスのそばで回復を待っていたが、一度ヒロキが中座してコーヒーをいれてきた。

「泥のようなコーヒーだけど、無いよりはましかと思って」

それは圧縮コーヒーを還元したものだった。

「サンキュ。…どうやら地球人用の再生槽でも問題ないみたいだ。傷も治りつつあるし…」

受け取ったコーヒーを飲みながら、アルフレッドは一息ついた。

ア・キラもコーヒーをもらったが、初めての苦い得体の知れない味に、舌を出してしかめっ面をした。

それを見て、アルフレッドとヒロキは笑った。

ア・キラはいよいよ本格的にこの異星人二人の味覚を疑った。

「姉さんが元気になったら、この二人に姉さんの作る料理を食べさせてみよう。うますぎてきっとびっくりするぞ」

とア・キラは考えた。

   ☆

 「あの二人が姉さんを助けてくれたんだよ」

とア・キラが言った。

回復したア・イリスは素直にアルフレッドたちに感謝した。足の怪我は不思議な魔法で完治していた。

「どうやってお礼をしたらいいのかしら?」

「味覚オンチみたいだから、なにかおいしいもの食べさせてみたら?」

「ア・キラ!」

ア・イリスは弟をたしなめながらも、冷や汗を流しながら考えた。

「果たして私たちが普段口にしている食べ物を、この人たちに食べさせて大丈夫なのかしら」

しかし他にこれといって良い方法も思いつかなかったので、思いきって料理の腕をふるまうことにした。

村のもとの家にはほとんど食糧が残っていなかったが、ア・キラがどこからか大量に調達してきた。ア・イリスはよっぽど弟を問い詰めようかと思ったが、じっと我慢した。

ア・イリスは料理を作り、恩人である異星人たちをもてなした。

「こりゃいける」

「ああ、うまいな」

固形の携帯食に飽きていたアルフレッドたちは、嬉しそうに出された料理を全部たいらげた。

ア・キラとア・イリスは顔を見合わせ、笑った。

 「ア・キラ。やっぱり考え直して歌姫館に戻ってくれないかしら?…父さんも心配してるし、いろんな人に迷惑をかけるわ」

ア・イリスがそう言うと、しばらくの沈黙の後、ア・キラはしぶしぶうなずいた。

「でも条件が一つ!あの二人を案内して一緒に連れて行っていいんなら考える」

「ア・キラ!」

ア・イリスは悲鳴めいた声をあげた。

「やってみないとわからないじゃない?うまくいくかどうかなんて。姉さんは頭が固すぎるよ」

「あなたは柔らかすぎるわよっ!」

あきれかえって、ア・イリスは頭を抱え込んだ。

   ☆

 アルフレッドとヒロキはア姉弟が持ってきて広げた地図に目を落とした。

点と線で描かれた地形にア・キラが鳥の絵と家の絵を書きこんだ。

「俺たちの小型探索船が鳥の絵だとすると、今いる場所が家の絵だろうな」

二人が納得したらしいのを見てから、ア・キラは歌姫館のある地点に印をつけて何か言った。

歩く様子を身振りで示されて、アルフレッドたちは移動するらしいと知った。

「どうする?」

「行ってみようや」

うなずくアルフレッドたちを見て、ア・キラは小躍りして喜んだ。

こうしてアルフレッドとヒロキはア姉弟と一緒に歌姫館へ行くことになった。

 歌姫館に着いてみると、人々の反応は様々だった。

ヒロキの瞳や髪の色、アルフレッドのかけているサングラスがその要因のようだった。

たいていの者が避けていく中で、館長のオ・ルゴールが、

「遠くから来た客だって?ぜひ舞台を見てもらって宣伝してもらおうじゃないか」

と言ったため、他の者は誰も口出しできなくなった。

 その日の夕方になると、アルフレッドとヒロキは薄暗くした客席に通された。

やがてスポットライトをあびて唄う歌姫たちを見た。なかなかの見物だった。

「イッツ、ショータイムって感じかな」

ヒロキが耳打ちをしたので、アルフレッドは思わず笑った。

「中でもあの人は良いね」

「ああ」

二人はオ・ランジュを見て絶賛した。

「歌の内容があんまりよくわからないのがちょっと残念だね」

「自動翻訳機もだいぶ使えるようにはなってきているんだけどな…」

二人はため息まじりに音楽に聞き入った。

   ☆

 「どうです?あの娘なら先方も喜ぶと思うんですがね」

歌姫館の舞台裏の隅で、こそこそと話す者がいた。

ア・イロニーと大陸間行商人のム・スカだ。

他大陸で、最近になってとある大商人が台頭してきていた。ム・スカはその大商人に覚えを良くしてもらうために、わざわざこの地へ貢物の物色に来ていた。

ム・スカがふらりと立ち寄った歌姫館で、事情を知ったア・イロニーが歌姫のオ・ランジュを推した。

「うーむ。確かにあの娘の容色ならどこへ出しても文句は出ないだろうな…」

ム・スカは品定めをするように、何も知らずに唄っているオ・ランジュを眺めた。

「オ・ランジュが金持ちに嫁げば、館長もよろこぶだろう。それに、うまくいけばオ・ランジュの付き人としてついている俺の娘にも何かおこぼれがあるかもしれない」

と、ア・イロニーは内心ほくそえんだ。

ム・スカは横目でア・イロニーを見た。

「ただ嫁ぎ先を世話するだけで済むと思っているのか。…もっと良い利用法があるってのに」

じゃら。

革袋から金品を取り出してみせると、ア・イロニーはころっとだまされてしまった。

「俺が彼女の父親に話を通しましょう」

「そうか?ならば紹介料を払わんといかんな。ほら、前金だ。とっとけ」

「これはどうも…」

気前良く多額の金品を手渡されて、ア・イロニーは夢中になった。にんまりと笑いながら、

罪悪感はかけらも感じていなかった。




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