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第一章

   第一章☆赤・暁の少年

 それは惑星上の、夜明け前の空だった。

ちりばめられた星々の間を赤い流星が流れた。

誰もがまどろみの中にいたが、ただ一人、渓谷にある秘密の隠れ家で作業をしていた少年だけが、その流星が近くの森林地帯に落ちたのを目撃した。

この惑星上では、流星はわりと頻繁に起こる現象だ。

しかし、今回の流星は今までのそれとどこか違っていた。大きく、低速で、…そう、何らかの意思を持って落下してきたかのようだった。

「明るくなったら墜落現場を見に行ってみよう。…それよりそろそろ家に戻っておかないと、また姉さんにこの隠れ家のことを勘ぐられちゃうぞ。やばいやばい」

と少年はばたばたと道具を片付けながら思った。

隠れ家の入り口を巧妙に隠してから、少年は朝焼けの中を駆け抜けた。

 朝のすがすがしい風とともに、少年は家の扉を開けて部屋にとびこんだ。

「姉さん!起きて」

「う…ん。…おはよう、ア・キラ」

まだ眠い目をこすりつつ、少年の姉のア・イリスが起きあがった。

部屋をしきる若草色の布を風が揺らした。

良い朝だ。

「ちょっと森に行ってきていい?朝食までには戻るからさ」

「森?そこに何の用なの」

「今朝早く流星が落ちたんだよ。見に行かなくちゃ」

「今朝早く、って…あなたまさか昨日の夜あんまり眠ってなくてなにかやってたんじゃ…」

ア・イリスの声は、走り去る弟のア・キラには届かなかった。まったく、止める間もないとはこういうことだ。

ア・イリスはちょっと不機嫌そうに朝の支度を始めた。

村の共同井戸へ水くみに行き、朝食の支度にとりかかった。

ア姉弟の母親は数年前に病気で他界し、父親は村から少し離れた場所にある町に出稼ぎに行っている。他に家族はいない。だからア・イリスは二人分の朝食を用意した。

 ア・キラはなかなか戻ってこなかった。

ア・イリスは冷めかけた料理を前に一人、ため息をついた。

いつもこうだ。

弟のア・キラは何にでも関心を持つ好奇心旺盛な少年で、いつもア・イリスの心配の種だった。

村の掟で何人も空に興味を持ってはいけないと決まっている。流星は不吉なものという通説がまかり通っていた。

ところが何年も前にア・キラは

「空を飛んでみたい」

と言い出した。

口先だけでなく、実際に鳥をつかまえてきてどうやって飛んでいるのか考えたり、小さな模型飛行機を造ってとばしたりしていたのだ。

ア・イリスはア・キラにやめさせようと説得を試みたことがあったが、逆に、なぜそう決めつけるのか問い返されて答えに窮するばかりだった。

当時、村でもずいぶん問題になったものだが、最近は何も問題を起こしていないようだった。

「表向きだけとりつくろうことを覚えたんじゃないかしらあの子。…突拍子もないことをいつかやらなきゃいいんだけど」

ア・イリスはしみじみ思った。

料理はとうに冷めてしまった。

「流星なんて迷惑な災害でしかないし、そんなに珍しいわけでもないのに。また夢中になって隕石のかけらでも拾っているんだわ」

と、幾度目かのため息をついた。

その時、

「ただいま」

ふいに野太い声がした。それはア・キラではなかった。

ア・イリスは、はじかれたように立ち上がると、久しぶりに帰宅した父親のア・イロニーを出迎えた。

「おかえりなさい、父さん。どうしたの?突然でびっくりしたわ」

「お前たちと一緒に暮らそうと思ってな」

「じゃあ、村に帰ってきたの?」

「いいやそうじゃない。実はな、お前たちを町につれていこうと思って迎えにきたんだ」

「私たちを町に?…でもこの村には母さんのお墓があるし、思い出もいっぱいあってこの家からは離れたくないわ」

ア・イリスは戸惑いながら言った。その父親の申し出は唐突すぎたのだ。

「なあに、ここの家はいつでも帰ってこられるようにしておくし。お前は幼い時に町に連れていったら、歌姫館を見て、自分もいつか歌姫になりたい、って言っていたじゃないか。

ちょうど俺は今歌姫館の雑用係の仕事をしているし、そこが今人手不足でな、お前が見習いをする良いチャンスなんだぞ」

「…。ア・キラは?あの子はこの村から離れたがらないかもしれないわよ」

「そういえば、あいつの姿が見えないが、どこかに出かけているのか?」

「今朝早く、流星が森に落ちたから見に行く、ってとびだして行ったきりよ」

ア・イリスはうんざりした顔で言った。

「すぐに捜してつれてこい。俺は仕事の合間に休みをもらって抜け出してきたんだ。むこうは本当に忙しくてな。お前たちをつれてできるだけ急いで戻らなければならない。ア・キラのやつも新しい生活にはすぐに慣れるだろうさ。ここよりもずっと快適に過ごせる場所だぞ」

ア・イロニーは手近な椅子をひきよせて座った。

ア・イリスは父親のために熱いお茶をいれてから、ア・キラを捜しに森林地帯へと向かった。

   ☆

「どうだい、調子は?」

と、ヒロキがアルフレッドに尋ねた。

「喜べ!ヒロキ。大気成分はほぼ地球並みだ。だがな、未知の成分がわずかに存在している。もしかすると人体に影響があるかもしれない」

「じゃあ、その成分の分析が済んで、人体に害がないとわかるまでこの気密服でいなきゃならないのかな?」

「当分はそうだな。用心にこしたことはないだろう」

アルフレッドが光学機器を持ち運ぶのを手伝いながら、ヒロキは着用している気密服が邪魔でしかたなかった。

惑星の重力も加わって、背負っている酸素ボンベは半端じゃない重さだった。

有害光線を遮断する仕様になっているヘルメットを通して見た惑星上の景色は、コロニー育ちのヒロキが抱いていたイメージ以上にのどかできれいだった。

木々の緑、空の青、ゆるやかに流れる小川。

「本当に異星人がいたっておかしくないよな。こんな極上の惑星だったら」

ヒロキは両手を広げて周囲を見渡した。

 ところで、作業中の二人は気づいていなかったが、さっきから二人を見ている人物がいた。

「天空からの使いの者だ」

ア・キラは興奮をなんとか押さえようと必死だった。

いにしえから伝わる言葉があった。

 闇の使い

 天空の使者

 災いと共に舞い降りる

 そは

 異なる意志

 異なる瞳

 やがて我らを彼の地へと導かん

空は禁忌とされている。大人たちは、いつでも災いは空から来るものだと教えていた。実際に隕石の被害は多大なものであった。

「でも、もしかしたら、空の、あの青い彼方には何か素晴らしい世界があるのかもしれない。誰も未だ確認したわけじゃない…」

いつからか、ア・キラは一人、そんな考えを持っていた。そして人知れず自分だけの隠れ家で空を飛ぶ道具を造ろうと試みてさえいた。

 「もし一歩前へ進んだら、なにかが変わるかもしれない…」

ア・キラは意を決すると、慎重に両手をあげて、悪意が無い事を示しながらアルフレッドたちの方へ近づいて行った。

「おい、アル。あれを見てみろよ」

と、ヒロキがかすれた声で言った。かなり驚いていた。

アルフレッドは異星人の少年の姿をまじまじとみつめた。

「幻覚…じゃないな。まだ幼く見えるが…」

と彼は戸惑いながら言った。

そして、

「「自動翻訳機はどこだ!」」

とアルフレッドとヒロキはほぼ同時に叫んで、大慌てで船内へ駆け込んで行った。

ア・キラはきょとんとしてしばらくその場に突っ立っていた。

アルフレッドたちが船内で探し物をしている間、ア・キラは船の外装にそっと触れてみたりした。木の枝などで外観はカムフラージュしてあったが、その中には、人工物の名も知らぬ金属の外壁があった。ア・キラは興味津々だった。

「あったあった」

小型のピンバッジみたいな翻訳機のスイッチを入れ、二人は異星人の少年の前へ再び姿を現した。

翻訳機といっても、母体となる言語は何もインプットされていない状態から使用するのだ。

これから言葉のサンプルを出来るかぎり集めて、どんな状況でどんな言葉を使うのか一つずつ調べていくことになる。

二人は少年が話すのを期待をこめて聞いた。

少年は身振り手振りを交えながら何やらいろいろ話した。

空を指差し、二人を指差し、一つ一つに何かを言って、今度は自分を指差して、

「ア・キラ」

と言った。

「アルフレッド」

「ヒロキ」

二人は自己紹介をした。

「ア・ルフレッド。ヒ・ロキ」

と、ア・キラは人懐っこく笑って言った。

「どうやら友好関係が結べそうだな」

と二人はほっとした。

「アル。俺は気密服を脱ぐよ。何かあったら俺の体で検査してくれ。降りてくる前に母船でベラミー先生にウィルス感染を防ぐ幾種類かの予防接種を受けたよな。…多分大丈夫だと思うんだ」

そう言ってヒロキは重いヘルメットを外した。

「はあ…」

そよ風が彼の黒髪を揺らした。

ヒロキは気持ち良さそうに深呼吸した。

気密服を脱ぐと、下には広域でも目立つ朱色の制服を着用していた。

ア・キラはヒロキの髪と目を見て、深刻そうに何やら言った。しかし何を言ったのかは現時点ではアルフレッドにもヒロキにもわからなかった。

「空気は上々。木や土の良い匂いがする…」

「ここは森林地帯みたいだしな」

アルフレッドはそう言うと、自分も気密服を脱いだ。

内心では、異星人との接触で未知の病原体に感染する危険性などを抱いていたが、なるべく念頭からそんな不安を追い払った。

アルフレッドは再び光学機器のデータ収集・分析に戻った。

ア・キラは黒いサングラスをかけたアルフレッドのすることに興味がわいたらしく、そばをうろついた。サングラスなんてこの少年は生まれて初めて見たのだ。

一人手持ち無沙汰なヒロキは、

「しばらくその辺を見て回ってくる」

と言い残して歩いて行った。

   ☆

 小川沿いに森林地帯にわけ入ったア・イリスは、ア・キラを捜す途中、花畑になっている広場で休憩をとっていた。

切り株の上に腰を下ろし、空腹感にまだ朝食もとっていないことを思い出した。

 午前の淡い光が彼女の髪や肩に降り注いだ。

「今日はまだ降ってこないのね…」

毎日今頃、光輝く細かな粒子が降る。それ浴びるのが楽しみなのだが、今日はなぜかまだ降ってこなかった。

 ア・イリスの背後で低木の梢が揺れた。

小さな薄紅色の花がぱらぱらと散った。

「ア・キラなの?」

さっと振り向いた彼女は全く見知らぬ人物を目にしてぎょっとした。

その人物は朱色の奇妙なデザインの服を着て、一見、ア・イリスたちと同じような姿をしていた。

しかし決定的な違いが一つだけあった。

瞳の色が茶に近い黒なのだ。

彼女は背すじが寒くなるのを感じた。村で語り継がれている伝説に『闇の使い』というのが出てくる。そこに今立っている青年の風貌はまさにその表現にぴったりだった。

異星人同士互いに見つめあったまま数秒が過ぎた。

何かをつぶやくと、青年はきびすを返し、もと来た道を戻って行った。

後に残されたア・イリスは、その場にへたりこんでしまった。

 どのくらいそうしていただろうか?

「姉さん!」

弟のア・キラがやっと姿を現した。

「戻るのが遅くなってごめん。僕のことを捜してここまで来てくれたんだね」

「そう…なんだけど、今、私、見てはいけないものを見てしまったわ…」

ア・イリスは青ざめた顔でつぶやいた。

「それって、例えば神話に出てくるような不思議な人間…とかじゃない?」

「なんでそう思うの?ア・キラ」

「だって今しがたまで僕、その不思議な人たちと一緒だったんだもの。彼らは流星に乗って空から降りてきたんだ」

ア・イリスは本気で心配して弟を抱きしめた。

「大丈夫なの?何もされなかった?」

「何をされるっていうの?大袈裟だなぁ姉さんは。…僕、その人たちと友達になったんだ

よ」

「…あのね、よく聞いてア・キラ」

ア・イリスはア・キラの顔をまじまじとのぞきこんで語りかけた。

「父さんが家に帰ってきているの。私たちはこの村を離れて町で暮らすことになりそうなのよ」

「なんだって?…そんなの嫌だよ」

ア・キラは姉の手をふりほどいて後ずさった。

彼の心は、秘密の場所で造りかけの空を飛ぶための道具や、今しがた見てきた不思議なものの数々…未知へのあこがれでいっぱいなのだった。

しかしア・イリスは今のア・キラの様子を見て、かえって逆に町へ行く決心を固めてしまった。

このまま村にとどまったら、何か恐ろしいものの力で弟が消えてしまいそうな不安がわきあがったのだ。

「家で父さんが待っているわ。急いで帰りましょう」

ア・イリスはうむを言わせず弟をつれて帰った。

   ☆

「アル。…俺また異星人に会っちまった」

手土産のどうにか食せそうな赤い果実を手渡しながら、ヒロキは興奮を隠せずに言った。

「今度はどんな姿をしていた?」

「女の子だった。髪が長くて、ひらひらしたピンクの服を着ていた。…さっきの男の子とあんまり変わらない年頃に見えた」

「ひらひらした服の女の子ねぇ」

はたして服装の嗜好は我々と似通っているのかな?とアルフレッドは思った。

「瞳の色が違うんだ。なんかこう、見ているだけで吸い込まれそうだったよ」

とヒロキは言った。

「ところで例の未知の成分のことだけど…、俺の体には今のところ何も異常はないみたいだし、あんまり気にしていても先に進めないと思うぜ」

ヒロキのこの言葉に、アルフレッドは無言でうなずきつつ、小型探索船内へ機材を運びこみ始めた。

「上で待っている連中に早く報告しよう」

「そうだな」

二人は船内に戻ると、ファナたちと連絡をとった。

「…了解。地上で動き回るのに特に困難はなさそうね。安心したわ。上空から地上を撮影した映像を分析してわかったんだけど、海洋と大陸が大まかに三つずつあるわ。それから小さな島が点在してる。一番大きな大陸には異星人の大きな都市がみつかったの。クロスとホーシローがそちらへ潜入してみたいと言っているわ。それで、別の小型探索船で降下できるように手配しているところよ」

「クロスたちが?異星人相手に商談でもすすめるつもりかい?」

「場合によってはね」

ファナは肩をすくめてみせた。

「それからジラルドも調査の目的で降下したいそうなんだけれど、安全面を考慮して、クロスたちと同行したらどうか、って話が出てるわ」

「そうかい。でもそうしたら、上はベラミー先生と君の二人だけになっちゃうけれど大丈夫かい?」

「ええ。アンドロイドも何体かいるし、なんとかなるわ」

「俺たち二人はもうしばらくここの地点でがんばってみるよ。調査報告は定期連絡の時に送る」

「健闘を祈るわ」

「ではまた」

「ええ。また。…次の定期連絡時間にね」

通信がぷつりと途絶えた。

アルフレッドとヒロキはなんとなく寂しげな余韻を味わった。



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