ファイヤーバード
本作は短編「アルディフォリアの守護竜」の後編です。
その青白く光る鳥のような生き物は大きな翼を広げ、雷雨の中をものともせずに優雅に飛翔していた。
大きさは2mほど。ヴィルゴット少尉のドラケンの前方を飛ぶそれは実に不思議な鳥だった。
速度は普通の鳥と同じで、ヴィルゴットは自機が失速してしまわないように一度旋回して距離を取ってからその不思議な鳥を注視した。
「あいつは一体なんなんだ?」
青白く光る鳥は燃えているかのようにも見えた。
「ファイヤーバード?違うな、だとすると……」
不意にヴィルゴットの中で『不死鳥』という言葉が頭をよぎった。
あれは不死鳥なのか。
不死鳥――伝説や神話に登場する架空の鳥。
あれは光っているのではなく燃えている?
青い炎を身に纏う不死鳥。
青い不死鳥とでも呼ぶべきか。
計器が壊れ、燃料も残り僅かだったが、ヴィルゴットはその鳥に興味をそそられていた。
あの鳥は何故この空域に現れたのか。
何故、雷雨の中を平気で翔んでいられるのか。
そもそも今、この状況は現実なのか。
もしかしたら自分は夢でも見ているんじゃないのか。
本当は愛機はまだ基地のハンガーにあって自分は隊舎の自室で眠っている。そう思えばすべての辻褄が合う。
まるでタイミングを見計らったかのように発生した積乱雲、雷に打たれて使用不能になる計器類、そして青い不死鳥に出くわすという非現実的な事象。
否、これは夢ではない。スロットルとスティックを握っている手袋の中の手は手汗で濡れている。額も冷や汗で濡れていた。
そしてコックピット内に響く、愛機ドラケンに搭載されているRM 6Cエンジン音とその振動。
それらがヴィルゴットをこの状況が夢ではないということを認識させていた。
「おまえが一体なんなのか正体を暴いてやる」
ヴィルゴットは青い不死鳥の正体を確かめるべくドラケンを接近させようとした。
しかし、青い不死鳥はヴィルゴット機が近づくよりも前に青白く燃える大きな翼をはためかせ、雨雲の上、晴天の空へと飛び去ってしまった。瞬間移動でもしたかのような一瞬の出来事だった。
「待ってくれ、おまえは一体なんなんだ!?どこから来た、なぜアルディフォリアに現れた?おまえは神の使いか、答えろ!」
ヴィルゴットはここからは見えない、不死鳥が飛び去った空に向かって叫んだ。
奴が人語を理解できるのかどうかなどどうでもよかった。
だが、不死鳥が戻ってくる気配はない。
雲の上に出て追いかけるか?
追いかけてそれからどうする?
翼を撃って生け捕りにでもするのか?
燃料はどうする?機を棄てて脱出しても、ノルウェー海の暖流は人を生かせるほど暖かくはない。
そもそも、この相棒を棄てることなど以ての外だ。
今のヴィルゴットはドラケンと共に生きて帰ることを優先せねばならなかった。
思い立ったと同時に機首を陸地に向けて飛ぶ。
このことを誰かに話すか?誰が信じる?
アンノンを捜している最中に雷に打たれて計器が壊れ、青白く燃える鳥と出会った。
こんな事を誰が信じるだろうか。おそらく誰も信じてはもらえないだろう。青い不死鳥を見たと真顔で言えば、基地中の笑い者になる。
ヴィルゴットは今日の出来事をこのまま胸中にしまいこむことにした。
雷雨の海上を抜けて晴天の陸地に辿り着く。
基地まで辿り着けなくともドラケンは長めの道路さえあれば着陸することができる。
海岸からそう遠くない地点に工事中の高速道路を発見。
無人で作業車が無いのを確認したヴィルゴットはランディング・アプローチに入る。
クロスウィンド・レグに移る段階でエアブレーキを展開、減速。
ダウンウィンド・レグでギアダウン。対地高度400m、対気速度400km/h、ブレーキ圧チェック。ファイナル・アプローチへ。この時の対気速度325km/h。
高速道路の直線の端までの距離3km、対地高度200m、降下角3℃、降下開始。ギアが道路につく。
エンジンをアイドリングにし、ドラッグ・シュートを展開。徐々に減速。やがて機体は停止した。着陸成功。ヴィルゴットは胸を撫で下ろす。
キャノピーを開けてヘルメットを外し、外の空気を一気に吸い込む。
酸素マスクから送られてくるのではない、自然の空気。
――自然の空気がこんなにも美味かったとは。
ヴィルゴットは肺の中に溜まった空気を吐き出し、射出座席に自身を固定していたベルトを外して腰を上げた。
空を見上げる。先ほどの海域とは違う、雲ひとつない晴天。不死鳥の姿はどこにもない。
顔を天に向けたまま、目を閉じる。
頬をうつ風を感じるとヴィルゴットは自分が今生きているのだと改めて実感した。
再び目を開けて空を見る。
そして叫ぶ。
「ファイヤーバードよ、いや、青い不死鳥よ、俺はいつか必ずお前をもう一度見つけてやる。お前が神の使いなのか、それとも破滅をもたらす者なのか確かめてやる‼️」
叫び声があたりに木霊する。空に変化はない。
手動型のELT(航空機用救命無線機)のスイッチを押すのも忘れたまま、コックピットに立ち尽くすヴィルゴット。
ドラケンのテイルコーンから展開され、アスファルトに垂れ下がったままのドラッグシュートがアルディフォリア王国の風で靡いていた。
この国の風はまだ"新鮮さ"があり、懐かしさは感じさせない。この国だけの匂いすらもない。
故に祖国の風と呼ぶには相応しくない。
この国が建国されたのは第二次大戦後。
ヴィルゴットを含む国民は皆、移民である。
他国からの侵略や血で血を洗うような内戦も経験した事がない。
この国の風の記憶は浅い。
そして土地も人もこの国はまだ若かった。




