海の国の王子さま
うんしょ。ああ重い。自宅がある丘まであと少し。近道である林道を、歩いて十ニ分のスーパーまで買い出しに行ってきたのだ。初夏とは言え、今朝のニュースでは真夏日になると報道していた。
私は小柄であまり丈夫ではなく、もうすぐ三十ニ歳。この丘に続く坂道を、暑い中荷物を抱えて一息に登るのはツラい。
「少し休憩しよう」
舗装されていない道の日陰にヤレヤレとしゃがみこむ。りんごが安くてつい余計に買ってしまったと、降ろした荷物を横目で見ながら気が重くなった。独り暮らしな上、少食な私に使いきれる量ではなかったかもしれないな。
「もしもし、お嬢さん」
声のした方を見るが何もない。背の高い草がさわさわするばかりである。
「え? だれ?」
「ここです、ここ」
何かが目の前でぴょんと飛んだ。
「は? 蒲鉾?」
板についた十㎥ほどの、ピンク色した蒲鉾に目玉が一つ。それがぴょんぴょん飛びながら主張を続けている。
「すみません、助けて下さい」
「え、気持ち悪い。嫌だよ」
不思議と怖いとは思わなかった。だが気持ち悪い。しかし必死の懇願に折れて取りあえず家に持って帰ることにした。そしてすぐに後悔した。この蒲鉾、結構重い。もうシンドイ、シンドイよぅ……。なぜ引き受けた私。
はぁはぁ息を荒げ、家に辿り着いた。手早く荷物を片付けた後、冷蔵庫から飲み物を出して一息つく。気がつくと転寝していたらしく随分時間が経っていたようだ。
「あれ、蒲鉾は? どこ行った」
蒲鉾がない。どこかにしまったっけ。大丈夫だったのかな? 少し罪悪感を覚え、探したが見つからず諦めた。まあいいかと記憶から閉め出すことにする。
数日後、仕事から帰宅してすぐに玄関のチャイムが鳴った。モニターを見るとキラキラした王子さまみたいな少年が立っている。恐る恐る隙間から覗くと。
「実は人魚の王子だったのだ。無事に住処の池に帰れた礼に来た」
「なるほど。分かりました、お構いなく」
穏便に帰って頂こうとしたが、鷹揚な態度でドアが開くのを待っていらっしゃる。仕方なく家に入れ、りんごを剥いてもてなした。気に入ったようで何個も食べた。
「ではそろそろ住処に帰る。世話になった」
キラキラした笑顔でぐっと距離を詰めてくる。
「ぐ……近いです。……それではさようなら」
「ではまた来る」
え、嫌だなぁ。