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08話『新しいこと』


 模擬戦が始まる。

 先に動いたのは二人組の男子生徒だった。


「《火弾(ファイアバレット)》ッ!!」


 背の低い方の男子が、炎の弾丸を放つ。

 速度重視のDランク魔法だ。伊達にウォーゲームに適性ありと判断されているわけではない。初手でこの魔法を使うと、相手も同じ速度の魔法を使わない限り、必ず先手を取ることができる。


 ジークは後手に回り、炎の弾丸を回避した。

 幾つもの弾丸が放たれ、ジークは絶えず回避を続ける。その間に、背の高い方の男子が規模の大きい魔法を発動した。


「《土槍(アーススピア)》!!」


 足元の土が浮かび上がり、大きな槍と化す。

 槍は一直線にジークのもとへ放たれた。ジークは咄嗟に《靭身》を発動し、強化された脚力でこれを強引に避ける。


「避けてばかりじゃ勝てねぇぞ!」


 背の低い方の男子が、炎の弾丸を撃ち続けながら吠える。

 片方が速度重視の魔法で動きを牽制し、もう片方が大きな魔法で隙を突く。二対一という構図上、当然のように起こり得る状況だ。しかし――。


「言われるまでもない」


 ジークは炎の弾丸と土の槍を避けながら、相手に悟られないよう魔法の準備をしていた。絶妙に魔法の兆候を隠している。模擬戦を見物している生徒の一割も気づいていないだろう。


「《火弾(ファイアバレット)》ッ!!」


 迫る炎の弾丸に対し、ジークは右腕を突き出した。


「《風砲(ウィンドキャノン)》」


 風の砲撃が、炎の弾丸を掻き消し、更に背の低い男子の方へ飛来する。


「ぐあッ!?」


 悲鳴を上げる男子に、もう一人の男子も目を見開いて硬直した。

 直後、ジークは反撃に出る。


「――《雷槍(ライトニングスピア)》」


 ジークの頭上に雷の槍が顕現する。

 背の高い方の男子が使用していた《土槍(アーススピア)》と同系統のCランク魔法だ。しかし、その規模は――土の槍とは比べ物にならないほど大きい。


 多重起動だ。

 魔法を運用するテクニックのひとつ。同一の魔法を複数重ね合わせるように発動することで、その魔法の性能を大幅に向上することができる。


 以前、ジークが俺と決闘していた際は、軍用魔法具『エルデカイザー』の機能を借りてそれを実現していた。しかし今は――本人の技術でそれを成し遂げている。


 ――自力で、多重起動ができるようになったのか。


 生半可な努力では身につかない技術だ。

 それは周りにいる見物人たちも理解しているらしく、生徒会のミラも目を見張った。


 巨大な槍が、二人の男子を纏めて吹き飛ばす。

 直撃する寸前、ジークは雷の槍を地面に落とした。その結果、二人の生徒が大怪我を負うことにはならなかったが、地面が激しく抉れ、衝撃波が全方位に放たれる。


「そ、そこまで!」


 勝敗が決した後、少し遅れてミラが言う。

 ジークは無傷。一方、その対戦相手である二人の男子は地べたに尻餅をついて戦慄していた。


「す、凄いですね」


「ああ。……いつの間に、こんなに強くなったんだ」


 隣にいるミゼが感心し、俺も同意する。

 ジークのウォーゲーム出場が決定した。あの男は、大勢の生徒たちの前で、誰もが納得できる結果を示してみせた。文句を言う者は一人もいない。ジークがウォーゲームに参加することで、鷹組は確実に勝利へ近づいただろう。


「以上で、三日間に渡る検討会を終了します。明日からは各自、出場する競技に向けて練習を始めましょう」


 明日以降も放課後の練習は続くようだ。しかし強制参加というわけではなく、基本的には自主練習である。生徒たちは好きなタイミングで練習に励めばいい。


「あの、もう一人の生徒会はどの競技に出るんですか? この三日間、一度も顔を出していませんけど」


 ミラの近くにいた普通科の生徒が訊いた。


「……申し訳ございません。出るとすれば(・・・・・・)、ウォーゲームになると思います」


 頭を下げてミラが言う。

 その様子に、周囲の生徒たちが小声で噂した。


「……ねえ、もう一人の生徒会って、バレン先輩でしょ?」


「ああ。……怖いよな。できればこのまま顔見せて欲しくないんだけど」


「来たところで、また問題起こされるだけだろ」


「よせって。本人に聞かれたら殺されるぞ」


 聞こえてくる噂話に、俺とミゼは首を傾げた。




 ◆




「バレン=スティーレンね。この学園でも有名な生徒よ」


 翌日の昼休み。

 鷹組にもう一人いるらしい生徒会について、俺が話題に出すと、エリシアがその人物について説明してくれた。


「私は中等部一年の頃からビルダーズ学園に通い始めたけど、その頃から名が通っていたわ。確か、勇魔大戦にも参加していた筈よ」


「大戦に、ですか?」


 訊き返すミゼに、エリシアは頷く。


「うちは勇者を育てた学園だから、人手不足の際、何度かアテにされたのよ。……大戦に参加した生徒は何人かいたけれど、特に現生徒会長と、バレン先輩が活躍したらしいわ」


 話を聞いて、俺はエリシアに問う。


「優秀なのか?」


「優秀かと訊かれると微妙ね。強い人であることに違いはないけれど、バレン先輩は素行が悪い生徒としても有名だったわ。大戦に参加する前から何度も問題を起こしていたし、大戦が終わってからは更にそれが目立つようになった」


 大戦中に何かあったのだろうか。

 そんな風に勝手な推測をしていると、対面に座るグランが質問を口にした。


「問題って、具体的に何をしたんだよ?」


「喧嘩」


 簡潔にエリシアは答える。


「とにかく手が早い人なのよ。機嫌を悪くすれば、どんな相手だろうと半殺しにする。……なまじ強いから手の施しようがなかったわ。中等部の頃から、高等部の生徒と喧嘩して無傷で勝ってしまうような人だったし」


「……そんなに強ぇのか」


「もう何年も前から、学園最強は現生徒会長かバレン先輩のどちらかっていう噂よ。二人とも、昔から群を抜いて強かった」


 神妙な面持ちでエリシアは頷く。


「まあ私は最近、学園最強は他の人なんじゃないかって思ってるんだけど」


「……私も同意です」


 エリシアとミゼから、じっとりとした視線を注がれる。

 俺は二人の視線を無視して質問した。


「さっきから先輩と言っているが、俺たちと同級生ではないのか?」


 元々は鷹組にいるもう一人の生徒会の話題だった筈だ。

 ミラと同様、そのバレンという男も同級生ではないかと思ったが、それならエリシアが先輩と呼ぶのも妙である。


「留年しているのよ。去年、貴族の嫡男をボッコボコにしちゃったから。……生徒会に入ったのも、首輪をつけられているだけだと思うわ」


 他の生徒にとっては憧れの生徒会も、バレンにとっては罰か。

 エリシアの説明は鷹組の現状と符合する。鷹組はこの三日間で各競技に出場する選手の検討を行ってきたが、バレンは一度も顔を見せなかった。どうやら深い事情があったわけではなく、単に素行不良なだけだったらしい。


「それより……貴方たち、もう出場する競技は決まったの?」


 エリシアが尋ねる。

 口調はさり気なかったが、その瞳は鋭く細められていた。


「それは言わない約束だ」


「決まったかどうかくらい教えてもいいでしょ」


「……つい先日、決まった」


 エリシアは「そうなんだ」と相槌を打った。


「獅子組はどうなんだ」


「こっちはもう少し時間が掛かりそうね。でも、出場する競技を決めた生徒から順に本格的な練習を始めているわ」


 鷹組、獅子組でそれぞれ進行の方法は違うらしい。ノウハウの共有がされていないというより、生徒会の役員にもそれぞれ得意な方法があるといったところだろう。ミラは見た目通り真面目で、手際が良い。


「魔法の練習も、沢山しなくちゃいけませんね!」


「へぇ……ミゼは魔法を沢山使う競技なのね。となると、パレードかアローレインか……ミゼの性格なら、エクソダス辺りも怪しいけれど」


「ななな、なんのことでしょうか……?」


 分かりやすく動揺するミゼに、俺は小さく溜息を吐いた。

 早々にミゼの出場する競技がバレてしまった。


「……魔法か」


 魔法の練習も沢山しなくてはならない。そんなミゼの言葉を脳内で反芻しながら、俺は呟いた。


「少し席を外す」


 エリシアたちに断りを入れて、俺は中庭を後にした。


 競技祭の練習が始まって暫く。俺の「新しいことを始めたい」という気持ちは依然として残っている。


 思えば、俺は今まで不自由な学生生活を過ごしてきた。機関の兵士であった過去を隠すために、できるだけ目立つことを避け、公の場で戦う際は最小限の力のみでやり過ごしてきた。


 だが、いつまで経っても今のままではいられない。

 過去の経歴が露見しないよう、ビクビクと怯えながら過ごしたところで、それは日常とは言えない。


 先月の逃避行で学んだことがある。

 耐え忍ぶ自由は自由ではない。本当の意味での自由を手に入れるには、汗水垂らして努力しなければならない。


 やはり、今の俺が何かに挑戦するとすれば――これしかないだろう。

 意を決し、ポケットの中から『通信紙』を取り出した。中央を指で押しながら魔力を通し、通信を開始する。


『トゥエイト?』


 相手はすぐに出た。


「クリス。今、いいか? 相談したいことがある」


『ええ。どうかしたの?』


 耳元から聞こえるその問いに、俺は答えた。


「新しい魔法を習得したい」






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