07話『三日目種目検討会』
「三日目の種目はアローレイン、パレード、ウォーゲームの三つです」
放課後の練習も三度目になれば、生徒たちも慣れた様子だった。
ミラの指示に従って多くの生徒が運動着に着替える。俺とミゼの検討は先日に終えたため、今日は最後まで見学となるだろう。
「鷹組の皆さんも、少しずつ打ち解けてきましたね」
「そうだな」
初日の練習時にミラが言った通り、顔合わせの機会を特別に設けなくても、この三日間で生徒同士の団結は強化されていた。英雄科を窘めるための仕込みも功を奏したのか、チームワークは順調に育まれている。
「アローレインは、大人数で魔法を撃ち合う単純な競技です」
ミラが競技の説明を始める。
「使用できる魔法は遠隔射撃式のみです。選手たちは定められた陣地でしか行動できず、鷹組と獅子組の陣地は離れています。各陣地の中央にはコアと呼ばれるオブジェクトが設置されており、これを破壊されると敗北です。自分たちのコアを守りながら、相手のコアを破壊してください。……相手コアの破壊に集中して一斉射撃するもよし、自分たちのコアを守るために相手の魔法を撃ち落とすもよし。文字通り、魔法が雨のように飛び交う派手な競技です」
最終日の競技なだけあって、見応えもやり甲斐もありそうだ。
参加人数も鷹組、獅子組でそれぞれ二十人。合計四十人とのことであり、相当派手な撃ち合いとなるだろう。
「……雪合戦みたいなものか」
ミラの説明を自分なりに解釈する。
その呟きが聞こえたのか、ミゼが首を傾げながらこちらを見た。
「トゥエイトさん、雪合戦したことあるんですか?」
「昔、訓練でな」
「……訓練?」
まだ俺が幼かった頃だ。
機関の兵士になるための訓練の一環で、同期の仲間たちと雪合戦をした。当初は「その場にある全ての環境を武器として利用せよ」という趣旨があったが、次第に各々勝手に武器を持ち込むようになり、最終的には雪玉の中に鉄球やら爆薬やら毒物やらが混ぜられていた。
アローレインに適性があると判断された選手たちが、試しに魔法の撃ち合いを始める。
その中には、見知った顔もいた。
「……ジークか」
ファルシオン男爵家の嫡男である金髪の少年ジークは、アローレインの選手候補としてグラウンドに出ていた。薄青色の瞳は研ぎ澄まされ、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
「あの方……最近、印象が変わりましたよね。普通科の生徒に対しても、馬鹿にするような発言をしなくなりましたし」
「ああ。しかし、角が取れたというより……芯ができたと言うべきか」
誰に対しても優しくなったわけではない。きっと本心では、まだ普通科に対する偏見も残っているだろう。
だが今のジークは、脇目も振らずに走り抜ける強い意志を醸し出していた。何かに強い関心を抱いているのか、或いは何か大きな目標ができたのか。詳しくは知らないが、そういう大きなものを見つけると相対的に他の物事が些細に感じることがある。今のジークの心境はそんなところだろう。
「練習を始めてください!」
ミラの合図と共に、アローレインの練習が始まる。
数え切れないほどの魔法が飛び交い、大きな音が絶え間なく聞こえた。練習であるため、生徒たちは怪我に注意している。学園の運動着は耐久性に優れた代物であり、多少の魔法なら受けても怪我にはならなかった。
ジークも活躍しているようだが、なにせ生徒の数が多いため、すぐに見えなくなる。人垣の中、微かに見えたジークの横顔はどこか不満気だった。
「練習を終了してください!」
練習によってボロボロになったグラウンドを、鷹組の生徒全員で簡単に整地する。
その後、パレードについてミラからの説明があった。
「最終日二つ目の種目であるパレードは、魔法を用いたパフォーマンスを披露する競技です。こちらは適性があると判断されている方も、すぐには披露できないと思いますので、練習は割愛させていただきます。……魔法の制限はありませんし、どんな魔法でも見せ方次第では良い演出になります。そのため誰でも参加して力になることができますが、その分、選手同士の団結が評価を左右する競技だと思ってください」
ミラの説明に、何人かの生徒たちが深く頷いた。パレードに適性があると判断された者たちだろう。恐らく、魔法の器用な運用が求められる競技であるため、繊細な魔法を得意とする普通科の生徒が多く選ばれている。
「それでは最後の種目、ウォーゲームについてです」
ミラが集まった生徒たちに視線を向けながら言う。
「ウォーゲームは、学園の校舎とグラウンドを舞台にした、五対五のチーム戦です。使用する魔法に制限はなく、生徒同士の純粋な実力勝負となります。魔法競技祭のトリを飾るだけあって、一番の目玉競技とも言われていますね」
シンプルなルールだ。それ故に、日頃の努力が物を言う競技になるだろう。
これまでの競技には独特なルールがあったため、やりようによっては機転で実力を覆すことも可能だったが、ウォーゲームはそれも難しそうだ。
「ウォーゲームで使用する校舎は、正確には校舎風に建築された専用ステージですので、出場する選手は思う存分暴れ回ってください。ただ、練習の段階で舞台を破壊してはいけませんので、今回はグラウンドのみ使用し、Dランク以下の魔法だけで戦ってみましょう」
ウォーゲームに適性のある生徒たちが前に出る。
見覚えはないが、恐らく全員が英雄科の生徒だ。ウォーゲームは純粋な戦闘行為で勝敗が決するため、この競技だけは英雄科の方が圧倒的に向いている。
ウォーゲームの練習が始まると、見学する生徒たちから感嘆の声が零れた。普通科と英雄科の間には依然として溝が存在するが、やはり英雄科の中でも特に優れた生徒たちは、人々を魅了するほどの異彩を放っている。
Dランク以下の魔法だけでも、選ばれた生徒たちは熾烈な戦いをしてみせた。
ふと、視線を横に逸らす。
ジーク=ファルシオンは、ウォーゲームの練習を険しい顔つきで眺めていた。
「これで全種目の検討が終わりましたね。では、いよいよ出場する選手を決めていきましょう。まずは適性通りの種目に参加する方、私に報告をお願いします」
その指示に多くの生徒がミラのもとへ向かった。
大勢の生徒の希望を、ミラは事務的に処理していく。
「……よく一人で作業できるな」
「そ、そうですね。流石、生徒会です」
クリスが欲しがりそうな人材だ。
主に雑用として。
「次の方、どうぞ」
前の生徒が希望を伝え終え、俺の番がやってくる。
「名前と出場する種目を教えてください」
「トゥエイト。フィジカルレースだ」
俺の次に、ミゼも希望を伝えた。
「ミゼです。エクソダスでお願いします」
十分ほどかけて、ミラは目の前にあった長蛇の列を全て処理してみせた。
「ほぼ全員が、適性通りの種目に参加していますね。……それ以外の種目に参加希望の方はいますか?」
そんなミラの問いかけに、一人の男子生徒が手を挙げた。
「ジーク=ファルシオンだ。ウォーゲームの参加を希望する」
ジークの希望を聞いて、ミラは手元の書類を捲りながら口を開いた。
「ジークさんは、破壊力のある遠隔射撃式の魔法が得意なので、アローレインの適性が非常に高いのですが……ウォーゲームに参加したい理由をお尋ねしてもいいですか?」
「俺を入れた方が、勝率が高くなると判断しただけだ」
端的にジークは述べる。
その言葉は、ウォーゲームに適性があると判断された生徒たちの反感を買った。
「ジーク。お前、最近調子に乗ってるんじゃねぇか?」
「適性がないんだから、お前は他の競技に参加していろよ」
二人の男子生徒がジークに突っかかる。
その男子たちはトリを飾るウォーゲームに適性があると判断されたことで、選民思想が芽生えたのか、やや傲慢な態度を取っていた。
対し、ジークは冷静に二人を見据える。
「その二人と俺で模擬戦をやらせてくれ。二対一でいい。俺が勝てば、ウォーゲームに参加してもいいな?」
辺りがざわめいた。
随分と強気な条件だ。その言葉にはミラも多少驚き、二人の男子生徒に視線を注ぐ。
「そちらの二人はどうですか?」
「ああ、構わねぇぜ」
「二対一でいいなんて、舐めた口ききやがって」
双方の合意が認められる。
ミラは首を縦に振り、模擬戦を許可した。
オマケ『機関式雪合戦の概要』
クリス「あら、雪合戦やってるのね。私も混ぜてくれない?」
28「それは構わないが、仕事はいいのか?」
クリス「息抜きよ。……さあ皆、どんときなさい!」
~五分後~
クリス「……え、何これ。速すぎて玉が見えないんだけど」
クリス「ぁ痛っ!? あらら、当たっちゃったわね。ああもう、顔が濡れちゃったわ…………ぇ? なに、これ……赤い…………血……?」
クリス「待って! 待って! 良く見たらなんでさっきから足元に鉄球が転がってるの!? ねえ!? あと視界がやたら悪いんだけど! これ吹雪じゃなくて催涙ガスじゃない!? 28ォ! 炊くなァ!!」
クリス「なんで雪合戦なのに爆発するのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!??!」(ガス爆発)




