05話『初日種目検討会』
「フィジカルレースの参加者はこちらにお集まりください。それ以外の参加者は、フィジカルレースの検討会が終わるまであちらで待機をお願いします」
ミラがてきぱきと指示を出す中、俺は周囲にいる生徒たちの顔ぶれをそれとなく確認した。
交友関係が広いわけではないため、見知った顔は少ない。クラスメイトの顔なら多少覚えてはいるが、向こうも俺とはそこまで親しくないと考えているらしく、声を掛けてくることはなかった。
他に、俺の知っている者は――ジーク。
英雄科の生徒で、かつて俺が決闘した相手だ。あの決闘以降、ジークはどこか英雄科の中でも孤立しているように見える。ただ、他のコミュニティから排斥されているというよりは、自ら孤独になりたがっているような印象だった。以前ギルドで見かけた時も、ジークは他の英雄科の生徒たちとは気が合ってなさそうな様子を見せていた。
「ここにいる皆さんが、フィジカルレースの選手候補です」
集まった四十人程度の生徒を見て、ミラが言う。
「フィジカルレースは文字通り、自分自身の身体を使って競争を行う種目です。使用していいのは近接武闘式の魔法のみ。コースは初等部、中等部、高等部の各校舎の外側を走り、学園の敷地内を大きく一周するような形です」
単なる競争にしては長い距離だが、魔法を使ってもいいならペース配分をそれほど考える必要はない。短距離走と同じ要領で、ひたすら速く走ることが求められる競技だ。
しかし、魔法の使用が許可されていると言っても、近接武闘式の魔法は大抵、素の身体能力が問われる。
成る程……どうして俺にフィジカルレースの適性があると判断されたのか、理解できた。
恐らく俺は、魔法が苦手な生徒と認識されているのだろう。無理もない。俺は得意分野の魔法を除けば、Dランクの魔法すら使えないのだ。ビルダーズ学園の高等部という環境においては、平均以下の成績である。
だから、魔法ではなく身体能力で勝敗が決まる種目へと振り分けられた。
「妨害はありなのか?」
俺は気になったことを口にした。
「ありです。ただしそれも近接武闘式の魔法のみに限ります。……今回は練習なので、妨害なしでお願いします」
ミラの言葉に頷く。しかし本番を想定して動くのは悪くないだろう。
妨害は可能だが、使用が許されるのは近接武闘式の魔法のみ。となれば、先に進んでしまった敵を遠隔射撃式で狙い撃ちするのは不可能だ。妨害は相手と肉薄した時のみに行えると考えるべきだろう。敵と接触した時、追い抜くか、妨害するか、このいずれかを適切に選択しなければならない。そこに戦略の余地がありそうだ。……思ったより奥が深い。
「レースは六人で一チームを作っていただき、六チームが同時に走るリレー形式となります。鷹組で三チーム、獅子組で三チームといった具合ですね。……検討段階である今は四十二人いますから、今回は七チームに分かれて練習を始めましょう」
チーム分けが始まる。俺は適当に近くにいる生徒たちと組んだ。
七つのチームに分かれた後は、走者の順番を決める。どの順番でも構わないと告げると、俺は第一走者となった。アンカーは足の速さに自信があるらしい英雄科の生徒が務める。
「それでは練習を開始します。第一走者の方、準備を」
ミラの案内に従って、コースに並ぶ。
隣には他六チームの第一走者が並んでいた。
「いきなり妨害できるか訊くなんて、やる気だな、お前」
右隣の男子生徒に声を掛けられる。
「お前、トゥエイトだろ?」
「そうだが……」
「毎朝、寮の前を走っているよな。俺も偶に走るからお前のことは知ってるんだ」
朝、俺やグラン以外にもビルダーズ学園の生徒が走り込みをしていることは知っていた。城壁を出て外を走るのは俺とグランくらいだが、城下町で偶に学生とすれ違うことがある。
「俺はグランと交流があるんだが……あいつが言ってたぜ。お前、普通科とは思えないほど足が速いんだろ?」
「……普通科と足の速さは、そこまで関係ないと思うけどな」
「そうかもしれないけど、普通科で身体能力が高いのは珍しいんじゃないか? 魔法力が高いなら分からなくもないが」
普通科に通う生徒たちの目的は、《錬金》など生産職に向いている高度な魔法を学ぶことだ。そのため魔法力が高い生徒は普通科にもいる。反面、身体能力が高い生徒は確かに少ない。
「同じ普通科の生徒として、頑張ろうぜ」
「……ああ」
そろそろレースが始まるらしいので、お互い口を噤む。
ところで――この男は誰だ。
◆
レースの結果、俺が所属するチームは三位に終わった。
フィジカルレースはリレー形式だ。誰か一人が速くても、全体が速くなければ意味がない。その点、俺たちのチームは順位が示すように全員が平均的な速さだった。
「トゥエイトさん、速かったですね」
走り終えた俺のもとへミゼがやって来る。
「でも、もっと速く走れますよね?」
微かに威圧感を込めて、ミゼが言う。
先月の出来事を思い出した。あの時の逃避行で、ミゼは俺の実力をこれでもかというくらい目の当たりにしている。多分、学園内ではミゼが一番、俺の実力に詳しいだろう。
「今は出場する種目を検討する段階だ。そこまで熱くならなくてもいいだろう」
先程のレースはいわば、練習の練習である。
本番と違って妨害行為もなしだった。
「……本番では、どうするつもりですか?」
「適度に頑張ろうと思う」
返答がお気に召さなかったのか、ミゼは頬を膨らませた。
しかし、今回に限っては仕方ないだろう。
――本番は、大勢の観客がいる。
それも、シルフィア先生の話によると、途中からはテラリア王国の王様と、ヴァーリバル王国の王様が見学に来るらしい。流石にその面子を前にして、過剰に目立つわけにはいかない。目立つにしても、生徒という範疇の中に留めなくては。
とは言え……ここで手を抜いては今までと何も変わらない。
学生として、日常を歩む一人の人間として、新しいことに挑戦すると決めたのだ。本番が始まる前に、方針を決めておいた方がいいかもしれない。
「スレッジハンマーを検討する方は、前に出てください」
次の種目の検討が始まる。
初日、二つ目の種目であるスレッジハンマーは、チームで臨む力比べのようなものだった。
会場には、あらゆる衝撃を吸収し、その規模を数値化する魔法具――要するに受けたダメージを数値化できる魔法具が設置される。制限時間がある中、選手たちはひたすらその魔法具にダメージを与え、最も高いダメージを叩き出したチームが勝利……といった競技だ。
魔法力の中でも魔法出力が要求される種目である。
そのため、適性があると判断された生徒たちは英雄科の生徒たちが多かった。
「あの、なんかめちゃくちゃでかいハンマーがあるんですが、あれは使ってもいいんですか?」
生徒の一人が質問する。
グラウンドには、ダメージを数値化する魔法具の他に、巨大なハンマーのような魔法具も用意されていた。柄は丸太のように太く、頭は樽六つ分くらいの大きさだ。
「もちろん使用してもらっても構いません。逆に言えば、使わなくても構いません。ハンマーを使うかどうかはチーム内で相談して決めてください」
あのハンマーを使いこなすことができれば、大きなダメージを稼げるだろう。
脳裏にグランの姿が過ぎる。あの男の高度な《靭身》があれば、ハンマーを使うことも可能だ。
検討が始まると、轟音が幾重にも響いた。
スレッジハンマーでは魔法の制限がない。近接武闘式と遠隔射撃式の魔法が絶え間なく発動される。途中、近接武闘式で魔法具を攻撃していた生徒が、味方の遠隔射撃式の魔法に直撃しそうになった。お互いすぐに謝罪して再び競技に集中したが、今のタイムロスは大きい。フレンドリーファイアには注意しなくてはならないだろう。
「次はシューティングスターの検討です」
ミラが生徒たちに言う。
確か、ミゼが検討する種目だ。
「行ってきますね」
「ああ」
心の底から楽しそうにするミゼを見て、俺は殆ど無意識に、もう一言口にした。
「頑張れ」
「……はいっ!」
応援されたのが意外だったのか、ミゼは一瞬だけ目を丸くして驚いたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
初日、三日目の種目であるシューティングスターの検討が始まる。
シューティングスターは、定められた領域内に現れるターゲットを、三分間で最も破壊したチームが勝ちとなる。使用可能な魔法は遠隔射撃式のみ。チームは三人構成で、ミゼはクラスメイトの二人の女子生徒と組んでいた。
競技が始まると、ミゼは遠隔射撃式の魔法を発動した。
先月の逃避行でBF28を貸してからというもの、ミゼは遠隔射撃式の魔法のコツを掴みつつある。その成長は学園の成績にも反映されていた。ミゼがシューティングスターに選ばれたのは、身体能力が劣っている点と、魔法が得意な点を考慮されたからだろう。俺とは真逆の評価である。
領域内を自由に飛び回るターゲットを、ミゼは的確に撃ち落とす。その実力に周囲の生徒たちも舌を巻いた。
俺はミゼが毎日、自主的に努力していることを知っている。その上で目の前の光景を見ていると、どこか感慨深い気持ちになった。
「……ん?」
何処からか騒がしい声が聞こえる。
練習しているミゼから目を逸らし、俺はグラウンドの隅に近づいた。
そこには鷹組のリーダーであるミラがいた。短冊形の紙のようなものを耳に当てて、険しい顔つきをしている。
あれは――『通信紙』か?
安価とは言えない魔法具だ。学生が持っているのは珍しい。
「バレンさん! どうして練習に参加してくれないんですか! 今日の放課後から検討会を始めると、あれほど言ったのに…………はぁ!? 寝坊!? そんな言い訳は通用しませんよ!」
怒気を孕んだ声が次々と繰り出される。
ミラの額には青筋が立っていた。
「今、グラウンドで検討会を始めていますから、すぐに来てください! ……え? い、いえ、もう終わりますけど、だからせめて顔合わせくらいは……ちょ、ちょっと!? 切らないでください!」
最後にそう叫んだミラは、わなわなと怒りに震えながら『通信紙』をポケットに入れた。どうやら一方的に通信を切られたらしい。
ミラが盛大な舌打ちをする。
直後、俺と目が合った。
生徒会の役員は、生徒の模範とされている。その立場上、今のような仕草を他人に見られるのはマズかったのか、ミラは非常に気まずそうな顔をした。
「し、失礼しました。お見苦しいところを」
「いや……生徒会というのも、大変そうだな」
「……お気遣い感謝します」
引き攣った笑みを浮かべてミラは立ち去った。
丸められたその背中をすぐに真っ直ぐ伸ばし、ミラは鷹組の生徒たちへ指示を出す。
丁度、シューティングスターの練習が終わったようだった。
いい手応えを感じたのか、ミゼが満足げな笑みを浮かべながら、こちらへ近づいてくる。
「トゥエイトさん! 見てましたか!?」
「悪い、少し余所見していた」
無言で脛を蹴られた。
どうも先月の逃避行以来……俺に対する遠慮がなくなっている気がする。




