51話『正念場』
戦いの火蓋が切られると同時に、俺は《魔弾》を放った。
「あはは! そんな豆鉄砲じゃあ、ボクは殺せないよ!」
素早く《靭身》を発動したオズは、軽々と俺の攻撃を避けた。
オズを追う最中、視線の片隅に破壊された馬車が映る。
馬車を破壊されたのは想定内だ。
逃亡者を追い詰める場合、まずは移動手段の破壊が優先される。辺り一面の荒野で馬車を隠すことは不可能に近い。どうせ俺が何も言わなくても、オズは馬車を破壊していただろう。
「じゃあ、豆爆弾だ」
うまくオズを誘導したところで、事前に設置していた《爆発罠》を起爆させる。
オズの足元が爆発し、耳を劈く轟音が連鎖した。
「あぶ――ないなぁ、もうっ!!」
オズが両手を足元に向け、TD02の引き金を引く。
魔力の奔流が吹き荒れ、その反動でオズは宙へ浮いた。
空中なら避けられない。指先をオズへ向け、《魔弾》を数発放つ。
しかし、オズは不敵な笑みを浮かべて――。
「だから、効かないって!!」
TD02の先端が輝き、極太の光線が二発、放たれた。
「ちっ」
舌打ちし、すぐに真横へ飛び退く。
TD02を持ったオズは、一撃必殺の攻撃を連射できる。確かに彼女から見れば、俺の《魔弾》など豆鉄砲のようなものだろう。
こちらの攻撃は、全てオズの砲撃によって掻き消されてしまう。
オズの砲撃は攻防が一手で行える優れた力だ。
やはり正面切っての戦いは彼女の方に分がある。
「だが――」
――オズにも弱点はある。
TD02の威力は凄まじい。それ故に、近距離で着弾させてしまうと術者自身も巻き添えをくらってしまう。
一瞬で《靭身》を発動し、オズ目掛けて疾駆した。懐に潜り込みさえすれば、彼女は迂闊に砲撃を放てない。
「それは勿論、対策済みっ!!」
己の弱点を理解しているオズは、TD02を俺の足元へと向け、砲撃を放った。
射出された魔力は着弾と同時に衝撃を撒き散らす。
左右に逃げても、オズの攻撃を避けることはできない。
結果、俺は上空へ跳んで逃げるしかなかった。
「28が上に逃げたら、駄目でしょ」
二本の魔法杖を、オズは宙にいる俺へ向けて笑う。
しかし、こちらも考えなしに接近を試みたわけではない。
――《瞬刃》。
相手が静止している状態なら、問答無用で両断できる不可視の刃。
宙で身を翻し、俺は薄く伸ばした刃を閃かせた。
「――ッ!!」
咄嗟にこちらの攻撃を予期したオズは、構えを解いて真横に跳ぶ。
振った刃は虚空を斬った。残念ながら決着はつかなかったが――生まれた隙は大きい。
着地と同時に、俺は体勢を崩したオズの懐に潜り込む。
「こ、の――ッ!!」
「遅い」
オズがその小さな身体を駆使して、下段から蹴り上げてくる。
その出だしを受け止めた俺は、まずは一発、脇腹へ拳を叩き込んだ。
「がッ!?」
殴られたオズが後退する。
しかし、俺は彼女の細い右腕を強く掴み、引き寄せた。
「――逃がすかよ」
左腕に《物質化》で短刀を創造する。
躊躇はない。オズの心臓目掛けて、鋒を突き出した。
ガキン! と金属の衝突する音が響く。
オズが咄嗟にTD02を胸元に構え、それで俺の突きを防いでみせた。
一瞬、視線が交錯する。
ヒュンと風を斬る音と共に、オズが俺の鳩尾を狙って蹴りを放った。身体を捻ってそれを避けようとすると、オズも同時に逆方向へ身体を捻ることで、俺の拘束から逃れてみせる。
オズは体術を苦手としているわけではない。
熟練の戦士がオズと戦えば、誰だって接近戦を試みる。しかしオズは、今までもそうした敵と戦い、その上で生き延びているのだ。必然、オズは接近戦の経験を多く積んでいた。
小柄な体躯と抜群の運動センスを駆使したオズの体術は、鋭い。
足りない膂力を、速さで補っている。
「そこッ!!」
足払いを避けた直後、真正面から掌底が迫った。
腕を交差してそれを防ぐ。オズは防がれることを想定していたのか、反動で後方へ飛び退いた。
「甘いね、28」
TD02を構えてオズが言う。しかし――。
「それは、こちらの台詞だ」
次の瞬間、オズの足元が爆発した。
接近戦でいつまでもオズの動きを封じるのは骨が折れる。それを見越して、少しずつオズを罠の位置へ誘導していたのだ。
砂塵が舞い散る中、再び接近を試みる。
だが、大気を穿つ二発の砲撃が、俺の足を止めた。
「いてて……追ってこないと思えば、今度は爆発か」
想像以上に早く、オズは爆発から立ち上がる。
どうやら《靭身》の出力を瞬間的に上げ、爆発から身を守ったらしい。
「うーん、トラップが邪魔だね」
そう言って、オズは両手を頭上に向けた。
「――《流星砲》」
パン、という軽い音だけが何度も響く。
頭上へ空砲を放っているように見えるが、そうではない。TD02によって放たれる弾丸は、オズの魔力を凝縮し、いつでも暴発を起こせる状態にしたものだ。通常は射出と同時に暴発を起こし、巨大な砲撃を放っているが、今回は暴発のタイミングを少し遅らせている。
強引に凝縮されたオズの魔力は、上空へ撃ち出され、緩やかに落下する。
降り注ぐ不安定な魔力は――突如、暴発を起こし、無数の砲撃と化した。
「……まさしく、暴王だな」
オズの二つ名を思い出しながら、退避する。
無数の砲撃が大地を穿ち、あっという間に視界が砂埃で埋まった。
ひたすら逃げていると、横合いから極太の砲撃が迫り来る。
「ぐ――ッ!?」
視界が悪いせいで、対応が遅れた。
砲撃が掠る。――ただ掠っただけで、意識が飛ぶほどの衝撃を受ける。
「これで罠は全部、破壊できたかな?」
砂の煙が霧散した頃、オズは言う。
設置していた《爆発罠》は、一瞬で全て破壊されてしまった。
「28……弱くなったね」
オズは俺を見て言う。
「……もう勝った気か?」
「うん。今の28が相手なら、あんまり負ける気しないかも」
オズは、どこか醒めた瞳で俺を見据える。
「悪いことは言わないからさ、局に来なよ。……その鈍った腕、鍛え直してあげるから」
「……遠慮しておこう」
機関が解体された直後に、その問いかけをされていたら、きっとすぐに頷いていただろう。
我ながら随分と変わってしまった。それが妙におかしくて、少し笑ってしまう。
「オズ。俺は別に、自分が弱くなったとは思わない」
ただ、色んなものを手に入れてしまい、それぞれの重さに四苦八苦しているだけだ。
「それに……俺はまだ、手の内を全て明かしたわけじゃないぞ」
そう言って、俺はポケットの中に入れていたものを取り出した。
「何それ、石ころ?」
「そうだ、ただの石ころだ」
オズが現れる前、移動しながら拾った、何の変哲もない石ころだ。
俺はそれを、目を丸くするオズへと投げる。
次の瞬間。
放り投げられた、ただの石ころが――爆ぜた。