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49話『些細な幸せ』

 迷宮『霊樹の墓』から無事、帰還した俺たちは、再び村へと戻った。

 本来、追手が付近にいた時点で村に帰るべきではなかったが、今は多少の危険を冒してでも資金が欲しい。オーガ討伐の報酬を受け取るために、俺はギルドへ向かい、討伐の証拠であるオーガの角を差し出した。


「追手は、村には滞在していないようだな」


 ギルドから貰った報酬を懐に入れながら、ミゼに言う。


「ですが、早めにここを出た方がいいですよね」


「ああ。必要なものを買い揃えて、すぐに離れよう」


 迷宮での一騒動を思い出すと、村の光景は平和そのものだ。

 この長閑な空気に流されないよう注意しなくてはならない。


 手分けして薬や食糧を購入する。その後、厩に向かって馬車を調達した。幸い、商人が使い古した荷台の交換を検討していたため、その商人と個人的に相談することで比較的安価に荷台を手に入れることができた。


「これで買い物は終わったな」


「はい」


 薬類を詰め込んだ紙袋を持つミゼが言う。

 馬車の方へ向かっていると、不意にミゼが足を止めた。

 立ち止まったミゼの視線は、露店に並んでいるアクセサリに釘付けとなっている。


「何か欲しいものでもあるのか?」


「あ……いえ、なんでもありません」


 少し恥ずかしそうに首を横に振るミゼに、俺は内心で失敗を悟った。

 そうだった……彼女にこういう質問の仕方をすると、必ず遠慮されてしまう。


「どれが欲しい」


 改めて、ミゼに訊く。


「え……い、いえ、その、大丈夫です! 別に私は、何も……」


「今回の報酬で資金には余裕ができた。ミゼにも手伝ってもらったし、多少の贅沢はしてもいいだろう」


 ミゼはこの逃避行を、自分たちの新たな日常であると言っていた。

 なら、こうやって息抜きでも挟んでいないと、心が持たない。


「では、これを……」


 ミゼは遠慮がちに、棚に並んでいるアクセサリを手に取った。

 それは何の変哲もない、真っ黒な腕輪だった。


「こんなものでいいのか? もう少し凝った装飾の方が……」


「これでいいんです。だって……」


 ミゼはそのアクセサリを、左腕につける。

 そして、俺の左腕と見比べて言った。


「ほら――お揃いです」


 嬉しそうにミゼは言う。

 言われてみれば、ミゼが手に取った黒い腕輪は、俺の左腕に装着されたBF28と全く同じ見た目をしていた。


 本人が満足するのであれば、それでいいだろう。

 露店の主に腕輪を購入する意思を伝え、金を渡した。


「二人とも、旅人か?」


 商品を受け取った俺に、店主が声をかける。


「ああ」


「もし西へ向かうんなら、一応気をつけといた方がいいぜ。昨日、西の荒野で妙なものを見たって言う奴らがいてな」


「妙なもの?」


「なんでも、空に変な模様が浮かんでいたとのことだ。しかも、その模様が光り出したかと思いきや、次の瞬間には耳を劈くほどの大きな音が聞こえたらしい。そいつも遠くから見ただけだから、何が起きたのかサッパリ分かってないみたいだが、念のため頭に入れておいた方がいいだろう」


「そうか……情報提供、感謝する」


「なぁに、気にすんな。こういう小さな村では、助け合いが大事なんでな」


 気の良い店主に礼を述べ、その場を後にする。

 ミゼも深々とお辞儀して感謝を伝えた。


「次は何処へ向かうんですか?」


 御者台で馬車を動かす俺に、隣に座るミゼが訊いた。


「ここからカーナブン共和国へ直接向かうには、まだ距離が遠すぎる。そこで、中間地点にある岩場を経由することにした。遮蔽物が多いあの場所なら、万一敵に見つかっても対処しやすい」


「岩場というと……地図上では、この灰色で示されている一帯ですね」


 手元で地図を広げてミゼが言う。

 ふむふむ、と頷いていたミゼは、唐突に微笑を浮かべた。


「……ふふっ」


「どうした?」


「いえ、その……」


 地図を閉じ、遠くの景色を眺めながらミゼは語る。


「見知らぬ村に泊まって、ギルドの依頼でお金を稼いで……迷宮を探索した後は、また新しい土地へと向かう。これって、冒険しているようなものですよね」


「……そうだな。特に、先日の迷宮探索は間違いなく冒険と言えるだろう」


 霊草エクサの群生地。あの凄まじい光景を目の当たりにした時は、正直、俺も鳥肌が立った。あの時の感動こそが、冒険の醍醐味と言えるだろう。


 恐らくあの場所はまだ誰にも発見されていない。

 もし発見されていれば、あのような無防備な状態で放置されていることはないだろう。


「皮肉なものですね。日常を奪われた先に、ずっと求めていたものがあるなんて」


 儚い笑みを浮かべてミゼは言う。

 その表情はとても、幸せそうには見えなかった。




 ◆




 村を出て、二時間が経過した頃。


「……おかしい、ですね」


 馬車を運転する俺の隣で、ミゼが険しい顔をしながら地図を見ていた。 


「そろそろ、岩場が見えてもいい筈なんですが……」


「ああ……妙だ。見たところ荒野しかない」


 ギルドで手に入れた地図は最新版だ。情報に間違いはないだろう。

 異変を感じつつも馬車を先へ進ませる。

 そこで――俺たちは、信じられない光景を目の当たりにした。


「なんだ、これは……?」


 辺り一帯が、まるで巨大なスプーンで抉り取られたかのように、跡形もなく削られていた。

 地表は禿げ上がり、そこに本来あった筈の岩場は見る影もない。


 馬車を止める。隣のミゼも、目の前の光景に絶句していた。

 たった一晩で、付近の地形を丸ごと変えられた。

 その原因には――心当たりがある。


「まさか……《極大主義(エクストリズム)》か」


 それは、王国の最終兵器と言っても過言ではない力だ。

 真兵特務機関の最高火力。この国で、最も破壊に長けていたその人物のことを思い出す。


 間違いない、彼女の仕業だ。

 村の露店で聞いた目撃情報を思い出す。西の荒野で、空に浮かぶ模様を見たこと。その模様が光ったかと思いきや、次の瞬間には轟音が聞こえたこと。……これらの情報は、全て《極大主義》の現象と合致する。


 俺たちは迷宮にいたため気づくことはなかったが、どうやら機関は昨晩、俺たちを捕えるべく最終兵器を投入したらしい。


 ――落ち着け。こちらにとって有利な地形を失っただけだ。


 眼前に広がる光景は凄惨なものだが、恐れることはない。

 地形を変えるほどの高火力を持つ《極大主義》だが、その術者である人物には弱点がある。――直接、人を殺せないことだ。昨晩は、俺たちがその場にいないことを確認した上で、ここにある岩場を破壊したのだろう。


「トゥエイトさん! 何かが、こちらに向かっています!」


 荒野の果てを指さしてミゼが言う。

 距離がありすぎて《靭身》を使用しても視認できない。BF28の小型化を解除し、その『遠視晶』を覗いた。


「……正念場だな」


 一台の馬車が接近している。

 その荷台には――オズが乗っていた。



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