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45話『足手纏い脱却』


「依頼を受けてきた。オーガ三体の討伐だ」


 ギルドで受け取った依頼書をミゼに見せる。

 オーガとは、赤い肌に筋骨隆々の体躯を持つ、人型の魔物だ。背丈は二メートルから三メートルほど。シルエットは細身のオークと表わしてもいい。だがオークと同程度の膂力がある上、動きはその何倍も俊敏だ。

 

「場所は何処なんですか?」


「ここから北に向かったところだ。有料で馬車を手配できたようだが、節約のため徒歩で移動する。二時間もあれば着くだろう」


 ミゼは文句ひとつ言うことなく頷いた。


「最低限、道に迷わないために地図だけは買っておいた。一応ミゼも確認してくれ」


「分かりました。……あれ、この印がついている場所はなんですか?」


「迷宮の入り口だ。オーガの生息地は、迷宮の傍にあるらしい」


「迷宮……」


 一瞬、ミゼの目が輝いた。


「悪いが、探索する余裕はないぞ。あくまでその近くに行くだけだ」


「わ、分かってます。その……すみません」


 気まずそうにミゼが謝罪する。

 この状況でも、冒険したい欲求があるらしい。


 早速、村を出てオーガの生息地へ向かう。

 ここまでの道中で足腰が鍛えられたとは言え、二時間の移動は体力も消耗する。小休止のための食糧を購入することになったが、馬車を手配することと比べたらまだ安価だ。


「そう言えば……古代魔法は使えるのか?」


 その問いに、ミゼは微かに驚愕した。


「……知ってるんですね。《叡智の道》の記憶に、古代魔法の使い方が含まれていると」


 クリスから聞いた情報だ。「ああ」と頷く。


「残念ながら私に古代魔法は使えません。負担が大きすぎて、今の私では厳しいみたいです。ただ、代わりに――」


 言葉を紡ぎながら、ミゼは立ち止まって足元の土を拾った。

 ミゼが土を軽く握り締めると同時に、その掌が淡く発光する。直後、掌に載った土が、精緻な鳥の置物となった。


「……《錬金(アルケミー)》か」


 近接武闘式のCランク魔法だ。

 最初の魔法学実習で、シルフィア先生が似たようなことをしていた。先生は銀のアクセサリを鳥の置物に変えていたが、ミゼはそれを土でやってみせる。掌の上にある鳥の置物は、以前シルフィア先生が《錬金》で作ったものとそっくりだ。つまり、ミゼは先生と同じくらい《錬金》を使いこなしていることが分かる。 


「随分と、練度が高いようだが」


「そう思いますよね。でもこれ、初めて使ったんですよ(・・・・・・・・・・)?」


 想定外の言葉に、俺は目を見開いた。

 だがすぐに理解する。


 ――《叡智の道》の力か。


 知識を継承するということは、経験を継承することでもある。

 魔法を使用する時の感覚や心構えなどが、ミゼの中には何世代分も蓄積されているのだろう。


「こういうことをする度に、自分の身体が、自分のものではないような気がします。あまり気分の良いものではありませんが……背に腹はかえられません。今はこの力を利用するとします」


 吹っ切れた様子でミゼは言う。

 既に魔法の扱いに関しては、俺は勿論、グランやエリシアよりも長けているかもしれない。


 だが、どれだけ経験が蓄積されていても、身体能力は変化しない。《錬金》は近接武闘式の魔法だ。膂力の弱いミゼが、《錬金》を用いて戦うことは難しいだろう。


「そろそろ、見える筈だ」


 手元の地図と、目の前の地形を確認し、ミゼに言う。


「戦闘中、私はどうすればいいでしょうか」


「何もしなくていい」


 そう言うと、ミゼは落ち込んだ様子を見せた。


「やはり……私では、力になれませんか」


「いや、そういうわけではないが……」


 本心からの言葉だった。

 正直、ミゼの力が頼りになる場面は今のところ思いつかない。しかし、今回ばかりはミゼが足手纏いというわけではなく――。


「……そう言えばミゼは、俺の本来の戦い方を知らなかったな」


 互いの認識に齟齬があることに気づく。

 首を傾げるミゼの前で、俺は左手首に装着した黒い腕輪に魔力を流した。


 漆黒の『狙撃杖』が手元に現れる。

 いきなり現れたその武器を目の当たりにして、ミゼは「ひゃっ」と驚愕の声を漏らした。


「そ、それは?」


「俺の武器だ」


 簡潔に説明すると同時に、右膝を地面につき、左足の爪先をオーガたちがいる方へ向けた。

 杖の上に取り付けられた『遠視晶』を覗き、標的であるオーガ三体を確認する。


「何もしなくていいと言ったのは、ミゼが足手纏いだからではない」


 一番奥にいるオーガの頭に狙いを定める。

 手前のオーガを先に倒してしまうと、すぐに後方のオーガたちが異変に気づき、逃げてしまうからだ。奥から順に倒した方が効率的である。


「ただ、本当に……する必要がないだけだ」


 呼吸を整え、引き金を引く。

 俺が最も得意とする、遠隔射撃式の魔法《狙撃》が発動した。


 両手で支えるBF28からタン、と音が放たれる。

 視界に映るオーガの頭部が真っ赤に弾けた。


 すぐに二発目の弾を用意する。

 杖の中心部に掌を添えると、内部に刻まれている術式とやらが、魔力の指向性を自動的に調整してくれる。目を閉じると自身の魔力が杖の手前に誘導されていくのを感じた。その流れに身を任せたまま、弾丸を形成する。


 魔法具は使用者が意識せずとも、自動的に魔法を発動してくれる代物だが、複雑な機能を持つ魔法具はその限りではない。BF28は「弾の生成」と「狙いを定める動作」を使用者自身が負担する必要がある。

 通常の『魔法杖』と違う点は、「弾がより遠くへ飛ぶこと」と「狙いを定めやすい」という点だけだ。

 

 二発目、三発目と素早く放ち、残る二体のオーガも倒す。

 オーガたちはいずれも、襲撃されていることに気づくことなく絶命した。


「依頼達成だ」 


「え?」


「討伐の証拠となる角を回収しに行こう」


「え、え、えっ?」


 困惑するミゼに、俺がどうやってオーガを倒したのか説明しながら移動する。

 戦いが始まる前に戦いを終わらせる。これが俺の、本来の戦い方だ。


「そういう戦い方も、あるんですね……」


「アルケディア王国には、俺と似たような戦いをする者はいなかったのか?」


「いえ……いるにはいましたけど、かなり珍しいですね。《狙撃》の魔法は、あまり実用的ではないという見解が強かったので。……アルケディア王国では、遠隔射撃式の魔法は広範囲を殲滅するためのものという認識が一般的でした」


「まあ、基本的にはどの国もそうだろう」


 使い手である俺だからこそ良く理解できるが、《狙撃》は扱いが難しい魔法だ。完全に使いこなすまで時間がかかる上、どれだけ修練を積んでも、一度の発動で倒せる敵は一人までである。それなら、扱いやすい上に一度に多くの敵を倒せる魔法を覚えた方がいい。


「トゥエイトさんなら、ドラゴンでも倒せそうですね」


「……どうだろうな」


 魔物の中でも、ドラゴンと呼ばれる種類は特別強い。

 感心するミゼに対し、俺は悩みながら答えた。


「実を言うと、ああいう魔物らしい魔物とは戦闘経験も少ない。俺はどちらかと言うと、人型の相手が得意だ」


「人型、ですか」


「ああ。人間は勿論、下手な魔物と戦うくらいなら……いっそ魔人の方が戦いやすい」


 そう告げると、ミゼは複雑な表情を浮かべた。

 魔人は大抵、魔物よりも遥かに強い。戦時は魔物を統率していることも多かった。


「魔物より、魔人の方がマシというのも変な話ですね……」


「人型の敵は、頭か心臓を潰せば大体片がつくからな。シンプルでいい。……《狙撃》は、そういうことにうってつけの魔法だ」


 そう言ったところで、ふと足を止めた。

 前方から感じる魔物の気配。それと――今、口にしたばかりの台詞。


 ミゼは日頃の生活面だけでなく、こういった戦闘でも役に立ちたいと考えている。

 先程彼女が披露した《錬金》を思い出す。随分と練度が高かった。並外れた魔法制御力がなければ、あのような芸当はできない。


「……やってみるか?」


「え?」


 目を丸くするミゼに、俺は提案した。


「《狙撃》の練習だ。もしかすると、ミゼなら使いこなせるかもしれない」



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