44話『隠し事』
夜が明ける頃、俺たちはまた新たな村へと辿り着いた。
村の名を調べる暇もない。刺客たちの追跡を逃れることに成功したばかりの俺たちは、ボロボロの見てくれを隠す余裕もなく宿屋へ向かい、そこで眠った。
早朝に宿屋へ訪れ「とにかく休ませてくれ」と頼む俺たちを、店主が訝しむことはなかった。それ以上に心配してくれた。
目が覚めた後、まだ眠たそうなミゼの手を引きながら宿屋を出ようとすると、店主から「あまり無理はするなよ」と声をかけられる。
「もう、お昼ですね」
空を仰ぎ見たミゼが呟く。
陽は丁度、空の中心に昇っていた。
宿屋の寝台を借りて四時間ほど眠った後だ。睡眠時間は足りていないが、それでも刺客から逃れていた時と比べれば遥かに身体が軽い。
「歩けるか?」
「はい」
「走れるか?」
「……短い間なら」
旅の道中、気づいたことがある。
空元気を出す癖のあるミゼに「大丈夫か?」と訊くのは禁物だ。必ず「大丈夫です」と答えるからだ。だが、こうして身体の不調を細かく確認していけば、正直に告白してくれる。
「……馬車を失ったのが痛いな」
地形にもよるが、恐らく局が差し向ける刺客たちの大半は、馬車などの乗り物を利用して俺たちを追っている。いざという時、俺たちは既に少ない体力を限界まで振り絞って逃げねばならないが、敵は余裕のある体力で俺たちを追ってくるだろう。圧倒的に不利だ。
この村は前回寄った村よりも規模が大きい。
そのため、訪れる商人の数も少なくはないようだ。村の端に行けば、商人たちの馬を預かる厩舎が見つかった。
強い獣臭がする中、左右を見渡し、人の気配を探す。
厩番は一人。警戒心の欠片もない緩みきった態度の男だ。あの程度なら一瞬で仕留められる。
「……盗むか」
「え?」
「緊急事態だ。やむを得ない」
厩番を倒し、馬を一頭盗み、ついでに荷台も盗む。
荷台は厩舎の傍に置いてあるため、適当に手前のものを盗めばいいだろう。途中で見つかったとしても、馬が一頭いれば道中の負担は随分と変わる。
「それは、やめておきましょう」
頭の中で作戦を考えていると、ミゼが言った。
「……昨晩、トゥエイトさんは言ってくれましたよね。どこまでも一緒に逃げてくれると。……もし、私たちの旅に終わりがないのであれば、これは緊急事態などではなく、私たちの新しい日常です。だから……なるべく人に迷惑をかけるのは、やめた方がいいと思います」
一理ある。
確かにミゼの言う通り、この緊急事態は今後も続く可能性が高い。今後も緊急事態だからと言って、何度も罪を犯し、無関係な人たちに迷惑をかけるようでは――それは野盗も同然だ。
逃避行が始まって、もう十日以上は経過している。
生き方を改める必要があった。この状況が今だけのものでないなら、今だけ許される行為というのも存在する筈がない。
「しかし、正攻法で馬車を手に入れるとなると、金が必要だ」
「……すみません。代案も出せず、偉そうに」
「いや……手段を選ぶことを忘れ、野盗に成り下がっていくよりマシだ。止めてくれて助かった」
肝心の金がないため、俺たちは今、困っている。
どうするか悩んでいると、二人組の男が俺たちの前を横切った。丁度、昼休憩を終えたばかりなのか、少し膨れた腹を手で摩りながら男たちは村の出口へ向かって行く。
その手には、見慣れた板状のものがあった。
「トゥエイトさん、今の……」
「ああ……冒険者カードだ」
近隣に他の集落や街はない。となれば、彼らは偶々この村を立ち寄った冒険者ではなく、今からこの村を出発する冒険者に違いない。
早足で村中を歩き回る。
そして、俺たちは目当ての建物を見つけた。
「……こんなところにも、あるものなんだな」
冒険者ギルド。まさか、こんな村にも支部があるとは思わなかった。
背の低い隙間だらけの木造建築だが、建物自体は大きい。賑わいもあるため、まともに営業されていることが窺える。
「ミゼ、ここで金を稼ぐぞ」
「分かりました。……あ、でも、私たちの冒険者カードは使えませんよね」
カードを取り出そうとしたミゼが動きを止める。
当たり前だ。カードには俺たちの名が記されている。逃避行の最中、意味もなく情報を落とすことはない。
「別人として、改めて登録する。……但し、俺一人だ」
「トゥエイトさんだけ、ですか?」
「どうせ報酬は俺たち二人で共有する。片方が登録すれば十分だろう。それに……ギルドには俺たちの顔が割れている可能性もある。受付とのやり取りは、変装に慣れた俺だけで行った方がいい」
「……分かりました」
一度ギルドから離れ、準備を済ませることにする。
途中、家畜を飼っている小屋を見つけた。古びた柵に手をかけ、補強に使われている紐の一部を短刀で切り取る。
すぐ傍に川が流れていた。頭に被せていた外套を脱いだ後、川に手を突っ込み、濡れた両手で髪を後ろに流す。更に短刀で外套の一部を切り取り、その布に先程手に入れた紐を通した。布で左目を覆った後、紐を頭の後ろで結んで固定する。
「眼帯、ですか……?」
「ああ。これだけでもだいぶ印象が変わる筈だ。安上がりな変装だが、数日程度なら耐えられるだろう」
髪型も変更した。安上がりとは言え簡単には見破られない筈だ。
適当に見た目は変更してみたが、最も注意するべきは、俺とミゼが二人で行動している点である。恐らく刺客は「二人組」に絞って俺たちを探している。ギルドに登録するのが俺一人というのも、単に手間がかからないだけでなく、二人組という条件から抜け出すためでもあった。
「手っ取り早く金を稼ぐなら、魔物の討伐に限る。第二種免許の試験を受けてくるから、ミゼはその辺りで待っていてくれ」
「はい」
首を縦に振ったミゼは、その後すぐに「あ」と何かに気づいたような声を発した。
「あの、トゥエイトさん。ひとつ問題に気づいたんですが……」
「なんだ?」
「馬車を新調するとなると、なるべく高い報酬の依頼を受ける必要があります。ですが……登録した直後の冒険者はFランクですし、高難易度の依頼は受けられないのではないでしょうか?」
ミゼの疑問はもっともだ。
王都で俺たちが免許を取得した際、最初は全員Fランクだった。Fランクの冒険者が受けられる依頼には種類がある。しかし――。
「問題ない」
基本的に冒険者はFランクから始まるわけだが、例外もある。
例えばオズは、試験で圧倒的な実力を見せつけ最初からDランクを取得していた。
だから――――それと同じことをすればいい。
「今回は本気を出す」
◆
十分後。
魔法力の試験と基礎戦闘力の試験、それぞれを終わらせた俺は、その結果をミゼに報告した。
***********
●トゥエイト
魔法出力:D
魔法即応力:A
魔法持続力:C
魔法制御力:A
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「………………ぇぇ」
反応に困ったミゼは、最終的に呻き声を漏らした。
確か前回の結果は、上から順に「DBCB」だった筈だ。
魔法出力と魔法持続力が苦手分野であることは残念ながら変わらない。しかし、これでも俺は元機関の兵士である。己の牙を磨く時間は山ほどあった。
「確か、評価Aって、騎士団の団長・副団長に匹敵するという意味ですよね……」
「そうだな」
「テラリア王国で例えると、この前、学園に来ていた近衛騎士団の団長や、正燐騎士団の団長にも匹敵するということですよね」
「そうだな」
「…………ぇぇ」
最早、誤魔化しても意味はない。
肯定すると、ミゼがまた変な声を零した。
「特例で最初からCランク冒険者として活動できるようになった。これで高難易度の依頼も受けることが可能だ」
「……この旅が始まってから、嫌というほど痛感していますが、今までのトゥエイトさんは色んなところで手加減していたんですね」
「俺としては、必要に応じて調整していただけのつもりだが……否定はしない」
「……むぅ」
隠し事されたことが気にくわないのか、ミゼは両頬を膨らませて不満を露わにした。
「一応弁解させてもらうが、俺も好きで隠し事をしているわけじゃない。手加減にせよ、演技にせよ、全て理由があるからやったまでだ」
「なら、いいですけど。……あ、じゃあ例えば、魔法薬学の授業で変なガスを作っていたのも、実は演技だったんですか? あの時は、ああしなくちゃいけない理由があったとか……」
純粋無垢な瞳でミゼが問いを投げかけてきた。
暫く悩んだ末に、答える。
「……………………そうだ」
「やっぱり! どうりで怪しいと思いました、普通はあんなことしませんから」
……そうか。
やはり俺は、怪しかったのか。




