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42話『最悪の敵』


「港町に派遣した兵たちがやられました」


 部下が短く報告する。

 その内容に、クリスは溜息を零した。


「まあ、一筋縄ではいかないと思っていたけれど……」


 嘆息したクリスは、ちらりと後方の窓から外を眺めた。

 外は平和だ。今、王都で何が起こっているのか、知っている者は殆どいない。


 王政国防情報局の本拠地である、王城の四階。その外れにある一室は、クリスの所有物として機能していた。王城の三階と四階は王国軍および王都を統治する王国政府が使用しているが、城は巨大であるため混雑することはない。加えて仕事の都合上、局の活動は大半が秘匿するべき内容であるため人払いも徹底されてた。王城四階には局の関係者でなければ立ち入れない領域が幾つか存在する。


 局は軍の一組織だが、その活動内容を知る者は限られている。

 他の軍人からすれば局の人間たちは「同じ軍人であることは確かだが、何をしているのか良く分からない人たち」だ。


 だが、その実態は――国防の中枢を担っていると言っても過言ではない。

 周囲の評判とは裏腹に。局に属する者たちは今、かつてないほど焦燥に駆られていた。


「大尉。どう責任を取るつもりだ」


 クリスの上官である長身痩躯の男が、怒りを孕ませた声で訊く。


「……今、考えているところです」


「そんな悠長なことを言っている場合か! このまま逃げられると最悪、国際問題に発展するんだぞ! すぐに、なんとしても28を探し出せ!」


 それはクリスも十分理解していることだった。

 正論であるため、言い返すこともできない。


「大体、元は貴様の子飼いだろう! 首輪を外したばかりか、それで手を噛まれるなどとんだ失態だ! 制御できなくなった狗などさっさと殺してしまえ!」


「……お言葉ですが、28を殺すのは早計かと。彼の実力は王国にとって奇跡に等しい。あれほどの逸材、今後二度と現れないかもしれません」


「その逸材が敵に回った結果がこれだろう! 早急に対策を取れ!」


 怒鳴り散らした後、男は部屋を出た。

 バタン、と大きな音を立てて閉じられる扉に、クリスの傍にいた部下がビクリと肩を跳ね上げる。


「ごめんなさいね。変なところを見せてしまったわ」


「……今回の件は大尉のせいではないですよ。28の監視はもっと有能な兵士に任せるべきだと、大尉は何度もご指摘していたじゃないですか。それを無下にしたあの中佐が責任を負うべきです」


 少なくとも部下には恵まれたか。心労が僅かに軽くなる。


「負傷した兵士が28から伝言を預かっていました。暗殺を中止しない限り、降伏する気はないとのことです」


「……ありがとう。それ、中佐に聞かれていたら説教が長引いていたわ」


 空気を読んで、先程の男――中佐がいる時は敢えて報告しなかったのだろう。

 改めて部下の報告を聞いたクリスは、暫し考えてから口を開く。


「全兵士に軍用魔法具を携行させなさい。それと、動員する人数も倍にして」


「ば、倍ですか? それは流石に……」


「倍でも足りないかもしれないわよ」


 クリスは椅子に腰を下ろしながら言う。


「心して聞きなさい。今、私たちが戦っている相手はね――過去最悪の敵よ」




 ◆




 深い森の中に悲鳴が響いた。

 枝葉の天蓋は陽光を遮る。時刻はまだ夕方だと言うのに、森の中は暗闇に包まれていた。


「ぐあッ!?」


 落ち葉を踏み締める音が刺客の居場所を教えてくれる。

 瞬時に敵の背後に回り込んだ俺は、《瞬刃》で男の肉体を切断した。


「お、落ち着け! 相手は一人だ! 数で攻めれば、いつか必ず――」


 九人いた刺客も既に七人に減っていた。

 彼らのリーダーと思しき男が焦った声で叫ぶ。


 多少冷静な思考を取り戻したのか。刺客たちは一斉に俺のもとへ疾駆した。

 全員、当たり前のように《靭身》を駆使している。足場も視界も悪いこの状況で、これだけ速く動くのは決して簡単ではない。


 心の片隅で、彼らの技術を称賛する。

 あと数年生きていれば――非常に優秀な兵士となっていただろう。


 ――《魔弾》。


 迫る刺客の側頭部に魔力の弾丸を放つ。

 事切れた男の身体を、地面に倒れ伏すよりも早く持ち上げ、盾代わりに利用する。


 横合いから伸びてきた剣を、その盾で防いだ。

 一瞬、剣を持った刺客が動揺する。その隙に《瞬刃》で盾ごと刺客の首を切断し、彼が持っていた剣を奪う。


 奪った剣は即座に背後へ投擲した。

 遠隔射撃式の魔法で俺を攻撃しようとしていた女の首に、剣の鋒が突き刺さる。


「このッ!」


「くたばれ!!」


 直後、左右から二人の人間が肉薄した。

 左方からは短剣を抜いた男。右方からは長い剣を振り抜く女。

 左手に《物質化》で短刀を生み出し、男の短剣を手前に引く形で受け流す。同時に、右手で剣を持つ女の腕を掴み取り、こちらも手前に引っ張る。


 右から斬りかかってきた女の剣が、左から突進してきた男の胸を貫いた。


「ぁ――」


 仲間を串刺しにしてしまった女が、小さく声を漏らす。

 罪悪感に苛まれないよう、せめて相打ちという形にしてやろう。男が落とした短剣を拾い、それで女の胸を突き刺した。


「な、なんだ、こいつ……」


「そんな、馬鹿な……っ!?」


 この一連の応酬にどれだけの時間がかかったのか自覚はない。

 数十秒か。或いは数秒か。俺が機関で教わった戦い方は、何よりも効率を優先したものだ。それが俺に――向いているらしい。


 女の胸に突き刺した短剣を九十度ほど捻る。

 そのまま短剣を後ろに振り回し、女の身体を後方の男たちへと投げ飛ばした。


 飛び散る血飛沫に混じり、《魔弾》が宙を裂く。刺客が一人、頭を貫かれて死んだ。

 残りは一人。宙に投げ出された女の影に潜み――魔力の刃で男の肩を貫く。


「ぐあっ!?」


 最後の刺客が悲鳴を上げた。

 傷が浅い。だが動けまい。焦ることなく、男に近づきながら掌に魔力を集める。


「ば、化物……」


 恐怖に染まった男の額に、《魔弾》を放つ。

 刺客を全て倒したことを確認した俺は、ミゼが待つ馬車の方へと戻った。


「戻ったぞ」


 馬車の幌を開けてミゼに声を掛ける。

 この馬車は、港町で俺たちを襲った刺客から鹵獲したものだ。


「トゥエイトさん。け、怪我は……」


「ない。全て返り血だ」


「……そう、ですか」


 黒い外套を脱ぎ、荷台の片隅に置く。水で洗いたいところだが贅沢も言ってられない。落ち着ける場所に辿り着くまで我慢するしかないだろう。


「食糧が、残り少ししかありません」


 ミゼが小さな声で言う。

 元々この馬車を使用していた刺客たちは、恐らく港町で補給を行うつもりだったのだろう。俺たちが鹵獲した時点で馬車に載せられていた食糧などは最低限のものしかなかった。


「どこかで補充するしかないな」


 先程、倒した刺客たちは馬車を使用していない。

 共和国へ向かうと決めた俺たちは、港町から王都の方へと引き返す羽目となった。今、俺たちがいる森は港町よりも王都に近い。この距離なら馬車を使わずとも徒歩で移動できる。だからこそ、今は休息よりも移動を優先しなくてはならない。ここは危険だ。


 空腹を堪えて移動を続けること、三時間。

 馬が暴れないよう慎重に悪路を進んでいると、小さな村が見えた。


「ミゼ、あの村で休憩しよう」




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