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39話『叡智の道』


 目の前で蹲るミゼは、何が起きているのか全く分からない様子だった。

 俺も――――分からない。どうして賊ではなく局が、ミゼを殺そうとしたのか。

 問い質す必要がある。


『取り敢えず、また王城の会議室に来てくれる?』


「駄目だ、通信越しに話せ。今はミゼから目を逸らす気はない」


『……分かった。なら今日の夜、殿下が学生寮に戻った後で合流しましょう。私から会いに行くわ』


 クリスとの通信を切断する。


「学生寮まで送る。その後、俺がいいと言うまで出ないでくれ」


「は、はい……」


 ミゼの手を取り、立ち上がらせる。

 足元には男の死体が転がっていた。こうなったのも局が俺に情報を出し渋ったせいだ。こちらが責任を感じる必要はない。偽造工作は全て局に任せればいいだろう。


 覚束無い足取りのミゼを女子寮に送り、彼女の部屋の照明が点くのを確認する。

 寮の向かいにある建物の壁に背中を預けて暫く待っていると、黒い軍服を纏ったクリスがやって来た。


「お待たせ。……これ、どうぞ」


 道中、露店で買ってきたのだろう。片手で持つことができる飲料をクリスは手渡してきた。


「こんなもので買収される気はないぞ」


「分かっているわ。でも、少し長い話になるから。……飲み物でも持っていた方が、周りに怪しまれることも少ないでしょう?」


 視線を落として言うクリス。

 俺は差し出された飲料を受け取り、クリスを見つめた。


「できるだけ手短に説明しろ」


「……ええ」


 第三者に漏らすべき話ではないのだろうが、こちらもミゼの護衛を最優先にしたい。

 女子寮の前から動かない俺に対し、クリスは通行人を気にしながら説明を始めた。


「察しの通り、今回の依頼主は神聖アルケディア王国の現国王……ロードリーテン=アルケディア陛下よ」


 つまり、依頼主はミゼの父親だ。

 そのくらいは俺も察していた。無言で続きを話すよう促す。


「そして、この依頼の背景には……アルケディア王家に代々伝わる特殊な魔法、《叡智の道(ウィズダム・ロード)》が深く関わっているわ」


 俺の知らない情報が、クリスの口から告げられる。

 今まで俺に渡されなかった情報だ。クリスは落ち着いて、事の真相を語り出した。


「陛下によると、《叡智の道》は代々アルケディア王家の娘に引き継がれるらしいわ。所有者が娘を生めば、次はその娘に引き継がれる。所有者が娘を生むことなく死んだら、血縁の女性に引き継がれる。そういう魔法よ。……そして、今はミーシェリアーゼ王女殿下が《叡智の道》を所有している」


「……その魔法の効果は、何なんだ」


「《叡智の道》の効果は、記憶の継承。……歴代所有者の記憶を引き継ぐことよ」


 その説明に――合点がいった。

 魔法薬学の時にレベル2のポーションを精製できたのも。

 第二次勇魔大戦の時に作られたと言われているゴーレムに見覚えがあったのも。

 迷宮『廻深王墓』の地形を知っていたのも。

 全部、あれは――ミゼの頭の中にある、別の誰かの記憶によるものだった。


「記憶を継承するということが、どれだけの力を秘めているのか。……分かるわね?」


「ああ」


 溜息混じりに肯定する。

 ミゼは、想像以上に重たい事情を抱えていたようだ。


「知識を詰め込むもよし。技術を叩き込むもよし。たとえその代では成果が出なくとも……次の代では成果を出すかもしれない。記憶が継承されるなら、寿命を度外視した結果を期待できる。時が経てば経つほど……代を重ねれば重ねるほど、より高度な成果を出すことができる。……厳密には、人格までは引き継がれないから、同じ人物が何度も人生をやり直すことにはならないらしいけれどね。


 アルケディア王家は《叡智の道》という力を駆使して、王家の権威を高めていった。でも……その力は時として自らに牙を剥く。……要するに今回の一件はアルケディア王国のお家騒動よ。《叡智の道》は、王家がこれまでに行った不正の数々から、失われし古代魔法の使い方まで様々なものを継承するわ。その力は計り知れない。……アルケディア王国は過去二回、王位継承を巡る内戦が起きているの。その勝者はいずれも《叡智の道》の所有者が与した陣営だった。一度目は《叡智の道》の所有者が古代魔法で敵を滅ぼし、二度目は敵の不正を暴くことで民衆を扇動した。……《叡智の道》の所有者は、その膨大な知識で王の政を手助けすることも可能よ。王家の各派閥は、喉から手が出るほどこの力を欲している」


「……お家騒動と言っても、流石に王家になると規模も違うな」


「ええ。……そして今、アルケディア王国では三度目の内戦が起きようとしているわ。現在、アルケディア王国の王位継承順位は、第一王子が一位となっているけれど、この第一王子は勇魔大戦の際、ずっと国に引き籠もっていた男で、臣下の多くが不満を抱いているの。結果、第二王子派の勢力が拡大し、彼らは第一王子の失墜を目論むようになった。その手段のひとつとして、第二王子派は《叡智の道》の所有者であるミーシェリアーゼ王女殿下を取り込もうとしている。


 現国王、ロードリーテン陛下はこの事態を見越して、ミーシェリアーゼ王女殿下の家出を敢えて(・・・)黙認した。……王女殿下を行方不明扱いにして、《叡智の道》の奪い合いを防ぎたかったのね。幸い殿下は第二王女。《叡智の道》の継承が確認された時から、殆ど表社会に出さなかった甲斐もあって、国民が騒ぐこともなかったわ。でも……程なくして、殿下がテラリア王国のビルダーズ学園に通っていることが発覚した。


 第二王子派はすぐに刺客を差し向けたわ。そして、それに気づいた陛下はミーシェリアーゼ王女殿下を守るために私たちへ護衛の依頼を出した。……これが、今回の背景よ。貴方が倒してきた賊の正体は、第二王子派が秘密裏に雇った傭兵だったわけ」


「……どうりで一介の傭兵にしては装備が整っていると思った。王家が後ろ盾になっていたわけか」


 傭兵団『赤龍の牙』は、第二王子派の支援を受けていたらしい。

 賊の諦めが悪いことにも納得した。なにせ王家直々の依頼だ。失敗すれば後がないし、その分リターンは莫大なものを約束されていたのだろう。


 第一王子の失脚を目論むくらいだ。第二王子派は恐らく手段を選んでいない。

 強大な力《叡智の道》を継承しているとは言え、ミゼも一人の少女であることに変わりはない。拉致に成功さえすれば、洗脳などでいくらでも傀儡として動かすことができる。


「陛下にとっても《叡智の道》は貴重な力だわ。だからできるだけ事を荒立てることなく、ミーシェリアーゼ王女殿下を守りたかった。でも、たとえ傭兵団を撃退しても第二王子派の動きが止まるとは限らない。加えて今は終戦後間もない不安定な時代よ。アルケディア王国は勇魔大戦で少なくない被害を受けたわ。今は王家の派閥争いをしている場合ではないし、万一、内戦が勃発した暁には国力が著しく低下してしまう。このままでは敵国に隙を見せかねないと判断した陛下は…………やむを得ず、争いの種である殿下の暗殺を決意した」


 アルケディア王国にとっては、この時代に(・・・・・)内戦が起きることがまずいのだろう。

 荒療治のために――ミゼの命が狙われている。


「だが、ミゼを殺したところで《叡智の道》は誰かに継承されるだけじゃないのか」


「《叡智の道》は、継承と同時にその力の全てを使えるわけではないの。個人差はあるけれど、記憶の引き継ぎが完了するまで大体十五年から二十年近くかかるみたいよ」


 それだけの時間を稼げれば十分ということか。


「内戦の種だからと言って、父親が実の娘に暗殺者を差し向けるのか」


「王族……いえ、貴族ってそんなものよ。情よりも利で動く。この間のエリシアさんの件と同じよ」


 先月のことを思い出す。

 ロベルト=テルガンデは汚職による利益を優先して、自らに忠誠を誓った騎士を暗殺した。あの男には、騎士に対する情など微塵も持っていなかったに違いない。


 だからこそ、死んだ。

 利益のために殺すというのであれば――利益のために殺されることも覚悟せねばならない。

 たとえ、王族であろうと。


「貴方を拘束するわ」


 冷徹にクリスが告げる。

 同時に、クリスと同じ軍服を纏った二人の男が左右から近づいてきた。


「俺が裏切るとでも思っているのか。今回の依頼は元機関の兵士、28として受けているんだぞ」


「ならどうして、それを飲まないの?」


 クリスは俺が片手に持つ飲み物を指さす。

 先程クリスから手渡されたものだった。まだ口はつけていない。


「貴方が私たちに不信感を抱いているように、私たちも貴方には不信感を抱いている。……悲観することはないわ。私たちが信用できないということは、貴方が無事、国家の狗から脱却したということよ」


 態度を変えないクリスに舌打ちする。大方、俺が勝手に尋問しようと考えていたことを、オズが告げ口したのだろう。


「……時間をくれ」


 ゆっくりと迫り来る二人の男を無視して、クリスに言う。


「28としての俺が信頼できないなら……これは、トゥエイトとしての希望だ。せめて……明日一日。ミゼと共に過ごすことを許してくれ」


 頭を下げ、クリスに懇願する。

 クリスは腕を組んだ、右隣の男へ目配せした。男は小さく頷き、俺に黒い丸薬のようなものを差し出す。


「それを飲めば、貴方の頼みを聞いてもいいわ」


 怪しげな丸薬を受け取り、飲み込んでみせる。

 十秒と経たないうちに――激しい目眩に襲われた。


「ぐっ……これ、は……?」


「局で開発した毒よ。三十時間以内に解毒剤を摂取しなければ貴方は死ぬ。それまでも全身が焼けるような痛みに襲われるけれど……貴方なら辛うじて動けるでしょう。明日の夜、ミーシェリアーゼ王女殿下の暗殺が済んだら、解毒剤をあげるわ」


「……この状態では、落ち着いてクラスメイトと会話することすら、できない」


「我慢しなさい。これでも譲歩した方よ」


 確かに譲歩はされているのだろうが……鬼のような仕打ちだ。


「念のため、そこの二人を監視につけさせてもらうわ。その状態では何もできないと思うけれど……余計なことは考えないことね」


 その言葉を最後にクリスは踵を返した。

 二人の男に睨まれる中、俺は激しい目眩のあまり蹲った。


 転生者もどき。

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