30話『尋問』
「それでは、本日はお疲れ様でした!」
ミゼが明るい声音と共に、ペコリと頭を下げる。
迷宮探索の依頼を終えた俺たちは、無事ギルドに戻ることができた。
途中、賊の死体をミゼたちに見つからないよう隠すことには苦労したが、なんとか悟られなかったようだ。
「この前みたいに飯食って解散といきてぇとこだが……明日は学園だしな」
グランが呟く。
シャープ・ラビット討伐の際はギルドに隣接する酒場で簡単に打ち上げをしたが、今日は明日が学園ということもあり自重することにした。
「ミゼ、楽しかったか?」
「はい、とっても楽しかったです!」
隣のミゼに訊くと、ご機嫌な返事をされた。
「キマイラとホブ・ゴブリンに挟まれた時はどうなるかと思ったけど、迷宮探索も悪くないわね。また行きましょう」
エリシアもミゼに同意するかのように、早々に次回の予定を考えている。
その後、俺たちは帰路へついた。
オズは王都にある宿屋で寝泊まりしているため、ギルドを出てすぐに別れた。実際は宿屋には向かわず、ミゼの後を追っている。
城下町を少し上ったところで女性陣と別れた。
俺はグランと二人で男子寮へと戻り、その後、各々の部屋へ帰った。
部屋で寛ぐ間もなくすぐに寮を出る。
路地裏で黒い外套を纏いながら、『通信紙』に魔力を通した。
「オズ」
『うん、気づいてるよ』
流石に実戦投入されていた兵士だけあって、敵の気配を感じ取る能力はある。
ゴチャゴチャと人でごった返すことが多い王都だが、それでも敵意や戦意を抱いている者というのは、存外感覚でわかるものだ。身体の動かし方や視線の動きなどが一般人とはまるで違う。
「位置を教えてくれ」
『えっとね。女子寮の前にある大通りの――』
オズから敵の位置情報を聞き取り、すぐにその対処に向かう。
オズの攻撃手段は目立つため、街中での行動は基本的に俺が担当したい。オズに任せるのは最終手段だ。
息を潜めて敵の背後に回り込み、首を絞めて意識を奪う。
敵は呆気なく倒れた。
「さっすが。街中での戦いなら、28の右に出る人はいないね」
「地形というより条件の差だろう。オズの場合、誰かを巻き込まずに戦うのは難しいからな」
オズの賞賛を話半分に受け入れながら、俺は周囲を警戒した。
「敵は、一人だけか」
以前なら最低でも二人以上が街に潜伏していた。
タイミングの問題だろうか。好都合ではあるが、肩透かしをくらった気分だ。
「ねえねえ。28は今まで、どのくらい倒したの?」
「十を超えた辺りから数えるのを止めたな。恐らく三十人前後だ」
「それ、もう壊滅寸前なんじゃない?」
確証がないため否定も肯定もできないが、俺も内心、そうだろうと予想していた。
クリスの情報によれば、敵は身代金目当ての犯罪者集団だ。この情報自体怪しいものだが、仮に事実だった場合、ミゼを誘拐した際の身代金は敵の組織内で分配されることになる。構成員が多ければ多いほど一人頭の配分が減るため、リスクとリターンが割に合わなくなる筈だ。三十人くらいが妥当である。
「その人、殺さないの?」
オズが足元に倒れる敵を指さして言う。
「……少し、考えていることがあってな」
先程、首を絞めた男はまだ殺していない。
不思議そうにするオズへ、俺は問いを繰り出した。
「オズ。今回の件について、局からどの程度の情報を貰っている」
「うーんとね、護衛対象であるミゼのことくらいかな。敵に関しては、単なる身代金目当ての犯罪者集団って聞いてるけど」
――やはりか。
あまり的中して欲しくなかった予感が当たってしまう。
「その男の口を開いてみろ」
俺の言葉にオズは首を傾げながらも従った。
倒れる男を仰向けにして、指で口腔を開く。
奥歯の裏に、極小の袋が隠されていた。
「これ……自決用の毒? 尋問対策かな? ……うーん、かなり徹底されてるね。取り除くのに苦労しそう」
「ああ。だが対策されているということは、訊かれちゃまずい何かを抱えているわけだ」
襲撃者が奥歯の裏に自決用の毒を用意していることは、前々から知っていた。
だが、今まで敢えてその件に触れていなかったことには理由がある。
「このタイミングでオズが来てくれたのは僥倖だ。おかげで行動の選択肢が増えた」
「……何をする気?」
尋ねるオズに対し、俺は堂々と答えた。
「尋問する」




